マイロハスの人気連載「こぐれひでこの『ごはん日記』」の舞台裏を紹介した「あの人の、キッチン」(前編後編)。今回は番外編として、こぐれさんと夫であるTORUさんが暮らすお住まいを前後編でレポートします。

趣味の“物件探し”でひと目惚れした開放感のある住まい

玄関を入ってすぐ右手にあるリビング。窓の向こうは屋根付きのテラスでつねに穏やかな光が入る。書棚には洋書や料理関連本のほか、パリの蚤の市で買った思い出の小物が並ぶ。

こぐれ夫妻が1979年から暮らした東京・青葉台の住まいは、もともとアメリカ人が建てたもので、のちに買い取り、1998年に建て替え。華やかなこぐれ夫妻の交遊録とともにテレビなどでもたびたび紹介された家でした。

しかし、夫婦揃って60代も半ばになり、「3階建ての大きな住まいをこれから管理していくのは大変だ」と転居のことが頭をよぎるようになったのだそうです。

「愛着のある住まいでしたけど、これからの人生を考えたときにもう少しコンパクトにしてもいいかなと思ったの。都内の新築マンションも内見したりしましたよ。でもピンとくる物件には出会えなかった。どうも閉塞感のある空間が苦手で……」

広々とした玄関。振り返ると、こぐれさんがひと目惚れしたという見事な眺望が広がる。

そんなとき、インターネットで趣味の“物件探し”をするなかで目にとまったのが、この秋谷の家。

「玄関からリビングダイニング越しに望める広い空と海の写真にひと目惚れしちゃったの。開放感たっぷりの空間で、内見したその日にランチしながら購入を決めちゃった。パリのアパルトマンを買うときも、青葉台の家を買うときもそんな感じ。私たち、あまり後先を考えないのね(笑)」

玄関を入ると目に飛び込んでくる風景。

2階建て、家中を回遊できるユニークな間取り

高台の傾斜地にあるお住まい。1階にはTORUさんの仕事場と庭があり、玄関やキッチンといった居住スペースの一切は2階に集約。玄関から左回りにリビング、キッチン、ダイニング、テラス、こぐれさんのアトリエ、寝室、書棚のある廊下を通ってまた玄関へと回遊できる間取りになっています。

玄関を入って右手がリビング、左手がキッチン。リビングの書棚の右手奥にはゲストルームがある。

本当によくできた家ですね、設計士さんのセンスを感じます。前のオーナーはとてもお金をかけたんじゃないかしら。とにかく細かいところまでこだわってる。別荘にしていたようで、私たちが暮らすには収納が足りなかったから、引っ越しを機に書棚とキッチンの飾り棚などをリフォームしました。手を入れたのはそれくらいなの」

ダイニングルームには、秋口から春先まで大活躍する暖炉が。青葉台の家はTORUさんの部屋に暖炉があった。

「この家は、古い家の外側をそっくり残してスケルトンにし、内側を新しく造ってる。ダイニングやテラスはそのとき一緒に増築したのね」とこぐれさん。もともとあった空間の屋根は瓦屋根ですが、建て増しをした部分の屋根の一部分は透明の強化ガラスで、テラスの窓は桟が省かれたデザイン。

暴風雨の日は窓がガタガタ鳴って大変。前の台風では庭の木が4本も折れちゃった。窓もいつ何があるかわかりません(笑)。夏はとにかく暑くて冬は底冷えするから、クーラーと暖炉が頼みね」

「ごはん日記」の朝ごはんのシーンでたびたび登場するテラス。木々の向こうには相模湾が望める。 写真左/元オーナーが増築したとテラスは南と西の2面が全面のガラス窓。たっぷりと日が入る。写真右/スイッチカバーはすべて真鍮。細部に至るまで元オーナーのこだわりを感じさせる。

明るいテラスの一角で、今日も色鉛筆を走らせる

「イラストを描くシーンの撮影では、いつも『笑顔で』って言われるのよね。でも不自然じゃない? いつもは真顔ですよ(笑)」

そんなテラスの一角にあるのが、こぐれさんのアトリエ。壁には大きな書棚があり、使い込まれたデスクには画材とともに描きかけのイラストが。この日の午前中、新聞の連載を執筆していたそうです。

料理のイラストを連載するようになったのは、青葉台の家に暮らし始めてから少し経ったころ。ある夜、自宅でTORUさんとファッション誌の編集者たちが打ち合わせをしているとき、空腹に負けたこぐれさんが簡単に作った「蒸しウニ茶漬け」を出してみんなで食べたところ、「イラストで料理ページの連載をしてみない?」と声をかけられたのがはじまり。

さらにさかのぼると、大学卒業後、パリで暮らしはじめたころはお金がなくて、服は蚤の市で買ったり自分で作ったりしていたというこぐれさん。ある日、古本屋で赤毛のフランス人女性に「そのブルゾンはどこで買ったの?」と話しかけられて、自分で作ったと答えたら即スカウト。その女性は、洋服の会社を立ち上げたばかりでデザイナーを探していたのだとか。

デザイナーとしてもイラストレーターとしても、「いつも道で拾われるような生き方をしてきた」とこぐれさんは著書 (※) で控えめに語っていますが、そんなエピソードや経験に裏打ちされた語り口こそがこぐれさんの魅力であり、「ごはん日記」がただの日記に終わらず、連載21年目を迎えた今でも多くの人に親しまれる理由なのではないでしょうか。

ちなみに、「ごはん日記」は寝室の一角にあるワークスペースで執筆されています。連載がはじまったころはポラロイドカメラの写真に、直筆メモを書いていたとか。現在はiPhoneで撮った写真をPCに取り込み、日記とともにメールで編集部に送信しています。

次回、後編(7月1日公開予定)では、空間を彩る家具や、壁を上手に活用したインテリア術などを紹介します。

※ 『こんな家に住んだ』(立風書房)、『こぐれの家にようこそ』(ハヤカワ文庫)

こぐれさんの「キッチン」はこちら

ごはん日記の舞台裏。キッチンの「ガラクタ」は宝物/こぐれひでこさん[前編]

ごはん日記の素材たち。まず好きな食材を買って、メニューはあとから考える/こぐれひでこさん[後編]

こぐれひでこ
1947年埼玉県生まれ。イラストレーター。大学卒業後パリに住む。帰国後デザイナーとして活動した後、イラストレーターに転身。食や暮らしに関するイラストやエッセイを中心に執筆。「こぐれひでこのごはん日記」は2000年2月スタート。朝昼晩の食事をバランスよく、かつバリエーション豊かに食べること。それが人生の楽しみ。

写真/小禄慎一郎

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