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人前で何かをする時、緊張するのは誰でも当たり前。
そんな「当たり前」の事をいつまでも克服することができず、何かある度に重度のあがり症で参ってしまう自分は、きっと弱い人間なんだろうと、ずっとコンプレックスに思っていました。
緊張すると冗談や比喩表現ではなく、酷い吐き気がし、手や声が震え、冷や汗がダラダラと流れてくる。
自分でも情けなくなるようなこれらの症状に、私は高校生の頃から大学を卒業するまでの約6年間ずっと悩まされ続けてきたのです。
あがり症のきっかけ
緊張すると本気で吐きそうになる重度の「あがり症」である私ですが、何も初めから“そう”だった訳ではありません。
きっかけは高校時代の部活動での出来事でした。
中学時代に吹奏楽部に所属していた私は高校でも同じく吹奏楽に入りトランペットを吹いていました。
しかし、高校での部活はそれまでのゆるい雰囲気とは違い、コンクールを目指してみんな本気で、そのレベルの違いに私は気圧されてしまいました。
練習でもいつも足を引っ張ってしまい、先輩には何度も注意をされ、毎日申し訳なさと劣等感に苛まれ続けた私は、次第に演奏していると「ヘタクソ過ぎてみんな呆れてるんじゃないか」「私が入らない方がいいと思われてるんじゃないか」と思うようになり、楽器を吹くこと自体が苦痛になっていきました。
そうして半年ほどたったある日、ついに私は部活に行くのが嫌過ぎて、その精神的ストレスから授業中に嘔吐してしまったのです。
その日、部活も出ずに早退した私はそれっきり、登校できるようになってからも部活に顔を出すことなく、退部を申し出ました。
その辺りから、私は重度の「あがり症」に悩まされるようになりました。
「人目」を意識しただけで吐き気がする
部活動の件で私が精神的に参っていた時期を境に、私は異常なまでに「人目」が気になるようになりましが。今まで平気で出来ていたことが出来なくなったのです。
例えば国語の時間、先生にあてられて教科書を読む。これが出来なくなりました。
クラス中が自分が教科書を読むことに注目している。そう意識するだけで酷い吐き気に襲われ、手や声が震えだすのです。
音楽の発表時間、体育の模擬演技、英語のスピーチ、高校生活をしていたら避けて通れないこれら「人前に出る機会」というものが私にとってはどうしようもなく苦痛で、何かある度に重度の緊張感に吐きそうになっていました。
本当に症状が酷かった時期は、学校の全校集会ですら「ここで吐いてしまったらどうしよう」と緊張して、まともに出席することができませんでした。
「人前に出ると緊張し過ぎて吐きそうになる」この事実は当時の私とっては、自分でも認めがたい情けない状況でした。
「人目を気にし過ぎる自意識過剰な人間と思われたくない」「緊張しただけで嘔吐してしまう弱い人間と思われたくない」こんな状態になってもまだなお「人目」ばかり気にしていた私は、あがり症である事実さえも他人に知られたくないと思い、必死で症状を誤魔化すための方法を探しました。
その結果私が辿りついた結論が、飴を舐めていると吐き気がいくらか治まることと、どうしようもなく吐きそうになった場合は、いっその事1度トイレで全て吐きだしてしまえば後は楽になるということでした。
それから私はいつでも飴をポケットに忍ばせておくようにし、何か緊張しそうな行事がある前は必ずトイレに立ち寄って胃の中のものを全て吐き出してから臨むようにしました。
そのふたつがどうしても実行できない時は、自分の手の甲に爪を立てて痛みで気を紛らわすようにしましたが、それをすると血が滲むまで強く握りこんでしまうので、出来る限り上のふたつの方法で乗り切るようにしていました。