津田大介の『メディアの現場』vol.37(2012.6.20+6.27号) より


国交省が高速道路会社NEXCOと組んで段階的に整備を進めている「中部横断自動車道」。現在、長坂〜八千穂間でその建設が検討されており、それに向けて住民アンケートが行われています。本来であれば、政策に民意を反映するために行われるはずの住民アンケート。しかし、国交省がその配布や集計をめぐって何らかの操作を行っていたのではないかとの疑惑が浮上しています。今回は、中部横断自動車道(長坂〜八千穂間)の建設に反対する「中部横断自動車道八ヶ岳南麓の会」[*1] の代表・米田佳孝さんをお招きし、お話を伺っていきます。


◆中部横断自動車道をめぐる国交省の不可解な動き

――住民アンケートから見えてきた日本の政策決定プロセスの実態とは


津田:「全国総合開発計画」をご存じでしょうか。1962年から1998年までの間、国土の有効利用や社会環境の整備を行うため、国は5回にわたって長期計画を作成しました。その4回目、1987年に発表された「四全総(よんぜんそう)」――「第四次全国総合開発計画」。[*2] この中に「交通体系の整備」という項目があります。当時、バブル景気の始まりつつあった日本において、交通の利便性向上は大きなテーマでした。そこで国土庁は「全国1日交通圏」という構想を打ち出します。「全国の主要都市間の移動に要する時間をおおむね3時間以内、地方都市から複数の高速交通機関へのアクセス時間をおおむね1時間以内にすることを目指す」[*3] ――これを実現するため、全国に1万4000キロにも及ぶ高規格幹線道路網を張り巡らせる計画が立てられました。おそらく25年前の日本にとってこの計画は、大きな意味のあるものだったでしょう。けれどバブルが弾けて久しい2010年代現在と当時では、時代背景が大きく異なります。1980年代の構想に基いて、2010年代の現在、住民の意見をある意味無視するかたちで国交省が高速道路を造成しようとしているとしたら、果たしてどうでしょうか。本日は、四全総で計画された中部横断自動車道(長坂〜八千穂間)の建設に反対する「中部横断自動車道八ヶ岳南麓の会」の代表・米田佳孝さんに、この問題を追う過程で明らかになった政策決定プロセスの不全についてお話を伺っていきます。米田さん、よろしくお願いします。

米田:よろしくお願いします。

津田:まずは、今問題になっているこの道路について、簡単に教えていただけますか?

米田:群馬県藤岡市と新潟県上越市をつなぐ「上信越自動車道」がありますよね。そして、神奈川県海老名市から愛知県豊田市へと至る「新東名高速道路」。この両者を長野県小諸市と静岡県静岡市清水区で結ぶ道路として計画されているのが「中部横断自動車道」です。道路の総距離は約132キロメートル。一部の区間――佐久南〜佐久小諸間、増穂〜双葉間では、すでに開通しています。増穂〜双葉間では2002年3月30日から2006年の12月16日にかけて、3段階で開通が進められたようです。[*4] 佐久南〜佐久小諸間が開通したのはつい最近の2011年3月26日ですね。[*5]

津田:さらに現在、新清水〜増穂間、八千穂〜佐久南間でも整備が進められつつあると。こうした段階的なやり方を見ていると、「とにかく中部横断自動車道を作るんだ」という国交省の強い意志を感じますね。

米田:今、私たち「中部横断自動車道八ヶ岳南麓の会」が反対しているのは、国交省が山梨県から長野県にかけて建設を検討している「長坂〜八千穂」区間の山梨県側の部分です。この基本計画そのものは1997年、国交省がすでに公示していました。けれど、これまで特に動きはなかったんですね。しかし2011年の2月、突然住民にアンケートが配られたんですよ。「中部横断自動車道(長坂〜八千穂)の『今後の整備方針』について、皆様のご意見をお聞かせください。」という。[*6]

津田:アンケートが配られた……そもそも地元の人は、この道路計画を知っていたのでしょうか?

米田:いいえ、今回初めて知ったという人が大半です。私もアンケート用紙を見て「なんだこれは」とびっくりしましたね。私は今、山梨県北杜市にある八ヶ岳の南麓に住んでいるんです。若いころからずっと住みたいと思い続けていて、60歳になってから、「ここを永住の地にしよう」と決めました。家を買ったのは3年ほど前ですが、この時はもちろんそんな計画があるなんてまったく知りませんでした。

津田:中部横断自動車道でも、長坂〜八千穂間については、これまでずっと手付かずで来たわけですよね。それがなぜ2011年2月になって、事態が動き出したのでしょう?

米田:このアンケートが行われたきっかけは何か――私も気になって調べてみたんです。国交省はこれまで、昔立てられた道路計画をもとに、がむしゃらに建設を進めてきました。けれど2010年4月、国交省の副大臣を当時務めていた馬淵澄夫さんが、これに「待った」をかけたんです。[*7] まずは道路の計画段階でデータを集め、地域の声を聞いて、本当に建設する必要があるか評価しよう――馬淵さんが導入したこの制度は、「計画段階評価」[*8] と呼ばれます。2011年2月のアンケートは、その一環として行われたわけですね。

津田:今までは国交省内部で道路を作ることを決めてしまってから、「高速道路通しますから」と、地元住民に話をしていた。そのプロセスが変わったんですね。

米田:はい。私も調べるうちに、「国交省はちゃんと地元の意見を聞いて評価しようと考えているんだな」と思うようになりました。

津田:でも、八ヶ岳って自然がとても美しいところじゃないですか。だから、長坂〜八千穂間で高速道路を開通させるなんて、あまり賛成する人が多いようには思えないのですが。採算性も見込めそうにないし。

米田:そうなんです。正確に言うと、地元の住民にも三層あります。この土地に先祖代々住んでいるような人たちは、「長いものには巻かれろ」というタイプが多く、あまり意見を表明しません。別荘族も冬の間はほとんどいないから、意見を表明する機会がないわけです。地元に家を買って住んでいる新住民――ここに移り住んで20年経っても「新住民」というカテゴリーなのですが、この人たちは本音を話してくれます。話をしてみると、もうみんな反対。そんな感じですね。

津田:この第1回アンケートでは4つの設問が立っています。そのうち最後の

【質問4】は「その他中部横断自動車道について期待すること懸念すること」という自由記述式の設問です。きっとここには「道路建設には反対します」と書いた人が多かったのでしょうね。結果はどうでしたか?

米田:この問題を審議している社会資本整備審議会 道路分科会 関東地方小委員会 [*9] が2011年7月7日に開かれたんですね。そこで配布された「第1回意見聴取の結果について」[*10] という資料によると、「その他中部横断自動車道について期待すること懸念すること」いう設問の結果はエリアによって違っています。そのうち「道路整備への懸念に関する意見」を表明した人は、私が住んでいる山梨県北杜市で圧倒的に多く、全体の64%を占めていました。これに対し、「道路整備への期待に関する意見」では、長野県側の南佐久郡、佐久市、小諸市が65%を占めています。[*11] つまり、真逆の結果が出ているんです。

津田:長野県側で開通賛成派が多いのは、いったいなぜなのでしょう?

米田:長野県側でも南佐久郡、佐久市、小諸市は、すでに中部横断自動車道が開通しているエリアなんです。となると当然、開通賛成派が主流になりますよね。そんなエリアにもアンケートを配布したことそのものが問題なんですけど――。

津田:気になることがもう一つあります。この第1回目のアンケートでは、中部横断自動車道を建設するという前提で2つの案が挙げられていました。

「【(1)案】全区間で新たに道路を整備する案」と「【(2)案】旧清里有料道路を一部区間で有効利用する案」がそれです。【質問3】ではこれを踏まえ、「提示した対策案の他に考えられる対策案」を自由記述式で訊いています。この質問の結果、どんな対策案が出てきました?

米田:はい、第3の案が浮上してきたんですね。それは、「国道141号線のバイパス整備により、走行性・安全性を向上し時間短縮を図る」というものです。[*12] 国道141号線とは、長野県の野辺山と中央自動車道を結ぶ道路です。地元の人はみんな、この国道141号線を使っているんですね。それで、ここを整備して使いやすくしてほしいという声が多かったわけです。[*13] その後、2011年10月5日に開かれた委員会では、とてもまともな審議が行われました。従来の2つの高速道路建設案に加え、第3案として国道141号線の改良案、そして第4案として「整備なし」いう4つの案が設定されました。そして、第2回目のアンケートをして、地元の人の意見を訊きましょうということになったんですよ。

津田:少なくともこの時点までは、地元住民の意見を聞いて道路の必要性を検討するという計画段階評価――民主党が政権を取ったことで実現した「行政への政治によるガバナンス」がきちっと機能していたということですね。

米田:はい。そうして2012年1月から2月にかけて、第2回目のアンケートが行われました。[*14] しかし、ここにきて、いろんな問題が起こっているんです。

津田:アンケートをすることになったはいいものの、そのやり方に問題があったと――。

米田:このアンケートは、3種類の方法で実施されたんですね。まず、それぞれの家にアンケート用紙をダイレクトに郵送する「戸別配布」。そして、高速道路のサービスエリアや道の駅、県や市の出先機関なんかに置いておいて、自由に持っていってもらう「留置配布」。それから、ウェブによるアンケートです。このうち問題があったのは、「戸別配布」と「留置配布」です。

津田:具体的には、どのような問題があったのですか?

米田:まず、戸別配布から。山梨県北杜市では、アンケート用紙を受け取れなかった人が大変多いんです。まず、別荘にはほとんどアンケート用紙が送られていませんでした。別荘の数は、私が調べた限りでは8000戸ぐらいあるようです。2012年4月12日開催の委員会で配られた「第2回コミュニケーション活動の結果について」という資料によると、山梨県北杜市で戸別配布された枚数は、最終的には21,866枚でした。[*15] この配布の仕方にまず問題があります。

津田:長野県側ではどうでしたか?

米田:長野県側を見ると、前回同様、すでに中部横断自動車道が開通済みだったり、整備中だったりするエリアでもアンケート用紙が配られていました。佐久市では18,730枚、小諸市で43,933枚が配布されています。しかも、第2回アンケートには「本アンケートの対象区間」としてアンケートを取るエリアが明記されています。これらのエリアは、その対象区間外となっているんです。ちょっとおかしくありませんか。本来の対象エリアは、小さな村ばかりで、あまり人口がありません。ですから、佐久市や小諸市のような住民数の多いエリアの人たちがアンケートに回答したら、地元の声はかき消されてしまいます。まあ、私たちは、長野県側のことについては、あまり言及するつもりはありませんが。

津田:なるほど。国交省は「中部横断自動車道を開通させよう」という自分たちにとって都合のいい結果を誘導したい。だから、本来であれば対象外のエリアにもアンケートを配布した――そんな見方もできるわけですね。

米田:そうですね。

津田:先ほどのお話では、アンケート用紙をいろいろな場所に置いておく「留置配布」にも問題があった、ということですよね。具体的にはどんな問題があったのでしょう?

米田:このアンケートは、1人1票、投票できるんです。つまり、家族が4人いれば、4票持っているということになります。でも、山梨県の留置先では「各世帯につき1枚しか渡さないよう、国から指導を受けています」と言っていたんです。僕が文句を言ったら、状況は少し改善したんですけど――。ところが長野県側の留置先には、どんどん持って行ってくださいと言わんばかりに、アンケートがバーンと積んであるわけですよ。

津田:(「第2回コミュニケーション活動の結果について」を見て)各留置所に置かれたアンケートの枚数も、資料にまとまっているんですね。[*16] ただ、場所によってその数には、だいぶバラつきがあるようですが……。

米田:はい。今回は45個所に置かれたんですね。このリストを見ていると、一部に例外はあるものの、次のような傾向があることがわかります。地元住民が行きやすい市役所やその支所では置かれている枚数があまり多くない、道の駅やサービスエリアでも同様――と。少し変わった留置先は、県などにある国交省の出先機関です。こういうところで配布枚数が多いんですね。

津田:だいたいどこも数十枚から数百枚程度の配布。なのに「山梨県県土整備部道路整備課」のような国土交通省の出先機関には、1,912枚とすごくたくさん置いてある――。回答数も602枚と高めです。県庁の道路整備課なんて、普通行かないですよね。

米田:行く人間は、役人か出入りの業者みたいな関係者でしょう。

津田:建築関係の役場に留置されているアンケートの枚数が多い――端的に言えば、「ヤラセの可能性がある」ってことですよね。

米田:はい。私はヤラセだと思っています。統計学的に見ても明らかに不自然です。

津田:つまり、国交省が自分たちにとって有利な方向に話を進めるため、ヤラセとは言わないまでも、結果に影響を与えるため、動員をかけた可能性があると。

米田:そういうことだと思います。私たちは、アンケート用紙が手に入らないので、まわりに呼び掛けてウェブからたくさん回答を行ったんですよ。最終的な回収件数は戸別配布で11,752件、留置配布で4,619件、ウェブ方式で3,521件となりました。

津田:今回の同地区の高速道路整備案は全部で4案あるわけですよね。それぞれ実施した場合のコストはどれくらいなのでしょう?

米田:これがアンケート用紙に載っているんです。[*17] 列挙すると、次のとおりです。

--------------------------------------

◇案1 全線整備案

(中部横断自動車道を長坂〜八千穂間の全線4車線で整備する案)

約2,100〜2,300億円

◇案2 一部旧清里有料道路活用案

(中部横断自動車道の一部に旧清里有料道路を活用する案)

約1,950〜2,150億円

◇案3 国道141号(一般道)改良案

約1,300〜1,400億円

◇整備なし

0円

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つまり、国交省が採用しようとしている「案1 全線整備案」に比べると、私たちが推し進めようとしている「案3 国道141号改良案」は850億円ほどコストが安くなる計算です。

津田:コストが850億円削れて、地元住人の賛成も得られる。だとしたら、案3は「折衷案」としては悪くないですよね。

米田:それなのに――というところですよね。

津田:アンケートの結果はどうだったのでしょう?

米田:結果についてお話しする前に、そもそも、第2回目アンケートの設問設定が妥当だったかどうかについて、考えなければなりません。第1回目の住民アンケートの結果、それまでの2案に新たな2案が加わって全4案となり、考えられる選択肢がすべて出揃いました。ならば、どれがもっともよいと思うか、一つだけ選ばせるのが普通ですよね。しかし実際の設問は、4つの対策案を対象に、自由記述で回答させるというものでした。[*18]

津田:(第2回目アンケートを見て)「質問2 6-7頁に示した以下の対策案

(※4つの対策案のこと)について、ご意見をお聞かせ下さい」――本当だ。回答は自由記述になっていますね。ここまで来たら、4つの案のうち、どれを採用するかを詰めていくのが筋ですよね。

米田:はい、第1回アンケートの結果をふまえて行われた委員会で、案が4つに増やされた。第2回目のアンケートでこの4つの案の賛否を地元住民に問うというのが、当然の文脈です。アンケートの設問設定がおかしいだけではありません。国交省がアンケートの結果をどのように集計したか。実はここからが今日の話でもっとも面白いところなんですよ。第2回目のアンケートでは、文明国ではありえない奇妙かつ正当でない分析および集約方法がなされているんです。

津田:それはどういうことでしょう?

米田:高速道路の建設に傾くように、アンケートの作成や配布方法が作為的に行われたのではないかと先ほど申しました。にもかかわらず、その結果は、国交省の狙いどおりにはならなかったのです。だから、非常に不思議なアンケートの集約方法が採られたのだと思います。先ほど触れた質問2の結果をちょっと見ていただけますか?[*19]

津田:(「第2回コミュニケーション活動の結果について」を見て)あ、これは……!

米田:「【参考】各対策案へのご意見の状況」ということで、エリア別、アンケート回答方法別に結果がまとめられています。つまり、これを見ても、対象エリア全体の結果がわからない。

津田:しかも、もともと「4案のうち、どれを支持するか」という選択式の設問になっていないんですね、これ。だとするとこれは普通に設問に答えれば、あいまいな回答になりやすい。そして、はっきりとした意見を持った人からは、第1案、第2案にはこういう理由で反対、第3案にはこういう理由で賛成――と回答する。でも、こうした回答を一つ一つ丁寧に読んでいけば、住民の意見は集約できるんじゃないですか?

米田:もちろんできます。今私たちは、一つ一つの回答を読み取り、集約する作業を行っています。まだ作業の途中ですが、山梨県側、特にヤラセのなかったウェブ回答では90%以上が圧倒的な第3案支持になっているようです。しかし国交省はこれを、4案いずれかに言及したら、賛成だろうと反対だろうと、同じ「1票」というように集計したんです。

津田:賛成も反対も1票……!? ってこのアンケート結果の資料にしっかり明記してありますね。「意見数の中には『賛成意見』『反対意見』『その他』の意見数が全て含まれている」って。

米田:ここまでいくと、もう笑っちゃいますね。文明国ではありえない稚拙さです。ただ、彼ら自身もさすがに「これじゃまずい」と思ったんでしょう。質問2に寄せられた意見を一部抽出し、「ご意見の例」として掲載したりしています。[*20]

津田:「ご意見の例」の方には、にあえて「無作為抽出」と銘打っているのがおかしいですね(笑)。

米田:日本の国が立派なのは、自分たちにとって不利になるようなこういうデータも、すべて公開しているところです。今まで紹介してきた資料や委員会での議論も、委員会のウェブサイトで全部チェックできるんですよね。[*21] すごく面白いですよ。第2回目住民アンケートの戻りのはがきさえ、個人が識別できる情報を黒塗りしたうえで、すべてPDF化して公開しているんです。[*22]

津田:すごい! オープンガバメントとしては理想的ですね。国の調査で明らかになった住民の声が、誰でも見られる――。一昔前では考えられなかった話です。こういう宝の山がウェブに上がっているにもかかわらず、メディアはそこに全然注目しない、と。

米田:馬渕さんがこのように、住民の声を聞いて公開する、という下地を作りました。そして、かたちのうえでは、それがちゃんと実行されています。これが日本のお役所のいいところです。

津田:そうなんですよね。役所でも現場で働いている人たちは、本当に丁寧に仕事している。

米田:そう、本当にそうなんです。でも、最終的には国交省では、上のほうからの声か何かが降りてくるんでしょう。「このアンケート結果を基に、高速道路を作れるようにしろ」というようなね。現場の人は苦し紛れに、今まで見たこともないアンケートの集計方法を考えたんだと思うんです。官僚たちが自分たちの都合のいい方向に物事を動かすため、資料のまとめ方や表現を操作する――これを「霞ヶ関文学」と呼びますよね。第2回目のアンケートの集計方法なんて、まさにその白眉でした。いや、よくもここまでやるなと驚きます。

津田:設問設定をとっても、集計方法をとっても、かなりアクロバティックなウルトラCを決めてきたという感じですね。

米田:公開されている資料を見ていると、「何が何でも俺たちは高速道路を作るんだ」「毛筋ほどの白があれば『真っ白』と言うんだ」――そういう国交省の意志が伝わってきます。年に数回の委員会では、こういうわかりにくい資料を忙しい先生方に見せ、その場で担当者がもやもやっと説明するわけですよ。それでパーッと取りまとめをすると。

津田:そして、委員会のウェブサイトに上がっているような議事録ができあがるわけですね。

米田:はい。委員会の出席者全員がチェックしてからアップするので、少しタイムラグがあるのですが、これにすべてが載っています。たとえば、不思議なアンケートの集計結果をいきなり出されて、委員はどう反応したか。2012年4月12日に開催された委員会の議事録 [*23] を見てください。

津田:二村さんという委員が、まさに結論を言っていますね。「正直申し上げて、こういう結果の出し方というのを今回初めて拝見いたしました。注目の集まっているものを、賛成も反対もすべてまぜた形で集計するというのは、国交省ではよくやられる手法なのでしょうか。正直申し上げて、こういうのは余り世間一般にはみないような気がするのです」。[*24] 審議会の委員もやっぱり戸惑ったんですね(笑)。

米田:事務局はそれに対し、こんな言い訳をしています。「我々も集計の仕方についてはかなり悩んだところがあって、今まで、こういった出し方をしている例というのはなかなかないと思っています。(略)確かにご説明の仕方が難しいという指摘が今までもあったところではあるのですが、現時点ではこういう整理の仕方にさせていただいているというところでございます」(笑)。これに続き、審議会の委員長である石田さんは「これ、関心の高さを示しているということを強調し過ぎてもし過ぎることはないですね。賛否ではないということをね」と弁明しています。[*25]

津田:これは苦しい言い訳ですね……(笑)。

米田:このように二村さんをはじめとする委員の方々から本質的なツッコミは入ったものの、基本的には高速道路を作る方向でまいりましょう、という結論ありきで議論が進んでいます。津田さんもよくご存じのとおり、審議会や委員会では、開催前に結論を決めて資料を作ります。サイトに上がっている「対策案の評価について」という資料を見てください。[*26] ここに「中間とりまとめ(案)」として記載されているのが今回の結論です。「対策案としては高速道路の整備(【案(1)】全区間で新たに道路を整備する案また【案(2)】旧清里有料道路を一部区間で有効利用する案)が有効であると考えられる」と。[*27] そもそも、会議前に話し合いの結論を資料にまとめるなんて、本来ならばあってはならないことですけどね。

津田:今回はアンケートの集計方法に対し、委員から疑問が出ているにもかかわらず、結論は揺るがない――。

米田:それで、ちょっとしたガス抜き策を作っているんです。「追加的なコミュニケーション活動内容(案)」という資料にその内容がまとまっています。[*28] 行政関係者や抽選で選んだ住民代表、各団体の代表を招き、第三者のコーディネーターを立てて、公開形式で「コミュニケーション活動」を行う、と。これを受けてこの7月8日、長野県の南牧村中央公民館で意見交換会が開かれることになっています。[*29] まあ、地方でよくやっているシンポジウムですね。どう考えても、高速道路を通す案で決定するでしょう。原発再稼働問題のとき起こったことと非常によく似ていますね。

津田:流れは非常によくわかりました。何だか釈然としませんね。今回だって、ちゃんと使われる道路ができるならいいですよ。でも、使いもしない道路に無駄な税金がかけられてしまうわけでしょう。その背後では消費税増税がしれっと通されているわけですからね。

米田:私は専門が経済学なんです。その観点からすると、中部横断自動車道を通すことで、地元経済がダメになると思います。やっぱり地域GDPを上げようとするなら、人口を増やすのが基本なんですよ。このあたりは地方の過疎化が進む中、人口が少しずつ増えている地域です。まだ住民票は首都圏に置いたまま移していない人が多いけれど、みんながリタイアし始めれば、ダーッと移し始める可能性もあります。

津田:そういう人たちが来ることで、地域経済が活性化していく可能性が高いということですね。

米田:はい。このあたりの魅力は、なんといっても自然の美しさと静けさです。でも、高速道路ができればそれがなくなって、住みたくなくなってしまいますよね。実際、全国的にも高速道路ができたエリアでは、ほとんどが通過地点となってしまって、経済基盤の沈下が進んできています。

津田:なるほど――。この問題は僕も怒りを覚えますね。

米田:でもね、調べる過程でわかってきたんですけど、国交省はこんなのへっちゃらなんですよ。住民がなんと言おうと、ブルドーザーで自然を潰して道路にしちゃう。そんな勢いですよね。日本は、正当な議論が通らない国になってしまっているんですね。これを何とかしなければ、日本はますます堕ちて行ってしまいます。

津田:一度計画として進めて、予算もとって――という案件は、もう止められない。だから途中で制度が変わろうがロジカルに反論されようが、「進める」という結論ありきで報告書がまとめられてしまう。霞ヶ関ではよくみる光景なんでしょうが――。

米田:これはもう、日本の官僚の体質となってしまっていると言っていいでしょう。習い性で自分たちの権益の拡大を謀っているだけではないでしょうか。この道路政策の決定に携わっているほとんどの人は多分、現場を見に来ていないと思うのです。企業経営ではあり得ないことですよ。官僚たちは、今の時代に生きる一人の生身の人間として、自分の頭で考えることをしていない。空恐ろしくなってきます。これは私たちが住む地域だけで起こっている特殊な事例ではありません。日本全国で同じやり方がまかりとおっているんですよ。

津田:おっしゃるとおりですね。そして、この問題は単に道路行政という特定の問題ではなく、日本の国の運営方法を正当なものにしていくための試金石とも言えそうですね。

米田:制度疲労を起こしている日本の官僚制度に、計画段階評価といういい方式が導入されたのですから、これをきちんと機能させることは、とても意義深いと思います。正当な情報収集を行い、それを基に正当な議論を経て、政策を決定していく。これは本当に重要なことです。

津田:米田さんが代表を務めている「中部横断自動車道八ヶ岳南麓の会」では今後、具体的にどのような活動をしていく予定ですか?

米田:私たちは、とにかくオープンな情報交換ができる場をネットで作っていきたいと思っています。ホームページがすでにあるので、今回の問題に関する知見を複数人で読みやすく編集して上げていき、Facebookのようなソーシャルメディアをからめていきたいんです。私の根底には「多くの人が参加して、オープンに議論して、そこから出てくる意見は正しい」という考え方があります。だから、より多くの人を巻き込んでいきたいんですよね。そして、私たちの活動がきっかけになって、「最近、日本の政策決定の仕方がまともになったよね」とみんなが感じるようになるといい。そういう方向に活動を進めていきたいんです。

津田:おっと、「動員の革命」みたいな話になってきましたね……!

米田:実はそのとおりで、山梨県北杜市でデモをやろうと思っています。私の家の近くに、八ヶ岳高原大橋という橋があるんです。富士山も八ヶ岳も南アルプスもバーンと見えるすばらしい橋です。まさにこの橋が、この高速道路建設の象徴的な場所なんですが、ここを往復する楽しいデモをやりたいんですよね。「こんなすばらしいところで、こんなすてきなデモはない」というのをやって、ステッカーを参加者にいくらかで買ってもらう。それを活動資金に、毎年、毎年だんだん人数を増やして、大きな流れにしていく……。まだ僕のアイデア段階なんですけどね。

津田:お話を伺っていると、今回の委員会は、まさに日本の政策決定の縮図ですよね。日本の委員会や審議会はシステムとして硬直しています。でも、ウェブでオープンにされているデータをみんなで検証し、「これはおかしいだろう」という声を上げていけば、政策決定のプロセスにも、きちんと民意が反映されるようになるかもしれない。この問題を通じて、日本を改革していくきっかけが、本当に作れるかもしれません。

米田:私たちもそれを現実にするために、力を注いでいきます。

津田:この動きを盛り上げて、市民型の政策決定を実現していきたいですね。本日はどうもありがとうございました。

《この記事は「津田大介の『メディアの現場』」からの抜粋です。ご興味を持たれた方は、ぜひご購読をお願いします。》

▼米田佳孝(よねだ・よしたか)

「中部横断自動車道八ヶ岳南麓の会」代表。株式会社YONEDAオフィス代表、株式会社insprout取締役。慶応義塾大学経済学部卒業、慶応ビジネススクール修了。日本IBMおよび米国IBM勤務後、ベンチャー企業や大手企業での新規事業の立ち上げを実践。その後自身で創業し、20年以上にわたり、ブランド・ビジネスを中軸においた企業経営を実践。これまでの設立企業数は世界6か国で10社超。現在は環境テクノロジー分野のベンチャー企業の立ち上げに奮闘のかたわら、グロービス経営大学院でベンチャー経営戦略の講座を担当。

[*1] http://cyubu-odando.nanroku.net/

[*2] http://www.kokudokeikaku.go.jp/document_archives/ayumi/25.pdf

[*3] 以下の資料の84ページ(PDFのページ番号では94ページ)に該当する記述がある。

http://www.kokudokeikaku.go.jp/document_archives/ayumi/25.pdf#page=94

[*4] http://www.ktr.mlit.go.jp/nagano/reconst/koukikaku/pdf/process.pdf

[*5] http://www.city.saku.nagano.jp/cms/html/entry/4530/229.html

[*6] アンケートの内容はWebサイトに残っている。

http://www.chubuoudan.com/result/index.html

[*7] http://www.mlit.go.jp/report/interview/mabutihukudaijin100405-1.html

[*8] http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-jigyohyoka/ir-jigyohyoka.pdf

[*9] http://www.ktr.mlit.go.jp/road/shihon/index00000014.html

[*10] http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000043722.pdf

[*11] 以下の資料の32ページ(PDFのページ番号では33ページ)に該当する記述がある。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000043722.pdf#page=33

[*12] 以下の資料の30ページ(PDFのページ番号では31ページ)に該当する記述がある。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000043722.pdf#page=31

[*13] 国道141号線の改良案については、2011年(平成23年)10月5日に開かれた同委員会で検討されている。

配布資料:http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000045391.pdf

議事録:http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000050539.pdf

[*14] 第2回目アンケートの内容はWebサイトに残っている。

http://www.chubuoudan.com/pdf/second_summary.pdf

[*15] 以下の資料の3ページ(PDFのページ番号では4ページ)に該当する記述がある。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000060447.pdf#page=4

[*16] 以下の資料の4〜7ページ(PDFのページ番号では5〜8ページ)に該当する記述がある。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000060447.pdf#page=5

[*17] アンケートの8〜9ページ(PDFのページ番号では5ページ)、「概ねの費用」を参照のこと。

http://www.chubuoudan.com/pdf/second_summary.pdf#page=5

[*18] 第2回目アンケートの最終ページに設問がある。

http://www.chubuoudan.com/pdf/second_summary.pdf

[*19] 以下の資料の38ページ(PDFのページ番号では39ページ)に結果がまとまっている。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000060447.pdf#page=39

[*20] 以下の資料の16〜37ページ(PDFのページ番号では17〜38ページ)にかけて掲載されている。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000060447.pdf#page=17

[*21] http://www.ktr.mlit.go.jp/road/shihon/index00000014.html

[*22] 以下のページに「○アンケート(ハガキ)」として、通し番号付きでアンケートはがきがアップされている。

http://www.ktr.mlit.go.jp/road/shihon/road_shihon00000078.html

[*23] http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000061309.pdf

[*24] 以下の議事録の26ページに該当する記述がある。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000061309.pdf#page=26

[*25] 以下の議事録の27ページに該当する記述がある。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000061309.pdf#page=27

[*26] http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000060450.pdf

[*27] この「中間とりまとめ(案)」はその後、正式な「中間とりまとめ」となった。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000062996.pdf

[*28] http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000060451.pdf

[*29] http://www.ktr.mlit.go.jp/kisha/koufu_00000109.html