神戸で10月上旬、「みん経ナイト2012 in 神戸」というイベントがあった。私もゲストとして参加したのだけど、これが関西ノリで非常におもしろい話満載だったので紹介してみたい。
「みん経」というのは「みんなの経済新聞」のことだ。2000年に最初にスタートした「シブヤ経済新聞」をはじめ、日本各地に広がっている「街ネタのニュースサイト」のネットワークだ。編集プロダクションやウェブ制作会社などが業務のかたわらやっていることもあれば、NPOに運営されているところもある。ほとんど個人メディアのようなところもある。基本的にはそれぞれが独立したメディアである。
現在では国内70拠点、さらにはバンコクやニューヨークなど海外4拠点にも広がっている。ローカル情報の集積地のようなものだ。
神戸で開かれた「みん経ナイト」には、近畿圏の「みん経」編集者たちが集まった。大阪にある3つの「みん経」(梅田、あべの、なんば。ちなみにあと京橋にもあって大阪はトータルで4つのみん経がある)と兵庫県の2つ(神戸、姫路)、それに奈良と3府県の編集者たちが登壇した。
みん軽のファウンダー的存在であるシブヤ経済新聞の西樹さんが皮切りにこう話した。「渋谷は新陳代謝の激しい街で、その変化を見たいと思った。でも自分の知りたい情報が載っているメディアが存在しなかったんですよね。そこで1990年代後半、まだ14400bpsとかのモデムでピーッガーッとやっている時に自分たちでメディアを作ろうと考え、2000年にラジオ番組と連動して始めたんです」
西さんは1960年生まれなので、今年で52歳。大手PR代理店オズマピーアールで社会人生活をスタートし、3年で退社して1988年に起業したという経歴だ。2000年にJ-WAVEで渋谷の情報を伝える番組を始めたのをきっかけに、連動企画として立ち上げたウェブが「シブヤ経済新聞」だった。00年というとまだインターネットも黎明期を出ておらず、CSSもなくてHTMLを直打ちしていたのだという。04年には知人が横浜に拠点を移したのをきっかけに「横浜でもやろう」ということになり、横浜経済新聞ができて、そしてJ-WAVEが六本木に移転したのを契機に今度は六本木経済新聞ができた。
そうやって自然発生的にどんどん増殖していったのが、みん経ネットワークだった。トップダウンの全国組織ではなく、ただやりたい人が出てくれば自然発生的にそこに地域メディアが生まれてくるという、そういうノリのものなのだ。「ホテルで説明会をやって、地域の出資者や参加者を募集したりとかそういうことはしていません」と西さんは笑いながら話した。
しかしなぜみん経はこのように広がっているのだろうか。各地で自然発生していくというのは、実はそこに地域ニュースのニーズがあるからだ。実際、自分の住んでいる街の小さな情報を知りたいと思うことって、皆さんもよくあるのではないだろうか?
私事で恐縮だが、私は目黒区に住んでいる。近所にはダイエーの旗艦店として知られる「ダイエー碑文谷店」がある。周囲には広大な駐車場(第3、第4、第5......どれだけあるのかは地元民でも把握していない)。週末ともなると、遠く川崎市内ぐらいからも買い物客がやってきて、周囲はごった返す。ダイエーを除くとこの付近には客層の異なる高級スーパーか、あるいは東急線の駅そばに必ず店を出している通勤客目当ての東急ストアしかない。もはやダイエーの城下町みたいになっている。
ところが最近、このダイエーの目と鼻の先に、オオゼキが進出してきた。世田谷を拠点にして急成長中のスーパーチェーンである。しかしダイエーほどの巨大な店舗面積もなく、いったいどうやってあのダイエー旗艦店に勝負するのか。地元の買い物客はどう受けとめているのか。
知りたいことばかりだが、こういう地域密着の細かいニュースを語るメディアはほとんど存在していない。結局、オオゼキとダイエー戦争に関する情報は、私が近所の人からクチコミで聞き込むしかない。碑文谷周辺の情報を教えてくれるメディアがあればいいのに、とつねづね思う。強いていえば2ちゃんねる系の掲示板やミクシィのコミュなどにわずかに情報集積地が存在しているが、情報の見通しは良くない。
紙の時代には、地域ニュースは金にならないと思われていて、だから参入する企業は少なかった。せいぜいごく小規模なミニコミ誌やタウン誌、地域紙などが細々と運営されているのが精一杯だったのだ。しかしインターネットの普及によってウェブで情報発信することが可能になり、このハードルは一気に低くなった。紙の印刷物を出して配付することに比べれば、ウェブ制作は飛躍的にローコストである。
そういうあたりに小さな突破口があり、みん経が徐々に全国に広がっていったという背景理由があるのだろう。姫路経済新聞の副編集長、前田晶弘さんはイベントでこう話していた。
「姫路は人口が53万人もいるけれど、独自のメディアが存在しない。テレビも新聞もなく、地域FMが1局あるだけなんですよ。あとはまあ神戸新聞が細かくフォローしてくれていますが。それでみん経を姫路で、という話になったんですね」
こういうニーズからも、みん経が地域に求められているということがよくわかる。「いまはほとんど一人でやっているので、とにかく1日に1本の記事を上げていくということを頑張ってます。神戸新聞が載せない記事を載せる、というスタンス」
さらには現在はウェブにアップした記事をまとめたタブロイドサイズの紙の新聞も発行しており、図書館など市内のあちこちで配付しているという。たしかに地方都市では、特に高齢者層になるとウェブを見る習慣があまりない人が多い。そういう人たち向けに紙の新聞を出すというのはかなり大きな意味を持つ。
とはいえ完全に地域に特化した地元向けのニュースのみを配信しているのかというと、必ずしもそうではない。みん経はヤフーにも配信されているので、おもしろいトピックであれば全国の読者にも読まれる可能性があるのだ。たとえば奈良経済新聞は、ゆるキャラとして人気の「せんとくん」をもっとも最初のころから積極的に取り上げ、全国に読まれるようになった。
編集長の森川直紀さん。「せんとくんが最初に現れた時、みんな『気持ち悪い』って拒否してました。子供が泣いちゃったりとかね。それで僕らはこのまだせんとくんがマニアックだった時期から『とりあげるんならせんとくんしかないやろ』と積極的に記事にするようになったんです。それでハプニングを記事にしたのがこの『「せんとくん」にハプニング?1300年祭・平城宮跡会場で落ち込む』という記事です」
郵便局の陶製傘立てをうっかり割ってしまって落ち込むせんとくん、というなんだか微妙になごむ写真だ。「これは記事にしていいのかなあ、と悩んだけど、写真が良かったので悪いなあと思ったけど記事にしちゃいました」
最近異様に盛りあがっていておもしろいのが、以下のせんとくん恋愛物語シリーズ。奈良のせんとくんを中心に、葛城市や大淀町、岐阜の柳ケ瀬商店街などが入り乱れて恋人争奪戦を展開しているらしい。
奈良・大淀町のゆるキャラがデビュー、蓮花ちゃんに恋敵出現か?
バレンタインに直接対決か?せんとくん巡り熱い戦い
せんとくん、唇奪われた?段ボール頭のキャラ「やなな」が強引にキス
せんとくんに似合う女に?蓮花ちゃん、女子力アップに向け衣装デザイン公募
奈良キャラの恋愛が泥沼化「肉食系」の蓮花ちゃん、いったい何股?
せんとくん、よどりちゃんにキス?蓮花ちゃんに衝撃
たいへんな展開になっていて、「恋愛が泥沼化」の記事では各ゆるキャラ同士の恋愛関係がわかりやすい図でも説明されている(図そのものはTBSのニュース番組が作ったらしい)。
ゆるキャラというのはビジュアル的インパクトも強く、擬人化されているのでおもしろい記事も書きやすい。だからこの「ゆるキャラコンテンツ」はみん経の大きな武器のひとつになっている。大阪のミナミをエリアにしているなんば経済新聞でも最近、「トライオー」という大阪オリジナルのご当地ヒーローを取り上げている。『大阪のご当地ヒーロー「トライオー」道頓堀でデビュー、ネイガーも応援に』という記事がそうだ。
編集長の後藤大典さんによれば、実はこの「トライオー」にはなんば経済新聞が積極的にコミットしているらしい。なんば経済新聞を運営している後藤さんのPR会社(株式会社ラプレ、後藤さんは役員でネット事業部長)など数社で制作しているプロジェクトなのだ。すでに来年正月からは大阪ローカル局でこのトライオーを主人公にした番組の地上波放送が決定しているという。
みん経の運営会社は純粋のメディア企業ではなく、地元に根付いた広告やPR、ウェブ制作会社などであることが多い。だからメディアとしては、「客観的中立の立場を取る」というようなマスメディア的立ち位置ではなく、どちらかといえば当事者としてコミットしていくというような立場に踏み込んでいる。これがみん経の独特の文化を生み出している。
だから雑誌や新聞、テレビといったマスメディアとも競合しない。なぜなら「地元の当事者」であるという立場は、マスメディアの側にとっても強い情報源となってくれるからだ。イベントには角川グループの雑誌「関西ウォーカー」編集長の玉置泰紀さんも参加していて、こんなふうに話していた。「記事をみん経に先に書かれたりとかは良くあって競合する面もあるけど、しかしみん経とは共同戦線であるという意識の方が強い。このメンツでもよく飲んでますしねえ。仲間ですよ」
あべの経済新聞の編集長、新城重登さんは地元の名所「通天閣」との関係を、こんなふうに語っていた。「通天閣はもう顔パス状態で、あの建物の2階なんてもうあべの経済新聞のセカンドオフィスになっちゃってます(笑)。新世界が百周年記念を迎えた時なんて、『何の企画をすればわからんわ』と言われたので『会議に出て助言しますよ』といったら、次から毎回会議に呼ばれるようになった。ウェブ制作の会議があって、聞いたらいままでウェブがなかったって。『ないんですか』って聞いたら『じゃああんたんとこで作ってよ』って。『内容は?』と聞いたら『任せるわ』って。そうして気がついたら運営までやってるようになって、最後はメディアからの取材がうちに来るようになってしまいました」
こういう軽いノリで何でもやっていくという文化は、「みん経文化」だけじゃなく「関西文化」の色も濃く反映されているように思える。
『ゆでたまご・嶋田さんが新世界に なじみの串カツ店やスパワールドなど訪問』という記事はマンガ「キン肉マン」の原作者ゆでたまご(嶋田隆司さん)が新世界の串カツ店などを訪れたという内容。新城さんは「単にゆでたまごさんの実家が住之江にあって、私がプロレス好きだったので盛りあがって仲良くなり、別の取材の後に『じゃあこれから新世界に行こう!』と出かけて一緒に飲んだんです。それを記事にしただけ......まあ実家にいく途中に新世界に寄ったというただそれだけの話ですね(笑)」
この異常に軽いノリで何でも記事にしていく姿勢は、本当におもしろい。
『シカも「あつ〜い」 溝に一列に並び木陰で休憩』という奈良経済新聞の記事は、写真が面白いのでヤフーに転載され、全国の読者にかなり読まれたらしい。編集長の森川さん。「奈良に住んでると、こんな風景珍しくもなんともない。かわいいなあとは思いますけどね。ところが街を歩いてたら、観光客のオバちゃんがこの溝のシカの写真を撮ってるんですわ。僕が『撮りましょうか』と声をかけたら、自分とシカが入るように巧く撮ってと言われたり。『そんなにいいですか』って聞いたら『並んでてめちゃかわいいやんか』と言われて、そうかそんなにかわいかったのか、と。それで僕も写真を撮って記事にしてみたんです。そうしたら、奈良経済新聞で今まででいちばんのページビューになってしまいました」
イベントの始まる前、シブヤ経済新聞の西さんと少し話する時間があり、私たちはこういうローカルメディアの可能性と現時点でのビジネス化の困難さについて語り合った。たぶんこの分野のメディアが離陸してくる日がくるとすれば、それはマネタイズの可能性がもっと見えてきたときだ。現時点ではボランティア的活動の域は出ていないし、それほど大きなムーブメントになっているわけではない。しかしいずれ、その突破口を見いだされる日はやってくるだろう、そう期待すべきではないかと。
だからイベントの終わりごろに登壇した私は、以下のようなことを話した。
「インターネットの未来は、ソーシャルとローカルとモバイルだと言われています。SoLoMoなんていう流行語もあります。ローカルというのは日本語的な意味での『田舎くさい』というようなニュアンスではなく、位置情報とか自分の居場所とかそういう感じ。こういうローカルの情報はこれからますます重要になってくるので、皆さんが作っているようなコンテンツはおそらく非常な価値になることを秘めていると思います。
ただ現在の問題点としては、ここにビジネスの可能性の突破口が見いだされていない。つまりローカルとモバイルを結びつけ、あるいはそこにソーシャルメディア的な人間関係みたいなものを連携させてもいいのですが、そういう仕組みがどういうマネタイズになるのかを誰も考え出せていないんですね。
だから現時点では、ローカルの情報というのはボランティア的に集合知で集めるという以上の域を出られていない。でもみなさんの書いてる記事の面白さを見てもわかる通り、そこには単なる通りすがりや単なるご近所の住民というだけでなく、さらには遠くから来てすぐにどこかに去って行くマスメディアの一過性の取材というのでもない、『当事者であり、メディアである』という視点が非常に価値を持つと思うんですよね。その価値にどう価格をつけていくのか。
でもこれってウェブの世界全体に言えることなんですが、金鉱掘りみたいなことなんです。1990年代には検索エンジンなんて単なるヤフーとかのオマケで、今で言えば国語事典とか単語翻訳とか天気予報のウィジェットぐらいの位置づけだったんです。でもこれをグーグルが、いや正確に言えば別の人が発見してグーグルがぱくったんですが、キーワードと広告を結びつけて検索を広告にするということを発見した。これが世紀の大発見となり、検索が巨大ビジネスになったんです。
これと同じようなブレイクスルーが、ローカルの世界にもやってこなければならない。それがいつの日になるのか私にはわからないし、それがどういう形になるのかも予測できないけれども、ただ言えるのは、いつかはそういうブレイクスルーが来るだろうと信じるべきだということです。
その日が来るまで、こういうみん経的な試みを、雌伏しながら頑張って続けていって欲しいと思います。いずれ必ず価値が見いだされる日が来ると思いますよ」
そういう日が本当にやってくることを期待したいと心底思う。
※これは10月15日のメルマガ「未来地図レポート」215号に掲載した記事の要約です。