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【3】
「今日はメルティ先生がお休みですので、私が代わりに担任を務めます」
ホームルームの時間になってやってきたのが学年主任の若林で、二年A組は大きな落胆に包まれた。
教師とて人間だ。急に休むこともあるだろう。……だがそれは普通の人間の場合。
この自分を娯楽のネタにするとあれほどはしゃいでいたメルティが、どんな理由で休むというのか? 零次は疑問を持たずにいられなかった。
「なんでメルティちゃんが休みなんですか! あの人がいないなら俺は帰る!」
無茶を言う御笠を、若林がまあまあとたしなめる。
「理由を聞こうにも、連絡が取れないんだ。無断欠勤なんて、いやはや困ったものだ」
手短なホームルームが終わる。教室はざわめきが収まらないままだ。
「御笠くん、あの人が休むってこともあるんだ?」
「今まで休んだことなんて、全然なかったんだけどなあ……」
「それ、本当?」
崇城にも聞いてみる。
「私が知る限りじゃ皆勤よ。無断欠勤、ね……」
不可解そうに眉をひそめている。メルティの魔女としての本質をよく知る彼女は、きな臭い事態だと考えているようだ。
何かの企みの前触れなのだろうか? だがメルティの言動の方向性は、とうてい予想できるものではない。本当にただの無断欠勤ならばそれでいいだろう。だが、そうでなかったら……。
別にどうすることもできない。ひょっこり現われるのを待つ以外にない。
メルティのいない二年A組は、テンションが下がること甚だしかった。御笠は帰宅することはなかったが、すっかりふてくされ終始うつぶせで寝ている始末。優等生の佐伯も授業に身が入っておらず、教師に指されても上の空だった。
どれだけあの魔女にメンタリティを左右されているんだろうと内心思うが……メルティがいないと、みんなが力をなくす。そんな教室にいるのは……自分も面白くない。
午前の授業が終わると、零次は昨日と同じく屋上に赴いた。予想外にも崇城から誘ってきたのだ。無論、一緒に弁当を突こうという理由であるはずがなかった。
「メルティの魔力を感じないのよ」
「え?」
「気づいたのはホームルームで欠勤を知ったときなんだけど、あいつの魔力が、どこにも感じられないの。もちろん魔力を消すという技術はあるわ。でもこれは意識的に行うものだから、通常過ごしている場合……たとえばただ家で横になっているだけなら、消えることはないの。私だってIMPOの仲間たちだって、必要もないのに魔力を消したりはしていないし」
必要な場合とは、敵に悟られずに接近する……などだろう。
メルティがそんな行動に出るとは思えない。
少なくとも、学校を無断で休んでまですることではない。メルティは学校での時間を、かけがえのない楽しみと位置づけているのだから。
「つまり、どういうことなんだろう」
「メルティに何かあったんじゃないかしら」
「な、何かって?」
「わからないわよ。でも皆勤の彼女が急に休んだことと、辻褄が合う」
何かあった。
それは「魔力が消えてしまうほどの重大な危険が彼女の身にあった」という意味に置き換えるのが、一番適切なのだろう。
だとしたら……いったいどうやって? 世界でも有数の実力者のはず。そこらの魔法使いが束になっても敵わないはず……。
「……あっ?」
「どうしたの」
昨日、メルティが告白した唯一の弱点のことを思い出した。重い犬アレルギーで、近づかれただけで体調に異変をきたし、魔力も激減する……。
「何か心当たりがあるの?」
「……ううん、なんでもない」
知っているのは自分だけのはずなのだから、ありえないとすぐに考え直した。崇城はそれ以上無理には追及しなかった。
「メルティが心配?」
「それは、まあ。本当に先生の身に何かあったとしたら」
「あいつがいなければ、あなたの日常は元通りになるのよ?」
「……そうだろうけどさ。だからって先生が危険な目に遭って、排除されてほしいとかは思わないよ。崇城さんこそ、どうしてこんな話を持ちかけてきたのさ。そっちこそ心配なんじゃ?」
「べ、別にそんなんじゃないわよ。事実は事実として伝えておこうと思っただけ」
「あ、今のツンデレっぽかった」
「? 何それ」
オタク的な単語は一切知識にないらしかった。
「あいつは私の監視対象。それ以外の何ものでもないんだから。まずありえないと思うけど……たとえあいつが死んだところで、私は任務が途中で終了したとしか思わない」
「それは……寂しいな。別に先生って、重大な犯罪者ってわけでもないんだろ。すごくいたずら好きだし、人をおちょくったりするけど……基本的にはいい人だと思うんだ」
「本音? それ」
「うん。世の中、くだらない教師ってたくさんいるだろ。その中で特にひどいのが、事件を起こして報道されたりする。そういうダメ教師に比べたら、全然いい。この数日で、そう思うようになっちゃったよ」
退屈しないこと。この転入先での一番の望みを、メルティが確かに叶えてくれている事実を、零次は否定できなかった。どんなに非常識で荒唐無稽だとしても。
「考えを改めろとか、あまり無粋なことは言わない。でも私たち魔法使いにとっては……やっぱり途方もない怪物なのよ」
「……僕もそれなりに理解してるよ」
「それなりじゃなくて、もっと強く理解してくれると嬉しいんだけど。……話は終わりよ。わざわざ呼び出して悪かったわね」
「ま、待って! もし本当に先生がピンチとかだったら……一緒に助けるとか、できないかな」
「私が、一緒に?」
「うん……。だって、知らんぷりなんて、嫌じゃないか」
崇城はあからさまに眉をひそめた。
「私にメルティを助ける理由なんてないわ。だいたい一緒にって、一般人のあなたが何をしようっていうの」
「あ、ええとね……」
強力な魔力障壁のエターナルガードと、幼女を助けるために膨大な力を発揮できるピュアハート。メルティからもらったマジックアイテムのことを教えようと思ったが、崇城はさっさと校舎へと戻ってしまった。
「はあ……」
ピュアハートの力が本当であれば、ひとりでもメルティを助けることができるのかもしれない。しかし自分はただの学生、凡人なのだ。単独行動に踏み切る勇気はない。やはり崇城の力を借りなければ……そう考えた。
気を取り直して弁当を食べるか。踵を返そうとして。
「……あ、そうだ! 携帯!」
メルティが自宅に来たとき、携帯の番号を交換したことを思い出した。これで連絡が取れる。
仮にメルティに何かがあったとしたら、出られるかはわからない。でも試すだけ試してみよう……零次はポケットから携帯を取り出す。
そのとき、着信メロディが鳴った。
ディスプレイに表示された名前は……メルティその人。
「せ、先生……?」
瞬間、嫌な予感が湧いた。
たとえば、何者かに捕らえられすっかり弱体化したメルティが、隙を見て連絡してきたとか。この自分に助けを求めて……。
ともあれ、出ればわかる。零次は慎重に通話ボタンを押した。
「もしもし? 先生?」
「……やあ、深見」
聞こえてきたのは、まぎれもなくメルティの声だった。
「先生! 今どこにいるんですか? ……まさか、何かあったんですか?」
どうか悪いニュースでないように。携帯を握る手に汗が滲む。
「ああ、実はこの前の奴らに襲われて……」
「……そんな?」
最悪の予想が当たってしまった。体が無意識のうちに震えてくる。
「ど、どうして先生がやられたんですか?」
「落ち着いて聞いて。私は今……………………」
彼女の説明を、零次は愕然としながら聞いた……。