第10回目のその前に
 水曜夜は冒険者――場所はおなじみ、東京は代々木のホビージャパンの会議室から。
今回はメギスがお休みで5人パーティー。本日から15レベルなので、と、“強くなった”自分のPCの説明をしあうPLたち。ちなみにアーズは暇さえあれば新たな魔剣の手入れに余念がないのだそう。
 大事に大事にしているから……というわけではなく、“アアアアの剣”という銘をどうにか“アーズの剣”に表示しなおさせようとしているとかなんとか。とは言ってもゲーム内では、剣の呪いが解けてから今回の遭遇までには小休憩をはさむだけの時間しか経過していないのだけど。
 そうしてこれまたおなじみ、『ミスタラ英雄戦記』を使った“今回予告”。四天王二人は倒したので、ナグパの相手からというところだったが、訳あって塔に登るところからもう一度。
 またもや螺旋階段を駆け上がり、先のセッションで片付けた四天王の2人を再殺し、最後の一人で、マンティコアとブラックドラゴンを連れたハゲタカの頭を持つ異形、ナグパと殴り合う。どうにかナグパを倒すとお供のモンスターたちは掻き消えた。
 いよいよ女王シンの登場……までがどうやら“今回”らしい。


螺旋階段を駆け抜けて
 四天王の2人が倒れ、番兵たちも蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、邪魔する者のなくなった大扉を開けて塔の中に踏み込む一行。中は高い吹き抜けになっており、内壁沿いにずっと螺旋階段が巡っている。ここを登れば女王シンの玉座の間――もちろんそう容易く行き着けはしないだろうが。

a0d7f1e85961c2c10098870dc840ac780ee5f33a

 もちろんわらわらと飛び出してくる雑兵ども。具体的に言って雑魚なのだが、時間の限られたこの配信で、雑魚戦を延々とするわけにもいかないので、どの程度片手間に追い散らせたか、それとも意外と骨のある相手で手傷のひとつも負う破目になったのかを技能チャレンジにて再現する。

 主要技能は敵の種別とその戦い方に応じて都度変更。
 副次技能は共通して“螺旋階段の上または下から何かがやってきたのに気づく”〈知覚〉、“塔の構造を見抜いて適切な隠れ場所を見つけ、面倒な敵をやり過ごすための”〈隠密〉、〈盗賊〉。

 そうして。
 階段の上からヘルハウンドの群れが駆け下りてくる。要求された主要技能は異世界の魔物の弱点を見抜く〈魔法学〉、地獄の猟犬から振り払うための〈運動〉、そしてヘルハウンドといえど要はイヌなので自分より強そうな相手には退いてしまう――というわけで〈威圧〉。

58ab9c8b60ff82ffd7d29a46b46fd5d3c2d309ea

 アーズとグレルダンは飛びかかるものどもの首根っこをつかんで、放り捨てる。地獄の犬ごときの特徴など伝説の詩人ローズマリーにはお見通し。ブラントは睨みつけて一喝――するかと思いきや、殴らずに脅しつけるのは苦手なのだとかで、噛みつかれて負傷。「気をつけろ、まだあの陰に隠れてる」とエルカンタールが叫び、危ないところでアーズが飛びのくと、勢い余ったヘルハウンドは吹き抜けへと落ちてゆく。

 そのまま階段を駆け上っていくと、今度は背後から追いすがるシャドーエルフの兵士ども。俊敏な身ごなしに対抗するためには〈軽業〉、地底世界を知るものは地下世界の住民の行動も読めるということで〈地下探検〉、そして奴らの汚い手のうちを見抜くための〈看破〉が要求される。

6b9f8129973924f7c283c717d1b9ccad9614021b

 エルカンタールは軽やかに身をかわし、飛びかかってくる相手をやり過ごす。グレルダンの目がぎらりと光ったかと思うと「バカめ!」と叫びながら兵士が後ろ手に隠した短剣を叩き落とす。アーズも負けずにひらりと身をかわそうとするがこれは失敗。平地ならどうということもなかったろうが、階段の一段一段がハーフリングの股には高すぎるのだ。運悪く竜語の読める相手だったらしく、「階段登り損ない屋」とにやりと笑うが、駆け戻ってきたエルカンタールがその顎先を器用にひょいと蹴り上げる。避けそこなった兵士はこれまた吹き抜けの下へ真っ逆さま。

 しかし雑兵の群れは尽きない。今度はスケルトンの一団が骨の足音もやかましく駆け下りてくる。必要なのは疲れを知らぬ死者の軍団と渡り合い続ける〈持久力〉、不浄なものどもの弱点を見抜く〈宗教〉、そして文字通りアタマのからっぽな連中をだまして片付けるための〈はったり〉。

706dd3bba96c5f9b41c430c56690863d38f92500

 「生きていようが死に損なっていようが殴ればきちんと死ぬものだ」――この世の宗教的真理を叫びながらブラントが大鎚を振るった。アーズはしぶとく走り抜き、骸骨の骨の継ぎ目のほうが先に崩壊した。階段のふちでくるりと身を翻したローズマリーの動きに誘われて何体かの骸骨戦士が吹き抜けに飛び込んだ。最後にグレルダンがペイロア神の名に於いて死に損ないどもに永遠の眠りを命じ、具体的には神性伝導:アンデッド退散(チャネル・デヴィニティ:ターニング・アンデッド)を行なってきれいさっぱり骸骨どもを片付けた。

 出て行っても蹴散らされるだけと敵も悟ったか、もう邪魔は入らなかった。

 そうして最上階へと続くのであろう扉を蹴り開ける。

 見覚えのある顔が部屋の真ん中で、勇者たちを睨みつけていた。
 禿鷹頭の男――ナグパは、右に黒竜、左にマンティコアを従え、軋むような声で言った。
ナグパ:「なんと、ここまで押し入ってきたか。エザーホーデンも、そして四天王最強の戦士ダークウォーリアも倒したとはな。だが、わたしとて四天王のひとり、そうやすやすとはやられんぞ。――かかれ、ものども」

3dc0f03ec54be4828f5d81cb736c66a67d9f5db8

 マンティコアと黒竜がそれぞれに唸り声をあげる。そうして、広間に林立する彫像の陰で、もっと暗いものがぞろりと動いた。死体喰らいの死者――グールだ。何体もいる。

ed3e824c579f2d6aa9ec1e4c483a008663b647f4

 ところで、とDMが言った。

DM:「ここのドラゴンとマンティコアはゲームとはちがい、実体があります。ナグパが死んでも消え失せません。そして、ナグパの非常に忠実なペットなので死ぬまで戦います。最後まで頑張ってください♪」


四天王最後の1人
 冒険者一行とナグパたち、にらみ合い、互いの隙を伺う敵味方――。
 と、突然、場違いな笑い声がその緊張を破った。

ブラックドラゴン:「あるじどの、あるじどの、ご覧になりましたか、あやつらの額を。あやつらの愚行がその魂に刻まれておりますぞ」

 黒竜はぷっと噴き出すと、笑い転げるのを必死で押し留めているといったふうでナグパに言った。

ブラックドラゴン:「“熱に浮かされし殺し損ない屋”に“微塵に砕けし矢柄”、“衰え沈みし陽光”に“消魂の騎士”……おや、仲間外れも一人おりますが、この連中、ここに来るまでにずいぶんなお手柄をたててきたようで。しかも……」
グレルダン:「うむ、笑ったか。では貴様はたったいま嘲笑った“愚か者ども”に倒されるのだ。余計なことをせずば勇者の手にかかって死ねたものを」

 なおもしゃべろうとするのをグレルダンが遮り、その直後、グールが2体声もなく倒れた。一呼吸のうちに放たれたエルカンタールの“連撃の矢”が、それぞれの腐った眉間に突き立っている。それが戦闘開始の合図となった。

ブラント:「邪魔だ、この羽根つきライオン野郎!!」

 ナグパを守るように飛び出したマンティコアを、すかさずブラントが怒鳴りつける。声の後を大鎚が追い、当たった勢いのまま翼ある獅子を跳ね飛ばした。悲鳴と同時に反撃の棘がマンティコアの尾から放たれるが、ろくに定めもしない狙いなどものの役に立つはずもない。

ナグパ:「ええい、かかれかかれ、あの騎士がこちらに来るではないか」

 ナグパが杖を振り回し、配下に戦いを命じる。と、黒竜は不自然な動きでナグパを跳び越し大口をあけてブラントに噛みつこうとする。さらにうずくまっていたグールがばね仕掛けのように跳ね上がり、エルカンタールめがけて突っ込んだ。どうやらこのナグパ、うろたえて見せてはいるが戦術眼は確からしい――みずからは手を下さず、手駒を操って戦わせるのがそのやり方のようだ――が、運悪く竜の牙もグールの爪も空を切る。となると

ナグパ:「ええい役立たずが……あっ、なんということだ、わしを守るものがいないではないか。おおい何をしている!!」

 慌てて螺旋階段の下に向かって喚きたてる。どうも調子が狂うが、しかし放っておいては塔じゅうの雑兵がこの部屋に湧いてこないとも限らない。
 ――早くこの禿鷹男を始末せねば。
 そう思った時には既に遅い。いつの間にかナグパは呪文の最後の1音を叫び切っていた。代わりに戦ってくれる護衛がいないのなら、自分で魔法を使いもするのだ。
 炸裂音と共に雷撃が弾ける。具体的にはナグパはアクション・ポイントを使用してライトニング・ボルトを撃ったのだ。ちょうど雷撃の軌跡の上にいたブラント、ローズマリー、エルカンタールがよろめくのを見ながら、禿鷹頭の小男はひゃっは、ひゃっはとひきつけるような声を上げ、飛び跳ねながら笑っている。

 何とも目障りな禿鷹男をさっさと始末してしまいたいところ。まともに一撃を浴びせさえすればひとたまりもなかろうとは思われるが、そこへ行き着くまでがことだ。奴の子飼いのマンティコアや黒竜が常に進路の邪魔をする。マンティコアか黒竜か、少なくとも一方は片付けねば話にならない。アーズが手近なマンティコアに突撃する。
 ではまずマンティコアから、と他の面々がそちらに向き直った瞬間、黒竜が割り込んできた。竜の口が開いた、と思った瞬間、酸の奔流が一行めがけてぶちまけられる。まともに酸を浴びたローズマリーとグレルダンの足が止まる。身体がしびれて動かない。神経がやられたらしい。そして皮膚に着いた酸がみるみる身体を腐食していく。危うく身をかわしたエルカンタールは反射的に飛び退き、竜の手も息も届かない場所から弓に矢をつがえるが、しかしこのままでは放っておいてもグレルダンとローズマリーは酸に焼かれて溶けて消えてしまう――その瞬間。

グレルダン:「太陽神よ、我に力を与えたまえッ」

 首にかけた祈りの宝珠を握りしめ、グレルダンが絶叫した。具体的にはネックレス・オヴ・プレイヤー・ビーズの[一日毎]パワーでもって自身とローズマリーに課せられた、“動けない状態”と[毒]の継続ダメージに対するセーヴを行なわせたのである。もっと具体的にはPL堀内は「なんまんだぶーっ」っと絶叫してなかなか切羽詰りぶりが格好良かったのだが、太陽神の信仰篤きグレルダンは絶対にそうは言っていまい。
 ともあれ、太陽神は一行に恩寵を垂れ給うた。グレルダンの叫び声に弾かれたように、痺れも腐食も嘘のようになくなったのである。

 そのまま乱戦になった。エルカンタールにグールが飛びかかる。ローズマリーが鋭く叫び、詩人の言葉は因果律を捻じ曲げる。未来から届いた警告(プレシェント・ウォーニング)に狩人の身体は反射的に反応し、払い除けた手の先で飛びかかったはずのグールは斃れている。

 その脇でマンティコアが大きく跳ねる。鉤爪でグレルダンを殴りつけ、次の瞬間にはばさりと翼を広げ、上空に舞い上がると間合いから逃れる。
 マンティコアを片付けるのに集中したいところだが、あいにくローズマリーの目の前にいるのは黒竜だ。
 ――なら、こいつを弱らせよう。
 ローズマリーが掲げた剣先から光が弾ける。目晦ましの閃光(フラッシュ・オヴ・ディストラクション)をまともに見てしまった黒竜の視界は光色にぼやけ、身体も思うように動かない。

 エルカンタールは空気に潜む精霊に呼びかける。自然なるものよ、我が呼びかけに応え、このものたちを焼き滅ぼせ。
 ――浮遊城の中に自然の空気ある限り、エルカンタールは孤独ではない。
 空中に緑の焔が塊となって燃え狂う。マンティコアとグールどもはその火にすっかり包まれ、彼らの弱点は文字通り炙り出されてゆく。それはほんの一呼吸の作業。エルカンタールの手は流れるように矢筒に伸びる。

エルカンタール:「アーズ、すまん、乱れ撃ちにするしかないんだ!」

 叫び声の半瞬後に、緑の焔に囲まれたあたりに矢の雨が降り注いだ。マンティコアが悲鳴を上げ、グールは声もなく崩れ落ちる。矢の雨の中にはアーズもいたが――精霊がもたらした意志ある焔はアーズを傷つけないように回り込んでいたが、心なき矢はそうもいかない。突き刺さる矢を払い除けながらアーズが毒づく。その脇でやはりマンティコアが反撃の棘を飛ばすが、今度も誰にも当たらない。そのマンティコアめがけて反射的にブラントの鉄槌が振り下ろされる。――貴様の敵は俺だと言っただろうが。余所見してんじゃねえ。

 エルカンタールの手は止まらない。さらにもう一本矢をつがえると、ナグパめがけて放つ。――わざと、ぎりぎりで狙いを外して。
 首筋の皮一枚を射切って飛んで行った矢に、ナグパはすっかり度を失う。次に使うべき魔法の技もろくに思い浮かばぬようで、ひたすら周囲に向かってわしを守れわしを守れと叫び始める。具体的にはエルカンタールのディスラプティヴ・ショットの甲斐あって、すっかり幻惑状態なのだ。

 そこへブラントが殴り掛かる。叩き付けた鉄槌を再度振り上げつつ、具体的にはアクション・ポイントを使用して、ナグパに喧嘩の理(サートン・ジャスティス)を説く。

ブラント:「貴様みたいに手下ァ使って喧嘩するような奴はなァ、コード様が生かしちゃおくなとよ!!」

 神の理を骨身に叩き込まれたナグパは、もう身体は弱り眼も眩み、その声にも力がない。ならば手下に殴らせるまで必死の思いで首を巡らせ、声の届くところにいたマンティコアに殴り掛からせるも、

ブラント:「おや、俺がそこにいると思ったんだなァ」

 身かわしの魔獣のなめし皮で作ったマントがひらりと翻ったかと思った瞬間、ブラントの姿はもうそこにはない。

ブラント:「喧嘩する時ゃァ、相手がどこにいるかよォく見ときやが……――!!」

 ブラントの言葉が途中で消える。ナグパの命令を受けたマンティコアだけではなかった。黒竜が一筋の矢となって背後からブラントに躍りかかったのだ。その牙はブラントの首に深々と突き立っている。飼い主の腕の力は奪ってあっても、子飼いの魔獣には関係のない話。深手を負い、ブラントの膝が揺らぐ。しかし、

アーズ:「(ブラントのことだ、まだ耐えられるはず、ならば弱ったマンティコアを先に落とす!) このアーズの剣、受けてみろ!!」

 叫びながら大剣を構えたアーズが乱戦から少し離れたところへ突っ込んでゆく。魔剣は見事にマンティコアの急所を捉えた。下から上へ、大きな弧を描いて斬り払った剣の軌跡を追うように、禿げ上がった老人の顔をした大きな首が飛び、落ちて転がった。一瞬置いて、首なしの身体が崩れ落ちた。魔剣の銘が一瞬“アアアアの剣”から“アーズの剣”に変わりかけるが、すぐ元に戻った。

 アーズが残念そうに小さくため息をついた瞬間、ナグパが嬉しそうにけたけたと笑い声をあげた。今度は自分の意志で黒竜がブラントに噛みつき、そのまま意識を刈取ったのだ。ナグパを縛っていた神の理が解ける。が、それも一瞬。

グレルダン:「太陽神の名に於いて、癒えよ」

 グレルダンの短い聖句がブラントの目を覚まさせる。そのままグレルダンは黒竜に突撃。したたかに鎚矛で打ち据えて、さらに祈祷を続ける。それは倒れたままのブラントの身体に、そして腕に力を与え、太陽神の力の導くまま、ブラントは目の前にいた黒竜めがけて鉄槌を振り抜いた。嘉された大鎚は過たず黒竜の心臓の真上に抉るように叩き込まれ、喰い殺したはずの“消魂の騎士”に思わぬ反撃を受けた黒竜は怒りとも悲鳴ともつかない叫び声をあげた。

 ――ナグパが黒竜を操りながら戦う以上、先に倒すべきはナグパかもしれない。どう見てもこの小男のほうが倒しやすそうだもの。
 大鎚を持った二人が黒竜と殴り合いを続けるのを横目で見ながら、ローズマリーは剣先をナグパに向けた。
 ――この戦場において、味方同士が互いを庇いあえるように、団結し、機を逃さぬように……
 歌いつつ、ナグパに斬りかかる。禿鷹の嘴が半分欠け、ナグパはくぐもった悲鳴を上げる。すかさずアーズが魔剣を構えて不可避の一撃を叩き込む。一見無造作な剣の軌跡は、それでもナグパの身体をしっかりと捉え、斬り裂いている。具体的にはイネヴァタブル・ストライク(2回攻撃ロールを行ない、高いほうの値を使える攻撃。両方命中ならば追加ダメージ)の攻撃ロール、出目が2個とも3だったのだが、それでも命中、きっちり追加ダメージも与えた。げに恐ろしきは剣士の腕前と魔剣の強化ボーナス。

 エルカンタールは弓を引き絞った。放たれた矢は竜の片目を射抜いた。痛みに半ば狂い、流れ出す血に視界を奪われた黒竜は、つんのめりながら酸を吐き散らかした。ローズマリーと、そして倒れたままのブラントがそれをまともに浴びる。これまでか、と思った瞬間。

 むくり、とブラントが起き上がった。聖騎士の掌から光があふれ、触れた個所の傷が癒える。忘れてはならぬ、ブラントはれっきとした聖職者。コードは嵐と喧嘩の神だが、癒しの技も与え給うのだ。そして、

ブラント:「てめェ、よくも!!」

 怒鳴り声と同時に鉄槌が高々と振り上げられ、

ブラント:「喰らえ、聖騎士の……」

 重いものが床に叩き付けられる音に、骨が砕け、肉が潰れ、血が絡む粘っこい音が混じった。

ブラント:「審判をな!!」

 審判(パラディンズ・ジャッジメント)は下された。
 禿鷹男は原型を留めぬ肉塊となって床を汚していた。

 乱戦の間にグールどもも片付いている。ただ独り残った黒竜は慌てた。飼い主は肉塊と化してしまったが、それでも“亡骸”を持ってこの場を脱すれば、この塔の中には主をよみがえらせることができるものもいるだろう。それに、殺し損ない屋だの消魂だのとみっともない称号を担いだ連中に敗れるわけにはいかない。

 ――とにかく全員まとめて酸で焼いてやる。

グレルダン:「ほう、そうしたら貴様の主人の死体も融けてなくなるが、いいのか」

 大口を開けた瞬間、グレルダンが嘲笑うように言った。途端に黒竜の非情な本性が目覚める。

 ――構わん、こんな称号持ちに敗れるようなら、我が主としてふさわしいはずもない。

 酸の奔流が迸る。が、一瞬の逡巡(一応は、したのだ)が狙いを狂わせたか、酸が灼いたのは嘲った表情が浮かんだままのグレルダンの顔のみ、そしてさっきから戦場に響いていたローズマリーの団結の歌(ソング・オヴ・ソリダリティ)の力が皆の剣を導いた。
 グレルダンの鎚鉾が黒竜の鼻先を叩き潰す。
 たまらず横に避けた竜の首を、アーズの剣が真下から斬り払う。狙いは過たず、斬り飛ばされた竜の首が床に転がる。勢いで飛び出した首なしの身体は、翼を広げたまま吹き抜けを滑空するようにゆっくりと落ちていき――そして、再び“城”が何かを“飲み干す”音が響く。


浮遊城の主

 最上階の闘技場に静寂が訪れる。ついに女王シンの玉座の間へ踏み込む時が来た。まずは傷を癒し、戦支度を整え直し――手早く準備を始めたその時。

女王シン:「ついにここまで来たのね」

 権高な女の声が中空から降ってきた。見れば女王シンの姿がそこに浮かんでいる。

919823f716765185d19a37913cd71a6c5ecd4669

グレルダン:「そうだ。ペイロアの威光は決して消えぬ。何度でも現れて悪しきものを焼き尽くす。陽が何度でも昇るようにな」

 怒鳴り返すグレルダンには構わず、

女王シン:「あの時の未熟者が、ずいぶんと強くなったものだ――ついに雌雄を決する時が来たというわけか。よかろう、では私も全力を尽くさねばならんな」

 美しい顔が歪み始める。艶めかしい女王の背後に、巨大な竜の影が浮かぶ。

アーズ:「やるならやってみろ、赤竜なら既に一度戦っている――貴様の手の内はもう知り尽くしているぞ!」
ブラント:「それに貴様は奴より弱い、そう聞いたからな」
女王シン:「そうだったな、貴様らは地底の竜と戦って――そして敗れてきたのだからな」

 女王シンは可笑しそうにくすくすと笑った。

女王シン:「奴からは、なかなかよい名を貰ったようではないか。ではその名に続けて、私も称号を贈ってやろう。“女王シンに逆らった愚か者”とな――竜からの称号を2つも授かる者などそうそうおらぬだろうよ。だが、残念だな、その晴れ姿を見る者はおらぬぞ。貴様らはすべて魔人の餌になって消えるのだからな……!!」

 くすくす笑いは耳障りな高笑いへと変わってゆく――


 というわけで『水曜夜は冒険者!』~ミスタラ英雄戦記On the Table~、次回いよいよ最終回です。どうぞお楽しみに!