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さて、いざ一緒に暮らし始めるとなれば、さしあたって、この無自覚エロ少女の寝る場所を確保する必要があった。……まさか、これからずっと雑魚寝させるって訳にもいかないからな。
やがて、いまだにおどおどしているアンバランスな髪型の共同生活者と一緒に、買い置きしておいたカップ麺とおにぎりというささやかな夕食をとっている最中、俺は妙案を思いついた。
壊れかけのテーブルを壁に立て掛け、その空いたスペースに、クローゼットの奥にしまってあった予備の布団を敷くことにしたのだ。
「ま、まさか……あ、あたしの為に、クリエイショナー自らお布団を敷いてくださるのですか?」
「いや、これは俺が寝る用だよ。……おまえは、そのベッドで寝ればいいさ」
「と、とんでもありません!」
彼女はもぎ取れるんじゃないかというくらいの勢いで、首を横に振った。「クリエイショナーのベッドを使わせていただく上に、クリエイショナーよりも高い位置で眠るだなんて……そんなことをしたら、罰があたってしまいます!」
罰が当たるとは思えないけど、確かにひどく紳士的な行為だとはいえよう。……もっとも、理由はちゃんとあったさ。まず、俺はかなり寝相が悪い。週に三回くらいは床で目覚めるくらいだ。なおかつ、部屋の間取りや家具の配置を考えれば、ベッドと敷布団はほとんど密着させる必要がある。比較的図体のでかい俺が落下してきた場合、出るところは出ているとはいえ比較的細身な玲音がどのようなダメージを受けるのか、想像するだに恐ろしいってもんだ。さらに、ベッドの下には俺の宝物が隠してある。具体的な内容までは言えないけれど、独り暮らしのモテない男にとってはまさしく宝物といっても過言ではない品々である。そして、ちゃんと確認した訳ではないけど、たぶん敷布団の位置からは、それらがバッチシと目視できるはずだ。
「いいよ、気にするなって。……その、元々俺は、ベッドよりも布団の方が好きだしさ」
「しかし、クリエイショナー……」
「むしろ、ベッドじゃ落ち着かないくらいなんだよねぇ」
「とはいえですね、クリエイショナー……」
「……ああ、もう! 頼むからおまえはベッドで寝てくれ!」、
「……そ、それは……ご、ご命令と受け取ってもよろしいのでしょうか?」
一瞬ビクッと全身を震わした後、彼女が掠れた声で訊いてくる。
「命令? ……ああ、なんだかよくわからないけど、そんな感じだよ。とにかく、おまえはベッドで寝ればいいんだ!」
「りょ、了解いたしました……」
素早くベッドに横たわる玲音。――なるほど、本気で俺の命令なら何でも忠実に従うつもりらしい。「そ、それでは、おやすみなさいです、クリエイショナー……」
なおかつ、そのまま瞼を閉じようとする彼女でもあった。
「ちょ、ちょっと待てよ! おまえ、もう寝るつもりなの!? まだ夜の七時半だよ!?」
「え……? い、いや、その、お言葉を返すようですが、今さっき、クリエイショナーが『ベッドで寝ろ』とご命令されたので……」
「別に、『今すぐ寝ろ』って意味じゃないから!」
「はぁ……そうだったのですか。失礼いたしました……」
釈然としないといった表情のまま、玲音はベッドの上で正座した。自然と、俺達は見つめ合うような格好になる。
――そして、気まずい沈黙。
自分の部屋だというのに、なんとも落ち着かない気分だった。これまでは異常事態の連続だったから、あんまり自覚しなかったけれど……よくよく考えてみれば、美少女と狭い空間で二人きりというシチュエーションなのである。……そんな経験はおろか、同年代の女の子とちゃんとコミュニケーションを取った記憶すらない俺からすれば、いったい何をどうすればこの重苦しい雰囲気が改善されるのか、皆目見当もつかなかった。
「あ、あの、クリエイショナー……」
先に口火を切ったのは、玲音の方であった。「用事などがあれば、何なりとあたしにお申し付けくださいませ!」
「用事? ……いや、その、用事は特にないんだけど……」
首をひねってから、俺はあることに気がつく。「そういえばさ……用事って訳じゃないけど、おまえって、その、風呂に入ったりとかはしないの?」
「ああ、その点はご心配なく」
ケロッとした顔で、彼女は答えた。「幸い、このアパートのすぐ近くに噴水機を発見いたしましたので、明日からはそこで水を浴びようと考えています」
「ア、アホかおまえ!」
いくらこの永苺園付近には人通りが少ないとはいえ、全裸の少女が水浴びなんかしていたら、さすがに即刻補導されちまうってもんだろうよ。「……それならうちの風呂を使えよ。狭いし汚いけど、いくらなんでも花壇に水をやる噴水機よりはマシだぞ」
「そ、そんな……畏れ多くもクリエイショナーの……」
「ああああああ、もうもうもう! おまえって本当にめんどくさい女だな! ……一応おまえもこの部屋の住人になったんだ! だから、ある程度は好きに使ってくれていいよ!」
「ク、クリエイショナー……なんて慈悲深い……」
潤った瞳で俺を見つめながら、まるで崇拝するように両手を胸の前で組む玲音。
……うーん、やっぱり相当めんどくさい女みたいだ。
ちなみに、うちの風呂はボタン一つで全て準備してくれるほど軟弱な代物じゃない。なので俺は、まずちょうどいい具合に浴槽にお湯を貯めた後、改めて玲音を促した。
「ほら……風呂に入ってこいよ」
「ありがとうございます、クリエイショナー!」
浴室に入っていく際の声が晴れやかだったことから察するに、彼女も本音では、風呂に入りたくてしかたなかったのかもしれない。だったら、最初から素直にそう言えばいいのにな。
……ところが、その三分後。いきなり、舌っ足らずな悲鳴が狭い室内に響き渡った。
何事が起こったのかと、慌てて俺が浴室のドアを開ける。
当然ながら、そこにはあまりにも目に毒な光景が広がっていた。……すぐ眼前に、隠さなければいけないところをまったく隠そうともせずに突っ立っている少女がいたのである。
「ク、クリエイショナー……! ど、どうしましょう! お湯が、なくなっていってます……!」
「お湯がなくなっていってる……?」
視線を泳がした結果、原因は思いのほか簡単に判明した。……いったい、体のどの部分でどうしたのかは知らないけど、とにかく浴槽の底の栓がすっぽり抜けていたのである。「……驚かすなよ、まったく……」
顔を真っ赤にしながら濡れた裸身をどかした俺が、栓を閉めて、再度お湯の蛇口をひねる。
「あ、ありがとうございます、クリエイショナー!」
深々と頭を下げてから、ようやく現状に気がついたのだろう。焦った様子で、隠すべきところを隠す彼女だった。
「おまえさぁ……」
俺も急いで浴室から飛び出た後、ドア越しに共同生活者に忠告する。「……一応、年頃の女の子なんだから、もうちょっと恥じらいってものを持ったほうがいいと思うぞ」
「も、申し訳ございません……あたしの裸みたいな醜悪極まりないものを、クリエイショナーにお見せいたしまして……」
くぐもった声で、見当違いな返答が返ってくる。「……もっとも、クリエイショナーほどのお方ならば、たとえ美しい女性の裸を見られたところで、邪まな考えなど抱かれないでしょうが」
色々な意味で、それはものすごい勘違いだぞ、おい。……約五十年後には聖人君子になっているのかもしれないし、あるいはすっかり枯れちまっているのかもしれないけど、今の俺はまだ高校一年生男子。はっきり言って、邪まな考えの権化ともいえる年頃なんだよ。……なんて正直な心情はもちろん吐露できずに、風呂場の前で沈黙してしまう俺であった。
……それから数分後、今日大量に購入した衣服類の中の一つ、すなわち黄色いパジャマを身にまとって浴室から出てきた玲音に、俺はこの時代の風習や、トランプやボードゲームのルールや、これから彼女が通うことになるであろう高校の説明などを、軽くだけしておいた。
そうこうしているうちに、やっと高校生が寝るのにふさわしい時間を迎える。
「それでは……おやすみなさいです、クリエイショナー」
事前の取り決め通り、ベッドで横たわりながらそう声をかけてくる玲音に対して、
「ああ、うん、おやすみ……」
慣れないシチュエーションにドギマギしながら、敷布団の上で俺が答える。
皮肉なことだけど、女の子と同棲しているという実感が沸いてきた分、前夜に比べてこの夜は、なかなか寝付くことができなかった。
――そして、次の日の朝。
この日は土曜日で学校も休みだから、いつもよりもだいぶゆっくりと眠れる……はずだったんだけど、残念ながら俺は予想以上に早起きしなければいけなくなってしまった。
「……う、うわ!」
至近距離から漂ってくる不気味な気配を察して目を覚ました俺が、ゆっくりと瞼を開けてみると、いきなりこっちを覗き込むような少女の顔が視界に飛び込んでくる。「……な、何してるんだよ、おまえ!?」
「あ、す、すみません! ……ひょっとして、あたしのせいで起こしてしまいましたか!?」
正座の体勢を崩さないまま両手を振って謝ってきた少女の正体はもちろん、玲音だった。
「そ、そりゃあ起きるわ、もう!」
頭を掻き毟り、ほっと一息ついてから、俺は彼女にまくしたてる。「黙って枕元で正座なんかされてたら、怖くて眠れねぇよ! おまえは死んだおばあちゃんの霊かっつーの!」
「も、申し訳ございません! ……しかしながら、クリエイショナーよりも遅い時間まで眠る訳にはまいりませんし、なおかつ、クリエイショナーよりも高い位置で目覚められるのをお待ちする訳にもまいりませんので……」
そう弁解する彼女は、確かに俺よりもさらに早い時間に起床したのだろう。昨夜はボサボサだったはずのアンバランスな髪がちゃんとセットされていたし、服装も黄色いパジャマではなく、おどろおどろしいイラストがプリントされたピンクのシャツにオレンジ色のデニムといった、いたって趣味の悪い日常着へと着替えられていた。
「……まだ朝の七時半じゃないか。おまえも、もう少しゆっくり寝てればいいのにさ」
壁時計で時間を確認する俺に対して、
「そんなことよりもクリエイショナー!」
彼女は突然、左手を高く上げてみせた。「……あたし、一晩中考えて思いついたんですけど!」
「な、何をだよ?」
「せめて、家事をやらせていただくことにいたしました!」
「……家事、だって?」
「ええ! 畏れ多くも、偉大なるクリエイショナーに、お住まいやお食事を提供していただいているどころか、ベッドやお風呂やレストランまで貸していただいている状態だというのに、当のあたしが何もしない訳にはいきません。……なので、せめてクリエイショナーの身の周りのお世話だけでもさせていただければと!」
「身の周りのお世話、ねぇ……」
基本的には、渡りに舟な提案だった。超ものぐさ野郎である俺からすれば、代わりに面倒な家事をやってくれる人間がいたら、助かることこの上ないってもんである。とはいえ、「……おまえに家事なんてできるのかよ?」
これまでの彼女の行動を鑑みるに、かなり不安な申し出でもあったさ。
「も、もちろんです!」
「じゃあさ、とりあえず試しにこの部屋を掃除してみてよ。……あ、ベッドの下以外だぞ」
「はい、わかりました!」
ひどく嬉しそうに頷く玲音だったけど、予想通り、その結果は惨憺たるものであった。
……この少女は、俺が渡した安物の掃除機を用いて、“電気コードも繋げずに、吸い取る部分
をほうき代わりにする”といった、斬新極まりない方法で掃除し始めやがったのである。
「その……クリエイショナーが『掃除機』とおっしゃられたので、恐らく掃除に用いる道具だろうということだけは推測できたのですが……なにぶん、使い方がわからなくて……」
というのが、本人の敗戦の弁である。約五十年後の未来では、『掃除機』という代物が、あんまりポピュラーじゃなくなっているらしい。
「ああ、そうなんだぁ……」
バツが悪そうに顔を俯ける未来っ娘に、俺は突っ込む気にも怒る気にもなれなかった。……ただ、素直な感想だけは自然と漏れてしまう。「おまえって、なんていうか……天然なんだな」
すると、彼女は意外な反応を見せた。
「あ、あ、当たり前じゃないですか、クリエイショナー!」
珍しく、怒気を含んだ声で反論してきたのである。「……そ、それどころか、だ、男性とお付き合いしたこともありませんよ!」
「…………は? 何言ってんの、おまえ?」
「だ、だから……もちろん、そのような行為に及んだことも、ありません……」
しばらく考えてみて……俺はやっと、玲音の言わんとすることが把握できた。
……なるほど、この『天然』という表現、約五十年後の未来では、うら若き女性の前で口にすれば、即セクハラになりかねないような意味と化しているらしい。
「ご……ごめん、俺が悪かった! な、なんか、変なこと言っちゃったみたいだな!」
もちろん、そんなつもりはさらさらなかったんだけど、一応謝っておく俺。……だけど、そうなるとちょっと引っ掛かる点もある。「で、でもさ……じゃあおまえ、よくあんな条件を提示できたなぁ?」
「……条件?」
「ほら、おまえ最初に言ってただろ? ……あの、その、『命令に従ってくれれば、あたしの体を好きにしていい』とかなんとか、さ」
交際経験もない女の子が、よくもまぁそんな破廉恥な条件を口にできたもんだ。
「そ、それは、その……」
あの時と同じように、玲音は耳まで真っ赤にしながら答えた。「……う、上からの命令だったので、しかたがありません! なおかつ、大いなる使命に、ささやかなる犠牲はつきものです!」
「ささやかなる犠牲、ねぇ……」
ウブな俺には、彼女の貞操が『ささやかなる犠牲』だとはとても思えなかったし、実際本人もそうは思っていないからこそ、ここまで顔を紅潮させているんだろうけど……いずれにしたって、お互いの為にもあんまり続けるべき話題でないことだけは確かだった。
それにしても、だ。こんなに可愛くてスタイルもいいんだから、仮に性格が恐ろしくひね曲がっていようと、めちゃくちゃモテそうなもんだけどなぁ。あるいは、理想がもっとめちゃくちゃ高かったりするんだろうか?……この時の俺には、眼前のグラマラスな美少女が異性とまったく縁のない人生を送らざる得なかった理由が、さっぱりわからなかったさ。
その後、芯がほとんど残っているご飯、真っ黒になった卵焼き、限りなく透明に近い味噌汁といった、画期的な朝食を作っていただいた結果――いよいよ俺は、確信に至る。
「おまえ、さっきは大口叩いていたけど……実は今まで家事なんてしたことないんだろ?」
その指摘に対して、行儀の悪いことにぶほっと口からお米を吹き出した後、
「申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません!」
そのまま勢い良く土下座する玲音であった。「あ、あたしは本当に愚かな女です! 使えない女です! ……で、ですが、こ、これから精一杯精進いたすつもりでありますので、なにとぞお許しを、クリエイショナー!」
「これから精進、ですか……」
嘆息しつつも、やっぱり俺には、今にも泣き崩れそうな彼女をそれ以上責めることなんて、できやしなかった。……そもそも、三日前までの生活を鑑みれば、可愛い女の子が自分の為に手料理を作ってくれたという事実だけで、幸福極まりないってもんではないか。
とはいえ、さすがに今後こんな料理を出される度に、毎回そこまで達観できるとは思えない。いや、それ以前に、毎日こんな料理を食べていたら、本気で体を壊してしまいかねない。
……という訳でこの日の午後、俺は玲音を連れ添って、最寄りの書店へと出向くのだった。言うまでもなく、家事に関する参考書を購入する為である。
ついでに、その近くの衣服店で下着も購入してやった。……部屋でうろつく分には大歓迎、もとい、まだ許容範囲内だろうけど、これから外に出歩く機会が増えるとなれば、いくらなんでも年頃の少女がノーブラノーパンでは、問題がありすぎるってもんだからな。
――そして、次の日。
日曜日だというのに、俺は自分の通っている高校へと足を運んだ。
理由はもちろん、夏休み直前だというのにこんな辺鄙な高校に転入したいという、奇特な少女の付き添いである。
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