『NEWSを疑え!』第26号(2011年6月30日号)

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【最新発行日】2011/6/30
【発行周期】毎週月曜日、木曜日 

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【今回の目次】 
◎ストラテジック・アイ(Strategic Eye) 
◇◆再浮上した「嘉手納統合案」にのぞく米国の戦略的転換
◆提案の上院議員は軍事のプロ
◆背景にアメリカの緊縮財政と対中国戦略
◆従来の「嘉手納統合案」とは全く別もの
◆柔軟路線に転換?パネッタ次期国防長官
◎セキュリティ・アイ(Security Eye) 
・ギリシャ国有企業を買いに出たロシアの思惑
(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之) 
◎ミリタリー・アイ(Military Eye) 
・巨大空母の終焉を模索する米国(西恭之) 
◎テクノ・アイ(Techno Eye)
・弾道ミサイル東風15(西恭之) 
◎今週の言葉
・ポークバレル
◎編集後記 
・第1ラウンドルール

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◎ストラテジック・アイ(Strategic Eye)
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◇◆再浮上した「嘉手納統合案」にのぞく米国の戦略的転換

国際変動研究所理事長 軍事アナリスト 小川 和久

Q:この5月、アメリカの上院議員が超党派で、米海兵隊普天間基地の名護市辺野古移設を「実行不可能」とし、米空軍嘉手納基地への統合を骨子とする新たな移設案の検討を国防総省に求めました。5月6日にゲーツ国防長官らに提案し、11日には声明を発表しています。今回は、この米上院議員による「嘉手納統合案」の意義や実現の可能性について、小川さんの考えを聞かせてください。

小川:「この米上院議員たちの提案のポイントは、上院軍事委員長のカール・レビン(民主党)、上院外交委員会東アジア・太平洋小委員長のジム・ウェッブ(民主党)、上院軍事委員会共和党筆頭委員のジョン・マケインという米議会の重鎮から、それも超党派で出されたという点にあります」

「提案が出たとき、私は3人の上院議員の経歴を改めて洗い直し、とくに『ポークバレル』の懸念はないかという点を念入りに調べました。ポークバレルとは『塩漬けの豚肉を詰めた樽』で、これを奴隷制の時代に農園主が農奴たちに分け前として与えたことに由来するアメリカの政治用語です。ある法案の成立に尽力した政治家に、その見返りとして、選挙民に役立つ国庫支出をおこなうような政治手法を言います。たとえば原発の建設に尽力した政治家の選挙区に、道路や運動公園などを手厚く整備するといった利権のバラマキがそうですね。ところが、調べると、3人ともポークバレルの利権あさりには縁のないクリーンな政治家で、とくにマケインはポークバレルの批判者として知られています」

Q:マケインは2008年の米大統領選で共和党の候補としてオバマと戦った大物議員ですね。

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◆提案の上院議員は軍事のプロ

小川:「そうです。西主任研究員が整理してくれましたので、参考までに3人の上院議員のプロフィールを紹介しておきましょう」

●カール・レビン(米上院軍事委員長、民主党、ミシガン州選出)
 1934年生まれ。軍歴なし。弁護士。69~77年デトロイト市議。78年米上院初当選。2008年6選。サンディ・レビン米下院議員は兄。日米自動車摩擦が問題となった1980年代には、日本の防衛力増強を強く求めた。最近はF35戦闘機のコスト高への批判の先頭に立っている。競争契約法、内部告発者保護法などを起草。

●ジム・ウェッブ(米上院外交委員会東アジア・太平洋小委員長、民主党、バージニア州選出)
 1946年生まれ。68年海軍士官学校卒。68~72年海兵隊歩兵将校。ベトナム戦争の殊勲で海軍十字章を受章(名誉勲章に次ぐ栄誉)。退役後に弁護士。77~81年米下院復員軍事委員会スタッフ。作家としても有名で、日本の刑務所のルポや連合軍占領下の日本を題材とした小説を書いたことがある。84~87年国防次官補。87~88年海軍長官。2006年初当選。2011年2月、来年の上院選不出馬を宣言。2011年6月、南シナ海での中国の実力行使に遺憾の意を表明し、紛争の平和的解決を求める上院決議を提案、全会一致で採択される。

●ジョン・マケイン(米上院軍事委員会共和党筆頭委員、アリゾナ州選出)
 1936年生まれ。58年海軍士官学校卒。1967~73年海軍航空士官としてベトナム戦争に従軍。撃墜され5年半の捕虜生活を送る。81年大佐で退役。82~86年米下院議員。86年上院初当選。2008年大統領候補。2010年5選。ポークバレルの批判者として有名。02年政治献金改革法(マケイン=ファインゴールド法)を成立させた。03~04年にはボーイング汚職事件の摘発に貢献」

「3人のうちウェッブが海兵隊将校、マケインが海軍の戦闘機パイロットとして、ベトナム戦争の最前線で実戦を経験した英雄であり、ウェッブの沖縄駐留経験も、提案にリアリティを与えています」(昨年、ワシントンで会いました)

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◆背景にアメリカの緊縮財政と対中国戦略

Q:そんな大物の米上院議員たちが超党派で辺野古移設の現行案をひっくり返し、それに代わる普天間基地の『嘉手納基地統合案』を出してきた理由は、一体なんですか?

小川:「大きくは二つの理由があります。一つはアメリカの緊縮財政です。すでに当メルマガ5月16日号でもお伝えした通り、米国防総省高官がネオプトレモスのペンネームを使い、「2022年、緊縮時代の国防」のタイトルで、2022年には国防費を3分の1減らす、在外兵力は日本にしか置かない、沖縄第3海兵師団は廃止する、などの見通しを軍事専門誌『スモール・ウォーズ・ジャーナル』に発表しています。第2次大戦直後のケナンによる『X論文』がソ連封じ込め政策の源流となったように、この種の匿名論文には米国で生じている潮流をうかがわせる場合が少なからずあり、今回の有力議員たちの提案は米国内の流れのなかから出てきたものと考えてよいと思います」

「普天間基地を辺野古に移設する現行計画は、2006年の合意時点からみても総費用が膨張を続け、そのうえ鳩山政権の迷走によって地元・沖縄が態度を硬化させ、身動きが取れない状況になっています。その点から見ても、現行案は非現実的で実行不可能であり、米議会としては費用の負担もできない、と有力議員たちは主張しているわけです。機会を見て明らかにしようと思いますが、2010年春、辺野古の現行案より安上がりで海兵隊にとってもメリットのある案を提示したところ、米国側は現行案との差額をグアムの施設整備などに回してほしいと求めてきました。それほどアメリカは、国防面でも緊縮財政を意識せざるを得なくなっているのです」

Q:もう一つの理由は?

小川:「もう一つの理由は、対中国戦略に関係があります。じつは5月26日、45人の上院議員が台湾にF-16C/D戦闘機66機の輸出を求める書簡をオバマ大統領に送っており、ウェッブ、マケイン両議員もこれに署名しているのです。これは戦闘機を売却して台湾空軍を強化しようというものですが、この台湾空軍の強化と今回の嘉手納統合案は連動しており、普天間の嘉手納統合で台湾有事や南西諸島周辺での紛争に対する増援能力が多少なりとも低下し、抑止力として後退するぶんを、台湾空軍の強化で補おうとしているのです」

「海兵隊出身のウェッブ議員は、沖縄の海兵隊が航空部隊と地上部隊を一体的に運用する必要性を認めており、その能力を嘉手納統合案においても維持する姿勢を明確にしています。マケイン議員も、アメリカが台湾有事に迅速に介入する能力を十分維持できると見て、嘉手納統合案を出してきたわけです。2人とも軍事についてはプロですから、軍事的機能を無視した従来の嘉手納統合案とは異なり、一定の軍事的な成算は持っているのです」

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◆従来の「嘉手納統合案」とは全く別もの

Q:1996年4月の普天間基地の返還合意直後から、嘉手納基地に統合するプランが浮かんでは消えてきました。小川さんはそれを、キャパシティの問題から軍事的に無理だと否定されていた。その嘉手納統合案と、今回の上院議員たちが出してきた嘉手納統合案は、どこがどう違うのですか?

小川:「2009年秋に鳩山由紀夫政権が誕生すると、岡田克也外務大臣が一時、嘉手納統合案を主張しました。普天間の機能を嘉手納にそっくり移して『基地内基地』とする考え方です。同じ考え方は守屋元防衛事務次官たちも早くから主張していました。私はこれを、次の二つの理由によってアメリカ側、特に空軍と海兵隊が納得しないと批判してきました」

「第1の理由はマスコミでも報道されてきたような、高速で飛ぶ固定翼機が中心の米空軍と、ヘリコプターを多用する海兵隊では、航空管制のあり方が異なり、衝突事故などの危険性が格段に高まってしまうというものです。実を言えば、これは無理をすれば何とかならない問題でもないのです」

「米軍の有事のシナリオに関することですから、当然、防衛省も触れようとはしません。従ってマスコミに出ることもない最も重要な理由は、嘉手納に普天間の機能を統合すると、有事の際、ほとんど使い物にならない怖れが大きいからです」

「いざ日本有事となれば、戦闘機をはじめ米空軍の航空機が400機ほどアメリカ本土から日本に飛来する可能性があり、うち200機ほどが嘉手納基地に展開することを考慮しなければなりません。海兵隊も、普天間に50機ほどいる第1海兵航空団の航空機が300機ほどに膨れあがる可能性があります。第1海兵航空団はフル編成で456機の部隊ですからね。また、スリム化されている沖縄の第3海兵遠征軍も2万人あまりのフル編成になるでしょうし、アメリカ本土の第1、第2海兵遠征軍が投入される場合は、それぞれ4万5000人規模に膨れあがります。この地上部隊の兵士たちは、CRAF(Civil Reserve Air Fleetの略。民間予備航空隊制度)と呼ばれる民間機のチャーター制度を使って次から次へと沖縄に降り立ちます。空軍のC17大型輸送機が、それこそ10分間隔で着陸し、吐き出された物資の集積場や兵員のキャンプ用地も必要になるのです」

「以上が有事の状況です。算数ができる人なら、普天間の機能を受け入れた嘉手納基地は確実にパンクすることがわかるはずです。従来の嘉手納統合案は、空軍と海兵隊の航空戦力の実態や有事における部隊運用の基礎知識を知らない人が思い浮かべる机上の空論で、私が反対を叫ぶまでもなく、米軍側が受け入れるとは到底考えられない非現実的なプランだったわけです」

Q:当時の岡田外相が語っていた嘉手納統合案は、ようするに嘉手納を嘉手納の現状のままで新たに普天間を入れる、つまり嘉手納を「嘉手納+普天間」にするという考え方だったわけですね。今回の上院議員たちのプランは、それとは違うと?

小川:「そうです。嘉手納にいる空軍機の一部をグアムに移駐させ、余裕をもたせたうえで普天間と統合するという提案です。ウェッブ議員によると、グアムのアンダーセン空軍基地が1970年代に比べて半分も使われておらず、移駐の余地が大きいとしています。また、グアムには2カ所の弾薬庫があり、1カ所は面積が8000エーカー(32平方キロ)、もう1カ所はアンダーセン基地にあるので、嘉手納弾薬庫地区(26.6平方キロ)は、可能性としては規模縮小の余地があるとも述べています」

「嘉手納の空軍機をグアムに移駐させようとする背景には、中国が福建省に多数配備している短距離弾道ミサイルに対する大型機の脆弱性という問題もあります。これは今年2月にアメリカのランド研究所が発表した報告書『天を揺らし、地を裂く──21世紀における中国空軍の行動概念』で明らかにされた問題で、日本では6月20日に読売新聞が概要を報じました。この報告書によると、中国は台湾有事などの際に、日米の戦闘機が飛び立つ前に高性能な弾道ミサイルで日本の航空基地を先制攻撃する軍事ドクトリン(基本政策)を新たに取り入れたとされ、その対象として沖縄の米空軍嘉手納基地、海兵隊普天間基地、航空自衛隊那覇基地の3か所が考えられるというのです。なかでも嘉手納には空中給油機15機、AWACS(空中警戒管制機)、嘉手納所属ではないものも含めて輸送機20機ほどが常駐しています。そこに中国がミサイルを何十発か打ち込んでくる恐れがあるのですが、大型機はシェルターに収容できないから、全数を沖縄に置いておくのは危ないという考え方です」

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◆柔軟路線に転換?パネッタ次期国防長官

Q:ようするに、中国に対する戦力や抑止力を維持しつつ、アメリカの緊縮財政に対応するには、高くつくうえに沖縄県の反対でにっちもさっちもいかない辺野古移設案は話にならない。嘉手納統合案を検討せよというのですね。しかし、6月21日に開かれたいわゆる「2+2」閣僚会合(日米安全保障協議委員会 SCC)でも、日米は改めて現行案でいくことを強調しています。上院議員たちの提案は、今後どうなっていくでしょう?

小川:「2+2は、日本側が松本外務大臣と北澤防衛大臣、アメリカ側がクリントン国務長官とゲーツ国防長官が参加してワシントンの国務省で開かれました。普天間基地問題についての合意は、日米安全保障協議委員会文書『在日米軍の再編の進展』に次のように記されています(以下、外務省による仮訳)」

「1.沖縄における再編

(a)普天間基地の代替の施設

Ⅰ SCCの構成員たる閣僚は,ロードマップの鍵となる要素である普天間基地の代替の施設の重要性を再確認した。

Ⅰ 閣僚は,2010年5月28日のSCC共同発表において確認されたように代替の施設はキャンプ・シュワブ辺野古崎地区及びこれに隣接する水域に設置されることを想起しつつ,普天間基地の代替の施設に係る専門家検討会合(以下「専門家会合」という。)の分析に基づき,位置,配置及び工法の検証及び確認を完了した。

・閣僚は,代替の施設を,海面の埋立てを主要な工法として,専門家会合によって記されたようなV字型に配置される2本の滑走路を有するものとすることを決定した。それぞれの滑走路部分は,オーバーランを含み,護岸を除いて,均一の荷重支持能力を備えて,1800mの長さを有する。閣僚は,環境影響評価手続及び建設が著しい遅延がなく完了できる限り,この計画の微修正を考慮し得ることを決定した。

(b)沖縄における兵力削減及び第3海兵機動展開部隊(ⅢMEF)の要員のグアムへの移転

・ SCCの構成員たる閣僚は,西太平洋において米軍が地理的に分散し,運用面での抗堪性があり,かつ,政治的に持続可能な態勢を実現するための,より広範な戦略の一部として,ⅢMEFの要員約8000人及びその家族約9000人を沖縄からグアムに移転するとのコミットメントを再確認した。

・ 閣僚は,2009年2月17日のグアム協定の締結及び日米双方がとった財政措置を含むこれまでの具体的な進展に留意した。閣僚は,ロードマップ及びグアム協定の規定及び条件に従って移転を着実に実施するために必要な資金を確保するとのコミットメントを確認した。

・米側は,地元の懸念に配慮しつつ,抑止力を含む地域の安全保障全般の文脈において,沖縄に残留するⅢMEFの要員の部隊構成を引き続き検討する。

(c)閣僚は,普天間基地の代替の施設及び海兵隊の移転の完了が従前に目標時期とされていた2014年には達成されないことに留意するとともに,日米同盟の能力を維持しつつ,普天間基地の固定化を避けるために,上記の計画を2014年より後のできる限り早い時期に完了させるとのコミットメントを確認した。(以下略)

「つまり、現状では日米両政府とも、予定より遅れるが、辺野古にV字滑走路を建設することには変わりがないという立場です。日本側には、辺野古のV字滑走路案以外に具体的な提案をする能力がありませんから、これは現時点では当然の話です。しかし、軍事問題で米議会を代表する重鎮議員たちが超党派で出してきた今回の提案です。なかなか強力で、今後アメリカの風向きが変わっていくことは十分にあり得る話です」

「6月17日には、上院軍事委員会が2012会計年度(11年10月~12年9月)の国防権限法案で、普天間基地の移設問題について、嘉手納基地への統合の実現可能性などを調査しない限り、在沖縄海兵隊のグアム移転費として政府が要求したほぼ全額の約1億5000万ドル(約120億円)を削減する方針を発表しています。国防総省は嘉手納統合に関する5月の提案を真剣に検討せよ、そうしなければグアム関係の予算を認めないぞ、と強い圧力をかけたのです」

「一方、アメリカ政府側ではゲーツ国防長官が6月いっぱいで辞めますから、上院議員たちの提案を受け入れた場合にも彼の顔がつぶれることはありません。後任のレオン・パネッタ氏は、嘉手納統合案には柔軟に対応すると見られています。クリントン国務長官が世界銀行への転身を狙っているという話も伝えられており、普天間基地移設をめぐるアメリカ政府の政策がダイナミックに転換する可能性はあります」

Q:上院議員たちの提案は、突拍子もない提案というわけではなく、かなりリアリティがあると思ってよいのですね?

小川:「はい。従来のような空理空論が出てきたわけではなく、注目に値すると思います。日本側は、これをきっかけとしてアメリカの戦略的変化や財政事情について調査研究し、沖縄米軍基地問題の解決にむけて、より真剣に取り組むことが強く求められます。日米同盟による抑止力を維持しつつ着実に沖縄県民の負担を取り除いていくこと、とりわけ普天間基地の危険性の除去という原点について、可及的速やかに解決することを忘れてはなりません。日本側は、アメリカの対中国戦略や財政事情といった問題をトータルなものとして考えていく視点が抜け落ちがちですから、猛省を促したいと思います」

(聞き手と構成・坂本 衛)

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◎セキュリティ・アイ(Security Eye):
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・ギリシャ国有企業を買いに出たロシアの思惑

(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

 放漫財政によって債務危機に突入したギリシャに対し、欧州連合(EU)・欧州中央銀行(ECB)・国際通貨基金(IMF)の三者は、支援の条件として、国有財産500億ユーロ(5.8兆円)を2015年までに売却することを要求している。

 売却が見込まれるギリシャ国有企業のうち、外資が熱い視線を注いでいるのは、特にエネルギー・交通・通信のインフラ企業である。

 既に具体的な動きを見せているロシアの準国営企業ガスプロム(天然ガスの生産・供給で世界最大手)は5月下旬、条件が合えばギリシャのガス供給会社DEPAの株式(ギリシャ政府が株の65%を直接保有)を取得したいと表明した。売却が見込まれる株は全体の32%に当たる。

 ガスプロムは昨年段階で、DEPAの販売量の80%、ギリシャの天然ガス消費量の60%を供給しているが、さらにDEPAの株式取得に関心を示しているのは、単にギリシャ市場だけを考えてのことではない。ギリシャという国が、カスピ海方面の天然ガスを欧州に送るパイプラインを押さえる要地に位置しているからだ。

 5月16日号では、ロシアの天然ガスに対するドイツの依存が、脱原発とバルト海パイプラインによって強まる情勢を紹介したが、欧州諸国はドイツと同様の事態に陥るのを恐れ、アゼルバイジャンやトルクメニスタンのガスをロシアを経由しないルートで輸入する方法を、かなり前から模索してきた。

 ルートについては、まずアゼルバイジャンからトルコ東部までの南コーカサス・パイプラインが2006年に開通した。次いで、トルコ西部からギリシャまでのパイプラインが、トルコ国有企業ボタシュとDEPAが分担する形で2007年に開通した。

 これに続くギリシャ・イタリア・パイプラインは、陸上部分はDEPA、海底部分はDEPAとイタリアのエジソン社の合弁企業によって、2015年までに敷設される計画だ。さらに、南コーカサス・パイプラインを東欧へ延長するナブッコ計画のうち、トルコ中部の部分だけでも開通すれば、イタリアはカスピ海の天然ガスを、ロシアを経由しないで輸入できるようになる。

 しかし、そうした動きをロシアが見逃すはずはない。ガスプロムがDEPAの大株主となって影響力を行使する事態を考えてほしい。ギリシャからイタリアに天然ガスを輸出する際、ロシアから黒海パイプライン経由でトルコに輸出されたガスを、優先的にイタリアに送るように仕向けてくる可能性さえ考えられるのだ。そうなっては、ロシアへの依存を減らすために注ぎ込まれた投資が、水の泡になるおそれさえ生まれてくる。

 このように、一見したところ無関係のように見えながらも、ドイツの脱原発に加えて、ギリシャ債務危機によっても、ロシアは世界的な発言力を着実に増しつつある。サハリンの天然ガスと石油で関係を深めつつある日本は、ロシアにエネルギーの元栓を閉められる形だけは、なんとしても避けなければならない。
 
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◎ミリタリー・アイ(Military Eye):
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・巨大空母の終焉を模索する米国

(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

 米国内に、その戦力投射能力の象徴ともいうべき巨大原子力空母の保有を再検討する声が出ていることは、日米同盟によって自国の安全保障を構築している日本としても、知っておいてよいことだろう。

 米海軍は現在、航空機90機を運用可能な原子力空母11隻(ニミッツ級10隻とエンタープライズ)を保有しており、2015年から2040年の間に同規模のジェラルド・R・フォード級原子力空母10隻に更新していく方針だ。

 ところが、ここに来て巨大原子力空母のように極めて高額の兵器システムをごく少数配備する方針を疑問視する動きが出始めている。そして、米国は現在の巨大空母を切り札として温存しつつも、同時に半分以下の大きさで、大胆に運用可能な軽空母の配備を優先する可能性もある、というのである。

 空母打撃群を保有する国は他にないのに、今後30年間も11個必要なのか−−ゲーツ国防長官は2010年5月3日、海軍の支持団体ネイビーリーグの大会に乗り込み、あえて挑発的に問いかけた。

 この時点で、フォード級空母は既に2番艦が発注されており、2011年2月25日に起工、5月29日にジョン・F・ケネディと命名された。

 このときゲーツ長官は、フォード級空母と艦載機の合計価格は150-200億ドル(1.4-1.7兆円)にものぼり、世界的に精密誘導兵器が普及し、正確な巡航ミサイルと弾道ミサイルが水平線の彼方から米空母を狙って飛来する時代において、その価格に見合わない脆弱性が米国にとって重大なリスクになる、と指摘した。

 ゲーツ長官が問いかけたのは、中国などの接近阻止・領域拒否戦略への対応能力の問題だけではない。米議会の緊縮財政論に歩調を合わせるかのように、「1隻30-60億ドルの駆逐艦、1隻70億ドルの潜水艦、1隻110億ドルの空母からなる海軍を保有する余裕が、わが国にあるのか」とも述べている。

 一方、ペンタゴンで長期戦略を担当する海軍と海兵隊の軍人の間には、フォード級空母は2009年に起工された1番艦だけでよいという意見もある。その代わり、アメリカ級強襲揚陸艦を量産してF35B戦闘攻撃機(垂直離着陸型)と無人攻撃機を搭載することによって軽空母的に運用、費用を節約すると同時に、平時の世界各地でのプレゼンスを増し、有事のリスクを分散するという考えだ。アメリカ級も、2009年に1番艦が起工されている。

 米国は自らの力を象徴してきた巨大空母についても、脅威の新たな形と緊縮財政に照らして精査している。日本としても、日米同盟と組み合わせて機能させるべき自衛隊の新たな姿について、検討を開始すべき時期に差しかかっている。
 
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◎テクノ・アイ(Techno Eye):
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・弾道ミサイル東風15

(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

 中国の短距離弾道ミサイル。射程600キロメートル、弾頭重量500キログラムの性能を基本に開発された。ミサイル350-400発と自走式発射機100台が配備されているとみられる。固体燃料を使用する。米国名はCSS6。

 弾頭重量を440キロ以下に減らすと射程は660キロ以上に延び、浙江省などから沖縄本島を射程に収める。核・化学兵器も搭載可能だが、飛行場を攻撃する場合、まず通常弾頭で滑走路を寸断し、次にクラスター弾頭で航空機を破壊するのが定石とされる。

 輸出用にM9ミサイルとして開発されたが、国際的な輸出規制の動きのため輸出されず、1990年に中国軍第2砲兵(戦略ミサイル部隊)が採用した。中国は1995年7月と1996年3月、台湾沖の公海に合計10発を発射した。

 初期型は全長9.1メートル、直径1メートル、発射重量6.2トン。慣性誘導による射程600キロメートルでの平均誤差半径(半数必中界)は300メートル。

 東風15Aは全長を10メートルに伸ばし、射程600キロでの弾頭重量を600キロに増やしている。GPSと終末誘導レーダーで、命中精度を半数必中界30-40メートルに向上したとされる。発射機の荷台に装甲カバーが取り付けられ、普通の軍用トラックのように偽装されている。
 初期型と東風15Aは1段式だが、東風15Bは2段式で、終末誘導システムも改良されており、命中精度は5メートルという説もある。円筒形の弾頭が特徴的だ。

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◎今週の言葉:
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・ポークバレル

 特定の議員・選挙区だけに利益がある補助金・減税措置を意味する米語。中立的な言葉では、イヤマーク(家畜の耳に付ける印)という。

 米議会を監視するNGO「政府の無駄遣いに反対する市民の会」(CAGW)の定義では、次の7条件のどれかに該当する予算条項がポークバレルである。CAGWの年鑑に載る例は、2条件以上を満たしている。

 1) 上院か下院の一方しか要求していない
 2) 他に法的根拠がない
 3) 競争契約でない
 4) 大統領が要求していない
 5) 大統領の要求額または前年度の支出を大きく上回る
 6) 公聴会で取り上げられていない
 7) 特定の地域または利害関係者だけに利益がある

 全米50州のうち44州は、州議会のポークバレルへの対策として、予算の個別条項に対する拒否権を州知事に与えている。米議会も1996年に個別条項拒否権を大統領に与えたが、1998年に違憲判決が確定し、無効とされた。

 マケイン議員は1996年個別条項拒否権法を提案するなど、ポークバレル批判でも有名だ。動機の一つは、汚名返上のためだ。マケイン議員が献金を受けた貯蓄貸付組合が1989年に破綻し、破綻の原因は上院議員5人(キーティング・ファイブ)が官庁による監督を妨げたためではないかとの疑惑を持たれた。上院倫理委員会は、マケイン議員は法規に違反していないと判定したものの、監督官庁への申し入れに出席したことを批判した。

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◎編集後記:
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・第1ラウンドルール

 普天間基地問題を取り上げる時、日本の政治家や外務官僚のメンタリティについて、思い出さずにはいられないことがあります。第1ラウンドルールとも呼ぶべき勝手なルールの枠内で、相手のある外交交渉を行なおうとしている点です。

 1996年3月頃、日本政府は4月16日に予定されている橋本龍太郎首相とビル・クリントン大統領の日米首脳会談に向け、準備に追われていました。

 普天間問題はと言えば、前年9月4日の沖縄での少女暴行事件を受けて沖縄県民の負担軽減が合意されたものの、具体的に普天間基地の返還を求めたところ米国政府から拒絶され、首脳会談の文書に「継続的に協議する」との文言を盛り込むことができれば上出来、という状態に置かれていました。

 4月2日夜、東京・永田町の自民党本部8階で山崎拓政務調査会長が主催する日米首脳会談に向けての会合が開かれ、委員として出席した私は山崎政調会長に普天間基地返還の再提起を求めました。

「日本の外務官僚は交渉の第1ラウンドでダウンを喫すると、それで試合終了だと思い込んでいるところがある。しかし、国益をかけた外交交渉は12ラウンドまで、いや、エンドレスだと考えるべきものだ」

 さきに紹介した「第1ラウンドルール」とは、そのような状態を指しています。

 かくして、橋本首相、山崎政調会長による政治主導で普天間返還の再提起が行なわれた結果、10日後には普天間返還合意が日本経済新聞の1面トップを飾ることになります。

 関係者の1人として、その知られざる顛末は2008年2月号の月刊『中央公論』に書いておきましたので、関心のある方はお読みいただければと思いますが、その後の普天間問題の展開もまた、第1ラウンドルールに毒された当局者の思考停止が続き、今日に至ってしまいました。

 政治家によっては第1ラウンドルールの弊害を排しようと試み、別の政治家たちは疑うこともせず第1ラウンドルールに逆戻りしてしまう。普天間基地をめぐって、これからも沖縄県民は翻弄され続けるのでしょうか。

(小川和久)
(次号をお楽しみに)

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