水曜夜は冒険者――場所はお馴染み……ではありません。カメラが映し出したのはポスターその他貼付OKらしい暖色系の見慣れぬ壁に囲まれた机、そしてそれを囲む、こちらはお馴染みの面々。アドベンチャー第二部開始を記念して、というわけでもないでしょうが、場所は今回からHJ社内に設けられた配信撮影用の部屋に移ったとのこと。

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 場所はがらりと変わっても、セッション開始を待ちながら話す内容はいつもどおり。第二部開始にあたってキャラクターがみな4レベルになるので、新しい特技をどうするとか武器をどうするとか。そう、PLたちはいつも通り。でもPCたちは実は結構なホット――それとも骨身に凍みいる冷気の中でのスタート。何しろ前回、DMからはこう告げられて終わっています。

 ――橋の上からさらわれたみなさんが気がつくと……そこは土の穴の中。頭上に空は見えますが身体は半ば土に埋もれ、そして上からばらばらと土が降ってきます。どうやらみなさんを埋めようとしているようですね……



 というわけで前シーズンからはDM、PL、そしてPCまですべてお馴染みのメンバーではありますが、アドベンチャー第二部開始ということで改めてざっと紹介を

 今回のセッションの参加者はエイロヌイ、ヘプタ、セイヴ、そしてジェイド。エリオンと、そしてミシュナ(こちらは前回もお休み)は不参加。制御役2名を欠いた状態で送り込まれる今回の冒険は……



 目が、覚めた。
 冷たい土の匂いが鼻を突いた。頬に触れる湿った土。視界に切り立つ土の壁に切り取られた、四角い灰色の空。そして頭上からばらばらと土くれが降り注ぐ。ここはどこだ。何が起きた。とにかくこのままこうしてはいられない。身動ぐ。半ば埋もれた身体を土からひきずりだそうとする。――と、降り注ぐ土くれが止まり、代わりにいやに気取った声が降ってきた。

???:「なんだ、生きてるじゃないか」

 声のほうに目を凝らす。霞んでいた視野がようやく焦点を結ぶ。土壁の上に突っ立ったシャベル、それを持つ手、いかにも仕立てのいい三つ揃い――の上に乗った顔がにやりと笑う。グールだ。そいつは持って回った口調で続ける。

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???:「よろめき歩く死者の街、エヴァーナイトへようこそ。――それじゃワタクシは忙しいので」

 一礼するとそいつは流れるような手つきでシャベルを再び手にし、墓穴――そう、一行が目を覚ましたのは紛れもない、墓穴の底だったのだ――を埋め始める。待て、ちょっと待て、ここから出るから埋めるな、と全員が口々に叫ぶ。

???:「なんと、生きのいい」

 だから生きてるんだよ、だいたいここはどこだ、お前は誰なんだ。
 叫ぶ一行に、その身なりのいいグールは呆れたように肩を竦めてみせる。

???:「ですからここは死者の街エヴァーナイト、ワタクシはその墓守兼案内人です。おわかりですかな」

 その説明に、ああ、そうでしたわね、と頷いたのはエイロヌイひとり。どうも納得のいかないふうな仲間の前にしゃがみ込み、地面に図を描きながら説明を始める。

エイロヌイ:「私たちがつい先ほどまでいた世界が物質界。その光あふれるうつしみがフェイワイルド、私やエリオンがもといた世界。そして物質界を挟んでフェイワイルドとは逆側にある、物質界の影のうつしみをシャドウフェルと呼びます。死んで肉体を離れた魂たちのゆく場所です。エヴァーナイトはシャドウフェルの中にある街。ネヴァーウィンターの影のうつしみ。おわかりかしら?」

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 へえ、そうなんだ、と頷く中にはヘプタもいる――一応聖職者のヘプタが死者の魂の行く先を知らないのはまずいような気がしなくもないが、まぁ、突然信仰の力に目覚めた以上、そのあたりは仕方ない。だからここはこんなに落ち着くのか、と妙に納得顔の(命ある死者という形而上的に妙なところに存在する)セイヴ。そのさらに周囲をいつのまにかわらわらと沸いて出たゾンビたちが取り囲んでのぞき込み「へぇ」「あの姉ちゃん、アタマいいな」などと囁きあっている。

エイロヌイ:「わかりましたね、では、参りましょう」

 すっくりと背を伸ばしたエイロヌイの足下で、しかしひとりだけ冷たく横たわったままの者がいる。エリオンだ。目を閉じたままの顔には血の気はなく、見ていてもぴくりとも動かない。もしやと唇に指を翳せば、かすかだが確かに息はある。

案内人:「あぁ、それは魂がどこかに迷っているのでしょうなァ。よくあることです」

 墓守兼案内人のグール氏はこともなげに言う。よくあるのでは仕方がない。おっつけ肉体と魂の絆がゆるんだのをいいことに、弟君の見舞いにでも行ったに違いない。こうしていても仕方がない。ブラックレイク地区に置いてきたままの病身のミシュナのことも気になる。起きないエリオンはとりあえずジェイドあたりが背負って、さあ、一刻も早く帰らなければ。折りよく目の前のグールは案内人だと言うし、では帰り道を教えてもらおう。

案内人:「帰り道? 知りませんよ。生きたままここに来るだけでも大変な話だというのに、ましてや帰るなど、無理な話です」

 案内人、にべもない。正規の案内ができないと言うなら情報屋に頼ろう。

ジェイド:「君が知らないのでは仕方がない――が、ええと、このへんの市場でミートパイを売っているハーフリングはいないか? ああいや、ここは死者の街だったな。つまり、ミートパイ売りのハーフリングのゾンビはいないか? ハーフリングのグールか、ヴァンパイアかもしれない……」

 ここがネヴァーウィンターの裏側の世界だというなら、裏のジャーヴィがいるんじゃないかという算段だが、勢い込むジェイドの脇腹をヘプタがつつく。肩をすくめて顎で指し示すその先には確かに見知ったジャーヴィ。ゾンビでもグールでもない、生身のジャーヴィで、行列をつくるゾンビやグールを相手にミートパイを売りさばいている。そう言えば橋の上からさらわれたとき、傍にいたジャーヴィも一緒に巻き込まれたのだった。売っているパイはそのときボートに積み込んでいたものに違いない。まさかここで調達したものではないだろう。だとしたら、パイの中身は……いや、問題はそこではない。とにかく帰り道のつてを探さなければ。

エイロヌイ:「ここには冒険者はいないの?」
セイヴ:「金で雇われてなんでもやる連中のことだが……」
案内人:「たまに迷い込んでくることもありますが……皆、すぐに心が折れて死んでしまいますよ。ここでこんなに元気だなんて、あなたがたはよほど強い肉体と魂をお持ちに違いない」

 そう言われてみれば、何だかむやみに気持ちが重い。何の理由もないというのに、気がつくと「もうダメかもしれない」などとどこかで考えている。シャドウフェルという世界そのものがもつ陰鬱の気配が、知らず精神を蝕むのだ。ヘプタがいつになく口数が少ないのは――ああ、もう今にも死にそうなへこたれた顔をしている。その爪先をぎゅうと踏みつけておいて、エイロヌイは声を張る。

エイロヌイ:「何でもいいわ。ここに生きている人はいないのかしら?」
案内人:「おりますよ、たとえばネクロマンサーなどはこの街に住み着いていますが……ああ、でも誤解してくださっては困りますよ。ワタクシはれっきとした天然のグールですから」

 天然のグール? 思わず聞き返すと、ネクロマンサーごときにいじくられて作られたようなものとは違う、シャドウフェルでグールとして生まれた由緒正しいグールなのだと胸を張る。

セイヴ:「そうか、お前が天然なら、俺は神様生まれだ」

 どうでもよさそうなところでセイヴが胸を張り返す。何しろ一度死鼠団の連中に喰い殺されたの死者が神の力で生ける死者として"黄泉還った”のだから、神様生まれといえば確かにその通り。案内人は目を見張る。

案内人:「おや――そういえばあなたは我々の仲間、死んでおいでではないですか」
セイヴ:「いや、生きてもいるんだが」
案内人:「だって脈がないじゃないですか」

 ほのぼのと形而上的な漫才をしているのはいい――が、そういえばグールは生者の肉を喰うのではなかったか。そう問うと。

案内人:「食べますよ」

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 こともなげに答えた。思わず色めきたつ一行にはお構いなしに

案内人:「ですが、食べるにも美味しい食べ方というのがありますからね。――なので美味しく食べるために死体を正しく保存するというので、ワタクシが墓守の仕事を仰せつかっているわけで」

 続ける案内人の目の前で、エイロヌイがエリオンの額にぺたりと紙を貼る。

――売約済 エイロヌイ

 やっぱり食べるのね。なら、放って置いたらエリオンは食べられてしまうかもしれないわね。だからこれは私が買い取りました。食べてはいけません。

案内人:「……仕方ありますまい。あなたの身体から放たれる光には抗い難い。きっとお強いお方なのでしょうなァ」
ジェイド:「うん、なのでエリオンを喰うのはダメだ。……と、ここまで話がついたのなら、いつまでも墓場で立ち話というのもぞっとしない。街に行こうじゃないか」
案内人:「それはいけません」

 え、と一行、思わず声を挙げる。

案内人:「当然でしょう。ここは死者の街、生きているあなた方に自由に入っていただいては、墓守のワタクシの職務が全うできません。おとなしく死ぬまでここにおいでなさい。さもなければ――この街で生きていけるという証を見せていただこう」

 案内人がそう口にした瞬間、周囲を遠巻きにしていたゾンビやグールたちが一斉にどよめく。あれか、あれをやるのか。

案内人:「エヴァーナイト名物、喪・擬・死・合!!」

 胡散臭い? なんと罰当たりな。死者の神の御前にて証を立てるべく、葬儀のごとく厳かに行なう神聖なる試合、これこそが喪擬死合。さあ、この街で生きていける証として、ワタクシの選んだ者たちと戦い、勝って見せてくださいよ――。

 高々と張り上げた案内人の声に答えるように、いったいどこからと思うほど湧いてくるゾンビにグールにスケルトン。十重二十重に一行の周りを取り囲み、わあわあと歓声を挙げている。そしてその間を縫って

物売り:「腕の肉、脚の肉、ハラワタはいかがですか~」
物売り:「エルフの血、エラドリンの血、新鮮で温かいですよ~」

 それこそどこから湧いてきたのかわからない物騒でのどかな売り声に、相手の姿もまだ見えないというのに勝敗の率を叫ぶ気の早い賭事師の声。

案内人:「最近この街はあまりにも平和すぎて、みんな退屈しきっていたのですよ。よい娯楽を提供してくださいよ――すぐ終わってしまってがっかりすることになるかもしれませんが」

 そうして群衆を割って出てくる2体のゾンビ。確かにその隆々たる筋骨はただのゾンビとは思えない――が、ゾンビはゾンビだ。

ジェイド:「いいのか、こちらは4人、そちらは2体……」

 台詞が終わる前に、ゾンビたちはにやりと笑った。その背からそれぞれ二枚の翼がばさりと広がる。ロットウィング・ゾンビ――腐れた肉体に腐れた翼。生者の国に有翼の種族がいるなら、死者の国にそれがいて悪い法はない。やはりただ者ではなかったかと身構える一行の目の前、墓石の影からから不定型の粘液質の塊がうぞうぞといくつも湧いて出る。違う、ウーズじゃない、あれはたしかラプチャー・デーモンといったはずだが……
 囁きかわす冒険者たちの視界の端で、巨大な黒い毛むくじゃらの塊がひそりと動く。ひときわ大きな石柱の影に潜む、蜘蛛の化け物。身体に比して異様に発達した脚から、その呆れるほどの跳躍力は容易に想像がつく。距離も墓石も障害にはならない。奴はひと跳びで襲いかかってくる――。

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 と、モンスターに関する知識判定まで済んだところで中休み。おやつのケーキがやたらと美しくて美味しそうなのはいつも通りですが、いつもと違うのは戦闘の場となるマップ。戦闘専用のテーブルの上にマップが広げられ、その上には見事なジオラマが。会議室から配信用撮影専用部屋に移って一番レベルアップしたのはこのバトルマップ用テーブルかも。オヤツや飲み物を避けてマップを広げる必要もなく、カメラをその場で調整し直す必要もなく、さらにあらかじめ細かいジオラマを組んでおけるので、見る側としても大変見やすいし見て楽しいし、といい感じです。こればっかりはリプレイで再現できないので、是非配信をご覧くださいませ。

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 ――というのはさておき……

 ああ、ここは確かにネヴァーウィンターの影のうつしみなのだな、と誰かが呟いた。異界の墓穴から這いだして初めて目にする場所だというのに、全員がその光景に見覚えがあった。ネヴァーウィンターに足を踏み入れ、ここにいる面々が出会って初めて肩を並べて戦った場所、ネヴァーデスの墓地――(ネヴァーウィンターのそれも決して快適な場所ではなかったが)を、そのままさらに暗く歪めたのがこの墓地。きっとエヴァーデスとでも言うに違いない、とまた別の誰かが軽口めいて言う。所々に影がわだかまり渦をまいているのは――

案内人:「気をつけてくださいよ、そこは悪霊汚染地帯、強力なアンデッドが永遠の死を迎えた場所です。あまりにも強力な死者の気はこの地にとどまり、そしてその場に踏み込んだアンデッドに癒しを与えるのです」

 アンデッドが癒されたらそのまま神の御もとへ行ってしまいそうなものだが、そういうわけではないらしい。具体的にはアンデッドであれば再生5を得るという。ちなみに生きているがアンデッドでもあるセイヴはこの恩恵を受けられる。

 案内人の言葉が終わらないうちに、石柱の影から黒い塊が大きく跳ねた。人語を解さない蜘蛛には案内人の御託などどうでもよかったのだ。超跳躍の後、さらにもうひと跳ね。ヘプタの首を喰いきろうとした牙が危ういところで空を噛む。それが戦闘開始の合図になった。

 不定型のデーモンがぬるりと動いた。油じみた身体は思いのほか素早く地を滑る。ジェイドが最初の一撃を避け損ね、呻いた。触手が薙いだ後におぞましい粘液がへばりついている。続いて数匹がエイロヌイに殺到する。さすがのエイロヌイも何度かは避け損なう。仲間に行く手を塞がれた3匹ほどは、それでも未練がましくエイロヌイにとりつこうと近づく――ああ、ミシュナがいれば、誰かが恨めしげにいる。これだけ敵の方から集まってくれれば、ミシュナさえいれば燃える掌で焼き払ってくれるのに。

 いない者のことを嘆いてもどうしようもない。エイロヌイはおもむろに剣をふりかぶり、正面の不定型に叩きつけた。一撃でウーズじみたデーモンは文字通り爆発四散――弾け飛んだ不定型の切れ端は周囲のデーモンに付着し、触手めいて気味悪く揺れる。デーモンの身体が一瞬大きく膨らんだ――かに見えたが、完全同質の組成がかえって災いしたのか、付着した触手はあっと言う間に吸収されてしまった。具体的には本来なら爆発したラプチャー・デーモンは5マス以内の味方に付着してhpやらダメージやら増やすはずだったものが、付着した相手が固定ダメージしか持たずhpは1のみの雑魚だったせいで何の効果も発揮しなかったのである。

エイロヌイ:「あなたがただけで出てきたのが計算違い。残念だったわね――さ、次はあなたよ」

 エイロヌイ、すい、と優雅に身をかわし、隣のデーモンに剣をつきつける。具体的にはマークを宣言する。
 
 “死合”の流れは動き始めたかに見えた。2体のゾンビは翼を広げて舞い上がったが、翼が腐っているだけあって大した距離は飛べない。
 その間にセイヴが、そしてジェイドがそれぞれ1匹ずつ不定型のデーモンを片づけている。ジェイドのグ“グラウアリング・スレット/威圧的な眼光”に射すくめられたデーモンの触手が不安げに震える。

 ――こいつから目をそらして別の奴を殴りでもしようものなら――ひょっとしたらその隙に自分は一寸刻みに刻まれてしまうんじゃなかろうか。

 いったん精神に刻み込まれた不安はデーモンの動きを鈍らせる。具体的にはジェイド以外を攻撃すれば、その前にジェイドが既に展開していたディフェンダーズ・オーラの効果と合わせ、命中に-7のペナルティが課される。というわけで、このあたりはひとまずジェイドの守りの下に入った。だから、

ヘプタ:「あー、みんな血の気が多いっスねぇ……」

 ヘプタはひどく無造作に敵の間を突っ切って歩きだした。どうせ殴りかかられたって当たるはずがない。そして当たったとしてもそれも作戦のうち。どっちに転んでも損はない。
 もちろん“はず”は“絶対”ではない。蜘蛛の牙が今度こそ、隙だらけのヘプタの肉に食い込んだ。

ジェイド:「あ、なんてことを!!」

 そのときにはジェイドが動いている。動いてしまってから「ああ、またヘプタを庇っちゃったのか」と口の中だけでぼやいていたとかいないとか、ともあれ突差に振り抜いた剣は蜘蛛の身体をざっくりと斬り裂いている。
 そして蜘蛛に尻を噛まれながらも、これまた反射的にクロスボウを装填し撃ち出したヘプタの攻撃は見事な外れ、だが“ブレッシング・オヴ・ザ・ワイルド/野生の祝福”を得たボルトは外れても敵の動揺を誘い、その微かな隙をついてエイロヌイがすいと一歩動く。幸い蜘蛛の毒がヘプタにまわった様子はない。

 数を頼む敵の攻撃は、勢いばかりでやや正確さに欠けた。ジェイドに飛びついた蜘蛛の攻撃は空を切り、不定型のデーモンどもの攻撃も逐一外れ。
 これでは埒があかないと判断したのか、デーモンの1匹がいきなり自爆した。白濁した粘液が飛び散り、エイロヌイに絡みついてがんじがらめにする。ギャラリーのアンデッドたちがわっと歓声を挙げ、あまり上品でない野次が飛ぶ。エイロヌイは微かに眉を顰め、そして一拍、行動を遅らせた。
 
 一行を挟むように飛び込んできた翼あるゾンビのたちの攻撃をやり過ごし、それからエイロヌイは――樹精の真の姿を現した。陰鬱な墓地に、デーモンのおぞましき残滓をも払拭せんばかりの光に包まれた乙女の姿が顕現する――その美しさはそのまま魔法であり、それを目にした敵はその純粋な美の存在の前に立ちすくむ、具体的には戦術的優位を与えてしまうのである。
 そうしておいてエイロヌイは、おもむろに神の力を周囲に放った。2体のゾンビのうち1体は派手に叫び声を挙げて飛びすさる。もう1方もあおりを喰らったかのように低く呻く。
 ――聖騎士の名において命じる、命無くしてなお動き回る不浄の死者どもよ、この場から立ち去れ

 問題は、その力はアンデッドにして生者たるセイヴにも及んでしまったということなのだが。
 ともあれ、セイヴには「すまなかったわね?」とでも言うように視線を投げつつ、神の光の直撃を受けたゾンビにエイロヌイは言い放つ。
 ――あなたを我が神敵と定めます。

 卑怯だぞ、あの女、神聖なる喪擬死合でターン・アンデッドなんか使いやがった――よろめき、弾き飛ばされる仲間の姿に、ギャラリーの歓声が怒号に変わる。が、もちろんエイロヌイが意に介すはずもない。絡みつく粘液を振り払うその姿に、怒号が今度は落胆の声に変わったとか。そうしている間にも、今度はセイヴが左右のラプチャー・デーモンを、それぞれ長剣と小剣で斬り倒している。

 入り乱れる戦場の別の場所では、ジェイドが蜘蛛に力の限り剣を叩き込んでいる。そうしながら、傷を負ったヘプタに励ましの声をかける――“テイク・ハート・フレンド/勇気持て、友よ”。
 きゃあ、と、ギャラリーから黄色い歓声があがる。生きていても死んでいても娘たちというのは度しがたい存在で……いや、どうでもいい。ジェイドの声に励まされたヘプタの手からコアロンの恩寵による炎、“フェアリー・ファイアー/妖精怪火”がほとばしり、翼あるゾンビの1体を焼く。

 だが、さすがに墓場のものどももやられてばかりはいない。ジェイドの剣の下から逃れた素早く柱の表面を駆け上り駆け降りて、そのままセイヴの頭上からのしかかる。たまらず倒れるセイヴ。死者の血管に蜘蛛の毒が流れ込む。麻痺してゆく下肢に、セイヴは小さく舌打ちをする。
 最後のラプチャー・デーモンが炸裂する。飛び散った粘液が絡めとるのは、今度はジェイド。またもやギャラリーのゾンビ女子からうれしそうな歓声があがる。
 ――とりあえず案内人氏ののたまった娯楽とやらは、十分に提供できているのではなかろうか。

 中空に舞い上がって急降下し、その勢いを駆って襲いかかるという派手な空中技をゾンビ2人組が披露した直後。
 エイロヌイの両眼が冷たく光った。樫の木の乙女の身体を通じて、妖精界の炎が影に閉ざされた墓場に迸る。“ダズリング・フレア/目眩む閃光”の技である。輝く乙女の麗しさに惑う心があったのが運の尽き、避け損ねた1体のゾンビの翼が燃え落ち、そこへとどめの剣の一撃が落ちる。

セイヴ:「偽りの命でもこの身には有り難い。貰うぞ」

 腐った身体から飛び立っていくゾンビの魂を、セイヴはすかさず掠め取る。死者の生命力とはこれ如何にという気はするが、何しろやっているのが生きている死者なのだからそのあたりは仕方がない。その勢いで蜘蛛に切りかかるがこれは空を斬る。だがここで畳み込めば、と勢い込むのを――具体的にはアクション・ポイントを消費しようとするのを、何を思ってかエイロヌイが止める。その傍らでは

ジェイド:「ネヴァーウィンターの解放こそ我が使命、こんなところで絡め取られていられるか!!」

 ジェイドが叫ぶ。具体的には4レベルになって取った新特技、《自由の使徒》の効果でターン開始時にラプチャー・デーモンの粘液による拘束状態に対してセーヴを行なったのだ。首尾よく成功、固まりかけた粘液を斬り裂き、脱出する。その傍でヘプタがセイヴに「アニキ、しっかりするッす、蜘蛛の毒ごときでぐんにゃりしてる場合じゃないッすよ!!」と喚きながら、残る1体の翼あるゾンビにクロスボウを撃ち込む。仕返しとばかりにゾンビはヘプタに突撃する。

 “自称・徳高い僧侶”であるところのヘプタの声に気を取り直し、血管からどうやら巡り始める前の毒を絞り出したセイヴの耳を、さらにエイロヌイの声が掠める。今よ、目の前の蜘蛛を片付けなさい。思わず剣を振るったが空振り、声も空耳だったか。
 具体的にはエイロヌイは“シー・バーゲン/妖精の取引”のパワーを使用し、セイヴにアクション・ポイントを消費させ1回の標準アクションを取らせたのだ。が、攻撃ロールの出目が振るわなかったというオチ、ちなみに使用されたはずのセイヴのアクション・ポイントは、なぜかエイロヌイのところ移動しているとか。
 
 何やら狐につままれたような面持ちのセイヴ、それでも気を取り直して再度、大蜘蛛に斬りかかる。今度こそ剣は蜘蛛の胴体にざっくりと斬り込んだ。そのまま力を込めて斬りおろす。深々と腹を抉られ、さしもの大蜘蛛も8本の脚をぎゅっと縮めると、その場に動かなくなった。

 となれば残るは翼あるゾンビ1体。一行、一斉にそいつに打ちかかる。最初こそなんとかかわすものの、しかし四方八方を囲まれ、朽ちた翼しか持たぬ悲しさ、ゾンビにすでに逃げ場はない。追いつめるように踏み込むヘプタの手には、いつの間にかクロスボウでなくシックルが握られている。振り抜いた刃先は腐った身体にわずかに届かない、が、

ヘプタ:「へへへ、もう逃げられないッすよ。今のはわざと外していたぶってるんッすよ。……次はどこに逃げるんッすか?」

 あざけるような挑発に、ゾンビは歯噛みをした――もう勝ち目はないのか。ならば、せめて死者のくせに命ある連中に与した裏切り者に一撃を。
 腐った翼がばさりと広がる。ジェイド、そしてエイロヌイの、さらにその先にいるセイヴめがけてゾンビはまっしぐらに突っ込んでゆく。翼を半ば切り落とされながら繰り出したゾンビの決死の一撃は、しかしセイヴには届かない。そして……

エイロヌイ:「あなたは私が神の敵と定めてあったのよ」

 樫の木の乙女がこの世に顕した神の力に触れ、ゾンビの肉体は地に触れることなくそのまま塵と化した。



 ――お見事。

 墓守兼案内人と名乗ったグールは、笑みを浮かべ、ゆっくりと拍手をしながら近づいてくる。

案内人:「この街で生きて行けるという証、確かに見せていただきました。お約束通り街にお入れしましょう」

 よし、これでひとまずこの墓場から出られる、と言い交わす一行に、案内人はさらに言葉を継いだ。

案内人:「とはいえこの死者の街エヴァーナイト、あなた方のご存じの世界とはずいぶん勝手が違いましょう。案内人がお要り用ではないですか……?」

 そう、ワタクシを雇う気はありませんか? 申し上げたとおり、ワタクシはこの街の案内人。なに、安くしておきますよ。一日たったの50gp、それにどなたかの胸の肉1ポンド。

 申し出に一行、思わず顔を見合わせる。肉1ポンドというのもなかなかぞっとしないが、まあこの街のこと、きっと魔法的な手段でなんとかなるのだろう。具体的には回復力1回ぶんが減るだけのことだ。問題は金の方だ。何しろ一行、傭兵団とレジスタンスがせめぎあう内戦の街からいきなりわけのわからない力にさらわれてここに来たのだ。手持ちの現金など殆どない。さて、どうする――。

 ジェイド、微かに眉をひそめ、そして仲間たちに向かって何事かささやく。その内容は――

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ジェイド:「この中で一番……その、ひとあたりのいいのは誰だ? 雇わないという選択肢はないだろうが、その、この金額では話にならない。なんとかならないだろうか。肉を切り取られる役は俺がやる」
エイロヌイ:「ならば、私がお話しましょう」

 麗しの乙女はにっこりと笑って言う。とても直裁に。

エイロヌイ:「そこのあなた、私たちはあなたを雇いたい。肉は差し上げましょう。でもお金はないのです」

 案内人、一瞬毒気を抜かれたようにエイロヌイを凝視していたが、乙女の笑顔には一点の曇りもない。生きていればたっぷり5回は心臓が打つだけの間エイロヌイを見つめ、それから案内人は言った。

案内人:「いいでしょう。ならば普通のゾンビと同じ20gpで雇われるとしましょう。それとこちらの騎士殿の肉と」

 そうして鎧を脱ぎ、シャツの前を広げたジェイドの胸に、どこから取り出したか鋭いナイフを突き立てる。切っ先はなめらかに皮膚を切り裂いて身体に潜り込み、一滴の血をこぼすこともなく1ポンドの肉だけをジェイドから切り取った。さらに日当の20gpを受け取ると、案内人は言う。

 ――これで契約成立です。ご案内しましょう。ああ、ワタクシのことはクーリエとお呼びください……

 墓地の門が陰鬱な音をたて、きしみながら開いてゆく。
 その先にはさらに暗く沈む陰鬱な光景が少しずつ広がってゆく。

クーリエ:「さあ、参りましょう。エヴァーナイトへようこそ」



ジェイドの決断

第二部第1回:
問い:「1日50gpと胸の肉1ポンド」の条件でグールの案内人を雇うか?
決断:雇いたいが、肉はともかく無い袖は振れない。1日あたりの給金をまけてもらう。


著:滝野原南生