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『ネヴァーウィンターの失われし王冠』第三部第1回リプレイ:灼熱の灰の中より
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『ネヴァーウィンターの失われし王冠』第三部第1回リプレイ:灼熱の灰の中より

2014-05-07 10:30


     水曜夜は冒険者――場所はおなじみ、東京は代々木、HobbyJapanの配信室より。
     衝撃の第二部最終回、第二部振り返り大反省会、そして1回ぶんの休養を経て集まった一同。今回はヘプタとセイヴがお休みだが、ともあれ失意のあまり一時的な狂気に陥ったらしきジェイドや命の火の完全に消えたエリオン、そして再び火砕流の下に沈んだネヴァーウィンターをなんとかせねばならない。



     一方、シーズンも変わったということで当然みな6レベルにレベルアップ。新しいパワーを取ったり再訓練したりとそれぞれがレベルアップ処理をする中で、サブマスター兼ジェイドPL代表であるところの柳田、こんなことを言い出す。
     「ネヴァーウィンターをこんなことにしちゃったし、“ネヴァーウィンター王家の血を引くもの”でもないと思うんで、テーマを変えようと思うんです。今度発売される『不浄なる暗黒の書』に“ディスグレイスト・ノーブル/貴族の面汚し”ってのがありまして……」

     この『不浄なる暗黒の書』、悪役や邪悪な行いを演じるにはどうするかという本なのだが、その中で“貴族の面汚し”は誇りを失った、堕ちた貴族、ということらしい。かといってジェイドが急に卑怯な悪人になるわけではなさそうだが、確かにあれだけのことはしているのだから貴族の誇りは地に堕ちていそうだ。

     というわけでレベルアップ成ったついでに面差しが一段と暗く陰深いものになったジェイドと共に物質界に帰還した一同を待ち受ける冒険は……



     戦いに傷つき疲れ、死者と狂人を間に抱えた一行は、ホートナウ山の中腹に茫然と立ち尽くしている。視界のはるか先に、燃えるネヴァーウィンターを見つめながら。

    エイロヌイ:「全滅……ですか……火山の火の為したこととはいえ、あまりにも……」
     
     エイロヌイが言いかけた時、突然ヘプタが大声をあげて彼方を指さした。

    ヘプタ:「違うっす、全滅じゃないっす!! あれ……あれ、“正義の館”っすよ!! 無事っすよ!!」

     確かに、赤黒く燃える火砕流の上に残る形は……27年前もこれだけは無傷だったと言われる“正義の館”に違いない。

    ヘプタ:「こうしちゃいられないっす、行くっすよ!!」

     返事も待たず駆け出すヘプタ。エイロヌイは静かにセイヴを見やる。

    エイロヌイ:「セイヴ、ヘプタと一緒に行っていてください。私はニュー・シャランダーに用があります。あそこでならシルヴァークラウンを生き返らせられるでしょう。それにジェイドもこの様子ではまともに行動などできないでしょうし」

     膝をつき、頭を抱えて呻きとも嗚咽ともつかない声を上げ続けるジェイドをセイヴは心配そうに見遣る、が。

    セイヴ:「ボウズは心配だが……行動しないのなら却って安全かもしれん。ネヴァーウィンターで会おう」

     自分にも言い聞かせるように答え、そしてセイヴはヘプタを追って足早に山を下ってゆく。

     エイロヌイと、死者と、狂人だけが残された。
     毛布に包まれたエリオンの骸は、かつてエヴァーナイトで見た燃える森と同じく、何も焼かぬ炎を吹きあげながら燃え続け、それでいて灰になる様子もない。元素の炎に触れたからだろうかと思いながら、エイロヌイは再び地平の彼方を見やった。
     ジェイドが泣きわめくのをやめたら出発しよう。行き先はネヴァーウィンター。だが寄るところがある。ネヴァーウィンターを囲む森の中に、エラドリンの旧き王国の名残、ニュー・シャランダーがある。まずは、そこに。

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     ヘプタとセイヴが一路ネヴァーウィンターを目指して急ぎ、放心状態のジェイドを導きながらエリオンの亡骸を担いでエイロヌイがニュー・シャランダーに向かう、その少し前。
     エヴァーナイトでは、ミシュナがとある品を求めて死骸市場を歩き回っていた。

     とある品――瓶詰の魂である。
     ミシュナがエヴァーナイトに残ったのは、ドラコリッチの管理のためもあるが、何よりかつての級友であるブラックモアの魂を探すためであった。で、あれこれと尋ね歩くうちに「身体を持たぬ魂は瓶詰にされ、食料として死骸市場で売られている」という話を聞きつけたのである。
     というわけで、とるものもとりあえず市場に駆けつけ、瓶詰屋の屋台を探す――と。

    ???:「ちょっと待てよ、俺を食おうってのか? そりゃないぜ、俺、旨くないよ、たぶん、絶対!!」

     陰惨に賑やか、というなかなかに複雑な雰囲気の中で響き渡る素っ頓狂な声。

    ミシュナ:「ブラックモア君!?」

     声のしたほうを向くと、ずらりと並んだガラス瓶――いずれも中には何かもやもやとしたものが詰まっている――の中に、見忘れようもない顔が浮かび、そして聞き忘れようもない声で叫んでいる。

    ミシュナ:「ブラックモア君……」
    ブラックモア:「ミシュナ!! そうだよ、オレオレ、ブラックモアだよ。うわぁ、こんなとこで会えるんだ!! でも超助かったよ。なあ、助けてくれよ、こいつら俺を食うつもりらしいんだよ」
    ミシュナ:「……」

     生前の――サーイの学生らしからぬ元気いっぱいのブラックモアと何も変わらぬ……むしろ肉体の枷がなくなったぶん何か吹っ切れたかのように元気いっぱいの魂の口調に半ば呆然としながら、ミシュナは財布を覗く。
     大した金額は入っていない。

    ミシュナ:「あの、おじさん、この魂いったいおいくら……」

     店番をしているグールのおやじにおずおずと声をかける。店主は「200gp」と言いかけ、ミシュナの顔を見、

    店主:「あんた、暗黒王ジェイドのお仲間じゃないか!!」

     と、仰天したような声を上げた。

    ミシュナ:「あ、あんこくおう……」
    店主:「暗黒王、死の王ジェイド様のお仲間から金をもらうなんてできねえや。お嬢さん、その魂、気に入ったなら進呈しますよ、どうぞお持ちください。そのかわりといっちゃなんですがね、こんどうちの店に王宮御用達のカンバンかけても構わないかどうかジェイド様に頼んじゃくれませんかね……」

     有難いは有難いのだが色々と複雑な気分になりながら、ミシュナはブラックモア入りの瓶を受け取り、その場を離れる。

     人目につかない路地裏で蓋を開けると、ブラックモアの魂は瓶の口から飛び出し、ふわりと宙に浮いた。ごめんなさい私のせいでこんなことに、とか細い声で謝るミシュナに、ブラックモアはけろりとした表情で笑う。なっちまったもんはしょうがないよ。

    ミシュナ:「でも……このままこうしているわけにもいかないでしょう? どうすればブラックモア君は救われるの? 信仰していた神さまの御許に行けるの? せめて……せめてそれだけでも私、なんとかしたい」
    ブラックモア:「そしたらさ、俺の“身体”をぶっ壊してくれないかなぁ。あれワイトになっちゃっただろ? あれが壊れてくれないと俺、いつまでもこのままだし、そのうち不信心者の壁に塗りこめられちまう。だからさ、それだけ頼めるかな。でもさ、俺の身体、バトルワイトになったんだよな。なんか名前かっこいいよな、強いっぽいし。さすが俺」
    ミシュナ:「……わかった、私、あのワイトを破壊する。君には恩があるし……」

     言いよどみ、一息おいて、ごめんなさい、ありがとう、と、呟くように言うミシュナ。宙に浮いたブラックモアの魂が心なしか赤みを帯びる。

    ブラックモア:「……死んでても、こんな気持ちになるんだな……」

     ちなみに路地の角の向こうではスケルトンとゾンビがぎっしり鈴なり状態でこちらをうかがいながら、「お前らなに持って回ったことぼそぼそ言ってるんだ」とか、「俺らとちがってあんたら寿命があるんだから手遅れになる前に大事なこととっとと言っちまえ」とか、あれこれやきもきしていたとかいないとか。

     ともあれ、ブラックモアの身体から造られたバトルワイトを破壊するとなれば、ネヴァーウィンターに行かねばならない。そうミシュナが言うと

    ブラックモア:「それじゃ俺、とりあえずお前についてっていいか?」

     そう、ブラックモアは言った。もちろん否やはない。

     とはいえ、実体のない魂を連れ歩くのも難しいし、このままではどこにまぎれてしまうかわからない。そこでミシュナは自分の魔法書を引っ張り出した。しおり替わりにしていた使い魔のブックインプ、これならブラックモアの憑代になるだろう。

     というわけで、ミシュナはブックインプの身体を借りたブラックモアを連れ、骨の竜の背に乗って、ホートナウ山を目指した。上空からネヴァーウィンターへつながるポータルを探し、一気に飛び込めばなんとかなるはず……

     と、その時。
     ホートナウ山が地響きとともに噴火した。そう、ちょうどジェイドたちが祖脳にとどめをさし、そして制御を失ったプライモーディアルが暴走を始めた瞬間だったのである。
     シャドウフェルのホートナウ山からも火砕流があふれ、エヴァーナイトに迫る……が、なんという奇跡、エヴァーナイトを取り囲む“燃える森”が、火砕流をせき止めているではないか。時折降ってくる岩に不運なゾンビが潰されたりはするものの、エヴァーナイトは、無事だ。

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     とにかくこうしてはいられない。ミシュナは骨の竜を急がせ、次元門を潜り、一気にネヴァーウィンターへ……



     次元門を抜けたミシュナの目の前には、恐るべき光景が広がっていた。
     物質界のホートナウ山から流れ出た火砕流は、守るもののないネヴァーウィンターを飲み込んでしまっている。呆然としながらも、上空から仲間たちの姿を探すと――いた、エイロヌイだ。森へ入ろうとしている。ジェイドもいる。でも様子がおかしい。それにあの炎に包まれた亡骸は……エリオン?

     ミシュナが舞い降りると、エイロヌイはちらりとその姿を見やり

    エイロヌイ:「そのドラコリッチをしまってください。ここはもうエラドリンたちの領土ですから」

     と、固い声で言った。

     ドラコリッチを分解し、収納用の櫃に収めながら訳を聞く。イリシッドたちの企み、プライモーディアルの暴走、そして再び滅びたネヴァーウィンター……エリオンはイリシッドとの戦闘で死に、守るはずだったネヴァーウィンターを結果的に滅ぼしてしまったジェイドは――ジェイドの心は、その事実に耐えきれなかったのだという。

    エイロヌイ:「でも、私たちは進まねばなりません。ジェイドはいずれ元に戻るでしょう。でも死者は放っておいても戻ってこない。エリオンを生き返らせねば――そのために、これからニュー・シャランダーに行きます。共に来ますか? それともジェイドと共に物質界に残って私たちを待ちますか?」
    ミシュナ:「一緒に行きます。可能ならば」

     エイロヌイはエリオンの亡骸を抱え、ミシュナは力なく呻くジェイドの手を引いて、共に森の中の“妖精の渡瀬”を目指す――と、その時。

     鋭い誰何の声が飛んできた。エラドリンの衛兵たちである。が、エイロヌイの姿を認めると、彼らは小さく驚きの声を上げて立ちすくみ、そして非礼を詫びた。エイロヌイはシルヴァナスの聖騎士であるだけでなく、妖精貴族でもあるのだ――エラドリンの兵士など、本来ならまともにまみえられるような相手ではない。

    衛兵1:「エイロヌイさま……よく、ご無事で。ネヴァーウィンターで亡くなられたものとばかり……」
    エイロヌイ:「私は生きていますよ。死んだなどと言ったのは誰ですか」
    衛兵2:「アデミオス……アデミオス・スリードーン様が……」
    エイロヌイ:「アデミオスが?」

     エイロヌイの形の良い眉が吊り上る。

    エイロヌイ:「そうですか。私は生きています。少なくとも、私は。そして帰ってきました。通してください」
    衛兵1:「それは……そうなのですが、そのお二方は……そしてその亡骸は……」
    エイロヌイ:「私の仲間です。それから護衛に付けてもらったイリヤンブルーエン・ガーディアンの亡骸。さあ、もう良いでしょう、通してください」

     とはいえ、ミシュナはともかくジェイドはどう見ても普通ではない。しばらく衛兵たちは渋っていたが……それどころか何かものにおびえているふうでさえあったが、エイロヌイに冷たく一瞥されると拒みもできず、一行を妖精の渡瀬に案内するのだった。



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     “渡瀬”を抜けると、そこはもうフェイワイルドだった。すべてのものが魔法と生命力に満ちた麗しの地。
     そこで、2人のエラドリンが言い争っている。
     イリヤンブルーエン・ガーディアンの隊長であるメリサラ・ウィンターホワイトと、コアロンの司祭であるエムレイ・ファイヤースカイ。

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     メリサラはこの地は危険すぎるから撤退すべきだと言い張り、エムレイは人間どもへの復讐は結果的に成ったが秘宝の探索は済んでいない、それは目的を果たしていないということだと言い募る。その言いあいはいつ果てるともなく続き……

    エイロヌイ:「タラン、机とお茶道具を」

     エイロヌイは従者に命じる。香りの良いお茶が運ばれると優雅に椅子に掛け、そしてあっけにとられて言い争いを止めた二人に「どうぞ、続けて」と言ったものである。

     そう、いつかのように。

     だが、続く言葉はかつてのそれとは違っていた。

    エイロヌイ:「ところで私は死んだことにされていたようですが……死んだのは私ではありません。あなたがたが私に付けた護衛は役に立ちませんでした。シルヴァークラウンは死んでしまいました。イリヤンブルーエン・ガーディアンも落ちたものですね、メリサラ」

     その言葉に深々と頭を下げながら、メリサラは沈痛な声を上げる。

    メリサラ:「なんという……兄弟そろって、なんという悲しい運命に……」
    エイロヌイ:「兄弟? エリオンの弟に何かあったのですか?」
    メリサラ:「はい。ネヴァーウィンターに新たな女王が立ち、そのものが我々のもとに講和の使者を寄越したのです。そして秘宝を返すから改めて同盟を結ぼうと……。デイロンはそのための使者として、アデミオスと共にネヴァーウィンターに行きました。そしてつい先日のホートナウ山の噴火に巻き込まれたのです」
    エイロヌイ:「アデミオス……エムレイの副司祭でしたね」

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     そう言ってエイロヌイはエムレイを刺し通すような目で見た。

    エイロヌイ:「エムレイ、あなたは知らなかったのですか? 自分の直属の部下が実はアスモデウス信徒だったということを」
    エムレイ:「何をたわごとを……エイロヌイ様といえども余りな暴言……!!」
    エイロヌイ:「いいえ、アデミオスはコアロンの副司祭と偽って実はアスモデウス信者。そう、私は彼の口からききました。何なら彼の宿舎を改めてみればいい」

     冷然と言い放つエイロヌイ。そんな馬鹿な、と怒りに顔を歪めるエムレイ――だが、何ということか、アデミオスの宿舎に人をやって改めさせてみれば、そこには隠し地下室があり、その中には冒涜的な祭具や祈祷書や魔法陣、そうして忌まわしき儀式を行なった跡。コアロンの副司祭が実はアスモデウス信徒であったことはもはや疑いようがない。しかもその儀式の規模からするに、ニュー・シャランダーに潜むアスモデウス信徒はどうもアデミオス1人ではなさそうだ……

    エイロヌイ:「彼がネヴァーウィンターへとデイロンを伴ったのは、何らかの企みあってのことでしょう。私たちは彼の魔の手から預言者デイロンを救出せねばなりません。それには、アデミオスの悪しき企みと関わって死んだエリオンが適任でしょう。彼を生き返らせねばなりません。でも、彼が死んでしまったのはイリヤンブルーエン・ガーディアンの責任ですから、復活の費用はイリヤンブルーエン・ガーディアンのほうから……」

     エイロヌイの言葉をエムレイが遮る。

    エムレイ:「私が彼を復活させる。シルヴァークラウン兄弟の悲運はアデミオスの背信を見抜けなかった私が招いたこと。我が信仰にかけて、私がエリオンを復活させよう」
    エイロヌイ:「……さすが、コアロン神官の鑑」

     エイロヌイの唇が、冷たく微笑む。



     エリオンと同じ歳の木の若枝が集められる。エリオンの亡骸は聖なる大樹の洞に収められ、血と泥と灰に汚れた衣服の代わりに、蔦と花で覆われている。亡骸の上に若枝が積み重ねられる。枝の中に息づく瑞々しい命が、再びこの青年の中にも宿るようにと。
     コアロンの巫女姫たちの祈り歌う声は、森を抜ける風、木の葉擦れと相まって、清らかに清らかにその場の空気を編んでゆく。
     青年たちは剣を掲げ、しなやかに祈りの舞を舞う。風を斬る剣は妙なる楽の音を紡ぎ、乙女たちの歌声をコアロン神の御許へと運ぶ。
     そして祈りの輪の中で、エムレイはまなじりを決し、額に汗を浮かべながら、祭文の詠唱を続ける。祭文は高く低く、いつまでも続く……

    ミシュナ:「あれ、ジェイド……?」

     エラドリンたちの復活の儀式を見ていたミシュナは、ジェイドの姿がいつの間にか見えなくなっていることに気付いた。いけない、こうしてはいられない。探さなければ――今のジェイドは普通じゃないのだから。
     祈りの輪を乱さないように、ミシュナはそっとその場を離れる。
     ジェイドが立ち去ったことにも、ミシュナが離れたことにもまったく気づかぬまま、儀式は続いてゆく。

     そうして、ついに。
     炎に包まれたエリオンの亡骸が、微かに身じろいだ。
     と思うや、炎はエリオンの身体に吸い込まれるように消え、同時にその目が開く。一方は菫色、そうしてもう一方は……深く暗い炎の色。逆巻く原初の炎の色。元素の炎に触れて死んだエリオンは、その身に炎の息吹を宿して再びこの世に生を享けたのだった。

     が、儀式成功の喜びもつかの間、歩哨のエラドリンが悲鳴じみた声を上げる。スプリガンどもが来た、妖精の渡瀬を奪おうとしている――!!

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    メリサラ:「エイロヌイ様、おわかりでしょう、ここはもう危険なのです、闇のフェイどもも活性化していて……」
    エイロヌイ:「そんなことを言っている時間はないでしょう。撃退せねばなりません。誰か私にまともな鎧を一揃い持ってきてください」

     すい、と立ち上がり、エイロヌイはシャドウフェル風の禍々しい鎧を脱ぎ捨てる。妖精境を守るために戦うというのに、あんな鎧で戦うわけには行かない。
     そのすぐ後ろで、エリオンも立ち上がる。その身体を蔦や木々がみるみるうちに覆い、緑の鎧を形作り、戦支度を整えてゆく。まこと、フェイワイルドは魔法に満ちた地なのである。
     
     戦闘の火蓋が斬って落とされる。
     大変麗しいマップにミニチュアが置かれる……が、今回、戦闘は、実は行われていない。具体的には時間がなかったため、今回の戦闘はすべて演出となったのである。

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     血まみれの闇のフェイに取り囲まれ、ミシュナは悲鳴を上げた。
     ジェイドを探しているはずだった――が、気が付くと自分が道に迷ってしまっていた。でも、ジェイドもあんな状態なのだから、そう動き回れはしまい、そのうち会えるだろう……そう、たかをくくっていたのだが。

     それどころではない。前後左右、すべて返り血で戦化粧をしたスプリガンどもに取り囲まれている。なんとか囲みを抜けなくては。そうすれば呪文を紡ぐだけの余裕も……そう思った瞬間。

    ジェイド:「命を大事にしない奴は皆殺しだ!!」

     無茶苦茶な叫びと共に目の前のスプリガンの首が飛んだ。聞き覚えのある声に「ありがとう」と礼を言いかけ、ミシュナは息を飲む。
     ジェイドの眼には確かに光が戻っている――が、それは紛れもなく狂気の光だ。表情は歪み、ひきつれ、そうして彼がいつも手にしていた長剣は、無造作に背中に背負われている。代わりにその手にあるのは黒く煤けた鉄の塊――辛うじて斬撃武器とわかる蛮刀。スプリガンどもを斬り飛ばすその太刀筋は、訓練を受けた剣士のそれではなく、怒りに任せて荒れ狂う狂気の剣なのだった。

    ジェイド:「かかってこい――俺が相手だ。命を大事にしない奴はどいつもこいつも皆殺しだ!!」

     叫びながらジェイドは狂ったように闇のフェイを斬り続けている。ミシュナは再度悲鳴を上げた。ミシュナが恐れたのは――スプリガンよりもジェイドだったかもしれない。それを聞きつけてエイロヌイとエリオンが駆けつけてくる。エイロヌイの身体から目眩む光が迸り、スプリガンどもの眼を焼灼する。負けじとエリオンが諸手を翳す。深紅の瞳の奥で元素の炎が渦巻く。今までに倍する業火の激流が闇のフェイを焼き尽くしてゆく……

     突然始まった戦闘は、あっけなく終わった。攻め込んだスプリガンどもはみな、斬られ、あるいは焼かれて転がっていた。

    メリサラ:「この連中がここまで荒れるようになったのは、つい最近のことです……これまでも確かに存在はしていたし、厄介な連中ではあった。が、こうして攻め込んで来たり、“渡瀬”を奪おうとしたりするようになったのはここしばらくの話」
    エムレイ:「理由はわからぬ……が、奴らも何かに怯えているようだった。そして、怯えながらある神の名を呼んでいた――アスモデウスの名を」
    メリサラ:「だからもう、この地は危険なのだ、一刻も早く引き払おう」
    エムレイ:「そうはいかぬ。まだイリヤンブルーエンの秘宝を取り返していない。あれがネヴァーウィンターにあることはわかっているのだ。このまま引き下がれるわけがない」

     また言い争いを始めたメリサラとエムレイの間に、エイロヌイが割って入る。

    エイロヌイ:「その話は聞き飽きました。ジェイド、あなたはどう思うの?」
    エムレイ:「エイロヌイ様、なぜ我々の問題をその男に問うのです? その死の臭いしかしない男に」
    エイロヌイ:「彼こそがネヴァーウィンターの真の王だからです。今、ネヴァーウィンターの玉座に座る女王はこの男の妹として育ったタンジェリン。でも、ジェイドとタンジェリンは血筋が違うのです。ジェイドこそが真に王家の血を引いている――終わらぬ言い争いを続けるよりも、王家の言葉を聞きましょう。ジェイド、あなたはどう思うの?」

     再び問われ、ジェイドは小さく息をついた。
     闇のフェイを斬り捨て続けているうちに気を取り直したのだろう。血走っていた目に理性の光が戻り、表情も硬くはあるがもう歪んではいない。

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    ジェイド:「俺に問うのか、それを……」
    エイロヌイ:「そう、秘宝を再び手にするまで、エラドリンたちはこの地に残るべきなのか、それともここから去るべきなのか」

     ジェイドはもう一度、苦しげに息をつき、そして言った。

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    エイロヌイ:「……そう、あなたが」

     言葉もなくジェイドは頷く。何があっても前に進むという信念のためか、それとも滅びた王国を復活させうるほどの秘宝が見つかれば、燃えたネヴァーウィンターの再建も可能と儚い希望を抱いたのか……

     だが、ジェイドは選んだのだ。
     折れた心を鉄の塊で支え、答えたのだ。
     ならば……いずれ、道を切り開いてゆくこともできるだろう。

     そう判断したエイロヌイは、もう次の話を始めている。

    エイロヌイ:「メリサラ、エリオンにデイロン救出の使命を与えてください。それから、エムレイ――背教者アデミオスの処断は如何様に考えていますか?」
    エムレイ:「……死を」
    エイロヌイ:「それはあなたが自ら? それとも……」
    エムレイ:「本来ならば自ら罰を与えたいところ。しかし私はこの地を離れるわけにはゆきませぬ。エイロヌイ様にお預けいたしたく」

     その言葉を聞き、エイロヌイは微笑む。そして頷き、エリオンを促して歩き始める。ネヴァーウィンターへ。デイロンを救うために。アデミオスに報いを与えるために。
     
     ジェイドもまた歩き始める。いつの間にか握りしめていた煤けた蛮刀を慣れた長剣に持ち替えようとして――一瞬の逡巡の後、ジェイドはかつての武器を剣帯から外し、背中に背負い直した。ネヴァーウィンターを灰燼に帰せしめた今となっては、騎士の剣の柄頭に刻まれた言葉は辛すぎる。
     ――人々を守る盾となれ
     そう、剣は告げるのだ。
     ああ、もはやこの剣を振るうことはできない。誇り高き騎士の剣はこの手には馴染まない。死者の王となり果てた自分には、誇りとは程遠い鉄の塊がふさわしい……
     
     その様子を、ミシュナは心配そうに眺めている。が、悲しげで弱々しくとも、ジェイドの眼には再び意志の光が宿っている。それで充分ではないか――少なくとも、今は。

     こうして一行は新たな目的を得て歩き出したのである。



    ジェイドの決断

    第1回
    問い:エラドリンたちはニュー・シャランダーに留まるべきか、引き払うべきか。
    答え:俺が秘宝を取り戻してくる。だからしばらくこの地に留まっていてほしい。


    著:滝野原南生
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