荻上チキの αシノドス
“α-Synodos” vol.269(2019/11/15)
〇はじめに
「αシノドス」vol.269をお届けします。今号のラインナップを紹介します。
日本はいうまでもなくアジアにある国なのですが、近隣の国が話題に上るとき、中国や韓国ばかりなことに前から違和感をもっていました。もっと東南アジアの国々に関心が集まってもよいのにと。そこで今号ではタイ政治を研究している外山文子さんにお話を伺いました。ご存知のようにタイは東南アジアで唯一、欧米列強の植民地化を免れましたが、皮肉にも、そのことによって王室を中心とした軍と官僚からなる支配構造が残っているために、民主化が困難になっています。「第二次世界大戦で敗戦しなかった日本」ともいわれるタイ、民主化に向かうにはどうすればよいのでしょうか?
「今月のポジだし」は教育社会学者の中西啓喜さんにお願いしました。教育政策をめぐってはどうも素人談義と感覚でものごとが進んでいる日本ですが、では、エビデンスに裏打ちされた教育効果のある政策を採用すればうまくいくのか、というと、話はそう単純ではないというのがよくわかると思います。学級規模を縮小すべきだ、と聞くと、多くの方がその方がきめ細かな教育と配慮が可能となると、賛成すると思います。そのぶん、教員の増員が必要になりますが、ではその効果が1ポイント未満の学力スコアの向上でしかない、というデータを知ったらどうでしょうか? 費用対効果を考えてこの政策をあきらめるか、それとも、それでも少人数学級の方が好ましいと考えるか。
みなさんは「実験哲学」という学問分野があることをご存知ですか? 昨今、経済学や政治学の領域でさまざまな実験がなされていますが、あの哲学の分野でも実験が行われるようになり、大きな関心を集めています。たとえば、環境など二の次の、金儲けしか頭にないひとが、金儲けのためにあるプロジェクトを開始したところ、その付随的な効果として環境が改善したとき、それでは、この人は意図的に環境を改善したといえるのでしょうか? こうしたアンケートを取ることによって、「意図」とは何かという哲学的問いに迫ろうとする実験哲学、読んでいてとてもワクワクしました。
現在、世界的に医療や保険分野の人材不足が生じており、国外から人材を確保しようという動きがさまざまな国でみられます。今回は、穂鷹知美さんに、ドイツの介護業界が、どのようにベトナムから人材をリクルートしようとしているのかをレポートしていただきました。お読みいただければ、ドイツがベトナムから介護スタッフを迎えるにあたって、いかに彼らの身になって環境を整えようとしているのかがよくわかると思います。募集すればみんな喜んでくるだろうといわんがばかりの日本のやり方が、いかに愚かなのか痛感します。
「学び直しの5冊」、今月は久木田水生さんに「ロボット」をテーマにお願いしました。ロボットや人工知能、VRなどなど、こうした存在やテクノロジーと人間はどう共生していくのか、あるいはそれらはコミュニケーションをどう変容していくのか。その先にどのような社会を展望することができるのか。こうした問いにリアリティを感じる人は年々増えていると思います。ポジティブな未来予想図をもつ人もいるでしょうし、反対にネガティブなディストピアを思い浮かべる人もいるでしょう。水田さんにあげていただいた5冊を読むことで、この問いに創造的に関わっていただけるとうれしいです。新しい時代が到来する前夜にこそ、思考の創造性は跳躍するはずです。
今月の「知の巨人たち」はハイエクです。吉野裕介さんにお願いしました。ハイエクというとネオリベの親玉として忌み嫌う人も多いですが、現在でも彼の思想はアクチュアリティをもちえるのか。吉野さんが仮想通貨と社会主義経済計算のふたつの観点から考察しています。とくに後者、とっくに過去のものとなったと思っていたのですが、デジタルレーニン主義と呼ばれる中国の出現によって、いままた新たに脚光を浴びているというのはとても驚きました。ビッグデータやAIを活用し、個人の取引データや信用情報をくまなく国家が集計・管理するシステムを築いたとき、かつて計算論争において社会主義陣営が夢想したような状況が実現するのかもと考えると、なぜだか興奮してきます。
日本にとって北欧というのはふたつのイメージに引き裂かれているような気がします。ある人にとって北欧とは、目指すべき最高のユートピアを体現している国々ですが、しかしある人にとっては、人口規模を筆頭に経済・政治環境がまったく異なる、日本とは無縁の国々の社会でしかありません。こういう場合、答えは真ん中にあると思うのですが、しかしその距離感を計るのが難しいなと常日頃感じていました。まずは内在的に北欧なるものを体現している構造や条件を知るところからはじめるべきです。今回は世界一幸福な国といわれるデンマークについて、何が「ヒュッゲ」を可能にしているのかを、内田真生さんに論じていただきました。
次号は12月15日配信となります。どうぞお楽しみに!
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