10年という月日が経つと、いま住んでいる部屋も、立場や環境も大きく変わってくる。ただ、たとえ環境が変わっても「これだけはずっと持っていたい」というモノが、ひとつはある。

そこで、さまざまなジャンルで活躍する方々に「10年後も手放さない」思い入れのあるモノを、31×34.5cmという限りのある『ROOMIE BOX』の中に詰め込んでもらった。なぜ、10年後も持っていると考えるのか。大切に持ち続けるモノについて語る姿から、その人の暮らしが徐々に見えてくる。

落語家 立川吉笑

1984年生まれ。京都市出身、高円寺在住。2010年11月、立川談笑に入門。わずか1年5ヵ月のスピードで二ツ目に昇進。「立川流は〈前代未聞メーカー〉であるべき」をモットーに、気鋭の若手学者他をゲストに迎えた『吉笑ゼミ』の主宰や、初の単著『現在落語論』(毎日新聞出版)の刊行、全国ツアーを開催するなど、業界内外の注目を集める。
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10年後も手放さないモノ

立川談志師匠、師匠・立川談笑から初めてもらったお年玉、
そして立川志の輔師匠からもらった二ツ目昇進祝い

僕の尊敬する落語家3名からいただいた、大事にしているものです。

まずお年玉は、談志師匠、師匠・談笑から初めていただいたもの。新年会が毎年1月2日にありまして、そこには立川流の落語家が全員集まるんです。その時いただきました。

このお年玉は本当に嬉しくって、いただいてから今に至るまで、一度も開けず、ずっと棚にしまっています。なのでいくら入っているかわからない状態です。やっぱり尊敬する人から“初めていただいた”お年玉なので、なんでしょう、思うところがありますね。

とはいえ、今も師匠からお年玉をいただいていますが、初めていただいたもの以外はちゃんと使わせてもらってます(笑)。まぁ私も前座をやっている後輩にあげていますから。

それと二ツ目に上がった時、志の輔師匠からいただいたお祝い。

24歳の時、ふと「落語のCDを買おう」と思って、ショップで手に取ったのが志の輔師匠のCDでした。聴いてみるとそれがめちゃくちゃおもしろくて。落語を好きになるきっかけは、志の輔師匠だったんですよ。そこから談志師匠や談笑を知り、いろいろな落語を聴いて、落語界に入ろうと決意しました。

『御祝』という文字を見るだけでも「志の輔師匠が書いてくれたのか……」と、うれしい思いでいっぱいです。神様みたいな存在の人が、自分のためだけに書いてくださっていますからね。本当にうれしいです。

やっぱり特に大尊敬している方ですから、こちらもまだ開けていません。これを使うことになったらもう終わりだな、と。たぶん「金額を確認しない」ということは失礼にあたるかもしれないのですけど、これはこのままにさせてもらっています。

二ツ目昇進時に師匠からもらった『帯』

国立演芸場で二ツ目昇進記念の会を開催した時に、会が始まる前に「おめでとう。」と、師匠からいただいた帯。ちょっと細くて両面使える、博多の「鬼献上」という帯です。最初はこれしか持っていなかったのでずーっと使ってましたけど、帯が増えた今でも使ってます。

浅草に「帯源」という、落語界で有名なお店があります。噺家御用達の老舗です。普通落語家がするような帯は、店頭には並んでないんですよ。お店に行って「噺家です」とお伝えすると、奥の戸棚からずらっと出していただけるんです。

前座の時はこんな高価なものは使えないですからね。師匠方の着物や帯を畳んでいる時に「かっこいいなぁ」と思いながら見てました。


先輩が昇進する時には、後輩たちがお金を出し合って、帯源の「引換券」をプレゼントすることもあるという

僕の着物はポリエステルで、洗えるものを着用しています。洗濯機で洗えるから使いやすいんですよ。だから僕の場合、着物より帯の方が高価なことも多いです。

帯は師匠からもらった正絹の本物ですから、ポリエステルの着物よりも高価なんです。

生まれて初めて“作り手から買った”コップ

埼玉県在住の陶芸家・秋谷茂郎さんという方から買いました。2012年頃ですかね、あるギャラリーで落語会をやらせてもらう機会がありまして。その期間中に個展をされていたのがこの秋谷さんで。

それまで、むしろ「コップ」って100均や量産系販売店で売っているような、白くてシンプルなコップが好きだったんですけど(笑)。お話ししてみたら好印象だし、価格も買えそうな値段だし、ご縁ができたので買ってみました。1点ものだし良いんですよ。


今でもそこまで身の回りのものに対して気を配っているわけではありませんが、ご縁があってお会いした時、気に入ったものがあったら「その人からモノを買おう」という思いがありまして。そのきっかけとなったモノです。

やっぱり「気に入っているモノ」で身の回りに固めていくことっていいなって思いますね。

資本主義的にちょっとおかしい「箱」

コップと同じくご縁をきっかけに購入したものですが、鹿児島の「STACK CONTAINERS」という、お一人でやられている箱屋さんのモノ。

鹿児島には落語会でよく行かせていただいているのですが、東京より鹿児島の方がおもしろいんじゃないかという程の思いがあって。というのも、もともと中目黒でアパレルをやっていた人などが、実家が鹿児島にあるということで戻ってきて、昼は仕事、終わったらサーフィンみたいな生活をしてるんですよね。

そしてそういった人たちのカルチャーができ上がっているんですよ、みなさん同世代の若い方たちで。もちろんずっと地元、という人も結構いて。その人たちが呼んでくれた落語会のスタッフのひとりが、脱サラしてこの箱屋をやっているという人だったんです。


もともとイギリス辺りで洗濯籠として使用していた紙の籠。手作りで、紙だけど頑丈にできているんですよ。3~4つくらい取り寄せて買いました。もちろんそれまで箱なんか買おうと思わなかったけど、「箱」で食っていく、家族を養っているって、これはすげぇなって思いまして。

実際買ってみると、なんだか良いんですよね、質感とか。物販する際に使ってもいいし、パンフレットを置く時にもいいし。ちょっと良く見えますから。

ぜひみなさんも購入してみてください。作るのに3か月くらい時間がかかるそうですけど。たぶん、資本主義的に間違ってて(笑)……時間と対価が合ってないというか。それが好きなところでもあるのですが。

話戻りますが鹿児島市内、本当にすごいですよ。「枯れた花」しか販売しない人もいて(笑)。ドライフラワーというわけでもないんですよ。枯れた花。完全に枯れているんですけど、たしかに部屋にあったらきれいに見える花。

箱屋さんといい、鹿児島には尖った人たちが多いんです。

榎本俊二さんのマンガ『ムーたち』

落語家になる前の話です。もともと榎本さんのお名前は知っていましたが、ラーメンズの小林賢太郎さんが「榎本さんの作品がおもしろい!」と褒めていたので『GOLDEN LUCKY』という作品を買ってみたんです。そしたらおもしろくて、ハマりました。

18か19歳の頃、大学を中退したいな~と思っていた時期に、コンビニでバイトをしていたんですよ。その休憩中に『モーニング』に連載していた『ムーたち』を見て、衝撃を受けました。自分が作りたいと思っているネタの、ドンピシャのものがこれで。大好きになりました。

上京した後、「ヴィレッジヴァンガード」で開催された榎本俊二さんのサイン会に行ったんです。そこで、当時自分が作っていたネタを全部持って行って榎本さんに渡したんですよ。


立川吉笑さんの本名は「人羅真樹(ひとらまさき)」

その時のサインです。サインを書いてもらっている時は「この(ネタが入った)封筒をどう渡そうか」とずっと考えていました……。

勇気を振り絞って「受け取ってください!」って渡して。「中身はなんですか」と聞かれて「いろいろ入ってます」と答え、その場を後にしました(笑)。もうどっさりですよ、テキストネタ、マンガのネタ、アニメーションとか全部詰め込んで。それまでの自分の全てを。

今だとたまに自分のところにも来るんです。「ネタ見てください!」って。でも実際にそれを体験してみると、なかなか“行為が重たい”というか、がっしりと抱きしめてあげられないというか。今になって、あの時の榎本さんの気持ちがわかります(笑)。だってそうじゃないですか。誰だかわからないやつが、急にめっちゃ思い詰めた顔をして、どうしてもらいたいかも特になく……。当時は僕も「同じ事をやりたいと思っています」と伝える、ということしか頭になかったんですよね。

そうそう、先日、偶然共演を果たしまして。

みんなのミシマガジン×森田真生0号』という書籍の中で寄稿したのですが、その中で榎本さんはマンガを描かれていて。ちょっと近づけた! とうれしい思いもありつつ、震えましたね。まだお会いしたことがなく間接的な共演ですが。

榎本さんは、師匠たちとは少し違う次元で影響を受けています。落語家・立川吉笑としてじゃなくて、本名である「人羅真樹」としてというか。より根源的な部分というか。とても根っこの部分で影響を受けている方ですね。

「落語」というのは伝統芸能で、まだ一人前ではないけど僕も一応看板を背負ってて。これまでたくさんの先人たちが受け継いで来たものの末端に自分がいるわけで、だからこそ「落語家として求められる振舞い」というのがあると思うんです。当然、自分の個性や考えが最優先されるべきではあるんですけど、一方で落語家を名乗る以上、自分を消してでも押さえておくべきポイントというのもあって。

気づいたら、そんな「落語」をまとった状態で好きになったものとか、影響を受けたものが増えてくるんですけど、榎本さんは落語をまとっていない純粋な自分が影響を受けたものです。だからこそこれからも大事にしたいと思っています。

とは言え、別に「落語家として求められる振舞い」を無理している気もさらさらないんですけどね。最近はレストランの順番待ちボードに『立川吉笑』って書いてしまう時もあるし。『立川吉笑』としての自分が『人羅真樹』としての自分を超えてきている印象があります。この「10年後も手放さないモノ」として選んだモノの割合も、落語に関するもの方が多い。これも何かが表れているのかもしれません。

落語家 立川吉笑さんの10年後

落語家として、やっぱり「真打」になっていたい。その上、知名度が上がっているということも大事ですね。全国各地に回らせていただいたり、それこそ志の輔師匠や談笑のように「その場所に来ただけで喜んでいただける」という人間になっていたいです。規模感としては、独演会で300人くらい埋められるようになれたらいいですね。

あと家族も持ちたい。地に足のついた生活ができるように……。というのも今、審査が通らなくてクレジットカードが作れないんですよ(笑)。これによって“社会的に認められていない”という思いに苛まれていて。

庭のある家なんかに住んで、快適な生活ができるようになれたらいいですね。

「10年後も手放さないモノ」バックナンバー

vol.1 BEAMSバイヤー鈴木修司さん
vol.2 グラフィックデザイナー金田遼平さん
vol.3 イラストレーターたかくらかずきさん

Photographed by Yutaro Yamaguchi

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