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渋井哲也【“一歩前”でも届かない】vol.7「『週刊金曜日』と市民ジャーナリズム」
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渋井哲也【“一歩前”でも届かない】vol.7「『週刊金曜日』と市民ジャーナリズム」

2012-09-30 01:48

    週刊 石のスープ
    定期号[2012年9月30日号/通巻No.44]

    今号の執筆担当:渋井哲也
    ※この記事は、2012年9月に「まぐまぐ」で配信されたものを、「ニコニコ・チャンネル」用に再配信したものです。



    ■本多氏や久野氏の思いが込められた創刊

     「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」
     これは、イギリスの歴史家であり、政治家でもあるジョン・アクトンの言葉だ。『週刊金曜日』がジャーナリズムとして、権力を監視する必要性を説くときに前提にしている考え方だ。私がはじめてこの言葉を聞いたのは、現在編集委員の本多勝一さんのコラムだった気がする。おそらくは1990年代前半だった。私はまだ大学生で、新聞社に内定をしていたころだ。

     私は学生時代、法学部の学生でありがらも、法律論よりは社会科学系の本をよく読んでいた。とくに、サークルが社会福祉系だったことで、社会福祉関連の学術書やルポを好んで読んでいた。しかし、新聞社に内定したことで、新聞やメディアについての文献を読みあさった。
     当時、私がもっとも共感したのは共同通信の記者・斉藤茂男さんが著した「新聞記者を取材した」(岩波書店)だった。新聞に期待をしつつも、現実に失望し、他業種に転職する人たちのルポだ。私もこうした結末を迎えるのかどうか、読んでいていろいろ考えていた。

     そんな心情のときに、本多勝一さんの「貧困なる精神」をよく読んでいた。朝日新聞の編集委員を退職した本多さんが、職業安定所で「新聞社の編集委員」を探していたというコラムを、どこまで本気でやっているのか?と笑いながら読んだ記憶がある。そんな本多さんのコラムで、冒頭の「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」を目にした。韓国では、既存の新聞ではなく新しいジャーナリズムが芽生えていた。「ハンギョレ新聞」がそれだった。

     ハンギョレ新聞は1987年9月に発刊準備委員会ができ、88年5月に創刊された。「ハンギョレ」は「ひとつの民族」の意味。当時の韓国の新聞は漢字を使っていたが、ハンギョレはハングル文字を採用し、横書きにしていた。その後、既存の新聞もハングルを使用するようになった。軍政時代に民主化を主張していた新聞記者が中心だったために、「書きたいことを書く」ことがモットーだった。韓国が民主化される時期の創刊だったことから、民主的な色彩が強かった。このハンギョレ新聞を成功を本多さんは手本にしたかったようだ。

     92年5月の「朝日ジャーナル」の連載「貧困なる精神」に、「ジャーナリスト党宣言」というコラムで、以下の提案を行なっている。少し長いが、読者の皆さんにもぜひ読んでほしいので転載する。
     
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