腐敗した市警どもの手より逃れ、命からがらデルベルツを脱出した一行。
途中、立ち寄った町で、とんでもなく怪しい治療をほどこされ、なんとか怪我も癒えた。
新たな道――キャリアへの準備も着々と進み、幾人かは既に新しい生き方を見つけ、自分を高めていた。
しばしの休息をとっていると、アンヤが顔を輝かせ、仕事をとってきた、と皆へ告げた。
それは、死の神モールの神官たちが管理している屋敷の掃除であった。
その屋敷は、二百年間、まったく掃除されておらず、また夜な夜な怪しい声が聞こえるとのいわくつきであった。
おまけに、日暮れから始めて、夜明けのラッパの音とともに戻ってくるようにと、謎の時間制限つき。
バケツとモップだけでは済まないかもしれないが……。
募る疑問と不安を抱えつつも、請けてしまった仕事は仕方ない。
一行は、報酬の渡し方について、掃除をした部屋数によって現金を渡されるか、あるいは屋敷内のものを何でも持ち出してよいことにするかの選択を求められる。
皆は悩み、やがてバルデマーは、持ち出しによる報酬を望もうと皆へ提案した。
入信者から司祭への準備に忙しいヨハンを除いて、一行はその屋敷を訪れた。
一見、なんら怪しむところのないように思われる建物であるが、いっそ火を放ってしまいたいと思わせる不気味さを感じさせる。
もっとも、屋敷をなるべく壊すなと言い含められているので、滅多なことはできないのだが。
裏口から屋敷へ足を踏み入れる。
幅の狭い石壁の廊下を歩いていると、濃い霧が湧いて出てきた。
進む廊下も、外観とは明らかに矛盾する長さ。
なにか、よくわからない怪物が壁を引っかくような、恐ろしく不気味な音がする。
まず一行がたどり着いたのは、物置だった。
そこから続く居間らしき場所には、居心地のよさそうな調度品が置かれていた。
そして、凄惨な光景の描かれた巨大な絵が、壁に掛けられていた。
と、絵から血が噴出し、絵の中が勝手に動き出し、続いてビーストマンが這い出してきた。
一行は突然のことに驚きつつも、武器をとって迎撃体制をとる。
ビーストマンの攻撃は鋭く、ウルディサンが深手を負わされた。
その戦いの隙をついて、ウドーが絵に近づき、絵を切り裂く。
と、ビーストマンたちは揺らいで消えた。
この屋敷はまずい。
そう思いつつも、受けた仕事への責任と、そして報酬のためにも、逃げ戻るわけにはいかない。
アンヤも一生懸命に掃除を続けている。
一行は、居間にあった屋敷の見取り図をもとに、この「ルードヴィカス・ハニケの家」の掃除もとい探索を続けることにした。
クローゼットは空振りに終わり、いや、ウドーは少しばかり儲けたのだが誰にも知られることなく、一行は次の部屋へ取り掛かる。
次の部屋はゲストルームだった。
置かれていた銀のケーキスタンドを収穫として頂戴し、家具もあとで運び出せるよう廊下に出す。
その間、アンヤはいそいそと掃除を進めていた。
全員かかって次の部屋への扉をこじ開け、グレッチェンが足を踏み入れる。
瞬間、ベッドの上に骨ばかりの人影が浮かび、何らかの力がグレッチェンの首を締め上げはじめた。
なんとか幻覚だと気づいて振り払ったものの、その手形は彼女の首にくっきりと残った。
ウルディサンは、これも魔法ですね、などと、身につけたばかりの知識をひからかしつつ、枕の下からアクアマリンの指輪を見つけ、皆を喜ばせた。
ここまで恐ろしい目に遭わされたのだから、タダでは帰れない。
アンヤとグレッチェンが掃除をする傍らで、四人の男たちは探索を続ける。
窓の外を見れば、妙に古風な雰囲気の人々が、古めかしい荷車を押している光景などが、霧にぼやけて見えた。
続いて入ったのは、心地よさそうな肘掛け椅子と、古い本棚の並ぶ部屋だった。
本棚には、「法律家と書記の時事通信」なる季刊本が、一年分並んでいる。
と、卓に置かれていた本がひとりでに開き、朗々とした声が響き渡った。
本を読み上げているのだ。
その声が「焼きごては熱く」と言えば焼きごてが皆へ襲い掛かり、「手かせ」と言えばそれによる拷問を受ける。
本による攻撃は苛烈になってゆき、四人を苦しめる。
さらに身を苛むであろう苦痛を予想し、その恐怖に耐えられず、四人は部屋から逃げ出した。
手かせは幻と消えたが、受けた傷は身に残った。
続いて、全員で食堂を掃除しにかかる。
残念ながらここに置かれた銀食器はすべてメッキで、価値は低いように思われた。
掃除しつつ、あるいは掃除のことなどすっかり忘れて価値のあるものを探していると、突如、巨大な肉切りナイフがグルンディへ襲い掛かった。
幸いながら、装甲に守られたグルンディには効果がなく、彼は冷静にナイフを見やる。
これは幻でなさそうだと、落ちたナイフを武器として回収しつつ、探索を続ける。
廊下から回って別の部屋へ向かうと、肉をあぶるようなにおいが鼻をついた。
金属同士をすり合わせる、耳障りで不穏な音が響くが、グルンディは他の者を下がらせて扉を開いた。
部屋の暖炉では、不定形の肉塊が、焼き串に刺さってあぶられている。
肉塊には、人の顔や手足が浮き出ていた。
それを調理しているのは、明らかに死した人、腐った屍の者だった。
それを見たグルンディは恐怖にかられて部屋を逃げ出し、その話を聞いた一行は、その部屋も諦めることにした。
じきに夜が明ける。
ここまできたら、安全に脱出する方法を探らねばならないだろう。
一同は、手に入れたものを運び出すために、食堂の窓を壊すことに決めた。
グレッチェンがつるはしを振り上げ、窓に叩きつけてぶち破る。
ガラスの砕ける音、弁償のことを考えるバルデマーだが、それはまた後のことだ。
夜明けのラッパが鳴った。
自然のものとはとても思えない不穏な霧の中、一同は協力して、手に入れたものや調度品を運び出した。
霧が明けると、モール神殿の司祭たちが現れ、無事でしたか、と驚いたように皆を見やった。
この屋敷には、非業の死を遂げた者の呪いがかかっていたらしい。
一行は、恐ろしい仕事を無事に終えることができた、と実感し、肩の力を抜いた。
とにかく、十分な報酬を得て、生きて帰ってくることができたのだ、と。