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ブスは何をやってもブスでしかない 身をもって経験した私の話 [体験談]
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ブスは何をやってもブスでしかない 身をもって経験した私の話 [体験談]

2016-04-13 20:00


    <提供元サイトで全文を読む>


    私が顔にコンプレックスを抱くようになったのは、中学に入学して間もないぐらいの時期でした。

    小学5年生くらいからポツポツとできはじめたニキビの量が、中学入学ともに一気に増えたんです。

    真っ赤なニキビがコメカミのあたりにできはじめ、鼻の頭、おでこ、ほっぺたと、どんどん広がっていきました。

    鏡で自分の顔を見るたびに醜い姿が映り、次第に気持ちも暗くなっていきました。

    母親に相談しましたが「そんなの大人になれば消えていくから」と言われるだけ。

    そして私は、ニキビを潰して、白い膿を出すことが日課になっていきました。

    もう趣味と言っても過言ではないかもしれません。

    膿がニュルッと出るのが快感になり、どんどんとはまっていきました。

    そのころはニキビを潰して膿を出すことが、肌を傷つけるということを知らなかったんです。

    顔のニキビは減るどころかみるみると増えていきました。

    学年一の人気者に恋。妄想に明け暮れた中学時代

    中学2年生のとき、好きな男子ができました。彼は、学年の女子からも男子からも人気のある中心的な男子でした。

    自分の顔にコンプレックスをもちながら、私はハンサムな人しか好きになれませんでした。

    昔もそうでしたし、実は現在もそうです。たぶん、自分の顔が嫌いだからこそ、逆に美しいものを求めてしまうんだと思います。

    私の理想は、背が高く、鼻筋がスッと通っていて、肩幅の広いがっちりとした男性。そして、頭もよくないと嫌です。

    今となっては、そんなに条件のそろった男性が私に振り向くわけがないのはわかっています。

    でも中学2年生当時の私は、そんなことに少しも気付かない夢見る乙女でした。

    ただ、ブスな私が人気者の男子に恋をしているなんて打ち明けたら、笑い者になるだろうと思い、絶対に誰にも言えませんでした。

    密かに思いを寄せ、自宅に帰ると、彼と自分が交際する姿を妄想していました。

    もちろん彼は、私のことなど見向きもしませんでした。目が合ったことも数える程度しかありません。

    私は影の薄い存在でした。顔のコンプレックスのせいで、性格が消極的になり、なるべく目立たないようにしていたんです。

    透明人間のような存在。それが私でした。

    私の恋は誰にも知られることなく、妄想のなかだけで終わっていきました。


    高校生になって、ニキビ顔がもっと醜くなっていく……

    高校生になるころには、中学のときに潰したニキビの跡が残り、私の顔はクレーターのようにでこぼこと醜くなりました。

    そのころには、美人のクラスメイトやクラスの人気者の女子を見るたびに、嫉妬心がメラメラと心のなかに燃えるように……。

    美人だったり、可愛かったりするクラスメイトを恨めしい目つきで追うようになり、顔だけでなく、性格まで醜くなっていきました。

    そんな自分が大嫌いで、帰宅すると、部屋でひとり泣いていました。


    高校のころの忘れられないできごとがあります。

    その日、私たちは合唱祭に向けて合唱の練習をしていました。ソプラノ、アルトなどのパートごとに分かれての練習です。

    私はソプラノで、クラスのなかでもとくに可愛い女子と同じグループでした。

    その日は、彼女がいつも仲良くしている子たちがたまたま休みだったこともあり、彼女の方から私に話しかけてきました。

    いつも恨めしく思っていたのに、可愛い女子といるだけで、自分まで可愛くなったような気持ちになるのは不思議です。

    可愛い女子に話しかけられた、自分の存在を認められた、自分の価値が上がった……そんな気持ちになりました。

    そして、パートごとの練習が終わると、全体での練習。

    私は歌には自信があります。

    私の母は、音大の声楽科を卒業たピアノの先生。私は母親譲りの声をいつも周りの大人に褒められて育ちました。

    ところが、その日、全体で合唱の練習をした後に、音楽の先生がこう言ったのです。

    *「ソプラノ、すごくキレイに声が出てる。◯◯さんは、かわいいだけじゃなくて声もキレイなのね」と。

    そう、私ではなく、可愛い女子を褒めちぎったのです。

    はっきり言って、彼女は声が小さくまったく声が響いていませんでした。声がキレイなのは私なのに!


    顔がブスなせいで自分が唯一自信のある歌さえも認められないのだと、絶望したのを覚えています。

    親のひと言で、心に癒えない傷を負う

    私の父親は子供に対してとても厳しい人でした。

    学校の成績に関してはとくにうるさかったんです。

    あるとき、私は化学の成績で、5段階評価中「2」という成績をとってしまいました。

    すると、父親は狂ったように怒り、しつこく私を責めました。そして、私が自分の部屋にこもっていたとき、親の衝撃発言が聞こえてしまったんです。



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