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俺の棒銀と女王の穴熊〈4〉 Vol.4
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俺の棒銀と女王の穴熊〈4〉 Vol.4

2013-12-18 18:00
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         ☆

     部活が終了し、後片付けをしていると、依恋が紗津姫に声をかけた。
    「学園祭も十一月よね。ミスコン、紗津姫さんも出るんでしょ?」
    「んー……友達も出なさいってしきりに言ってますけれど」
    「紗津姫さんが出てくれなくちゃ、張り合いがないわ。あなたを倒して学園クイーンになるのが、ずっと目標だったんだから」
    「先輩に勝つなんて言えるのは、碧山さんくらいですよねえ」
    「金子さんは出ないのか?」
    「ご冗談! このおふたりが相手じゃ、記念に出る気にもなりませんよ」
     彩文学園の学園祭は、女流アマ名人戦のちょうど一週間後に行われるスケジュールだ。依恋としては大会で好成績を残し、さらに学園クイーンの座を紗津姫から奪いたいところだろう。
    「去年はどんなパフォーマンスをしたの? 水着審査とかあるの?」
    「そういうのはありませんよ。私がいかに将棋に魅せられたかというスピーチをしました。それだけです」
    「それだけで一年生ながらクイーンになったんですか……」
     紗津姫の存在感と美貌が、よほど群を抜いていたのだろう。昨年の学園祭に足を運ばなかったことを、今さらながらもったいなく思った。そのときに彼女のことを知っていれば、もっと早くに将棋をはじめて、今よりも上の棋力を身につけていたかもしれないのだ……。
    「今年は先輩と碧山さんの一騎討ちに違いないですね! どっちを応援すればいいか迷っちゃいます」
    「……来是はあたしを応援してくれるよね?」
     ここぞとばかりに、わざとらしく上目遣いをしてくる依恋。
    「先輩よりよっぽどすごかったら、投票してやるよ」
     もう投げやりに答えるしかなかった。
    「じゃあ当日に向けて、ますますこの美しさを磨かなきゃね! 紗津姫さんも全力でかかってきてよ?」
    「まあ、まだ先の話ですから」
     そもそもエントリーするのか態度を明らかにしていない紗津姫だが、彼女が今年も出場するなら、金子の言うとおり依恋との一騎討ちになるだろう。プロ棋士でたとえれば、名人とA級順位戦を全勝で勝ち上がった挑戦者との戦いだ。
     どちらを応援すればいいのか……悩む。しかしまた悩みの種を増やすのも御免だったので、来是は話題を転換した。
    「そういえば学園祭、将棋部も何か出し物を?」
    「何をやるかは九月中には実行委員会に申請しますけど、お客さんと対局するっていうのが例年のことですね。他にやりたいことはありますか?」
    「それでいいじゃない。変に凝ったことをしてもしょうがないでしょ」
    「だよな。お茶でも飲みながら気楽にやればいいだろ」
     四人揃って部室棟を出る。
     唯一の三年生の関根が引退して、新体制となった将棋部。その初日は……将棋の結果だけを見れば散々だった。紗津姫、依恋、金子と対局を繰り返したが、一勝もできなかった。こんなことは入部以来はじめてだった。
     しかし、唐突な告白に戸惑い、悩んでいるのは紗津姫も同じはず。にも関わらず、彼女の将棋には一切のぶれがない。
     自分と彼女の違いは、いったいなんなのか。強い精神力と言ってしまうのは簡単だが……。
    「あの、先輩にも調子が悪いときはありますよね? そういうときはどうするんですか」
    「そうですね……特別なことは何もしないです」
    「な、何も?」
    「物事にはすべて、波があると思うんです。調子が悪いときは気分転換をして、いい波を引き寄せる……そういう意見も世にはあふれていますけど、調子というものはそうそう自分ではコントロールできません。だからそのうちに上向くと信じて、普段どおりの生活を心がけるんです。せいぜい健康に気をつけるくらいですね」
    「なるほどね。でもあたしもそんな感じかな。無理に調子を取り戻そうとすると、逆にエネルギーを使っちゃうもの」
    「私はどんなときでもBLを読んでれば元気が出ます!」
    「……そいつは参考になりそうにないな」
     校門で紗津姫と別れた。途中まで帰り道が同じの金子も本屋に寄っていくという。
     依恋とふたりきりになった。
     息が詰まる。早く帰って昼メシを食って、思い切り昼寝をしたかった。
    「ねえ、来是」
    「なんだ」
    「あたしと付き合えば、すっごく調子が上向くと思うんだけどな」
    「冗談はやめてくれよ」
    「あたし、尽くす女よ? 来是のためなら、何だってしてあげるわ」
    「何でもとか、軽々しく言うもんじゃないだろ」
    「本気なのに。どう? お昼食べたらあたしの家に来ない? 夜までママも帰ってこないし」
    「……遠慮する。そんな気分じゃない」
    「そう。ま、その気になったら言ってよ。あたし、いつでも待ってるから」
     依恋とも別れ、来是はどんよりした心を抱えながら帰宅した。
     食事を済ませ、自室のベッドにごろんと寝転がる。
     このままではいけないとはわかっているが……速効性のある処方箋はなさそうだ。
     紗津姫の教えは、いつでも的確だった。しかし普段どおりでいればいい、状況を変える手を作れないならばじっと辛抱する――これほど簡単そうで難しいこともないと思った。
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