○11年前に発売されたコミックが再販される
小説家も漫画家も、短編集にははちょっと特別な想いがあります。作家にとっては有名となった大長編があっても、同じストーリーを何年も書いている中、違うお話をさくっと描くことは新鮮な経験ですし、読者にとってはいつもと違うフレーバーを楽しみつつ、作家の新しい世界観を覗く魅力再発見のチャンスにもなります。長編の後半に発表された短編が、次の新作の孵卵器になることもありますし、読み切りのスタイルを楽しむように淡々と短編を書き続けていく人もいます。
新人にとっては、デビュー作の多くが読み切り短編の受賞作。最初は穴埋め原稿のように読み切りを載せていくこともしばしばで、そうした新人のスキルアップとチャンス付与の仕組みとしても短編は重要なものがあります。
11年前に発売された一冊の短編集。それが今、改めて新装版として発売されることになりました。短編集のタイトルは『想うということ』。犬上すくねさんの作品です。
○書架に常に置かれていた一冊がもう一度息を吹き返す
犬上すくねさんといえば、『ういういdays』や『恋愛ディストーション』などの作品が有名ですが、『想うということ』はいくつかのシチュエーションで恋愛模様を描いた短編集。最初に発行されたのは2003年です。
私は犬上すくねさんが同人作家の頃からファンです(そのときは知らずに買い求めていました)。この短編集はなんとなく同人誌のような雰囲気が好きでした。同人誌はあまりページ数がないので読み切り作品を出していくことが多く、また限られたページに思いを込めている作品が多いのですが、連載では書けないような世界をひとつひとつていねいに紡ぎ出していくような雰囲気が好きで、常に書架に置かれていました。
最初にこの本を買ったときから数えれば2000冊はコミックを購入したと想いますし、3回引っ越しもしています。書架を整理するたび、取捨選択を繰り返すことになりますが、この「想うということ」は常に手が届きやすい書架に留め置かれていて、数年に一度くらい読み返してはまた書架に戻すような一冊でした。
○果たされるとは限らない「想う」ということ
「想うということ」は想いが叶う(かなう)こととはイコールではありません。本書も「想い」が叶えられる作品もあれば、叶うことのない作品もあり、それぞれいい味を出しています。
個人的には、想いは叶わなかったけれど気持ちだけは伝えられたようなエピソードが好きです。残念ながら想いは果たされなかったけれど、ためていた気持ちをはき出すことができ、少しだけすっとして主人公は次のステージに行けたのかなと感じました。
実際の人生でも、想いが叶うことより、想いは叶わないことのほうが多いのでしょうが、そうしたとき、こういう一冊が手元にあると、つらい気持ちを救ってくれるのではないかなと思います。
11年たっての新装版ということで、新しい『想うということ』には各エピソードにおまけエピローグが1ページついており、過去の版を所有している人にはちょっとしたプレゼントになっています。
本編では語られなかったプラスアルファを読んでいても、『想うということ』はいい一冊だったなあとしみじみと感じます。
もし、犬上すくね未読という人にはこの一冊をオススメしたいと思います。気に入ったら『恋愛ディストーション』をぜひ!
○おまけ:こんな作家の短編集も読んでみてはいかが
おまけですが、下記の2冊もなかなかオススメできる短編集です(ここ数年のものを中心にセレクトしてみました)。有名作品については手を出していなかった、という人はぜひ買ってみて作家性を知るきっかけにしてみてはどうでしょうか。長編では書けなかった、作家の魅力的世界観が詰まっていますよ。
岡本倫 『Flip Flap』 (有名作品は『ノノノノ』『極黒のブリュンヒルデ』など)