エヴァやってた頃は日本にいなかったので観た事なかったのですが、今夜の放映はいま飛ぶ鳥落とす勢いの海燕さんが実況ということで、初めて観ました。
すげぇぇぇぇ。さすが噂に聞くエヴァ。19話の最後のシーンはニコ動で少し見てたんですけど、通してみると息止まりました…。始めて観るので、本編放映中は海燕さん達のトークは聴く暇ありませんでしたが、みんなのコメントは楽しかったし、始まる前と終わった後はたっぷりトークを楽しんでます(トークはまだ続いてる)。
こんな名作をコメントやトーク付きで始めて観る、なんて贅沢な人生でしょう。長生きするものです。
さて。こんな記事を見かけました。
<発達障害>小中学生61万4000人 文科省調査・推計
発達障害とみられる児童生徒を学年別に見ると、小学1年が最多で9.8%。成長に伴い障害が改善され、小学4年7.8%▽中学1年4.8%▽中学3年3.2%だった。
未来の普通らしく、未来目線で言い直してみたいと思います。
小一で10人に一人が問題となるような授業に問題があると思います。その後大きい学年でどんどん割合が減っているのであればなおさらです。今の小一のやり方はきついのです。9.8%の子に問題が起こるやり方なら、その他大勢の子にとっても決して楽ではないはずです。正規分布のグラフを眺めながら想像するに余裕で半数にはきついのではないでしょうか。学習内容だけでなく、たとえば座学とか、授業時間の長さとか、黙ってなくちゃいけないとかそういうのが積み重なってきついのです。
次のようなエピソードがあります。
小学校から算数を追放すると1/4の授業時間で成績を上がった話
ベネゼットの基本的な考えは、6歳から教えはじめて8年間かかる算数の授業も、12歳から始めれば2年で終わる、というものだった。そう考える一番の理由は、幼少期には難しい抽象的なものの見方・考え方も、十分に成長した後なら、ずっと容易に理解することができるという、発達上の根拠だった。
また、高い学年になってから算数を学ぶことで、重複の無駄や書き換え(オーバーライト)の困難さを避けることができる利点もあった。
これをうのみにするかはともかく、今やってることの中に「早過ぎる」ものをみつけ、その代わりに別の事に時間を割くことで、今発達障害とみられているかなりの子は普通にこなすことができるはずです。そしてそういう授業は他の子にとっても、今よりずっとこなしやすい楽しい授業になるでしょう。
もちろんそれでもこなせない子は出ますし、その子には特別な支援が必要です。でもその話と 9.8% の話は全く別なのです。
繰り返すと、9.8%が付いていけない授業は、軽く半数にきつい内容のはずで、もっと子どもの発達に合わせた内容を模索するべきです。
ということでまず私ができることとしては、9.8%が付いていけないということは、どれくらいの子に「きつい」かを示す数学モデルを見つけたいと思います。エヴァ観ながらでは思いつきませんでした。ピンと来る方是非教えてください。
追記:
調査は文科省の通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果についてのページからダウンロードできます。少し見ましたが、調査の負担軽減から全学年同じ設問で、設問によっては「学年相応」かどうかが判断基準ですが、そうでない設問も多いです。つまり低学年程大きくなる傾向はどうしても出るようです。その傾向を超えて子どもが障害を克服しているかは判断されていません。ということで、学年上がることで改善していることについての記述は無効です。補正してくれればいいのに。
なお、設問は小3,4年を一番意識しているということで、数字として使えるのは小学4年7.8%です。決して小さくないので、これで全体のどれだけ苦労しているか考えたいところです。
・併せてどうぞ
【家で授業を聞き、塾で宿題をしよう】 こういうアプローチもあります。
コメント
コメントを書くそもそも発達障害の子供を減らさなきゃならないの?
無理に減らさなくていいじゃん。
ものごとには、すべて良い面と悪い面がある。
教育方法を変えれば解決するような、そんな簡単な性質の問題なのだろうか。
また、この問題に新たに加わった要因として、
日本がウクライナやベラルーシの後ろを歩き始めた現実を直視するべき。
そんなのやっただみんなが馬鹿になるだけだろ。
半数も付いてくのがきついはないわ、
おれが小学校の時、算数はみんなそれなりにできてたぞ。
できてないやつは宿題やってないとか、ほかの人がやってるようなことをやってなかっただけのやつ。
減らさんと確実にツケがまわってくる。少子化進む一方で、数パーセントは怖いぞ?
で詰め込み式の学習方法なんて後でもいいから、小さいうちから社会性を身につける学習をさせる方がいい。
「学校の勉強が社会に出るとあまり役に立たない」っていうなら、なおさら必要だと思う。
それが今の企業のニーズに合ってるし…
そもそも発達障害は高機能自閉症の一種なので「一見ふつうに見えるが、健常者と比較してできる事とできない事の振れ幅が大きい」という、れっきとした「脳の障害」。 減らそうと思って減らせるものではない。 重要なのは「自分の障害を自覚させて、それに対する対処法(ものが覚えられないならメモを取って見る)を学ばせる」ことと、「その障害を受け入れられる環境」の両立。 この人の認識は間違っている。
差別発言と捉えられるかもしらんが、バイト先に発達障害(らしき)の爺さんが客で来るが、障害のせいで職が無いのか、浮浪者と変わらん見た目で皆が避けて消極的な態度で接する。あきらかに他の客への接客と違うレベルになる。
ふと思ったが、あの爺さんがこの教育を受けていたとして、今の現実が回避できたかどうか・・・
結局、脳やらの障害なら、重度になれば意味ないし、結局敷居を減らそうとしても、社会という敷居にある程度のっかれなければ、最終的にはぐれ者にされるだけなんじゃないのか。
本当に教えたいものとか、本当に教えるべきものってのは、算数とか局地的なものじゃない次元なんじゃないのかね
あくまで”発達障害の可能性”だろうに、だからこういう話になるんだろうさ。他のコメント者は読んでねーのかねそっち。
発達障害かどうかはわからんけどなんとなくそれっぽい兆候出てるのがこんだけいるって程度の情報だぞ?
実際のところこっちがガキだった頃と比べて酷いみたいではあるし、なんとかしないと効率があまりにも悲惨すぎるのはあるんだからよ。
低学年相手の説明と高学年相手の説明が矛盾するなんてよくあることだし、ベネゼット方式も悪くないと思うがね。