ここで書く茂木 健一郎さんやホリエモンのキャラというのが、近い将来人工知能でできそうだなと思いながら書いています。
茂木さんのこの記事を見て、しびれまくりです。
なぜホリエモンは努力を隠すのか
趣旨としては、「ともすれば『傲慢』『不遜』と見られがちな堀江氏」が実は努力家であるということ、本人になぜ隠すのかと聞いたら、意図してそうしているからという答えが返ってきたことなどが書かれています。そして最後は、
ただ、もう少し、頑張っているところも見せたほうが、堀江さんを好きになる人がもっと増えるのではないかと、友人としては心配するのである。と締めくくられています。
茂木さんは、こういうのをかなり素でやれるところがものすごいといつも思うのですが、この話よく計算されているなあとしびれます。
まず、「ともすれば『傲慢』『不遜』と見られがちな堀江氏」について、
皆さんは、堀江貴文さん、すなわち「ホリエモン」に対して、どのようなイメージをお持ちだろうか? 頭がいい、ということは認めるとしても、ものすごい努力家だ、という印象はあるだろうか?とあるんですけど、これホリエモンが嫌いな人は「『傲慢』『不遜』」と思ってるでしょうけど、多少でも好意を持ってる人なら、努力家なことなんて普通に知ってます。獄中で本1000冊読んだとか、235日でマイナス24.9kgの減量に成功したとか(私は最近64日で10kgの減量しました!)、明らかに努力家です。
なのに、一般には「『傲慢』『不遜』」と言われがちなキャラ設定を知っているので、「ものすごい努力家だ、という印象はあるだろうか?」とぬけぬけと疑問を投げかけます。
さらに茂木さんはそのことについてホリエモンに問いただし、ホリエモンは
「だって、頭のいい人がものすごく努力しないと成功しない、と思われたら、やってみよう、という人が少なくなってしまうじゃないですか」と答えたことを受けて、いろいろとつなげていきます。
しかし、ホリエモンほど計算づくで発言する人はいないんじゃないかと思える人で、これを額面通り取って話をつなげていく虚々実々さ。茂木さんもホリエモンは頭がいいと書いてますから発言は計算されてる可能性があることくらいわかりきってて、あっさりそれに乗っていってます。
ホリエモンの計算された発言というのは、例えばこの記事とか顕著です。
堀江貴文氏が語る、「生きるのに必要なこと」 僕が「家もプライドも要らない」と思うワケ | オリジナル - 東洋経済オンライン
そもそも、僕は未来なんか見てないですね。今を一生懸命生きるっていうスタンスです。逆に、先を考えることに意味があるのかわからないのです。何かメリットがあるのかというと、別にない気がする。未来のことを人に聞かれたら「先のことを考えたら何かいいことあるんですか?」っていつも聞くんですけど、ないでしょう? なんかあります?なんかこうあたかも、普遍的な考えのように話してますけど、これ単に今が非常に流動的な時代で先がどうなるかわからないからで、「未来なんか見てない」なんか真逆であらゆる未来を想定してイメトレして、でもってどれがきてもある程度対応できるような体制を整えて、いいよどれでも来なよってとこまで対策して、その後に「未来なんか見てない」と言えてるのです。未来を読みまくった上で「見てない」と。そこで「未来読みまくったのでどれが来てもいいです」なんていう発言はカッコ悪いから、「未来なんか見てない」という表現に昇華しているだけです。
そして茂木さんの締めくくり。
これ至っては、ホリエモンが普段反感買うような発言をするのは、自分に寄ってきて欲しくないような人に嫌われるためにやっているわけで、いわば典型的な「余計な御世話」なわけですが、茂木さんは「余計な御世話」とわかっていてあえてそう締めくくっているように読めます。ただ、もう少し、頑張っているところも見せたほうが、堀江さんを好きになる人がもっと増えるのではないかと、友人としては心配するのである。
いかにも茂木さん「らしい」発言ですし、ホリエモンが嫌いな人にしてみれば、全くだからけしからんと強化できますし、好意を持つ人はほんとにもちょっと工夫すればいいのにと好意を強化できますし、なんて上手にまとめてるんだとしびれるばかりです。
と、この二人の発言を普段読んでいると、きちんとキャラ設定ができていて、そのキャラはここでこう発言するであろう