いよいよ6月28日に公開される映画『her/世界でひとつの彼女』。先日はスパイク・ジョーンズ監督のトークイベントをレポートしましたが、今回は衣装デザイナーを務めたケイシー・ストームを紹介します。
映画はそう遠くない未来のロサンゼルスを舞台に、AI(人工知能)型OSのサマンサと恋に落ちる主人公セオドアの物語。斬新なアイディアでありながら、どこにでもある恋する気持ちが繊細に描かれた、感動のラブストーリーです。
ケイシーは約20年前からスパイクの映像作品で衣装を担当している重要人物。今作の独特な世界観においても、彼の手掛けた衣装が大きな役割を果たしています。
ルーミーは先日スパイクと来日したケイシーに、今作の魅力や舞台裏を語っていただきました。もちろん、主人公セオドアのあのハイウェスト・パンツについても聞いてきましたよ。
──どのような経緯で衣装デザイナーになったのですか?
昔から洋服が好きだったけど、ファッションスクールで学んだわけではないんだ。20年以上前にスパイクと行ったバースデー・パーティで、カメラマンの女の子が撮影のスタイリストを探しているって話していて、「スタイリストって何?」って聞いたら教えてくれた。
そしたらスパイクが「ケイシーがやるべきだ」って。「あなたスタイリストなの?」って聞かれたから「洋服は大好きだよ」って言ったら、「いいね、やってよ」ってことになった。
2週間後、スパイクから「あのファッションの仕事やった?」って電話がかかってきて、「次はミュージックビデオの仕事しない?300ドルしか払えないけど」って言うんだ。「イエス!300ドル!」って思ったよ(笑)
それでフィッティングに行ったら、そこはビースティ・ボーイズのヤウク(アダム・“MCA”・ヤウク)の家で…それは「Sabotage」のミュージックビデオだった。あのビデオでいろんな賞にノミネートされて、そこからキャリアが始まったってわけ。
──ロサンゼルス出身とのことですが、子どもの頃からエンターテインメント業界に近い環境で育ったのですか?
父親がテレビのディレクターだったから撮影現場で育ったし、実は子役としても活動していたんだ。いろんな番組に出たけど20歳くらいで燃え尽きちゃって、それから進学して、その後のことは何も決めていなかった。その頃にスパイクと出会ったんだよ。
──そもそもスパイクとは、どのように出会ったのですか?
ある夜、2人の女友だちと家でブラックジャックをしていて、1人がブラックジャックを5回連続で出したんだ。べガスに行くべきだって盛り上がって航空会社に電話したら、1枚で2人乗れるリノ(註:ネバダ州北部にあるカジノで有名な町)行きのチケットならあるって言われた。
友だちが「私が今日会ったスパイクって男を4人目にしたら?」って言い出して、朝4時に電話して「リノに行かない?」って聞いたんだ。「いいよ」って言うから迎えに行ったら、「君たち何しに来たの?」って言われたよ。
「リノ行くって言ったじゃん」って言ったら、「そんなこと言った?」って(笑)それから出発して、リノで一晩過ごして、僕らは親友になった。1992年か93年の話だよ。
──マイケル・ジャクソンのミュージックビデオ「Stranger In Moscow」の衣装を手掛けたこともあるそうですね。
幼い頃のヒーローと仕事ができるなんて信じられなかったよ。部屋中に400着ほど並んだトレンチコートをマイケルが1着ずつ試着して、「この襟が好き」「このポケットが好き」「長さはこれ」「生地はこれ」って言うんだ。僕は彼の選んだスペックを集めて、新たなトレンチコートをデザインした。
あとはパンツの裾6インチにゴムを入れてほしい、とかね。そうすればタイトなパンツでもブーツの上にかぶせることができるし、ダンスをしていても上下にずれることないからって。マイケルは自分の求めていることを熟知していた。とても具体的だったから、僕にとっても楽しい仕事だったよ。
──ついに日本でも公開される映画『her/世界にひとつの彼女』の衣装は、どのように考えていったのですか?
最初は自分たちの知り合いを引き合いに出し、「セオドア(主人公)はあの人っぽいよね?」とか、「エイミー(主人公の友人)はこの前会ったあの女性っぽいかな?」とか話し合って、それをジャンプ台としてある程度の方向性を決めた。
フィッティングではたくさんのスタイルを試すんだ。役者に時間がない場合は自分たちでいろいろ試して、「これはあのキャラっぽくないね」とか言いながら決めていくんだよ。
──どのキャラクターの衣装から始めましたか?
最初の3週間はホアキン・フェニックス独りの撮影だったから、主人公のセオドアから始めた。そのプロセスで発見したのは、面白いルックスや、現代のようにも見えて少し違和感のある雰囲気を作るには、足し算ではなく引き算をするべきだということだった。
未来を舞台にした多くの映画は足し算をしているよね。珍しい素材やアームバンド、ヘルメットやゴーグルを着けることで未来感を出そうとする。つまり、現代にないようなアイテムを追加することで、明らかな違いを見せるんだ。
僕らはその反対に引き算をした。デニムや野球帽、ネクタイはなしと決めて、襟もあるとしたら小さいものだけ。そうすることによって脳が面白い働きをするんだよ。
──なるほど、確かに映画を観ていてどことなく違和感を感じました。
だよね。たとえば町で1000人が歩いていて、1人もデニムを履いていないなんてありえないよね。だから脳は何かが違うと分かっているのだけど、それが何なのか確定できないんだ。なぜなら、そこにはない物だからね。「見て、あんなの着てる」って指差すことができない。
「何かが足りない」っていう感覚は、少し困惑するような奇妙な世界を作り上げる。でも常に「これは未来だ」って分かりやすくもないんだ。この方がよりスペシャルになると思う。
──予告編が公開された時から、セオドアのハイウェスト・パンツが大きな話題でしたね。パンツの股上を深くした理由は?
もともとスパイクが脚本を書いた段階で、1920年代や30年代のアイディアが含まれていたんだ。主人公の名前はセオドア・ルーズベルトから来ているしね。ファッションも赤ちゃんの名前にしても、トレンドは繰り返すものだろう?
今作では最近の映画があまり描いていない時代に立ち返ることにした。僕らは初期の段階で、未来を描くには前に進むより過去に戻る方がよりクリエイティブだという考えに行き着いたんだ。
──面白い考え方ですね。では、1930年代のファッションを参考にしたのですか?
僕はかねてから、「1930年代のファッションというものは存在しないに等しい」と思っていた。少なくとも僕らのカルチャーでは、「60年代っぽい」と言うことがあっても、「見て、あの人30年代っぽい」とは言わないだろう?
「どうして誰もこの時代について話さないんだろう?」と思って、30年代のファッションを調べてみたんだ。すると理にかなっていた。世の中は世界大恐慌にあり、第2次世界大戦に向かっていて、人は生き残ることに必死でファッションに集中できる時代ではなかったんだ。
でもそんな時代にも、必要性から素晴らしいものが生まれていた。他の時代とは違ったシルエットとか、ハイウェストでシガレットレッグのパンツとかね。
初期のフィッティングでスパイクにいろんな服を着せたんだけど、そこでハイウェストのパンツを試して、「これ、もしかしたら良いかもね?」って話になった。それでハイウェストのアイディアをキープしたんだ。
──セオドアの胸ポケットには、OSのサマンサがインストールされている端末が少し飛び出るように安全ピンが止めてありますね。
僕らは「未来の洋服は端末に合わせて改良されているべきか?」ということを話し合ったんだ。たとえばiPhoneにあわせて、細長いポケットがついているといった感じにね。
でも目につき過ぎるし、大して重要なディテールではないと思うようになった。ただ、サマンサが外の世界を見られるように、セオドアはカメラのレンズをポケットから外に出す必要があったから、端末は胸ポケットに入れることにしたんだ。
──安全ピンのアイディアは?
最初にセオドアが雪の中を歩くシーンを撮影したんだけど、衣装は僕がデザインした赤いジャケットだった。現場でそのポケットに端末を入れたら、すっぽり入って隠れてしまったんだ。「クソ!ヤバいな」ってことになって、とりあえず安全ピンをつけようって提案した。
選択肢は2つあって、1つは安全ピンを裏につけるというもの。これだと端末は落ちないけど、不自然だしインチキしているように見えた。
それで、もう安全ピンを堂々と使っちゃおうということになった。だから、「ジャケットは端末に合わせて作られたわけではなく、でもセオドアはサマンサに世界を見せたいから、端末が落ちないように安全ピンで止めた」という設定になったんだ。
──今作の中で特にお気に入りの衣装はありますか?
まさにその冬のシーンの衣装と、褐色のブレザーに赤いシャツとハイウェスト・パンツのコーディネートは特に気に入っているよ。
──スパイクとは20年以上にわたって一緒に仕事をしているとのことですが、彼との仕事はどんな感じなのですか?
僕らは友だちになってから一緒に仕事をするようになった。最高だよ。一緒に遊び、仕事をして、素晴らしいエモーショナルなセラピーセッションもできる。人生における全てについて話し合い、その会話を通じて仕事までできてしまうんだ。
世界で最も大切な友人の1人と一緒に仕事ができるって、本当にぜいたくなことだよ。
──キャリアのスタート地点となった「Sabotage」のミュージックビデオ以外に、ターニングポイントになった作品はありますか?
特にどの作品っていうことはないかな。僕ら仲間たちはミュージックビデオから始めて、コマーシャルを手掛けるようになり、その後、映画へと続いたんだ。そうやってみんなで登って行った感じだよ。
──これまでにスパイクと一緒に手掛けた作品の中で、最もチャレンジングだったのは?
今作『her』が1番難しかったような気がする。自分たちのやっていることが合っているかどうか、常に確信があるわけではなかったんだ。
ホアキンだけで3週間撮影した後、地下鉄のシーンを撮影したんだけど、そこではたくさんのエキストラにも衣装を着てもらった。彼らの衣装をチェックしているうちに、「これは大惨事だ…」ってパニクってしまったよ。
それでスパイクに「ヤバい、やっちまった」って伝えたら、彼はエキストラの衣装をチェックした後にゲラゲラ笑い出して、「クレイジーだけどこれで行ってみよう」って。撮影が始まってモニターを観ていたら、動きがあるとすごく良いっていうことが分かって安心した。
撮影を通じて確信が持てないというのは、不安だったし怖かったよ。今作の衣装には慣れていないフォルムや、自分では耐えられないような鮮やかな色を使っていたしね。実際に試写を観て初めて「大丈夫、全て問題ない」って思えて、深呼吸することができた。
──逆にこれまででで1番楽しかった作品は?
「Sabotage」が1番楽しかったな。でも、僕らは一緒にたくさんの素晴らしい作品を手掛けてきたよ。
クリストファー・ウォーケンが空を舞うファットボーイ・スリムのビデオ(「Weapon of Choice」)もめちゃくちゃ楽しかったし、ダフト・パンクのショートフィルムも最高だった。ロボットのストーリー「I’m Here」も素晴らしかったし、初期にやったウィーザーの「Buddy Holly」も最高だったな。
実はあのビデオで、僕はFonzの替え玉だったんだ(註:ビデオは70年代のテレビドラマ「Happy Days」のセットで撮影されており、登場人物のFonzがカメオ出演している)。
Fonzの後ろ姿のショットは全部僕なんだよ。Fonzが最後にクレイジーなダンスをするシーンあるでしょ? あれも僕なんだ(笑)
──ミュージックビデオから一緒にやってきて、今ではオスカー受賞作品を手掛けているこの現状についてはどう思いますか?(註:スパイクは今作で第86回アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞)
アメイジングだよ! 昔からスパイクに才能があるのはみんな分かっていたから、ここまで辿り着いたのは当然の成り行きだったように思う。
特に今作では、僕はスパイクにぜひ脚本賞を受賞してほしかったんだ。最も勇敢で私的な作品であり、彼が初めて自分だけで手掛けた脚本だからね。僕にとっても大きな意味のある作品だし、彼が特にこの作品で評価されたことがうれしかった。
──最後に、ルーミーの読者に『her/世界でひとつの彼女』の見どころを教えてください。
とにかくこれは“コンピューターと恋をする男の話”ではないということを知っておいてほしい。それは作品の本質にとって、大して重要な要素ではないんだ。
もし人生で1度でも傷ついたり、何かがうまくいかなかったり、孤独や悲しみを感じたり、落ち込んだりした経験があれば、今作の何かしらが君を泣かせることだろう。僕は最初から最後まで泣いちゃったよ。
普遍的な感情が見事に描かれた作品だから、テクノロジーにばかり注目が集まるともどかしい気持ちになってしまう。テクノロジーは僕らのストーリーにおける、ただの背景に過ぎないんだ。とにかく残酷なほどに素直な作品だよ。きっと誰もが共感できるんじゃないかな。
『her/世界でひとつの彼女』
監督・脚本・製作:スパイク・ジョーンズ
キャスト:ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド、スカーレット・ヨハンソン
6月28日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
Photo courtesy of Warner Bros. Pictures 『her/世界でひとつの彼女』[アスミック・エース]