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【銃魔のレザネーション】第五章『来た、見た、勝った』
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【銃魔のレザネーション】第五章『来た、見た、勝った』

2016-03-17 17:00
    ニコニコゲームマガジンで配信中の
    「銃魔のレザネーション」のシナリオを担当した
    カルロ・ゼン自らがノベライズ!
    ゲームでは描ききれなかった戦争と政争の裏側が明らかに。
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    ニコニコゲームマガジンのゲームページはこちらから
    前回までのお話はこちらから

     
     第五章 『来た、見た、勝った』
     
     結論から言うならば、やはりこの目で見たかった。
     それが、ヴァヴェル攻略成功とセイム反乱軍が蹴り飛ばされたという戦勝報告を自身の手のものから受け取った際のモーリス・オトラント辺境伯の本心だ。
     手配りによって戦場の詳報を掴んだにしても、適うことならば馬鹿面がペガサスの蹄に怯えて逃げる醜態は直に目撃してみたいものではないか、と。
    「とはいえ……ないものねだりもできませんからね。ヤーナ摂政殿下ばりの電撃戦で、お株を頂戴することで我慢しますか」
     故に、度肝を抜くべく公式な知らせの訪れを待つことなくモーリスは行動の準備を始める。どうせ、戦勝報告と同時にヴァヴェルへ『宰相』である自分は復帰せざるを得ないのだ。
     かくして、わずかな時間で支度を整えるや、モーリスは南方の所領よりヴァヴェルへはせ参じるべくペガサスを長躯させる。
     その道中にあっても、手配している間諜の類から飛び込んでくる報告に眼を通し続ける様は沁みついてしまった策謀家の習性だ。
     そして、知れば知るほどに感嘆せざるを得ないと痛感する。
    「……やれやれ、これだから戦争上手は恐ろしい」
     敵の性質を理解している指揮官に率いられる軍隊というのは、強い。
     ヤーナ・ソブェスキ摂政は、政治家としては三流かもしれないが、軍人としては悪辣さで相当にえげつない。モーリスのように心から陰謀を解する人間だから断言できる。
    「あの方が策謀家でないことを、心から嬉しく思いつつ、心から残念にも思ってしまえるとはこのことですね」
     ぼやきつつ、心底から感じ入るのはヤーナ摂政殿下の手腕。
     父王ジョナスも、まぁ、武人として鳴らした口ではあったものの、鳶が鷹を産むとはこのことに違いない。
    「というよりも、匹夫の勇と万軍の将としての差でしょうねぇ……。察するに、勝利の使い方もよくご存知。こうなれば、当座は安泰、と」
     今のところは順調でなにより、とモーリスは微笑む。
     勝報というものは、問題を吹き飛ばす特効薬とはよく言ったものだろう。ただし、老練な策謀家としては少しばかり留保をつけたいところでもある。
     正しくは、『勝ち続けられる限りにおいて』、問題を吹き飛ばす特効薬である、と。
     なんとなれば、というべきだろう。
    「勝ったとはいえ、結局は内乱の鎮定。国力の消費は避けがたい。コモンウェルスの弱体化は誰の目にも明らかでしょうねぇ……」
     反乱を電撃的に鎮圧した、といえども楽観できる情勢ではなし。
     なにしろ、仮想的には事欠かない。東よりはオスト・スラヴィア、北からはマルグレーテ朝。西からは革命軍まで。
     技術に富み、豊穣な大地の切り分けを欲する豺狼というのは数多いるものだ。
    「降伏したばかりの東部、こちらの防衛も頭の痛い問題ですし」
     本来、東部防衛の任に当たるべきは在地領主共。だが、連中の有力な一派はセイムに味方していた。
     結果的に、というべきだろう。
    「ヤーナ摂政殿下が『反乱軍撃滅時』にすり潰しておいでだ。東部防衛線再建は、手間取ることになりそうです。……隣国が、我慢できるか見ものですね」
     くすくすと笑みがこぼれそうになるとはこのこと。
     定かならざる人の心が、浅ましくも欲に駆られる瞬間というのは、良くも悪くも陰謀を遊ばさせるに最適な土壌足りえる。
    「おっと、とはいえ、私は共犯者。主犯じゃないですからね」
     友達と遊ぶ、というならば協調することも悪くない。初体験とでもいうべき状況を面白がりつつ、モーリスは自戒を込めて呟いておく。
    「今回ばかりは、お手並みを拝見しましょう」
     ペガサスの上で、やれやれ、と少しばかり反省。とはいえ、瞳にちょっとした好奇心を宿らせつつ、小さくほほ笑むことまではやめがたい。
     ヴァヴェル攻略への成功、セイムの一味らの反乱軍撃滅はイコールで問題の解決を意味してはくれない。
     国内における勝利にしたところで、俯瞰してみれば新たな問題の萌芽でしかないのだ。
     反乱軍に多数の貴族/市民が加わっていた東部の統治は今なお脆弱。おまけに、防備を担当する貴族らは内戦で悉く倒れている。
     介入しようと考えている諸外国にしてみれば、最高の好機到来だ。二百年以上積み重なっている微妙な諸問題を一挙に解決せんと欲する連中は数多のごとくいることだろう。
     四面楚歌という情勢を勘案すれば、周囲からの侵攻も時間の問題だ。
     どこか一つでも辛うじて保たれている平和が崩れ次第、勝ち馬に乗り遅れるなとばかりに周辺諸国がなだれ込んでくるに違いない。
    「強大な隣国が躓いたとき、手を差し伸べる善人というのは稀とはいったもの」
     危機が、依然として残る時。
     それ即ち、定かならざる情勢という混沌のスープを意味するだろう。コース料理でいうならば、それこそが前菜に等しい。
    「……なにより、南方情勢が芳しくない。大本命たるオルハンの動向もいよいよキナ臭くなっています」
     オスト・スラヴィア、マルグレーテ朝辺りは火事場泥棒的に、情勢不穏を嗅ぎつけて兵を動かす算段でも見繕っているのだろうが……事前計画のあるオルハン神権帝国は既定の計画を実行に移すという手堅さを発揮。
     タイミングも微妙だった。
     元来、コモンウェルス南方を狙っていたオルハン神権帝国軍西方軍団に、レコンキスタに従事していたはずの兵力まで合流。
     挙句が、皇帝直属のイエニチェリ軍団よりの分遣隊が帝都より増派されるとの確報だ。
     これは、いよいよ絶えて久しくお目にかからなかった本格侵攻も時間の問題だろう。南での一大決戦をも予期せざるを得ない。
    「対するコモンウェルスの防備は、ロスバッハ以来疲弊の極み。対革命軍を念頭に西方の軍政国境地帯は強化されてはいますが……」
     肝心の東部は手つかずどころか、瓦解寸前。
    「北部情勢に関していうならば、自由都市同盟と連携できれば多少の時間稼ぎはできるでしょうけれども。……よそに援軍を出せるほどの余裕もなし」
     つまるところ、西と北は時間を稼ぐことができるだけ。援軍を出せるような余裕はない。他方で援軍を出さねば東は落ちる。
     その全てに算段を取り付けたとしても、南から迫ってくるオルハン神権帝国軍の奔流をとめられなければお終いだ。
    「東西南北すべてが侵攻してくるとなれば、袋のネズミも同然ですねぇ……。いやはや、こんなに危機的な状況とは恐れ入りますよ」
     ……座して待つならば、というべきだが。
     なればこそ、モーリス・オトラント辺境伯はヤーナ摂政殿下の打つ手が楽しみで仕方がないのだ。この状況下、彼女は、どのように対処するのだろうか?
     陰謀家好みのメイン料理を用意してくれることを、願うばかりだ。
     
           ◇
     
     ありていに言えば、ヴラヴェルを攻略したヤーナにはささやかな楽しみがあった。ずばり、傲岸な共犯者殿、モーリス・オトラント辺境伯の驚き顔だ。
     稚気と分かってはいる。
     とはいえ、これだけ電撃的な攻略ともなれば……前々から予想でもしていない限り、大慌てでペガサスを走らせシドロモドロになってくれることだろう。
     故に、勝報を送る瞬間に『どれぐらいで来るかな』と楽しみにしていた。
     が、結果から言おう。
    「モーリス!? ……随分と早いわね」
    「臣、陛下のご招集とあらば、地の果てよりでもはせ参じまする」
     招集の使者を出すや、否や、というタイミングでの参内だった。
     ヴァヴェルまでの距離を考えれば、使者を派遣するよりも前に『出立』していたとしか思えないタイミング。
     それでいて、旅装というには余りにも身だしなみが整っている。南方よりの急な長旅にもかかわらず、参内したモーリスの礼服には一分のズレすら見出せなかった。
    「……はせ参じたにしては、用意周到じゃないかしら? 見事、と言っておくわ」
    「ありがとうございます。皆様が軍旅にあらせられます以上、着飾って参上するのも不躾かとは悩みましたが……ヴァヴェルへの参内ということもありまして最低限の居様を正すこと、お許しいただければ」
    「……あなたは従軍していなかったのだから、当然ね」
     口ではまぁ、互角のように言い争えなくもないが……身だしなみという点では一枚してやられたのが否めない。
     遠路より駆け付けたはずのモーリスの方が衣装を整えているとは。こんなことならば、着飾らせてブルーノあたりを秘書役として侍らせておくのだった、と後悔しても遅い。
     ずらり、と並んだ自陣営の指揮官連と比較すれば一目瞭然だろう。
     流石に元王領副宰相、というべきか。爺は辛うじてモーリスに匹敵する礼装だが、当人の性格が硬いだけということも無視できない。
     後は、バルターにせよ、コストカにせよ、アウグストにせよ、自分自身にせよ大半が軍装のままだ。
    「ああ、申し遅れました。お味方のご戦勝、おめでとうございます。ヴァヴェル奪還と叛乱の鎮定、まことにめでたく」
    「ひとえに後背の安定があればよ。あなたに委ねればこそ、ね。南方防衛の任、ご苦労でした。フランツ陛下にも奏上しておきましょう」
    「これは、なんと光栄な! 臣、モーリスはフランツ陛下とヤーナ摂政殿下のご恩に報いるべく犬馬の労を厭いません」
     嫌味の塊じみた言い回り。
     近侍させているアウグスト、バルター、コストカあたりが、それとなく咎めるような視線をモーリスに向けてくれはするが、さっぱり効果もなし。
     大抵の宮中雀どもは三人に睨まれれば肝をつぶすのだけれども。
     やれやれ、とヤーナは思わずため息をこぼしていた。
     こりゃ、一本取られたと素直に兜を脱ぐしかない。
    「……大変に結構。是非とも、貴方の力を貸して」
    「はっ、なんなりと」
     頭を下げれば、深々と拝跪しての応答。
     全く、手に負えないとはこのことだ。
     だけれども、だからこそ、頼もしい。
     この手の厄介な奴だからこそ、今、危機的状況に陥っているコモンウェルスが必要とする『時間』を稼ぐには最適なのだ。
     故に、というべきか。
     ため息一つで気分を切り替え、ヤーナはそっけない口調でもって本題を告げる。
    「東部辺境防衛へ任じます。防衛のために必要な自由裁量権も認めましょう」
    「拝命いたします」
     ところで、とモーリスは平然とした口調で続けていく。
    「いただける兵力は?」
     なるほど、尤もな疑問だろう。
     コモンウェルスに余剰兵力はなし。南方情勢を勘案すれば、一兵でも多く南に回したいところなのだ。それでいて、脆弱な東部というわき腹を守るためにも相応の兵力が必要ともなれば究極のジレンマ。
     だからこそ、ヤーナはモーリス・オトラントという風見鶏を選んだのだ。……そして、それをこの場で言わせようとするモーリスの悪癖に対しては眉を顰めていた。
     一兵とも割けないという苦しい内情を察せないほどでもあるまいに、と。胸中の苛立ちをまとめるならば、『ここまで読めるならば、言わずとも、分かるでしょう』に……だろうか。
    「貴方を援軍として送るのよ? 十分でしょう?」
     弱音を吐露してモーリスを喜ばせる道理もなし、だ。故に理屈ならざる回答ながら、ヤーナは平然と返す。
    「……っ、現地での指揮権は、自由裁量権に含まれると考えて宜しいのですね?」
    「当たり前」
    「であれば、相当のことをやれば持ちこたえられるやもしれません」
     ですが、と言葉を継ぐモーリスの表情には面白がるような色が携えられている。
    「手元不如意ともあれば、無茶をやらせていただくことになるかと。事前にご承知いただきたいのですが」
     一切を任せられるか、と問われるわけか。
     よろしい、とヤーナが頷きかけた瞬間のことだった。
    「……失礼ですが、摂政閣下」
     意外な声が、ヤーナの決断を少しだけ先延ばしさせる。
    「あら、バルター?」
    「オトラント辺境伯軍単独では過酷な模様。増派をご検討ください。必要とあらば、このバルター、オトラント辺境伯の副将として志願いたしますが」
     横合いから、口を挟むバルターの声色は一応はモーリスを案じる、という態ではある。けれども、その真意は監視役志願だろう。
     ……とかく、評判の悪いモーリスの単独派遣だ。しかも大権を預けるともなれば、この手の配慮をと申し出てくれる気持ちはわかる。
     だが、とヤーナは言下に却下せざるをえない。
    「却下。貴方の志願はありがたいけれども、その力は南でこそ必要なのだけど」
     はっきり言えば、一兵たりとも余剰がないのだ。
     魔法技術が高度に発展したコモンウェルスといえど、兵隊が湧き出す魔法の壺までは開発しえていない。手持ちで算段をつけねばならないのだ。
    「ただでさえ、兵力に余裕がない。モーリスの派遣で東を持たせるとしても、南が破られれば目論見も何もかも駄目になる」
     だから、とヤーナはバルターへ告げるのだ。
    「有翼魔法重騎兵に一個辺境伯領分も抜けられては、その算段も狂ってしまうの」
     けれども、場の雰囲気は納得したとは言い難かった。
    「とはいえ、さすがに単独派遣もいかがなものでしょうか……防衛任務ということであれば、私の指揮下にいる銃兵部隊をご考慮頂ければ」
    「コストカ、悪いけどそれもだめ。銃兵に抜けられると困る。貴方の銃兵部隊は酷使する予定だから、余剰がないの」
    「多少であれば……」
     無理よ、とヤーナは猶も粘ろうとするコストカの反論を一蹴する。
    「貴方自身にはヴァヴェル防衛と、シャウエンブルク港防衛支援の任を担ってもらう。そのうえで、一軍を私の主軍がもらう予定なのよ?」 
    「ですが、オトラント辺境伯の単独覇権ともなれば……」
    「悪いけれど、モーリス支援に割ける余剰は本当にない」
     そして、暗に首輪を派遣する余裕もなし、だ。周囲の将帥らが、こぞって危惧するのもまさにその点にあるのだろう。
     ……有力な将帥共が揃って、モーリスの動向を案じるというのは、全く。
     これで、モーリス・オトラント辺境伯は王家に使える『宰相』の印綬を帯びているというのだから驚くほかない。この人望の無さ、信用の無さ、疑われ具合。……だが、だからこそ、今、混沌と化している東部には最適だという確信がヤーナにはある。
     ちらり、と視線を会議室に回せば全体としては不承不承という感じか。分かっておりまするとばかりに笑みを携えているのは、我が、共犯者殿だけ。
     ヤーナとしてみれば、頗る不愉快だが、仕方ない。
    「そういうわけよ、モーリス。全権を任せます」
    「そういうわけでありますか、摂政閣下」
     かしこまりました、とモーリスはいっそ典雅に一礼して見せる。
    「お早い勝報をお待ち申し上げております。ヴァヴェルで執り行うであろう戦勝凱旋式の手配は、どうぞ臣に万事お任せを」
     全く、とヤーナは小さく舌打ちする。
     『お早い勝報』などと、よくもまぁ平然と言えたものだ。また、素早く対応して見せますという言外の含みには苦笑させられてしまう。
    「あら、素敵。南方辺境伯は気配りが行き届いて結構ね。私、南方の気風が気に入ってしまうかもしれないわ」
    「ははは、光栄でございますね」
    「では、臣はさっそく任地へ」
    「良い働きを期待するわ」
    「これはなんとも光栄な。東部が陛下と摂政殿下を煩わせることはございませぬように、努めてまいります」
     ぺこり、と一礼。
     そうして背を見せることなく退出していくモーリスの姿を見送るや、ヤーナは軍に再びの行動を発令する。
     
           ◇
     
     結論から言うならば、モーリス・オトラント辺境伯は東部を良く保った。……詐術で、というべきだろうか。それは実際、詐欺的ですらあった。
     史書に曰く、『ペテン』。
     騙された側にしてみれば、贋金をつかまされた気持ちだったに違いない。唯一の慰めがあるとすれば、一滴の流血も(表向きは)、なかったと賞賛すべき点ぐらいだろうか?
     どちらにしても、結果をまとめるならば、『東部』はオルハンの侵攻を一歩たりとも許さなかった。
     東部の守りが盤石という事実こそが、ヤーナをして、コモンウェルスの戦略的環境からして不可能とされていた主力を率いての南下を許したのだ。
     モーリス・オトラント辺境伯の功績は大というべきだろう。
     もっとも、それは歴史上の話だ。
     
           ◇
     
     ……南方にて、オルハン神権帝国軍主軍と対峙している真っ只中にあるヤーナ・ソブェスキは己の不運を心底から嘆いていた。
    「……おかしい、これは、本当におかしい」
     不当だ、とばかりに口元からこぼれるのはぼやき声。
     気を引き締めれば秀麗な容貌をだらしなく崩し、心底から辟易した表情で凝視するのは闘志満ち足りたとばかりに布陣済みのオルハン神権帝国軍陣営だ。
    「多少の質的劣勢をものともしない圧倒的な数的有利、それでいて大軍を養うにたる断固とした補給線とか、不公平だわ」
     個々の将兵でみれば、オルハン神権帝国軍といえどもコモンウェルスの精鋭には一歩譲るやもしれない。けれど、戦争というのは数の勝負だ。
     モーリスから知らされたように、オルハン神権帝国軍は前々から万全の手配りを行っていたのだ、と嫌でもわかる光景が広がっている。
     大慌てで南下してきたヤーナ軍と対比すれば、整然とした連中の陣営が妬ましいほどだ。
    「極めつけは、戦意に満ち溢れ、皇帝の信認も盤石極まりない忠勇な指揮官ですって?」
    「ヤーナ摂政殿下ですら、敵将を買われますか?」
    「当たり前じゃない。アウグスト!」
     やるせなしとばかりに、ヤーナは吼える。
    「敵将は有能ときて、率いる兵力も膨大。そして補給線が万全とくれば、謀略といきたいところ。だけどねぇ……」
     通常の場合、遠征軍というのは強大な兵力を与えられているが、与えられているがゆえに暴力に弱い。なにしろ一介の将が、大兵を率いて遠隔地へ赴けば『間違いなく』君主は不安になる。
     コモンウェルスにおいてすら、それは同様だ。
     ヤーナがモーリスに指揮権を任せようとした際が極端な例だろう。一兵とて割けない局面であったことを思えば、微々たる兵力であったにしても、だ。爺やポルトツキー伯爵のように良識的な連中まで、こぞって首輪をつけない懸念を伝えてよこすほどである。
     従って、『カーラ・ムルスタフ』に叛意という噂で皇帝と将軍の離間を図るのが通常のオプションとなるだろう。
     ……『通常』ならば。
    「離間策を仕掛けようにも、皇帝の忠犬ときてはだめ」
     調べれば調べるほど、頭が痛かった。ムルスタフ姉妹と、皇帝の信頼関係はさながら自分と爺、アウグストのようなものだ。
     いうなれば、裏切りを考慮する必要がない関係。下手な分離策は逆手に取られるのがオチだろう。偽計に掛けられることが目に見えて仕方がない。
    「翻って、こちらは強行軍で駆けつけたばかり。後方にしたところで、信服定かならざる貴族が多数」
     陰謀に弱いのは、むしろコモンウェルスの側だった。
    「西、北、東、と三方面を抱えている以上、此処で敗れると本当に後がない。ほんと、嫌になるなぁ……」
     考えれば考えるほど、ヤーナには嫌気がさしてくる。
    「疲労して劣勢の軍勢で仕掛けるなど、普通ならば論外でしょうね。ああ、もう、本当にこれだから……」
    「では、撤退をご検討為されますか?」
     ボヤキを遮るのは恐る恐る、という口調ながらのアウグスト。だが、ヤーナはぽかんとして自分の信頼する騎士をまじまじと見つめ返していた。
    「は? なんで?」
    「摂政殿下ご自身が仰られたではありませんか!? この戦力差では……」
    「で、だから、それがどうしたの?」
    「は?」
     ぽかん、とした表情のアウグストはよい騎士なのだろう。
     ……この手の快活で明朗な武人には、絶対に想像もつかない一面が人間にはあるのだ、ということをヤーナは嫌というほどに知っているのだ。
    「このタイミングでオルハン神権帝国のトリル皇帝が親征で出てくれば、そりゃ、此処で退くわよ?」
     ムルスタフ姉妹について、調べれば調べるほど確信できる事実。アルマとカーラという名の二将は、トリルの臣下というよりも信奉者に近い。
     ……裏切るぐらいならば、その場で果てることをためらわないだろう。
     皇帝からの信任も納得の背景だ。
    「だけど、あいつじゃなきゃ殺れる。時間がない以上、敵はやれるときに潰すべし」
     だけど、とヤーナはほくそ笑む。
     ……ムルスタフ姉妹は、一武将なのだ。
     皇帝じゃない。
    「勝算がお有りあそばすのですか?」
    「勝算も何も、初めから勝っているのよ。戦争を一人でやるつもりならば、複数人でボコボコにしてやりましょう」
     支配者の寵愛というのは、往々にして恩恵だけを意味するのではない。
     ……たとえ、ムルスタフ姉妹が実力で今の地位まで上り詰めたにせよ、無能な人間ほど『皇帝の恣意的な重用』と思いたがるものだ。
     ヤーナには、嫌というほどに察しが付く。
     他者に劣ることを認められない人間、というのは存外に少なくないのだ。えてして無能な人間ほど、その傾向が強い、ともいうべきだろう。
     とどめは皇帝ことトリル・オルハンの気質だ。調べる限り、相当に英邁だが、聡明だからこそ『足の引っ張り合い』という下々の性癖を往々にして忘失している。
    「諸将を招集。陣の配置について、指示を出すわ」
    「直ちに」
     
           ◇
     
     揃った将帥を見渡し、ヤーナは小さくほくそ笑む。
     バルター、アウグスト、爺の三人が率いている有翼魔法重騎兵は、依然として突撃力を保った精鋭ぞろい。
     自分の手持ちと、志願してきた新人で構成した張りぼて有翼魔法重騎兵部隊も合わせれば五部隊はペガサスぞろいだ。その他にも、エドウィージュ教授やブルーノあたりが魔導師共を取りまとめ、かなり手厚い後衛支援集団を形成しえている。
     列席していないものの、銃兵とてコストカ指揮下の最精鋭ぞろい。イエニチェリ軍団とすら、競うことぐらいはできますぞ、と指揮官が太鼓判を押した銃兵は精鋭だ。
     ……まぁ、一日の長が相手にあることは否めないが。
     戦列を一撃で突き崩されるようなことはさすがにないだろう。銃兵としての粘り強さ、という点ではコストカ・ポルトツキー伯爵というコモンウェルスの第一人者が非常に徹底して叩き込んでいる。
     その粘り強さはヤーナとて認めざるを得ないものだ。
     なればこそ、それらを前提に、ヤーナは陣ぶれを発していた。
    「コストカから借りてきた銃兵を中央に配置。アウグスト、バルター、貴方たちは私と一緒に左翼。爺、貴方には右翼を任せます」
    「失礼ですが、摂政殿下。中央が手薄に過ぎませんか?」
    「アウグスト、って……あら、珍しいわね。バルターも爺も同意見?」
     アウグストが諸将を代表して口にしたであろう疑念を、ヤーナは笑い飛ばす。
     だが、堅物共なのだ。
     その中の一人が、忠言が義務だ、とばかりに口を開く。
    「……摂政殿下、ご存念を賜れますれば」
    「バルター、銃兵だって適切な支援がある限り『あなた』の突撃さえものともしないことは、ロスバッハで学んでしょう」
    「お言葉ですが、ロスバッハでは敵銃兵のみならず砲兵と地雷原が存在しました。我が方は、砲兵も地雷原も事欠いておりますが」
     ああ、とヤーナは笑う。
     敗北から学べる軍人というのは、全く、しっかりしたものだ。腕一本の授業料は安かった、などと嘯くバルターめ。
     ついでに、ロスバッハで父王も止めてくれればこれほど自分が苦労することもなかったのに、とまで考えてしまうのはヤーナの八つ当たりだろう。
     客観的に見れば、反省し、活用している。
     まさに、というべきあk。
    「柔軟な思考と手堅さが混在しているとは、称賛に値するわね」
    「摂政殿下、お褒め頂くのは光栄ですが……」
     素直なヤーナの賛辞だが、しかし、バルターの堅い顔は揺れもしない。どちらかといえば、苦言の度合いが強まる、というべきか。
    「安心して頂戴な。貴方の指摘は尤もだけれど、代替手段は用意済みよ。エドウィージュ教授とブルーノを支援に残します。あの教授ならば破壊力は、地雷に勝るとも劣らないのじゃなくて?」
    「……失礼ですが、摂政殿下。伺う限りにおいて、中央で受け止めつつ、両翼で包囲を試みるという鎚と鉄床戦術でしょうか」
    「正解、バルター」
    「なればこそ、意見具申いたします」
     よろしいでしょうか、とバルターが真剣そうに口をはさんでくるのは常識的な戦術論。
    「それは『敵が出戦』することを前提にした戦術です。敵が固守の構えである以上、こちらから仕掛けるしかないように思われますが……」
     それでは、ダメですと言いたのだろう。あわせて、アウグストが危惧を口に出してくるところまで予定調和。
    「左様ですな。確かに、有翼魔法重騎兵は強力でありますが……防備を固めた敵陣への突撃はロスバッハの二の舞足りえますが」
    「つまり、敵を崩せないと苦労するということね」
     御意、と頷く堅物二名ども。
     苦笑したヤーナはちらり、と沈黙を保っている賢明な老人の見解を尋ねていた。
    「バルターもアウグストも慎重なことは、結構だけれども。爺、貴方はどうかしら」
    「……姫の性格からして、楽をされるおつもりなのでは?」
    「それも、正解」
    「「は?」」
     やはりか、と一人頷くイグナティウスをよそに、ヤーナは預言じみた言葉を吐く。
    「オルハン神権帝国軍は、オルハン神権帝国軍人の過失で瓦解することでしょう。さ、はじめるわよ」
     
           ◇
     
     左翼に布陣したヤーナの率いる部隊は、アウグスト、バルターが率いる練達の騎士団を中核とする有翼魔法重騎兵のみである。
     コモンウェルスの誇りし衝撃力だが、しかし、かつての威力は保ちえていない。
     ……ロスバッハ以来の損耗は、コモンウェルスをしてベテランの有翼魔法重騎兵を払底させしめている。
     ありていに言って、質も数も足りないのだ。
     なればこそ、本来であれば数合わせにしか使えないであろう新人らをヤーナは盛大に酷使する方策を見出している。
     まぁ、ありていに言えば『囮』だ。ただし、囮といっても釣り野伏せりのようにえげつない運用ができる錬度がない以上は侮らせることを前提としたもの。
    「姫、敵の右翼が」
    「敵の騎兵が釣れた?」
     戦場を凝視しつつ、ヤーナは小さく頷いて問い返す。
     囮は、上手く機能している。彼らには、追われたらば一目散に自陣営に逃げ戻るように、と言明しておいた。
     渋っていた騎士共も、しかし、敵軍に猛追されればヤーナの指示を思い出すのだろう。あれよ、あれよ、とばかりにこちらに駆け戻ってくる。
    「御意。歩兵も続いておりますが」
    「……釣れた、か」
     アウグストの報告は、朗報だった。観察眼という点で、ヤーナは自身がアウグストに劣ることを平然と認める。
     故に、ヤーナは専門家に問うのだ。
    「大変結構。確認しておくけれども、敵の一部が動いたわけではなく、右翼全体が釣れたのね?」
    「ご安心ください。一部の突出を見捨てて孤立させるわけにもいかず、イエニチェリ軍団を含め敵右翼全てが続いている模様です」
     うむ、とヤーナは小さくこぶしを握り締める。
    「オルハンのイエニチェリ軍団は、情が深い。主将共の性格通り、ということか」
    「は?」
    「……オマー将軍、アルマ将軍の性格もどうやらモーリスの情報通りね」 
    「後学までに、ご解説ねがえませんか」
     いいわよ、とヤーナは軽く応じていた。
    「どちらも、面倒見が極めて良い。そういう将軍に信任されているイエニチェリ士官ともなれば、『優しい』のよ」
    「イエニチェリ軍団の指揮官は、伝統的に苛烈な軍人だと、伺っていましたが?」
    「敵に対しては、と但し書きをつけておきなさい」
    「つまり、姫殿下。彼らは、味方に対しては……」
     ええ、と羨ましさを押し殺してヤーナは頷いて見せる。
    「そういうことよ、アウグスト。よく言えば麗しい同胞愛、悪く言えばなぁなぁのかばい合いね」
     半ばあきれるように、半ば賛美するように、ヤーナは敵の性質を語っていた。
    「さて、ここからが正念場。……相手の指揮官がとりうる方策は二つ。だけど、まぁ……カーラ将軍の性格からすれば『一つ』しかないでしょうね」
     きっと、とヤーナは小さく無自覚に頬を緩ませながら嗤う。
     真面目な正確な将だとすれば、前に出ることを選ぶ。無責任であれば、逃げられるのだろうけれど……カーラ将軍というのは人が好過ぎるのだ。
    「さて、お手並み拝見と行きましょう」
    「伝令! 敵主軍が行動を開始しました!」
     偵察に出していた兵の叫び声。彼らもまた自分の任務をきっちりとやり遂げた、というべきだろう。
    「敵が動き出したの良いのですが……中央部が持ちこたえられますか? 必要であれば、支援を」
    「ええ、アウグスト、貴方の危惧通りでしょうね。敵は……中央をぶち抜いて、包囲を壊すつもり。……闘将、か。勇敢だけれども、少し、対応が古い」
     ヤーナはその瞬間、我が策なれりとほほ笑む。
    「姫?」
    「全部予想通りよ」
    「は?」
    「こちらの中央戦線をぶち抜こうとするのは悪い手じゃないの。実際、前衛の編成が『有翼魔法重騎兵』100%であれば足を止めて後衛を援護する必要が出てくる」
     だけど、とヤーナはほくそ笑む。
     シパーヒー軍団は、足が『速すぎる』。イエニチェリ軍団と足をそろえるには、少々、時間を浪費することになるだろう。
     だから、騎兵だけで突っ込んでくる。包囲網を寸断せんとするカーラ将軍であれば、騎兵で穴をあけ、歩兵で穴を拡張する定石通りの運用を行うと踏んでいた通りだ。
     突撃時の狂騒に呑まれなければ、銃兵だけでイエニチェリ軍団到着まで踏ん張るのはたやすい仕事だ。
    「……銃兵、連れてきてよかったでしょ? さぁ、行動開始。銃兵が踏ん張っている間に、敵右翼を屠って、敵の背後をとるわよ」
     参りました、とばかりに苦笑して頷きアウグストがペガサスの馬首を巡らせる。
    「しかし、わかりませんな。……音に聞こえたカーラ将軍であれば、一部の暴走は切り捨てるものかと思ったのですが」
    「貴方が分からないも無理はないかぁ……。そりゃ、恵まれているもんね。
    「は?」
     こればかりは、全軍の指揮官という立場に立たねば見えてこない視点だろう。アウグストにしても、バルターにしても、きっとわからないはずだ。なにしろ、彼らは『我が意のままに』動かせる騎士団を鍛え上げて率いている騎士団長なのだから。
     恵まれすぎているのだろう。
    「答えは単純。カーラ将軍が皇帝の忠臣だからよ」
    「ご説明いただいても?」
     納得がいかないのだろう。少しばかり訝し気なアウグストに、ヤーナは仕方ないなと肩をすくめて見せる。
    「彼女は、皇帝の忠臣。だけど、『同僚受け』は最悪」
     つまるところ、とヤーナは含みを持たせた言葉を解きほぐす。
    「ここで孤立した従属国を見捨てれば、軍全体が統制できなくなりかねない。だから、一か八か救援を動かした」
     オルハン神権帝国の中にあって軍人として階級をカーラ将軍が無条件に持ち出せるのはイエニチェリ軍団やシパーヒー軍団のような皇帝直属集団のみ。
     本質的に、従属国の将兵はトリル・オルハン皇帝に臣従しているにすぎないのだ。つまるところ、部下への配慮、いや属僚への配慮がカーラ将軍には求められるというべきか。
     まぁ、気配りができて悪いこともないのだが。
    「……だけど、だけど。オルハンの将兵にしてみれば、『なし崩し』の戦闘突入よ。心構えなんてできていないし、何より、『朝食』すらままならない連中だわ」
     武人であるカーラ将軍は、飲まず食わずでも平気だとしても。将兵の一兵卒に至るまで、その堅牢な精神でもって戦場に突入しえるかといえば甚だ疑問が残る。
     ヤーナに言わせれば、それが、強い個人であるカーラ将軍の決定的な弱点だ。
     なればこそ、ヤーナはカーラ将軍ではなく、カーラ将軍以外の敵兵を狙った。……苛立っている指揮官が、疎ましい騎兵を追い払えと命令するのは時間の問題だったのだ。
     ……まぁ、カーラ将軍あたりは『動くな』と厳命したかったのだろう。けれども、属僚に対する配慮があって徹底し切れなかったところが彼女の手落ちだろうか。 
     さて、とばかりにヤーナは頭を振って気分を切り替える。
     敵の右翼はつり出せた。敵の中央は、がむしゃらに突破を図ろうとし、残った左翼は出遅れている。堅陣を敷いていたオルハン神権帝国軍の隊列はズタズタだ。
     頃合い良し、と見計らうやヤーナは指令を発しかけていた。
    「バルターに伝令。先鋒は任せます。敵右翼、粉砕して頂戴と……」
    「伝令! バルター将軍より、先鋒志願です!」
    「あら、タイミング良いわね。許すわ! 敵右翼を粉砕して頂戴!」
    「承知!」
     なんとも、と爽快な気分だった。
     辺境伯という身分からして、矜持が高くて使いにくいのではないかと危惧していたバルター・アッシュ辺境伯。実のところ、バルターがこれほどに当意即妙な行動をとってくれるとは良そうだにしていなかった。
    「やれやれ、私もまだまだか。とはいえ、バルターには感謝ね」
    「御意。さすがはバルター卿です」
     馬首をそろえ、戦場を遠望すれば感嘆せざるを得ないだろう。
     我武者羅なようで精緻な連携を保ち突っ込んでいくアッシュ辺境伯騎士団の突進力。人馬一体という乗り手の錬度もさることながら、部隊として有機的に完成された突撃力は有翼魔法重騎兵の理想を体現するといっても過言ではない。
    「お見事、というべきね。敵右翼の崩壊は時間の問題、と」
    「先駆けの誉れ、武勲の機会、信託にこたえうる器量と統率。やれやれ、羨ましいばかりです。武人ならば、かくありたいものと思ってしまう」
     武人の血が騒ぐというところだろうか。しみじみと呟くアウグストの口調は、珍しくない面から出る私的な感情を吐露するものだった。
     珍しいこともあるものだ、とヤーナは苦笑する。
    「あら……アウグスト? 貴方も騎士として大したものだとは思うわよ。なんならば、バルターと競ってくる? 許すわよ」
    「命じられるのであれば、参ります。ですが、我らは摂政殿下の近衛です。さすがに、この場を軽々しく離れるわけにも」
    「あらそう。まぁ……あの具合だと、確かにバルターだけでも十分そうだし」
    「違いありません。おや、どうやら敵の指揮官格が倒れたようです」
     アウグストの言葉でちらり、と見れば敵右翼が確かに変調をきたしていた。綻びを取り繕おうとする努力すら蜂起したらしい。崩れかけていた敵右翼が急速に瓦解していく。
     頭をつぶすことにでも、成功したのだろう。これで、敵の右翼は無力化しえた。
    「さすがに、仕事が早い。うちの銃兵は、どう?」
    「まだ、接敵していないようです……訂正を、今、射撃戦が始まった模様です」
    「となると、頃合いか。前進。バルターには、敵をある程度追い散らして再集結できないようにさせ次第合流を、と」
    「はっ」
     戦場を俯瞰する視座があれば、オルハン神権帝国軍の状況に息をのむことだろう。
     右翼を欠いた隊列ですら衝撃的なのに、コモンウェルス軍の戦列を抜けていない中央は側面が無防備なまま露出している。
     本来、それを支援すべき右翼が消えたのだ。
     とても、間に合わないだろう。
    「さて、敵右翼が居なくなり、敵中央主軍の脇腹見えたり、と」
     なれども、なれども。
     部隊を動かし、オルハン神権帝国軍中央部の側面を蹂躙せんと突撃発起の隊列を整えていたヤーナは、敵が阻止線を構築しようと足掻いていることに瞠目させられていた。
     決して、分厚い防衛線とは言い難いだろう。僅かな歩兵が急造も露わな防衛線を固めているだけの代物。
     だが、戦意は旺盛そのものだった。
    「ん? ああ、後続のイエニチェリ軍団か」
     軍鍋旗を轟かせ、一歩たりとも退かぬと踏みとどまる連中の正体はそんなところだろう。むしろ、とヤーナ心底から称賛する。
     よくぞ、この局面でその決断を、と。
    「……正しいけれど、哀れね」
    「は?」
    「……全軍と連携していれば、あのイエニチェリ軍団は私たちを止めえたでしょうに。あるいは、右翼を援護していたイエニチェリ軍団だけでもカーラ将軍の手元にあればね」
     孤立した孤軍の奮闘など、戦場では大勢を左右しえない。
     にも拘わらず、踏みとどまって見せる。
    「とはいえ、これは戦争」
    「蹂躙を?」
    「答えは、ヴィ。"masse de rupture"。衝撃騎兵こそが、戦場の支配者だと、三度、示してやるのよ」
     だから、敬意と共にヤーナは尤も信頼する近衛へ告げる。
    「アウグスト、あれを、崩しさない」
     通さじ、と踏ん張るイエニチェリ軍団の軍鍋旗が轟く。負けずとばかりに声を張り上げ、ヤーナは告げる。
    「崩して、敵中央を分断します。アウグスト、私、勝利の宴はあの鍋で食べたいわ」
    「承りました。……騎士団諸君、ゆくぞ!」
     アウグストの号令と共に、鳴り響くはラッパのけたたましい音。大地を滑るがごとき奔流と化したソブェスキ封建騎士団の突撃は、まさに雷鳴だった。
     衝撃による瓦解。
     文字通り、イエニチェリ軍団はただの一撃によって薄く引き伸ばされていた防衛線をぶち抜かれ、吹き飛んでいく。アウグストらに続き、突入するヤーナは軍鍋旗が地面に崩れ落ちていくさまを鑑賞する余裕にすら恵まれる。
     そして、それがオルハン神権帝国軍中央部の終わりでもあった。ただでさえコモンウェルス側銃兵の頑強な防衛線を抜きあぐねていたところへ、側面から有翼魔法重騎兵が奔流となって殴りかかるのだ。
     大混乱に陥ったオルハン神権帝国軍は、組織的抵抗を瓦解させていく。
    「分断に成功しました! イエニチェリ軍団は排除!」 
    「カーラ将軍の身柄は!? 捕らえたの!?」
    「敵司令部は後退中です!」
     返り血を槍に滴らせつつ、凄まじい形相のアウグストが叫ぶ戦況報告は順調そのもの。
    「……カーラ将軍も存外に逃げ足の速いこと」
    「直ちに追撃部隊を編成します!」
     ラッパ手を呼び止め、今にも一軍を割かんとするアウグストの判断は常識的なものだ。だが、一瞬のうちにヤーナはそれを差し止める。
    「ダメ!」
     後始末、というものが頭をよぎっていた。
     ……カーラ将軍がどう思っているにせよ、だ。ムスルスタフ姉妹は『トリル皇帝』に近すぎる。うっかり、殺してしまうよりは……見逃す方が後腐れもない。
     そんなソロバンを戦場で弾いてしまう自分が、少しだけヤーナは嫌になる。
    「ひ、姫?」
    「敵司令部の追撃は、無視! 残敵を薙ぎ払い、殲滅を優先する!」
    「宜しいのですか!?」
     いいから、と嫌悪感を振り出すようにヤーナは声を張り上げる。
    「敵の野戦軍を削る!」 
     分かりました、とアウグストは馬首を巡らせテキパキとした手際でラッパ手に指示を出し始めていく。
     敵の中央は瓦解しつつあり、損害の少ない敵左翼は爺の率いる自軍右翼が牽制済み。
     後は、包囲したオルハン軍の将兵を締め上げるだけなのだ。
    「それで、この戦いにケリは付けられるわよ。さ、行動開始。片付けてしまいましょう」
     
     かくして、というべきか。
     誰よりも早く戦場の勝報をつかんだモーリス・オトラント辺境伯は、自身の公務記録へ、短い記録だけ記入する。
     『オルハン神権帝国軍に完勝。称して南方会戦。これにて講和条約、なれり』、と。
       
    さらに続けて第六章『従容たる王佐の賢人』はこちら!

     


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