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オンリー☆ローリー!〈1〉 Vol.6
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オンリー☆ローリー!〈1〉 Vol.6

2013-12-20 13:00
     それからもいくつかの同好会を見て回った。
     ほとんど、何らかの形で幼女が関わっていた。
     イラスト同好会では幼女を描いた絵が多かったし、洋裁同好会ではロリータファッションが人気らしいし、文学同好会ではロリコンの語源になった名作『ロリータ』が、訳者違いのものや論考書、どうせ高校生には読めないであろう原本まで置いてあった。
     全部が全部、メルティに影響を受けてのことなのだ。何とも微妙な方向に恐ろしい。
     部室棟を出た。太陽で温められた外の空気が、妙に美味しかった。
    「ふーむ。入りたいのはなかったか」
    「ゆっくり考えさせてください。で……次は?」
     どんなのか、ちょっと聞くのが怖い気がした。
    「美術部だ」
    「……そりゃまた普通ですね」
    「私が顧問ではないんだけど、よく顔を出していてね」
    「顧問じゃないのに、どうして?」
    「行けばわかる」
     再び校舎内に入り、二階の美術室へ。
     零次にとって美術は、これまでたいして興味が湧いたこともない科目だ。通信簿でもいつも真ん中。失礼だから案内してもらわなくてもいいとは言わないが、美術部に入ることはないだろう。
     中に入った途端、ものすごい歓声と拍手が上がって零次はビクッとした。
    「待ってました、メルティちゃん!」
    「みなぎってきたあああ!」
     らんらんと目を輝かせる男女の群れ。ざっと見ただけでも何十人といる。
    「こ、ここの美術部ってそんなに人気があるんですか……?」
     ポカーンとする零次にメルティは言う。
    「全部が部員じゃないさ。半分以上は、私を待っていたギャラリーだよ。始業式の日、顔を出すと告知していたんだ」
    「どういうことです?」
    「まあ見ていなって。みんな、すぐに準備するからもう少し待っていてくれ」
    「メルティ先生、今日も勉強させていただきます」
    「こちらこそ、毎度貴重な場を貸してくれて感謝するよ、三島先生」
     三島という壮年の女性教師が顧問らしいが、迷惑がっている様子は全然ない。
     メルティは隣の準備室に引っ込む。
     丸椅子に座ってデッサン用の画用紙を携えているのが部員で、それ以外の後ろで立っている生徒は、すべて部とは無関係らしい。
     そして部員たちの前に白い布団が敷かれている。
     メルティを待っていた? つまりこれは……。
     彼女はすぐに準備室から出てきた。
     裸で。
    「ちょおおおおおおお?」
     メルティは手に持った純白の布で股を隠すだけの、あまりに無防備な状態だった。胸部のポッチが丸見えだった。色づきだしたイチゴのように淡い桃色をしていた。
     おそらくモデルなんだろうとは思ったが、ヌードデッサンだとは想定外にもほどがありすぎる。
    「な、なにゃ、なにゃ考えてんの先生!」
     ろれつが回らない零次に、メルティはふっと妖艶な笑みを向けた。
    「もちろん成長しきらない女性の体の立体的美しさをだな、わかってもらうためだ。このなだらかなミルク色の肌はどうだ? さながら一級のシルクのようであろう。深見、遠慮せずに目に焼き付けておくんだ」
    「無茶言うな!」
    「深見くん、よく見てみな。あれこそ本当の、汚れなき存在というものだ!」
     部員のひとりがドヤ顔で声をかけてきた。よく見ればクラスで前の席だった男子だ。確か名前は御笠雄一(みかさ・ゆういち)といったか。
    「……先生って、しょっちゅうこんなことしてんの?」
    「月に一回くらいはこうしてヌードデッサンのモデルを買って出るんだ。そして我らメルティちゃんのファンは、眼福を得させてもらうのだ。このヌードデッサンに参加したいがために、美術部に入った者もいる。中には将来有望と目されたサッカー部員もいた。そしてそれは俺のことだ。ああ、幼女の肌の素晴らしさよ!」
     御笠の瞳に、なんらためらいの色はなかった。他の皆も、心からの崇敬と憧れの眼差しをしている。
     知らない間に誘惑されているとは、まさか夢にも思っていないのだろう。……これはこれで幸せ、なのだろうか?
    「では始めようか。しっかりと美を感じながら描くんだぞ」
     メルティは幾多もの熱烈な視線を受けながら、布団の上に女の子座りした。
     股は布で隠しているが、相変わらずそこ以外は丸見えである。さらりと金髪を前に流すあたりが、彼女なりの美の工夫らしい。
     場が静まりかえる。美術部員たちと顧問の三島がデッサンを開始した。ごくごく真剣で熱心な表情をして、鉛筆を走らせていく。木炭で描いている者もいて、美術をよく知らない零次には、なんだか本格的な雰囲気に感じられた。
     カリカリと音が鳴る中、メルティは柔和な微笑みを湛え、微動だにしない。動いているのは瞬きをするまぶたくらいで、ほとんど彫像のように静止していた。こうしたモデル経験の豊富さが窺い知れた。
     ギャラリーたちもまた、一歩も動かずに彼女の裸体に見入っている。頬を染めて陶酔している者、永遠に届かないものに対する憧憬を込めた眼差しの者。単純にスケベ心満載の笑みを浮かべている者……。
     そのいずれでもない零次はというと、なんだかんだで見学していた。
     彼もきわめて一般的な年頃の男子であり、女性の裸を妄想しない日はないが、幼女のヌードなど嬉しくも何ともない。それでも、これだけ場が真剣なのだ。ひとりだけ退出するのはためらわれた。決して気乗りがするわけではないが、時には空気を読むのも大事である。
     しかし、と彼は思う。
     メルティは綺麗だった。
     あれこそ本当の、汚れなき存在というものだ。御笠は先ほどそう言ったが……頷ける要素が数え切れないほどある。一級のシルクのようだと自画自賛した、染みひとつ見られない真っ白い肌。幼子だけが持つ、濁りを知らない輝かしい瞳。ちょこんと収まった鼻や唇はあどけなさを余すところなく強調しているし、まったくふくらみのないバストもこれはこれで……。
    「……いかんいかん」
     零次は小さくつぶやきながら、ぶんぶんと頭を振った。僕は普通に凹凸があってナイスバディな女の子が好きなんだ! つるぺたなどいらん!
     メルティから視線をずらそうと、零次は顔を背けた。
    「……ん?」
     開きっぱなしだった出入口の影に、女生徒の顔が見えた。
     見間違えようもない。クラス委員長の崇城朱美だった。
     零次の視線に気づくと、崇城はさっと姿を消した。美術室から遠ざかっていく足音が聞こえた。
     はてな、と小首を傾げた。いかにも生真面目そうな崇城も、このヌードデッサンを見学したかったのだろうか。しかし教室の中に入るのは恥ずかしく……?
    「わ、私も本当はロリータに憧れているの……」
     彼女がそんなことを言う光景をうっかり想像して、零次はちょっと憂鬱になった。
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