第9回目のその前に
 水曜夜は冒険者――場所はおなじみ、東京は代々木のホビージャパン会議室から。配信が始まると、堂々たる城門を模したジオラマを組むDM。前回は全滅寸前だったけれど、そこから全員、無事体勢を立て直して浮遊城に入りましたということになるようです。本日の欠席者2名(メギスとエルカンタール)は、“画面外で同行”かな。
 そうしていつもの『ミスタラ英雄戦記』を使っての今回予告。螺旋階段を駆け上りながらセッションの方ではとっくに片付いている四天王の1人目テルアリンを倒し、第1の闘技場で四天王の2人目、スペクターマスターのエザーホーデンを倒して「よし、今回はこんなところかな」と言っていると、画面の外からDMが「いや、そのまま続けてください」。そうして次に何やら真っ黒な巨人、ダークウォーリアをさんざん苦戦して倒すところまでが“今回”。今日はかなり盛り沢山な様子。


次元門をくぐって
 ほうほうのていでレッドドラゴンの洞窟を後にした一行、そのあとは寄り道することもなく穴を降りて、無事、浮遊城へと続く“道”の入り口、即ち次元門(ポータル)の前に辿りつく。門は見てすぐそれと知れたが、さて、このままこの門を潜っていいものか。取り上げられてしまった魔法の武器は仕方ないにしても、一度死の淵をさまよった身体は激しく消耗している。
 具体的には全員、残りの回復力使用回数が3~4といった状態。急がねば敵の企みはより進んでしまうだろう。かといって、敵の本拠地に侵入したなら、この先、休める場所はおそらく存在しない――と、DMから二者択一が提示された。
 「あわてるな、そんな時こそ神の声を聞くのだ」とグレルダンが言い、視聴者アンケートを取る。

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 結果は、“大休憩を取ってから行け”。

 グレルダン:「神は言っておられる。敵の企みがいかに進行しようとも、十分に休息を取った後なら抗し得ると。慌てて先に進み、志半ばに倒れるのは何もせぬのと同じだ。休むのだ」

 というわけで、全員大休憩をとり、hpと回復力、それに[一日毎]パワーを全回復させ、アクション・ポイントが1点にリセットされた状態で次元門の前へと踏み出して行く。

 門の前には、激しい戦いが繰り広げられていたらしき痕跡が残っていた。
足跡が入り乱れ、あちらこちらが焼け焦げ、そして持ち主のない黒く焼けた鉄槍が転がっている。調べてみると、それは元素の混沌に住まう、炎の蛇人間――サラマンダーの上位種、サラマンダー・ノーブルの戦士が使うものであると知れる。どうやら門を守っていたものが、先行した者たちに倒されたといったところらしい。
 ――とすると、クラッサスたちと同行していたシーフ娘とハーフリングは、既に浮遊城へ侵入しているということだろうか。

 守るもののない次元門は、開け放たれていた。
 どのような急上昇の旅をすることになるかと思いつつ、門に踏み込む。
 ぐらり、と、めまいのような感覚に襲われたと思った次の瞬間、一行は浮遊城の門前に立っていた。

 それは確かに城の形をしてはいた。
 それでいながら、城そのものが忌まわしいひとつの異形の存在なのだった。
 どくんどくんと音を立て、城全体が脈打っている。
 城壁を取り巻く木蔦と見えたのは、細かく網目を成す血管で、それが浮き出したり沈み込んだりするたびに、あたりの空気がどくどくと脈動を伝えるのだ。
 ――城そのものが子宮となり、いまだ胚の魔人を養っている――
 レッドドラゴンの言葉が意味することは、つまりこういうことだったのだ。

 薄気味の悪い城ではあるが、中に入らねば話にならない。
 そして敵がただ入れてくれるはずもない。城壁をよじ登り、物陰に身を隠し、敵の目をごまかして侵入する。具体的には主要技能として〈運動〉、〈知覚〉、〈盗賊〉、〈はったり〉を、副次技能として〈看破〉、〈歴史〉を使用した技能チャレンジである。
 (今回欠席の)メギスとエルカンタールには背後を守らせ、グレルダンとアーズは身のこなしの俊敏さを発揮して突き進み、ローズマリーは“妖精のあやつり人形”をあらぬ方向に走らせて敵の目をごまかす。ブラントは鎧の音を立てないことに最大限の注意を払う――神の威光を目の当たりにさせるのが聖騎士のつとめである以上、目立たないことはもっとも不得意なのだ。
 途中、アーズが何もないところにつまずいて城壁から転がり落ちかけるという一幕もあったが――具体的には〈運動〉判定で1を振ったが、魔法の腰帯(ダイナミック・ベルトすなわち“身ごなしのベルト”)の力でダイスを振り直し、無事切り抜ける。

 どうやら城の中に入り込んだ、というところで、アーズが低く言った。

アーズ:「宝物庫はどこだ?」

 “嵐の魔剣”は意識を失っている間に取り上げられた。それは仕方ない。だが、ちゃんとした魔剣を手にしないままシンと戦うのは御免こうむる。浮遊城の宝物庫なら僕にふさわしい魔剣も収められているだろう。まずはそれを手に入れてから進みたい。
 最初は冗談かと思ったが、完全に本気でそう言っていた。そのうえ、眼光にただならぬものがあったので、一同は敢えて何も言わず、進む前にまず宝物庫を探すことにした。
 アーズの執念も手伝ってか、宝物庫の扉はすぐにみつかった。

 扉を開けると、中には人影が2つ。女性と――もうひとりはハーフリングだ。おそらく先行している“クラッサスの元同行者”たちだろう。
 身構えつつ、近寄る。
 先方も、身構えつつ、こちらに近づいてくる。
 名乗ろうとしたとき、ハーフリングが「ああっ」と声を上げた。

ハーフリング:「アーズ、アーズじゃないか!!」
アーズ:「――父さん!! やっぱり父さんだったのか!!」

 父子の邂逅が互いの素性の説明の手間を大いに省いた。ハーフリングの名はジェスリーといって、アーズの父親だった。モリアと名乗ったシーフ娘はグレルダンに「あなたの話はクラッサスからよく聞いていた」と言った。

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モリア:「太陽神ペイロアの熱心な信徒で、武勇の腕にも優れて、と大変な褒めようだったけれど……でも……」

 言いながら、モリアはいぶかしげにグレルダンの額のあたりを見ている。訳を聞くと、そこになんだかあまりよろしくない称号が書かれているようで、と口ごもった。
――あの赤竜野郎、竜にしか読めぬ称号と言ったがヒトにも見え放題じゃないか。
――いや、罠を見抜き暗号を解読するのが得手のシーフには読めないこともないといったことだろう。
「戦っていれば色々あるのだ、不名誉の称号といえどこれもまた戦歴」とグレルダンは言い切り、それから赤竜の洞窟の入り口で石化していたクラッサスとディムズディルのことについて尋ねた。

 2人が石化したいきさつはほぼ予想通り、つまり深手を負った2人が完全に死に至る前に石とすることで永らえさせようとしたというものだったが、クラッサスのほうは単純に傷がもとで死にかけたわけではなかったらしい。

モリア:「クラッサスはね、呪われた魔剣――伝説の剣を見つけたんだ。剣を手にして打ち振れば自分の体力が削られる。でも、剣に十分な生命力を与えてやれば、満足した剣の呪いの力は封じられ、その者の手にある間は並ぶものなき名剣として力を発揮する――で、クラッサスは剣の呪いを解こうとした」

 そして生命力をすっかり剣に奪い取られたのだ、とモリアは言った。

モリア:「だけど、最後の一振りで、真っ黒だった剣の刀身から光が放たれ、“クラッサスの剣”と銘が浮かび上がった。あたしは呪いが解けたんだと思って、そうしたら何か役に立つかもしれないと思って。それで、その剣を石になったクラッサスの手から取って持ってきた。ここにある」

 モリアは腰に帯びた大剣に触れた。アーズの目の色が変わる。が、それに気づかずにモリアは続けた。

モリア:「でも、ダメなんだ。持ち主が変わると呪いが復活するみたい。あたしが剣を抜くと、ほら」

 モリアが鞘から剣を抜くと、外気に触れたところから刀身がみるみる真っ黒に染まっていく。

アーズ:「だったらそれを僕にくれ」

 唐突にアーズが言った。

アーズ:「あなたにその剣は扱えないんだろう? でも僕なら扱える。僕はそれを使って、女王シンを討つ」
モリア:「これはクラッサスが命がけで呪いを封じた剣だよ? いくらジェスリーの息子だといっても、ただ渡すわけにはいかない。それにこの剣には呪いがかかっていて……」
アーズ:「呪いがなんだ。僕は世界を守るためにここに来たんだ。剣に呪いがかかっていれば、それを封じてみせる。クラッサスだって一度は封じられたんだろう? だったら僕もそうする」

 モリアは一瞬頷きかけ、そして僅かに眉をひそめた。ハーフリングのその言葉は熱く正しく、まさしく救世の英雄の言葉に思われた。だが、その言葉の裏には微かだが、確かに野心めいた響きが感じ取れたのだ。

モリア:「だったら……剣を振ってみなさい。そうしたらわかるから」

 剣を受け取ったアーズはためらわずにそれを大きく打ち振った。瞬間、アーズの表情が苦痛にゆがむ。
 具体的にはその場で2d10のダメージを受けたのだ。この剣は持ち主が変わる毎に“一定回数振るわれるまでは、呪いがかかった状態になる”ということらしい。そして、剣を振る際の命中判定のd20で奇数の目が出ればペナルティはなし、偶数が出たら2d10のダメージを受けることになる。ただし今回は“お試し”なので、無条件で2d10のダメージを受けて“呪いが解けるまでの規定回数”を1減らす、という扱いに。この規定回数についてはスタッフにのみ見える場所で、DMが“常識的な回数になるように”適宜ダイスをロールして決定している。

モリア:「ほら、だから……」
アーズ:「これが伝説の痛みだ。――僕はそれを受ける!!」

 迷うことなく言い切ったアーズをしばらく見つめていたが、やがてモリアは小さくうなずいた。
――あたしが持っていてもこの剣は使えない。クラッサスも石になっていて剣を振るうことはできない。あなたが使って。

 それからモリアは改めて、私たちの目的は同じ、ならば共にシンを倒しましょう、と言った。一足先に城に入っていたモリアとジェスリーは、2人だけではシンを討つことは叶わないと早々に知った。しかし、あれだけの悪事を働いているシンが見過ごされるはずもない、必ず志を同じくする勇者たちがここにやってくるはずと信じ、城の構造を調べ、敵の陣営を調べ、使えそうな魔法の品物が手に入るようならそれも集めながら“待って”いたらしい。

 2人がかわるがわる語るには、女王シンがいるのはこの城の中央にある塔の最上階であるということだった。塔の内側の壁を巡りながら上へと続く螺旋階段のところどころに儀式のための広場が設けられ、そこでは出撃したきり戻らないテルアリンを除く四天王の3人が番人をつとめている。シンまで行き着くには、番人を倒しながらこの螺旋階段を登りきらなければいけない。
 番人の1人は既に一度見ている禿鷹頭の怪人ナグパ。残る2人のうち、1人はエザーホーデンと名乗る幽霊で、空中にマントだけがふわふわと漂っているかのような見てくれをしている。もう1人の名は知れず、ダークウォーリアとだけ呼ばれる、闇が凝って形を取ったような巨人である。

 また、この城には何か、とんでもなく巨大な生き物がいる。あるいは城自体が生きているのかもしれない。時折、城全体の空気を震わせて唸り声が轟くことがある。何者かが寝返りを打ったかのように、あるいは城自体が身じろぎしたかのように、足元が揺らぐことがある。壁が脈打つことがある……

モリア:「あたしたちはしばらく前からここにいて、シンを攻めあぐねていたんだ。そうして、あなたたちが来た。シンを討つのならあたしたちも一緒に行く。見たところ、腕前はあなたたちのほうが上。あたしたちでは手の出しようがなかった幽霊や巨人もあなたたちなら倒せそうだ。そのかわり小物連中はあたしたちがまとめて引き受ける」

 それからこの魔法の品物もあなたたちのほうが役にたてられるだろう、と、アーズには“真のオーガの力の篭手(トゥルー・ガントレッツ・オヴ・オーガ・パワー)”を、グレルダンには“祈りの宝珠の首飾り(ネックレス・オヴ・プレイヤー・ビーズ+3)”を渡してくれる。


前広場の激闘
 モリアとジェスリーの案内もあり、目的の塔の前広場まではことなく辿りついた。
 見上げるばかりの塔の基部には守りのための小塔が2つ、そして入り口は正面に1つだけ。どうやら正面突破以外入る道はなさそうだ。もう少しましな方策が欲しいところではあるが、それ以外に道がないのでは致し方ない。覚悟を決めて塔の大扉の前に進み出たところで、上空から甲高い狂笑が降ってきた。それと共に巨大なマントのようなものがふわふわと門の前に舞い降りてくる。

エザーホーデン:「ハハハハハハハ!! 愚か者どもめ、待ち受けていたぞ。わが名はエザーホーデン、テルアリンごときを討ったからといって図に乗ってここまで来てしまったのが貴様らの不幸だったな!!」

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 巨大なマントのような“それ”は、半ば実体のない恐るべき幽霊である。ただ剣で斬っても大した傷を与えることはできない――が、奴の思惑を超えて斬り立てたなら……。身構えたとき、もうひとつの尖塔の上からまた声が降ってくる。

ダークウォーリア:「逸るなエザーホーデン。テルアリンは我らの中では最弱とはいえ、定命の者の間では名の知れた剣士、そしてこの連中は腐海のビホルダーも倒したという。さればこそ、我らも本気で相手をせねばならぬ。戦力の逐次投入などという愚かなことはせん。我が名はダークウォーリア。エザーホーデンとともに女王シンの四天王と呼ばれる2人で相手し、この塔の前庭を貴様らの墓場としてくれる!!」

 そうして闇が凝ったような――雲つくばかりの大男が、さっきは確かに塔の上にいたと見えたものが、突如、目の前の大扉へと続く階段の上に出現する。あれは元素起源の悪鬼(デーモン)だ、と誰かが言う。

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 ダークウォーリアの出現を合図のようにして、塔をめぐる矢狭間から一斉に矢の雨が降り注いだ。シャドーエルフの兵士たちだ。どう見ても雑魚だが数だけは脅威だ。モリアにジェスリー、それにエルカンタールとメギスも雑兵どもの対処に当たる――残る4人で2体の大物を倒せ。

 塔の上の巨人は後回しだ。まずは手近な幽霊を片付ける。
 アーズがばね仕掛けのように飛び出し、エザーホーデンに不可避の一撃を浴びせた。さらに一撃、流れるようにもう一閃。一度だけ心臓あたりに呪いの痛みが走ったが、新しい魔剣は不思議に手に馴染み、すべての斬撃が幽霊の頼りない身体を捕えている、打撃の鋭さも増したよう。
 しかし、手応えは、薄い。まさしく霧を削り飛ばしているかのようだ。
 ローズマリーも加勢する。いざというときに効率よく仲間を癒せるように癒しの歌を小さく口ずさみながら、エザーホーデンめがけて斬りかかる。妖精の構えた刀身から光がほとばしり、幽霊の目を眩ませる。

 だが、敵も負けてはいない。ダークウォーリアは虚空に一歩踏み込むと、空間を折り畳んで直接突然アーズの隣に出現、無造作にアーズに一太刀浴びせる。さらに空間を一歩で踏み越え、今度はアーズをエザーホーデンとの間に挟む位置に出現、もう一度アーズを斬った。重い斬撃だった。ただの2回でアーズは血だるまになっている。
 黒い巨人は手を緩めない。さらに一声叫ぶと、地面から炎の壁が立ち上がる。ローズマリーはどうやら身をかわすが、アーズの身体はまともに炎に包まれる。四天王の連撃をまともに食らい、ハーフリングのからだがよろめく。危険だ。だが、

ブラント:「わざわざ殴られに来てくれて、感謝するぜぇ……この場で死ねィ!!」

 ブラントはダークウォーリアを見据え、にやりと笑った。鉄槌を突き付けて喧嘩を売りつけたと思った次の瞬間、すさまじい勢いでそいつを真横に振り抜く。いきなり足を砕かれ、さしもの巨人も痛みによろめいて思わずふらふらと後ずさった。“よろめかす一撃(スタガリング・スマイト)”の技である。そこからならアーズにとどめを刺すことはできまい。敵を撃つことで味方を守る。パラディンの本領発揮である。

ブラント:「今のうちに、グレルダン、アーズを癒してやってくれ」

 だが、グレルダンは冷静だった。今のままではアーズは倒れるだろう。だがそのまま死神の手にすっかりわたることはない。ハーフリングの命というのはその身の丈を裏切るように太く逞しい。いま、癒しの技で目を覚まさせても、敵が動けば僅かな体力を更に削られ倒れてしまう。起き上がりこぼしになるのは、悪手だ。
 ――癒しの奇跡を使うのは今ではない。もう少し敵の手を見てからでもいい。

グレルダン:「アーズ、耐えてみせろ!!」

 そう言い放つ。だが、口の中では癒しの聖句を静かに唱えている。ここぞという瞬間に、アーズを死神の手から奪い返すために。具体的にはエザーボーデンの次まで行動順を遅延させたのである。

 グレルダンの判断は正しかった。エザーホーデンは大きな口をあけ、血まみれのアーズに襲いかかるとがぶりと丸ごと飲み込んだ。死霊に直接触れられた衝撃に、傷ついたアーズは耐えきれず意識を失う。

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エザーホーデン:「なんだ、もう味がしなくなったぞ! つまらぬな!」

 せっかく精気を吸ってやろうと抱え込んだ相手があっさり“死んで”しまったので、幽霊は一度口にした獲物をあっさり吐きだし、腹立ちまぎれに目の前でちょこまかとうるさい妖精に殴り掛かる。死霊の冷気に触れられたローズマリーは、足がすくみ、その場から一歩も動けなくなってしまう。その瞬間、

グレルダン:「見切ったぞ、エザーホーデン!!」

 大音声でグレルダンが叫んだ。突き出した掌から陽光に浄められし清浄なる炎が、エザーホーデンめがけてほとばしる。聖なる炎(セイクレッド・フレイム)にまともに焼かれ、此岸と彼岸を行き来していたエザーホーデンの存在がこの世界に固定される。具体的には[光輝]ダメージを受けたので非実体の特性を失ったのである。
 それからグレルダンは癒しの祈りをすっかり言い終える。アーズの目が開く。

アーズ:「剣、剣は大丈夫か!?」

 目を見開いたとたんに、アーズがまずしたのは剣の有無の確認だった。乱戦の中、思わず失笑する仲間達。赤竜の洞窟で、意識のない間に剣が失われていたのがよっぽど堪えていたらしい。
 もちろん剣は手元にある。それで十分だ。次の瞬間にはアーズは立ち上がり、幽霊を叩き斬っていた。こんどははっきりと手応えがある。エザーホーデンは情けない悲鳴を上げた。それをよそにローズマリーもまずアーズの生命力を掻き立て、今度は大声で威勢よく、“大暴れの歌(ソング・オヴ・サヴェッジリィ)”を歌い、エザーホーデンに斬りつける。

 このままでは仲間が斬り殺されてしまう。ダークウォーリアは手近にいたグレルダンにとりあえず斬りつけた。おざなりな一撃はあっさりとかわされたのだがそれには構わずに瞬間移動してアーズの隣に出現し、今度は本気でアーズに一太刀浴びせた。

ブラント:「おい、貴様の相手は俺だといったろうが!!」

 喧嘩を売ったのに無視された形になったブラントは、機を逃さずダークウォーリアを殴りつける。鉄槌をまともに喰らったダークウォーリアは、仲間を助けることもかなわぬまま、またもや塔の上に逃れた。高いところに逃げられてしまってはもう相手にしようがない。ブラントはひとしきり巨人の臆病をののしると、ずかずかと幽霊に歩み寄り、鉄槌の一撃に乗せて相手に神の理(サートン・ジャスティス)を説いた。

ブラント:「死んだ奴は大人しく死んでおけ、幽霊野郎。それが正義ってやつだ!!」
エザーホーデン:「な、なにぃ、正義だとぅ!? な、なんということだぁ、ないはずの儂の身体が動かなくなってゆく、ないはずの足が萎えていくぞぉぉぉ……」

 かくなるうえは、と、幽霊は手近にいたローズマリーをがっぷりと飲み込む。か細い悲鳴がすぐにくぐもって聞こえなくなる。だが、神の理を叩き込まれたエザーホーデンは弱体化状態にあり、与えるダメージは半減。ローズマリーの精気を吸い尽くすには至らない。それでも、幽霊はにやりと笑った。

エザーホーデン:「さぁ、これで……」

 エザーホーデンが脅し文句を言い終わる前に、ブラントの大槌が幽霊を殴りつけ、続いてグレルダンが聖句を絶叫しながら白熱した陽光の色に輝く鎚鉾を振り下ろす。その一撃は幽霊の過てる存在の中心を打ち砕く。まさに神の鉄槌(ハンマー・オヴ・ゴッズ)である。
 陽光の猛打をまともに喰らった幽霊はぐしゃりと凹む。が、巻き添えで幽霊の中に包み込まれていたローズマリーも、くたりと力を失った。おそらくエザーホーデンは「自分を殴れば仲間も巻き添えだぞ」と言いたかったのだろう。
 が、双方にとって時すでに遅し。グレルダンとブラントは一瞬しくじったという表情を見せるが、ともかく手をこまねいているわけにはゆかぬ。グレルダンは慌ててローズマリーのために癒しの聖句を唱える。

 幽霊の腹の中で意識を取り戻したローズマリーは、我が身に一体何が起こったのかわかりかねる風だったが、とりあえずこの中にいて良いことは何も無い。フェイの魔力の宿った靴紐の力(フェイ・ステップ・レーシングス)を使ってエザーホーデンの中から抜け出し、自分の傷を癒し、そうして振り向きざま、幽霊に一太刀浴びせる。
 これだけ一度にいろんなことをしたせいか、だいぶ手元は狂った――具体的には攻撃ロールの出目が1だった。
 だが、ここぞというときの幸運のまじない、剣に込められた幸運の力(ラックブレード)が、ちかりと光り、空を切ったと思った刃が幽霊の身体をしっかりと捉える。

 突然のことに慌てるエザーホーデンに、今度はアーズが斬りかかる。黒い魔剣の一撃が幽霊の身体をざっくりと切り裂いたかと思った瞬間、光が迸った。
刀身の黒い影がみるみる消え失せていき、そうして“アアアアの剣”という銘が浮き上がる。ついに呪いが解け、伝説の剣がその真の力を表わしたのだ。
 ……なお、アーズの真の名は“アアアア”で、魔剣探索者の一族の正式な名づけ方によればそのようになるらしい。が、今はそれをうんぬんしているときではない。
 ダークウォーリアは焦った。このままではエザーホーデンが真の死を迎えてしまう。戦場まで行っている暇はない。何事か喚きながら、黒い巨人は足元の地面を殴りつけた。同時に戦場の地面から真っ黒な拳が出現し、アーズに殴り掛かる。が、焦ったせいか、拳は空を切り、そしてそのまま消えた。ダークウォーリアは戦友の命運が尽きたと知った。

ダークウォーリア:「さらばだエザーホーデン、お前はいいやつだった!!」

 残った時間でダークウォーリアは盟友に別れを告げ、塔の上に逃げた。悲鳴を上げるエザーホーデンをブラントが殴りつけ、その一撃でエザーホーデンは消滅した。

 四天王の2人目は倒した。が、残る1人に塔の上に逃げられてしまっては手の出しようがない。しかも先ほどみせたように奴は離れたところからでも拳を飛ばしてくる。――しまった。冒険者たちは歯噛みする。が、

ローズマリー:「え、別にダークウォーリアなんかどうでもいいでしょ。あたしたち、塔に入れればいいだけだし、逃げちゃったんなら邪魔にならないから好都合~♪」

 当てつけるように妖精は笑い、塔の大扉まで飛んでいくと錠前をいじり始める。なかなかいい作戦ではあったが、演技力がついて行かなかった。明らかに“開けるふり”なのが見え見えである。
 具体的には扉を開けているふりの〈はったり〉判定で1を振り、アシュアド・スキルのパワーを使って振りなおしても1が出た。大根芝居も良いところである。
 が、それでもダークウォーリアは慌てた。妖精の猿芝居は良いとしても、これを放っておけばハンマーを持った筋肉ダルマどもが、今度は本気で錠前を叩き壊しに来るだろう。

ダークウォーリア:「バカめ、ドワーフづくりの錠前が、貴様のごとき妖精にどうにかなるわけがなかろう」

 精一杯平静を装って毒づきながら広場に出現し、そうしていきなり大口を開けた。ぽかりと空いた口から、一瞬おいて、地獄の炎が迸る。アーズとブラントが炎に巻き込まれる。しかしもう怯んでいる余裕はない。
 ブラントはダークウォーリアに喧嘩を売りながら突っ込む。
 グレルダンは戦意称揚の聖歌を口いっぱいに喚きたてる。声を張り上げすぎて揺らいだ音程を意地で立て直し、具体的にはヒロイック・エフォートを使ってレヴェレイション・オヴ・バトルを命中させ、全員の攻撃ロールとダメージ・ロールに+2のボーナスが乗るようにする。さしもの黒い巨人も、しっかりと凝っていた闇がどこか薄れはじめる。

 ――戦いの流れは我らにあり
 ローズマリーの戦歌が高く響く。妖精の剣から再び光が迸り(フラッシュ・オヴ・ディストラクション)、それに目を灼かれたダークウォーリアの手もとが狂い出す。ローズマリーは畳み掛けるように声を張り上げる。アーズ、次はあなたの番、あなたの剣に鋭さを、力を。応えるようにアーズが飛び出す。歌の力に支えられた太刀筋が、ダークウォーリアを構成する闇を切り裂く。

 ダークウォーリアは、初めて恐怖を感じた。アーズを殴りつけようとしたが、背後のブラントの「貴様の相手は俺だ」という声が気になる。思わず振り向いてブラントに殴り掛かり、そしてそのまま城門の前、階段の上に逃げ、安全そうなその場所からアーズめがけて拳を“飛ばし”た。黒い拳はアーズの胸を真正面から捉えた。が、小さな剣士はまだ倒れない。そのときに黒い巨人の運命は決まった。

 ブラントが吼えながら階段を駆け上がり、突撃する。
 グレルダンはアーズを癒しておいて、そして目の前の壁をよじ登り、巨人を殴りつける。
 戦歌を歌いながら巨人へと突っ込んでゆくローズマリーの魔法は、アーズの闘志を掻き立て、剣に鋭さを与える。
 そうして、己の名を冠した剣を構えたアーズが階段を駆け上がる。勢いのままに黒い巨人に必殺の一撃を浴びせる。

 闇の巨人は階段から転がり落ち、地響きを立てて広場に崩れ落ちるとそのまま動かなくなった。その手から離れた大剣は宙でくるくると廻り、やがて持ち主の胸へと落ちて突き立った。

 四天王の2人が倒されたのを目の当たりにした敵は、総崩れになった。すかさずジェスリーが「最強のダークウォーリアを、我が一族の誇り、“アアアア”が討ち取ったぞ!!」と絶叫する。
 「“アアアア”だ!」「“アアアア”が来たぞ!!」と口々に叫びながら潰走していくシャドーエルフたちと不必要なまでに喜び勇んで自分の真の名を叫ぶ仲間達を見ながら、クソ親父、とアーズが小さく毒づいているところを見ると、本人はどうもこの一族の名づけ方法をかけらもありがたく思っていないらしいが、ともかく剣に刻むべき武勲には違いない。

 そして。
 四天王を名乗る2人が倒れたところで、城の――おそらくは“魔人”の鼓動が一段と大きくなった。次の瞬間、死んだはずのダークウォーリアが悲鳴を上げた。――やめろ、わたしのまで持っていくな。
 いや、おそらくはその魂の最期の叫びが現世にまで聞こえたということだろう。その声を残してダークウォーリアの身体は城の石畳に吸い込まれるように消えていき、それと同時に何かを飲み干すような音が城中に響いた。そして、最後に巨大なげっぷの音が消え、静寂が戻ってくる。その意味するところは――。

ぐずぐずしてはいられない。
“魔人”が“生まれ”てしまう前に、螺旋階段の上のナグパを倒し、そして一刻も早く女王シンの企みを打ち砕かねば。