このレポートで言われていることは日本の持続的成長にはROEを典型的な指標とする企業の資本効率性の向上が不可欠であること、そのために適切な企業統治や企業・投資家間の対話が役に立つとされます。
また、2014年1月には日本取引所グループと日経は共同で開発したJPX日経インデックス400の算出・公表が開始されましたが、この指数の銘柄採用 にはROEを高いウェイトで考慮されるということで話題となり、同年4月には年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF・昨年12月末現在137兆円の運 用資産を保有する世界最大の巨大ファンド)がこのJPX日経インデックス400を国内株式のパッシブ運用のベンチマークに採用して運用を始めたと発表。こ の動きがROEの高い企業への投資を促すとして注目されました。
PER(株価収益率)×ROE=PBR(株価純資産倍率)
PER=PBR/ROE
ROE=PBR/PER
つまり私たちが投資のモノサシとして日常使っているPERやPBRはROEにも深くつながる指標となっていて、ROEが持続的に一定水準以上まで向上す ることで結果としてはPERやPBRが高まることにつながるということを証券アナリストジャーナル6月号ではいくつかの視点で何人かの研究者からの報告が 掲載されています。
本メルマガにてそれをすべて網羅するのは困難ですが、印象に残ったいくつかのポイントを取り上げさせて頂き、皆様の投資のヒントにしたいと思います。
また、それらを通じての私の政策提言及び投資のヒントを提供させて頂ければ幸いです。
1.バンクガバナンスからエクイティガバナンスへ
銀行による企業統治の時代が戦後の日本経済の特徴となってきたが、バブル経済崩壊後の生産性低下による日本経済の低迷を克服するためにも株主(機関投資家、個人投資家)によるガバナンスに移行することが必要。
2.エクイティ・スプレッド=ROE-株主資本コスト(ベータ×市場ポートフォリオ・リスクプレミアム+リスクフリーレート)の利用について
企業と投資家の対話のテーマとして最重要なものはROEをはじめとした資本効率であるがその数値に投資家が不満を持っています。一方ですべての企業が横並びでROEを比較されるべきではない。
企業から見た株主資本についてのリターンとコストの差であり、企業価値を生み出す源となっているエクイティ・スプレッドを継続的にプラスの値にできない 企業はプラスの価値を維持できない。一般に株主資本コストは国ごと、セクターごと、あるいは個別企業ごとに異なっています。従って高いコストの企業が高い リターンを上げていても、低いコストの企業が低いリターンを上げている場合よりも優れているとは言えない。
株主資本コストの要素となるベータ値以外は市場において所与なので株主資本コストのポイントは企業ごとのベータ値となります。話を単純化するために私は これを投資家の期待利回りに置き換えても良いと思います。つまり高いリスクをもったハイベータ企業と低いリスクのローベータ企業では一律にROEで比較す べきではないと考えられます。
3.PBR1倍割れの壁を越えることがROEと企業価値を考えるうえで重要
PBR1倍割れでROEが資本コストを上回れない企業はROEを改善しても株価は上昇しないという実証結果がある。日本の株式市場では相変わらず多くのPBR1倍割れ企業がありますが、そのことはエクイティスプレッドがマイナスであることに対応する。
4.持続的なROE・株主価値向上のための株主還元政策の在り方
日本の総還元性向35%に対して世界の平均的な総還元性向は67%で倍近い。特に米国の総還元性向は96%で極めて高い水準となっている。通常の還元方法は配当金によるが米国では自己株式取得が盛んで日本では相対的に使われていない。
◎ROEが高いほど株主還元している。還元の原資が多いほど還元できる。
◎事業リスク、財務リスクが高いと株主還元を減らす。ハイリスクの企業は株主還元が消極的。
◎投資機会が広いほど株主還元しない。つまり有利な投資機会があれば資金を成長に回す方が合理的である。
5.ROEの重要性と成長戦略
究極の経済政策の目標は日本の経済成長率を高めて国民生活全般の向上を実現すること。経済成長の原動力は、資本と労働の変化を除くと生産性の向上に辿り つく。とりわけ人口減少が続く日本では経済成長率を上げるためにTFPと呼ばれる全要素生産性の向上が不可欠でありそのための政策がいわゆる成長戦略と なっています。
日本のTFPは長期的に停滞傾向が見られます。過去は年平均2%程度だったものが現状はゼロ近辺で低迷。今後は2%程度のTFP成長率達成を目標としています。
生産性の向上は技術革新というよりも人材のスキルアップや組織形態の効率化によってもたらされます。つまり経営資源の最適な配分によって実現することが 多い。企業経営者はTFP向上のために経済環境の変化に合わせて経営資源を最適な形に日々再配置していくことが重要。これを促すのが企業の内部統制と外部 からの規律付けの2種類の企業統治(ガバナンス)です。
外部のガバナンス主体として重要な役割を担うのは株主です。株主が企業に対して経営に関与することをエンゲージメントと言い、株主がエンゲージメントを行う際の重要な判断基準となるのがROEです。
ROEはTFPの代理変数にもなっています。資本効率を高めることが資本生産性を高め日本経済の成長に寄与することを皆さんも認識して頂くと重要性が理解できるのかも知れません。
6.過去10年平均の日本企業のROEは6%強で欧米などに比べ劣後
上場企業の約72%はROE7%を下回っています。これは株主の要求する利回り(資本コスト)以下となっています。ROEの低迷と生産性の低迷を同一視する見方は必ずしも一般的ではなく、ROEの低さは日本と欧米の企業文化の違いによるものとされる意見も根強い。
ROE=売上高利益率(当期利益/売上高、マージン)×総資産回転率(売上高/総資産)×財務レバレッジ(総資産/自己資本)
バブル崩壊後の日本では債務を嫌う傾向が強く、欧米に比べレバレッジが小さいためROEが小さくなるとの指摘は誤りで、日本のROE低迷は日本企業の収 益性(稼ぐ力)の低迷を意味しています。つまりマージンの大きさが日本は欧米の半分程度になっていて、売上高利益率が極端に低いことが日本のROE低下の 原因となっていると考えられます。
銀行により企業統治が活発だった80年代前半までは日本の資本生産性は米国と比べ遜色のない水準でしたが、ここ数年は銀行による統治が縮小し、金利の低 下、銀行の利ザヤ縮小という日本企業を取り巻く経済環境の変化が関係しているとの指摘があります。今後はROE重視で株主からのプレッシャーを意識したエ クイティガバナンスを有効に機能させていく必要があると考えられます。
7.運用業界にも求められるエクイティガバナンス改革のフレームワーク
企業に求められるROE向上への変革の要求は運用業界や運用を委託する金主(皆さんのような個人投資家も含む)にも変革を促す必要があります。
これによって株式市場の悪い均衡から脱却することができる訳です。多くの平均的なROE水準の企業がその向上によって山が動き、日本が変わるという主張 は「ROE最貧国 日本を変える」(「山を動かす」研究会編)という本にも描かれています。つまりGPIFを代表とする公的年金、企業年金、生命保険など の金主に委託された運用業界(資産運用会社、アセットマネージャー)が一体となった改革を促すことで経済成長にもつながるという訳です。
これによって経済成長の好循環が生まれることになりますが、そこには運用会社自らにもガバナンスが求められるなど変革が求められます。
その両方を備えているのは第一生命のような上場保険会社です。彼らはモノ言う株主として、自らの企業統治にも変革をしていく姿勢が問われています。ま た、運用に関しては短期指向よりは長期指向が求められ、新たな企業文化をもった独立系の運用会社の新規参入を促進が最も効果的とも言われています。
例えばROE向上のための提言を備えた提言型運用会社の誕生はその一環かも知れません。
しかしながら既存企業の可能性に賭けるよりは長期的な改善をいつまでも実現できない企業の改革を促す(社長の交代も含めて)ことも考えられます。現実問 題としてはそうした改革は多くの困難をもたらしますが、老舗企業が市場から一旦退出し、思い切った改革を行い再上場に至るケースも過去ありました。
また、新たな継続的な高ROEの成長企業の上場を促進し、そこに特化して運用するような投資・運用会社を育成することも求められるのかも知れません。
私は過去多くの中小型企業をリサーチの中心に据えて成長指向する企業を選定して運用の成果を高めて頂こうと考えてこのメルマガ創刊から関与し既に16年もの歳月が流れてきました。この間、いったいどのぐらいの企業が株式を上場したり上場廃止となったのでしょうか。
約600兆円という時価総額を抱える日本の株式市場が新たな発展に向かうためにもそこに集う多くの企業はROE向上に邁進しないとなりません。
とりわけ新興市場に上場を果たした中小型企業(その多くはサービス産業)のROE向上への施策とユニークなビジネスモデルへの評価の高まりがマーケットの活性化を促すものと期待されます。
(炎)
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