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ファンドマネジャー、株を語る 最終回
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ファンドマネジャー、株を語る 最終回

2017-02-28 22:28



    ■ファンドマネジャー、株を語る  最終回


    前回、永続する商品の話をしました。
    また、永続する組織の話をしました。

    ある時代下では、ある商品は国家が提供し、
    また、ある時代下では民営化される。

    ある組織は生き延びるために、商品をリニューアルしていく。
    商品も変えていく。


    そして、わたしたち、金融業界は、不確実性を計量することで、
    理論的な株価を定めてきました。

    おおむね、株のリスクは5~10%程度の間と計測されています。
    そうなると、遠くにあるキャッシュフローは大きく割り引かれます。
    未来はゼロ査定されてしまいます。

    遠い将来のキャッシュフローは無価値と算定される。

    それで、短期志向となる。無価値なことを考えるのは合理的ではない。

    でも、20年保有するつもりの人にとって、大事なことは、
    20年後の時点からの将来。
    つまり、20年後のその商品の見通しです。

    まず、大丈夫だ、といえる商品に投資をしようと、
    そういう話を延々としてきたのです。

    全部で7回の連載でしたが、そのことだけを伝えるために書きました。


    時代不変な価値は大事なはず。
    でも、それは、短期志向の人にとっては意味がない。

    また、こんな話をしたかもしれません。
    株を長期に保有することは、業績を予測するという技術ではない。
    それは、生き方の問題なんじゃないの?と。

    自分が関わる社会への関わり方の問題じゃないのかと。


    また、長く存在する商品は、決して強い商品だけとは限りません。
    強いから残るわけじゃない。
    弱くとも、空気のように、いつも、そばにある。そういうもののはずだと。

    投資とは、もちろん、予測することや技能を競うことも含みます。
    だが、投資の根っこには、わたしたち自身の「声」がある。

    「願い」と言い換えてもよいかもしれない。

    こんな世の中であってほしい。
    こんなことは許されてはならない。
    その願いや思いが、企業を動かす。

    だから、わたしたちは、アクティブな行動的な投資をする。
    それは、自分の態度の表明。生き方の表現です。

    コストだけを考えて、
    パッシブのインデックス投信には投資をしないという生き方。
    有利か不利で人生を選ばないという態度。

    わたしたちの日々の生活の中にある、他者への共感こそが、
    投資の根っこの「声」と信じて。


    社会を変えることは不可能だ、夢物語だ、そう感じる人は多いんだと感じます。

    短期で儲かる、楽に儲かる、
    そんな夢のような投資手法があればなあと思う気持ちもわからなくはない。


    しかし、社会は、われわれが作るものです。
    未来は予測するものではないのです。

    人工知能が職を奪うのだと恐るのではなく、
    人工知能のよさをどう活かすか、悪いところをどうカバーするのか。

    それらは、わたしたちが決めるのです。
    予想することではないのです。

    予想するなとはいわないが、自らが社会参加し、
    重要事項に意思決定に関わろうとする気概を持ってほしいのです。

    他人事では生きているとはいえないでしょう?


    個人個人は弱くとも、みんなの思いを集めることで、大きな声になる。
    投資を通すことで、人気を集めた企業には、
    やはり、資金調達力という「権力」が備わるようになっているのです。
    自分のことしか考えない企業には資金の力は行かない。

    他人のことを考え、思慮深く行動する企業に、パワーが与えられる。
    でも、それは時代の風が吹く、わずかな間にすぎませんが。

    われわれは、時代の風に翻弄される小さな木の葉のように
    大海を漂う影響力のない小さな存在かもしれません。

    われわれが分断され、孤立し、
    ひとりひとりが短期的に振る舞う限りにおいては。


    だが、能動的に自ら社会に関わり、声を集めて、
    社会の課題を解決しようしている多くの企業たちが存在する。

    そののことを、わたしたちは、どれだけ知っているといえるでしょうか?

    彼らの懸命な姿を観察する。それも、感受性を持って。
    それが投資の第一歩ですよ、と繰り返し伝えてきたつもりです。


    くどいようですが、
    われわれ一人一人の命は儚い。

    遠い将来なんて、見つめる余裕はないと、
    そう諦めるときがくるのでしょう。

    だが、何世代にも渡って、着実に難題を解決していった先人たち。
    苦難の連続だった。

    歴史は繰り返しわれわれにその「先人の態度」を示してくれる。
    それは、過去からのわれわれへのエールではないのでしょうか?

    いまを懸命に生きることで、いまは開かれる。
    ときに、それが将来を切り開くことにつながっていく。

    いま、そして、将来を切り開くため、置かれた場所で努力する。
    その生き様が、時代を超えていくのではないでしょうか?


    人は、いくらお金を保有したかで、評価されるのではないのです。
    何をしたかによって評価されるのです。

    経済価値は、需要と供給で決まる。
    そのこと自体には歴史的な意義はないのです。

    損得の期待値は、リスクとリターンの計量の見込みで決まる、
    たんなる「量」にすぎません。

    だが、投資の成果は、わたしたち一人一人の生き方、態度、
    価値観の総和で決まるのです。

    大きな力は自分だけで決まらず、
    自分だけで決まるものはいずれも小さな力です。

    われわれの個々の小さな力を総和したものが投資の成果です。

    そうであるならば、成果自体にとらわれないで、
    この小さな力を発揮することに、力点を置きたい。

    結果ではなくて、自らを発信し、発揮するという態度によって生きる。

    何も変わらない結果を恐れて力をセーブするのではなく、
    全力でぶっ倒れるまで走る。
    他者を批判するのではなく、自分が全力を尽くす。
    他者を強要せず、自らを縛る。



    最後になりました。

    みなさまにとって、もっとも大切な人たちへ、
    みなさまの惜しみのない投資をお願い申し上げます。

    それは、お金でなくとも構わないのです。
    暖かい気持ち、感謝の心、応援するよというメッセージだけでもあっても。


    それを受けたものたちは、心によって奮い立つ。

    企業を単なるモノとしてみてしまえば、
    彼らの懸命に生きる姿に心を打たれることもないでしょう。

    だが、企業を、人の集合体として観察し、
    この生きにくい世の中をともに戦う仲間であってほしいと願うならば、
    彼らも、みなさまの気持ちに誠実に向き合ってくれるのではないでしょうか。

    人は響き合う生命体です。
    そして、企業とは響き合う人たちの集まりです。


    アクティブ投資の大切さを世の中に伝えること。

    それも、ファンドマネジャーの職務のひとつであると信じて、筆をおきます。


    日本株ファンドマネジャー
    山本 潤

    (情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。また、当該情報は執筆時点での取材及び調査に基づいております。配信時点と状況が変化している可能性があります。)
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