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まずは自分を認めることから あがり症との付き合い方[体験談]
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まずは自分を認めることから あがり症との付き合い方[体験談]

2016-07-05 20:00

    <提供元サイトで全文を読む>


    小さい頃から人見知りで母親以外の人を怖がっていた私ですが、幼い頃なら多少なりとも、誰かといて緊張したり不安になったりという経験が、皆さんあるのではないでしょうか?

    私の場合も自分は少し人見知りなだけで、その他は周りとあまり変わらないと思っていました。

    普通に学校に通い友達と喋ったり、授業を受けたり“普通の日常”を自分も送っているのだと、信じて疑いませんでした。

    ただ他人より少し緊張しやすいだけ、他人より少し怖がりなだけ、他人より少し……あれ、少しじゃないのかも?

    そう気付き始めたとき、“あがり症の私”が生まれました。

    恐怖を自覚したとき

    中学1年生のとき、おそらく担任の先生の方針だったのだと思います。

    「授業中1日3回は手を挙げて発言しよう」という目標が掲げられました。

    積極的に授業に参加し自分の考えを発言・発信出来るようにという、良い教育方針だといえるでしょう。

    けれどこれが当時の私には、とんでもない負担になりました。

    手を挙げて自分の意見を発言する、または問いに答える。

    たったそれだけの事です。

    特に当時よく言われたのは、

    「間違っていても良い。発言する事が大事」

    というような事でした。

    でも問題の答えが分からないから、手を挙げて答えられない訳ではないのです。

    例え正解が分かっていても手を挙げる、その事が怖くて仕方がない自分にふと気付きました。

    別に目標を達成出来なくても、何がある訳でもありません。

    嫌だと感じるなら手なんて挙げずに過ごせばよかったと思います。

    ですがクラスメイトはむしろ楽しそうに「自分を当ててくれ」と元気に挙手するなか、目立ちたくない私は無理をして手を挙げては、心のなかで、

    「当てられませんように!」

    と日々祈るばかりでした。

    苦痛の多い学校生活

    もともと誰かに注目されたり、目立つことは苦手だなという自覚はありました。

    同時に大抵の人がそうであり、一部の人だけが目立ったり注目されても苦じゃないだけだと思っていました。

    中学2年生になると担任もクラスも変わり、手を挙げようという目標などはなくなったものの、恐怖心がなくなったかと言えばそんなことはありませんでした。

    いわゆるゆとり世代に入りつつあった頃だからなのかは分かりませんが、私の世代の生徒の問題行動といえば、不登校かただひたすら喋ることで、暴れるなどの暴力的なものはなく、とにかく私語を慎めと怒られたのを覚えています。

    私自身はどちらかといえばきちんと授業を受けたい方でしたし、もともと無口なのでいつも、

    「よくそんなに話すことがあるなあ」

    と不思議でした。

    先生への反抗心から無理矢理喋っている訳ではなく、本当に休み時間も授業中も関係なくずっと話し続けてるのを見ていて、自分と他人とはこんなにも違うものなのかと、どこか感心するような思いでした。

    もっとすごいのが、日頃から先生とも友達のように仲良く話すのです。

    当時から私は友達と話すのも少し緊張しましたが、先生となると出来れば接触したくないくらいには緊張していたので驚きました。

    しかも授業中、喋るだけ喋っては怒鳴られてを繰り返し、何度言っても聞かないので女性の先生などは、涙を流して叱る方もいました。

    それなのにチャイムが鳴って休み時間になれば、もう“友達”に戻るのです。

    「じゃあ少しは授業を聞いたら良いのに‥‥」

    はっきりいって理解不能でした。

    その辺りからも、周りとの違いを感じ始めました。

    学校で恐怖を感じるのは、もちろん授業中だけではなく、例えば私の学校では生徒は職員室の入り口までしか入れず、そこから先生を呼ぶというシステムだったのですが、これも本当に苦手でした。

    先生に会いに行くこともそうなのですが、さらに大声で呼ぶという負荷を思うと、職員室に向かうだけでも緊張で手が震え、うるさいくらいに心臓が鳴りました。

    慣れないことは特に苦手






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