【メディアが報じた反日デモの姿とは?】津田大介の『メディアの現場』vol.47 より


この9月、中国各都市で大規模な反日デモが起こり、日本でも話題になりました。その原因は、日本が中国との間で領土争いをしていた尖閣諸島(釣魚島)を日本が国有化したからではないかと見られています。しかし真の原因は明らかになっていません。尖閣諸島や反日デモをめぐる騒ぎが、新聞やテレビ、そしてネットなどのメディアでどう扱われたか――本メルマガでは、一連の出来事の本質は、いわばメディアの合わせ鏡を通して初めて見えてくるのではないかと考えました。そこで今回は、中国事情に詳しい北京在住フリーライターのふるまいよしこさん、そして若手中国ウォッチャーとして注目されているフリーランスITライターの山谷剛史さんのお二人にお話を伺います。

◆「反日デモ」はメディアでどう報じられ、伝わったか 〜中国在住フリーライター・ふるまいよしこ氏に訊く

津田:9月11日ごろから9月下旬にかけて、中国で反日デモが起こりました。[*1] デモは中国各都市に飛び火。一時は125都市以上にも拡大したとされます。[*2]

デモ参加者は一部暴徒化し、ユニクロやセブンイレブン、ジャスコのような日系施設を襲っては破壊や略奪を行い、休業や操業停止に追い込みました。[*3] その様子は、テレビや新聞をはじめとする日本のマスメディアでも大きく報じられています。

事の発端は何だったのか――東京都の石原慎太郎都知事が今年4月、中国との間で領土争いの対象になっていた尖閣諸島(釣魚島)を都で買い取る計画を発表しました。その後、日本は同島を国有化する方針を固め、9月11日、それを閣議決定します。

このタイミングで、これだけ大規模な反日デモが起こった理由は、それがきっかけであろうとされるものの、真の原因は明らかになっておらず、さまざまな憶測が飛び交っています。

「中国内部の政治闘争がからんでいる」「同国で貧富の格差が拡大しているせいだ」など。

社会主義国の中国では、新聞、テレビなどのマスメディアは実質、そのすべてが政府によってコントロール可能であり、[*4] ネットの情報についても、検閲が行われています。

日本による尖閣諸島の国有化や反日デモといった一連の出来事を現地メディアがどう報じたか。それを追うことによって、今回起きた反日デモの本質や中国政府の思惑、そして日中関係の現状が見えてくるに違いない――そう考え、「メディアと反日デモ」という切り口を中心に、北京在住のフリーライター・ふるまいよしこさんにお話を伺っていくことにしました。ふるまいさん、よろしくお願いします。

ふるまい:よろしくお願いします。

津田:今回のデモには、さまざまな謎がつきまとっています。まず第一に、これは国が仕掛けた官製デモだったのか、それとも人々が自発的に始めた自然発生的なデモだったのか。世間の意見は、そこで分かれていますよね。ふるまいさんは、どう捉えています?

ふるまい:私は「官製デモ」と考えています。中国人のツイッターユーザーさんがこの前、すごく面白いツイートをしていたんですね。「政府が『自発的だ』と言うデモは政府が組織していて、政府が『誰かによって(違法に)組織された』と言うデモは、自発的なものである」と。

今回も、見事にその図式が当てはまります。あれだけ激しい略奪が横行したのに、逮捕者の数はものすごく少ない。これはどう見ても、官製デモでしょう。中国でそれを否定する人は、多分いないと思いますよ。

津田:今回の反日デモは、多くの都市で起こっているじゃないですか。そのほとんどが官製デモだったとしても、それに触発された自発的なデモも各地で起こっていたんじゃないかと思うんです。そのあたりはどうお考えですか?

ふるまい:私の考え方はこうです。日本が9月11日、尖閣諸島を国有化した。それを受けて、中国政府は全国メディアの一面に、それを非難する記事をバッと載せた。とにかく、民衆の反日スイッチをオンにしたわけですよ。

「釣魚島の主権はわれわれにあり」――そんな見出しが並んでいたら、中国人は多少なりとムードに煽られるところがあったでしょう。みんな「釣魚島はわれわれのもの」という教育を受けて育っていますから。

そうして反日の雰囲気をまず盛り上げてから、政府がデモを組織したのではないかと。聞いた話では、北京の日本大使館前で行われた反日デモにも、政府が集めたと思しき人や私服警官が相当数入っていたそうです。

そしてデモ隊の中に(反日だけではなく、反政府スローガンを叫びそうな)「不審者」が入ってくると、彼らが「あそこに変なやつがいる」ということで、周りで目を光らせている制服警官を無線で呼び込み、つまみ出させていたというんです。

私、反日デモの取材をしていた日本人の記者さんとお話ししたんですね。その方は果敢にも、デモ隊の中に何度か混ざり込んでみたそうなんです。

そうしたら、そのつど警官が何人か寄ってきて、引っぱり出されたと。私が「デモ隊には私服警官も入っているらしいですよ」と教えたら、彼も「そういうことだったのか」と納得していました。


◇反日デモを報じなかった現地メディア

津田:ふるまいさんは香港に14年、北京に11年お住まいで、ずっと中国をウォッチしていますよね。今まで中国では、何度も反日の動きが起こっているじゃないですか。

僕の知るかぎりでも、たとえば2005年には、当時首相だった小泉純一郎と閣僚による靖国神社参拝などが引き金となって、大規模な反日デモが起きています。[*5]

そうしたデモと今回のデモで、どこか違っているところはありますか?

ふるまい:比較に値するのはやはり、「1972年の日中国交正常化以来、最大規模」と言われた2005年の反日デモですね。

今回はあの時と比べて何が違っているか――まず、規模がそれを上回っていて、より広域にわたっているんですよね。たとえば9月18日に行われたデモは、その範囲が100都市にも及びました。[*6]

さらに2005年の時は中国人がわりとのほほんとしていたんですよ。前回は学生さんが活動の中心になったと言われています。なのに、大学の先生をしている私の知り合いは、デモが起きたことをその日の夜まで知りませんでした。届くところにはデモ情報が届いていたけれど、知らない人は全然知らなかった。

活動の仕方も違っています。あの時は、西から東へとデモ隊が街を練り歩いたんですね。それが今回は、すごく限られたところを中心に、ぐるぐる回っている。

私が日本大使館前のデモを見に行った時は、デモ隊が中学校の校庭のマラソンコースのようなごく狭い範囲をぐるぐると行進していました。その範囲から出ないよう、警官が張っているわけです。完全に人々が暴れることを想定していて、それを防止する部分にすごく力を注いでいました。さっきも言ったように、私服警官をいっぱい入れていたりして。

「囲い込み」というんですか、交通も完全に遮断していました。大使館前は、片道3車線くらいある大きな道路なんですね。そこを東西で完全に区切っちゃって、ぐるぐる回らせている。傍から見ていて、「こんなに整備されていて、きれいなデモはないでしょ」というくらい、管理されていましたね。

2005年のデモでは現場に行かなかったので、実際どういう具合だったかはわかりません。当時の混乱は、日本大使館に誰かが石を投げたところから始まったといいます。海外の通信社から聞いたところによると、石を投げたのは、かなりコアな反日グループで、投石の瞬間には、デモ隊のほとんどがすでに撤収していたらしいです。2005年のデモでは政府は明らかに学生や大学を卒業したばかりの社会的経済エリートを担ぎ出したんですね。彼らは当時、経済成長を続ける中国の「輝ける星」たちだったんです。

津田:中国のマスメディアは、今回のデモをどう報じていたのでしょう?

ふるまい:実は今回の件を、現地メディアはいっさい報じていないんですね。もちろん、デモの発端になった尖閣諸島紛争については、先ほども言ったとおり、取り上げています。けれど「この都市ではこんなデモがあり、何人集まりました」といったデモそのものを取り上げる報道は、まったくありませんでした。

津田:日本ではあれだけ「この都市ではこんなデモがあり、何人集まりました」という報道があったので、にわかには信じがたい不思議な話ですね。それはなぜですか?

ふるまい:メディアの報道によってワケのわからない人が出てきて大騒ぎになり、事態がおかしな方向に向かうのが怖かったんでしょう。

これについては、ひとつ思い出すエピソードがあります。2010年に起こった「尖閣諸島中国漁船衝突事件」の時の反日デモです。

2010年9月7日。沖縄県・尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突し、「公務執行妨害」のかどで中国漁船の船長が日本に逮捕されました。[*7]

あの時は中国側がすごく怒ったんですよね。そして反日デモが起きました。あれも初めは、ゆる〜い官製デモだったんです。政府が煽って、うわっと盛り上がった。

けれど、約1週間おきで各都市に飛び火していくうちに、陝西省の都市で、反政府スローガンが出てしまったんですよ。[*8] デモが各地で広がりを見せるうちに、お祭り状態になり、なんでも不満を叫べ! という人たちが現れた。中国ではデモなんて「許される」ことの方が少ないので、そういう不満分子が出てきやすいわけです。

それで政府は慌ててデモを止めさせました。今回の反日デモでは、その反省を踏まえ、人々をメディアで煽りすぎないよう、また不審人物に注意しながらデモを行わせたのではないでしょうか。

津田:今回の反日デモも「反政府運動に転じるかもしれない」と心配されていましたからね。

1989年4月、中国の改革派指導者・胡耀邦総書記の追悼集会がきっかけで、北京の天安門広場を学生たちが埋め尽くし、大規模な民主化要求運動を起こすという「天安門事件」が起こりました。

あの事件と今回の反日デモは似ていると指摘する人も、中にはいるくらいです。

ふるまい:中国ウォッチャーにとって、天安門事件は確かに特別な出来事です。「デモがある」「集会がある」「大きな取り締まりがある」と聞くと、私もあの事件を思い出します。

中国政府は天安門事件後、同じ土壌ができないよう、その芽をたくさん引っこ抜いてきました。人々が自発的に集まれる場所をなくしたり、集まろうとしたらすぐに規制を入れるようにしたり――あれを境に中国社会がだいぶ変わったのは事実です。

けれど今回、天安門事件を引っぱり出すのはどうかなと私は思いますね。あれは中国人が自国に向けて、不満を爆発させた事件じゃないですか。対して今回の反日デモでは、日本に矛先が向いていますから。


◇毛沢東像は何を意味するか

津田:もうひとつ気になることがあります。今回のデモでは1949年に今の中国――「中華人民共和国」を建国した毛沢東の肖像が担ぎだされましたよね。僕らにしたら、「え、なぜ毛沢東?」と不思議です。あれはどのように理解すればよいのでしょうか?

ふるまい:毛沢東が引っ張り出された理由については、日本のメディアを見ていても、さまざまな意見がありますね。「あれは現政権に対する批判である」「共産主義華やかなりし頃に戻りたいという気持ちの表れなのだ」――まあ、そういう意見には、多くの中国人が首をひねっていますけど。

中国人、特にツイッターユーザーたちは毛沢東像を見て、「なんで今ごろ……」と震え上がっているんですよ。

1965年、共産党主席を追われた毛沢東は、その座を奪還するため、10年にもわたる権力闘争を行います。この間、中国は内戦状態に陥り、反動分子の処刑などによって、2000万人以上が犠牲になったといわれています。

中国人は彼を見ると、その「文化大革命」を思い出すんです。

ただ面白いことに、今回毛沢東の肖像を掲げて練り歩いたのは、文化大革命を知らない若い世代でした。知識はあっても、経験はしていない人たちなんですね。

津田:ではなぜ、彼らは毛沢東像を掲げたのでしょう?

ふるまい:毛沢東は1937年に始まった「抗日戦争」――日中戦争の勝利者とされているんですね。

実際はと言うと、日本と戦って勝ったのは、蒋介石率いる国民党でしたが、国民党はそのために疲弊して中国共産党との政権争いに敗れ、台湾に敗走しました。それが今の中国では、毛沢東率いる共産党の功績になっているわけです。

日本に勝った指導者・毛沢東、その姿を日本に突きつける――今回のデモでその肖像が引っ張り出されたのは、そういう単純な発想からだったんじゃないかと私は思います。

津田:毛沢東と並び、この3月に失脚した重慶市の前党委書記・薄煕来 [*9] の肖像も持ち出されましたよね。

薄煕来は、近く開催される5年に1度の中国共産党大会 [*10] で、党首脳の「チャイナ9」に入ると目されるほどの実力者でした。しかし失脚してしまった。その彼がこのデモで持ちだされたのは、なぜなのでしょう?

ふるまい:薄煕来は政治的要因で失脚はしましたが、重慶の地元では彼の支持者は多いんです。また在職中に毛沢東礼賛のような行動も多かったので、毛沢東と薄煕来を重ね合わせた人もいたのだと思います。

津田:中国版ツイッターの「微博(ウェイボー)」[*11] では、今回のデモをめぐって、みんなどんな発言をしていましたか?


◇政府の二枚舌に気づいた中国ネットユーザーたち

ふるまい:私はあまりウェイボーは見ていなかったんですよ。時折のぞいてみると、旗を持って騒いだり、毛沢東の肖像を担いだりしている人たちの写真や、「デモやってるぞー」という発言がわりとバンバン流れていました。これらは政府の検閲には引っかからなかったようです。

でも中国人のウェイボー職人さんによると、そこから先、破壊活動に走っている様子や、それを止めようとしている人たちの声は消されていたようですね。

そして「釣魚島は中国のものである。日本を攻撃せよ」という雰囲気がウェイボー全体で作られていった、と。そうした論調を諌(いさ)めるような発言は、書き込んだ次の瞬間にバスバス消されていく感じだったようです。

津田:一方のツイッターは、中国製サービスのウェイボーとは違って、当局も検閲が入れられないじゃないですか。ふるまいさんは、ツイッターで積極的に情報発信をしていましたよね。そちらの論調をご覧になっていて、いかがでした?

ふるまい:こちらはやはり当局の検閲が入らないせいか、中国人のツイッターユーザーさんがかなり自主的に発言をしているのが目立ちました。写真も流れていましたね。ユーザーが撮ったもの、ウェイボーでは消されてしまったもの――。

津田:「中国のツイッターユーザー」として有名なジャーナリストの安替(アンティ)さん(@mranti) [*12] は、この騒ぎについて、どんな発言をしていましたか?

ふるまい:毛沢東像が担ぎ出されたことに対し、「文化大革命かよ」みたいに言っていましたね。反日デモは淡々と見ているようです。

彼みたいにあまり騒ぎにコミットしない人たちは、事態を見ながらツイッターで「日本料理食いにいくぞー」なんて呼びかけているんですよ。デモが一番ひどい時は日本料理店がすべて閉まっていたから、「はやく開けてくれ〜!」と言ったりして。

しばらく休業していたセブンイレブンが開いた時は、「日常が帰ってきた、ばんざーい!」みたいなことをつぶやいていました。

彼らのように、自分たちの情報発信力を使って、「日本はこんなに身近なんだよ。俺たちの生活に密着してるんだよ」と伝えようとしている人はすごく多いです。

津田:ははは(笑)。それが彼ら流の情報発信でもある――。

ふるまい:そうですね。中国は新聞もテレビも、官製メディアなわけですよ。今回の尖閣問題のように、上が「これを載せろ」と言ったら拒絶できない場合が非常に多い。

その危険性を見破っている人たちは、紙媒体やテレビを真剣に見なくなって、ツイッター上で信頼できる仲間同士と表に裏に情報交換するようになってきています。

津田:中国当局の手が及ばない治外法権的な場所で、今まで出会えなかった人がお互いつながった。それによって、新しい動きが出てきているのかもしれませんね。

ふるまい:一つ面白い話があります。ある日本人の方が、ツイッターでこんなつぶやきをしたんですね。「尖閣諸島に『天安門事件』って書いた垂れ幕をいっぱい釣るしておけば、中国のニュースはモザイクで隠すしかなくなるから面白そう」って。[*13]

私、それを中国語に翻訳して流してみたんですよ。そうしたら、中国人のツイッターユーザーたちに大ウケ。「日本人はすごいこと考えるなあ!」ってバズってましたね。

「釣魚島は譲れない」と思っていても、こういうジョークで笑える中国人も、中にはいるんです。以前安替に聞いた話ですが、2010年には政府がデモを中止させた後、ネットでも「釣魚島」という言葉を使った書き込みを大量に削除していったんですね。その時に中国人ユーザーは「尖閣」という言葉でそれを置き換えて、自分の主張を伝えたとか。

中国政府の二枚舌にはすでに気づいていて、「なんでこんなことで日本と中国がケンカしないといけないの?」と思っている人だって、いっぱいいますよ。


◇後を引く反日デモの余波

津田:日本と中国のケンカ――ということで言うと、今回の反日デモでは、「9月18日」という日付がカギを握っていたんじゃないかと思うんです。

1931年から1932年にかけて「満州事変」が起き、現在の中国東北部にあった旧・満州を日本が制圧しました。その発端となった「柳条湖事件」が起きたのは、1931年9月18日。中国にとっては忘れがたい日でしょう。

過去にもこの日、反日デモが何度か起こっていると聞いたことがあります。

実際、今回も125都市で反日デモが行われたと報じられました。[*14]

9月18日を境に、現地メディアの論調やデモの雰囲気で何か変わったところはありましたか?

ふるまい:私個人は確かに「18日をピークに止めるだろうな」というイメージを持っていました。実際、ぴったり止めましたね。

私の住んでいる北京では19日の朝、北京市当局が市民の携帯電話にショートメッセージを一斉送信し、終了宣言したんですね。

「愛国への情熱をほかの理性的な方法で表現し、抗議活動のために大使館付近には来ないように」と。[*15] これを受けて街は通常どおりになっていきました。

まあ、そもそも「なんでお前らが終了宣言するんだ?」って話ではあるんですけど(笑)。

津田:反日デモの影響はひとまず落ち着いたのでしょうか。

ふるまい:いえ、その影響が必ずしも落ち着いたとはいえません。中国・広州の週刊新聞「南方周末」[*16] はその後、「理性的愛国」というテーマで特集を組んだんですね。

この特集では、日本企業や日本人が受けた被害にかなり紙面を割く予定で取材していたらしいんです。でも、前日夜に検閲された結果、大きな記事が4、5本削られ、「ほかの記事に差し替えろ」と命令されたんですよ。

しかし、どうしても記事が足りなかった。すると2本だけ戻ってきたんですね。ただ、それを載せる時に、大幅な修正が入りました。そのうちの一つが日本人暴行事件に関するものです。

自転車で中国旅行中の日本人青年が、雲南省で起きた地震の救援活動に行き、そこで反日の人たちに襲撃されたことが9月17日にわかりました。[*17]

それを報じる記事から、「日本人青年が襲撃された」という部分が削られ、「いい日本人が雲南省に行って救援活動しました」という内容に変えられたんです。まるで何事もなかったかのように。

日系企業が今回受けた損害を取り上げた部分もほとんど削られ、「日本企業は今後、寒流に遭うであろう」と、そんな記述に変えられました。

ですから、18日が過ぎたからといって、すべてが元に戻ったわけではないですね。21日の今日、私が北京のユニクロに行ったら、店舗のロゴはまだ赤い布で覆われ、[*18] 隠されていました。


◇デモを仕掛けた中国当局の思惑とは

津田:核心に斬り込みましょう。今回の反日デモが官製デモだったとすると、中国当局にはどのような思惑があったのか。ふるまいさんはどう考えますか?

ふるまい:世間でもっとも有力な説は、「日本が9月11日、尖閣諸島を国有化したからだ」というものですよね。[*19] でも、私はそれが直接の原因では「ない」と思います。

この4月、東京都の石原慎太郎都知事が尖閣諸島購入計画を発表した [*20] 時は、中国外交部のスポークスマンも当然批判したし、中国共産党の機関紙「人民日報」[*21] などからも批判記事が出ました。

でも、ほかの新聞は追随しなかったんですよ。それがすごく不思議でした。

それで、ふだん「よく考えているな」と思っている現地メディアの記者さんたちに、7月くらいにお会いして、「なぜ書かないのか」と訊いたんです。

すると「尖閣問題をめぐっては、手垢のついた古い話しか出てこない。だから興味がないんだ」と。石原都知事の発言に興味はないのかと訊いたら、「一つの動きかもしれないけれど、だからといって何か新しい視点で書ける?」と言っていました。

中国国内には問題が山積していて、外国の話題だって書くことはほかにもいっぱいある。そっちで手いっぱいだから、尖閣問題になんて興味ない――それが前線にいる記者さんたちの感想でした。

もちろん中国当局は、「日本による釣魚島の所有を認めるわけにはいかない」と思っていたでしょう。だって、釣魚島の主権は自分たちにあると信じているんですから。[*22]

だから、折を見て日本に文句を言うつもりだったでしょうけど、大騒ぎするつもりはなかったんじゃないかと思うんですね。

津田:仮に中国が最初から大騒ぎするつもりだったとしたら、石原都知事が購入計画を発表した4月の時点でやっていた、と。

ふるまい:はい。日本政府は石原都知事の勢いに押され、結局は尖閣諸島を国有化することになりました。

実はその直前の9月9日、中国の胡錦濤主席は日本の野田佳彦首相とアジア太平洋経済協力会議(APEC)で立ち話をしています。[*23] 日本が尖閣諸島を国有化する方針を決めてから、初の接触です。

ですから、おそらくはこの時、尖閣諸島について何らかの意見交換をしたはずなんですね。にもかかわらず、それからわずか2日後の9月11日、日本は尖閣諸島の国有化を閣議決定してしまった。[*24]

それでメンツを潰された胡錦濤がブチ切れたのではないか、だから今回の官製デモを仕掛けたのではないか――私はそう考えてしまいます。[*25]

一見くだらない理由ですが、メンツ重視のこの国の体質からすると、これはありえないこともない。それが私の推理なんですけどね。


◇ネットから現れた新世代の中国ウォッチャーたち

津田:今回は日本の既存メディアでも、一連の出来事を大きく報じていました。ふるまいさんはそれらの報道を、どのように評価していますか?

ふるまい:「日本のメディアは、あまり中国の現状を知らないな」と思いました。

先ほども話に出たとおり、この秋、中国共産党が5年に1度の党大会を行います。そして、胡錦濤国家主席と温家宝首相が政権を明け渡す [*26] ――今、日本メディアはそのことで頭がいっぱいなんですね。

中国政府の御簾(みす)の内で何が起こっているかは、わかりません。

ですから、今回のデモをめぐっては、「共産党内部で政治的な闘争が行われた結果じゃないか」「誰かが誰かを蹴落とすための方策に違いない」という論調を常に混ぜ込みながら、報じています。

中国事情をずっと追っている人間からすると、ちょっとずれたことを書いているなという人もかなりいました。

津田:中国の現状を、ある種のパターンに当てはめて眺めているんですね。

ふるまい:はい。お付き合いのある日本の記者さんたちに話を聞くと、彼らが現地で取材して記事を書いても、日本にいるデスク――つまり彼らの上司に削られちゃうらしいんです。「こんな記事は意味がない」って。

彼らの上司は、古いタイプの中国報道の人だから、固定観念があるんですよ。日本のチャイナウォッチングの世界は、これまで、学者さんを中心にした世界だったんですね。

各メディアにいる中国担当の記者さんは、彼らと懇意にしながら記事を書いていました。学者さんの薦める文献を読み、その主張を参考にして文章にする。

その結果、視点が単一になってしまって、記事を読んでも、中国事情がよくわからない。日本の読者は中国ネタをはしょってきたのは、そのせいもあるように思います。

津田:今回の反日デモでも、同じ調子で報道していた、ということでしょうか。

ふるまい:そうですね。一般の中国人には話を聞いていないな、と思いました。私が見たいくつかの文章は、手慣れた中国人の学者さんにインタビューしてまとめていました。中国では国策に反対する発言を外国メディアに流すと違法とみなされることもありますし、そういう意味で中には「これは話し手が中国政府の意を汲んでしゃべっているのではないか」と感じるものもありましたね。「日中間には今後、しこりが残るだろう」と脅迫めいたことを言ったりして。

津田:それが事実だとしたら、日本メディアは中国に都合のいい情報を期せずして流してしまってる、ってことですよね。

ふるまい:それについては、日本の大メディアに勤める記者さんから、面白い話を聞いたんです。

今回の反日デモでは、中国の公安が日本大使館の中に、「記者寄り集まり所」を作っているんですって。日本の記者たちはそこに集められ、取材する、そこなら安全だから、という理由で。「はい、今この状況をちゃんと取材して、日本に伝えてくださいね」って指導された気分だ、と言ってました。

津田:中国公安によって運営される記者クラブが大使館の中にあるんですね!(笑)

ふるまい:中国は日本メディアの記者を通じてデモのすごさを日本に伝え、日本人をびびらせて、日本政府に圧力をかけようとしているのではないか――私自身もそのような疑念を抱いていました。それが記者さんのお話によって確信に変わりましたね。彼ら自身が「中国に利用されている」と感じているのですから。

津田:日本のメディアはそれを自覚している。にもかかわらず、中国の思惑どおりのことを報道してしまう――。現場の記者も、そういう状況に不満を持っていて、「どうにかして変わってほしい」という思いがあるんでしょうね。

ふるまい:はい、それはあると思います。若い方は特にね。

ただし、ネットからは新しい動きも出てきているんですよ。今回の反日デモをめぐっては、面白いことに、若い中国ウォッチャーさんの発言が目立ちました。

たとえば、「中国・反日デモ暴徒化の背景と、日中関係の今後」[*27] というブログ記事を書いたライター/フォトグラファーの西端真矢さん。彼女の記事は、1万〜2万人が読んだんじゃないかな。

そして、中国をはじめとするアジア地域に強いITライターの山谷剛史さん(@YamayaT)。あと、日ごろから熱心に中国の新聞報道やネット情報を拾って翻訳しているキンブリックス・ナウさん(@Kinbricksnow)。

彼らの発信する情報は中国の現状に近く、拾い上げる視点も細かい。それが印象的でした。

津田:ある種固定化した「中国」観に対し、「ちょっと違うんじゃない?」と異議を唱える人たちが出てきたと。

ふるまい:はい。西端さんがブログで言っていたとおり、日本のメディアや学者の言う「中国」って、庶民にはよくわからないんですよ。

なんかずれているよね、って感覚は私にもずっとありました。一般の人たちが感じていた「隙間」や「空白」を彼女の記事が埋めてくれた部分はあると思います。今回はある意味、既存メディアや学者さんは全滅だったんじゃないでしょうか。

津田:昔に比べ、日本のネット世論も変わってきた、ということでしょうか?

ふるまい:そうですね。2005年に起こった反日デモの時はツイッターがなかったけれど、あの時と比べると、全体的に冷静に情報を求めている人が増えてきているな、と感じます。

津田さんは今回、反日デモに関する私のツイートをいくつかリツイートしてくださいましたよね。そのおかげでフォロワーさんが2500人から3000人近く増え、あっさりと1万人を超えたんです。

きっと「どうして今、こうなっているの?」と疑問に思って、情報を求める人が増えているんでしょうね。だからこそ、さっき挙げたような若いウォッチャーさんの記事に、ビビッドに反応するんですよ。

そして、みんなが読むから、ウォッチャーさんたちもがんばって情報を出そうとする。私はどちらかというとRTに専念していましたから、そのおこぼれをいただいた感じです。


◇「で、日本は何がしたいの?」

津田:ところで、当事者である中国と日本以外の国のメディアでは、今回の反日デモはどう報じられていたのでしょう?

ふるまい:北京にはアメリカやヨーロッパ諸国をはじめ、海外メディアの記者がいっぱいいます。

私は中国語のツイッターアカウントを持っていて、そちらで海外メディア記者のリストを作って見ています。

日ごろから彼らは熱心にツイッターで情報発信していますが、今回も、やっぱりすごかったですね。西洋メディアはもうネット化しているから、記者さんはどんどん前線に行き、すぐに写真を撮って、記事も上げる。それを自分でツイートして、所属の違う知り合いの記者がそれをまたリツイートして……そんな感じで、バンバン情報が流れていました。

ただ全般的に見ると、西洋では今、シリアで起きている内戦が深刻な問題になっているため、[*28] 反日デモの扱いはそんなに大きくなかったようです。それでも、中国にいる記者さんたちは、かなりの範囲をカバーしていたと思いますよ。彼らは当事国でない分、逆に客観的に眺めることもできたでしょうし。

津田:既存メディアの状況は、国によってだいぶ違いがある。一方のネットメディアでは、新しい動きが出てきている――そんな中、日本は今後、どうやって中国との関係を築いていけばよいのでしょう?

ふるまい:まずは「日本が中国との関係をどうしたいか」ですよね。私にはそこがよくわからないんです。日本を理解してほしいのか、それとも自分たちの要求を受け入れてほしいのか。日本の外交からは、「主張」が見えてきません。

ただし、主張するにしたって、相手に聞いてもらう技術――場の作り方、手配の仕方が必要です。それが全然できていないから、いったい日本が何をしたいのか、中国には伝わらないんです。

もちろん中国にも思惑があって、中には歓迎できないものもたくさんあります。

きちんと外交するにはまず、日本が自国の利益は何か考えないと。そして相手とどう折衝し、どう譲歩していくかをシミュレーションすることが大事です。大使館に投石が行われている真っ最中に、大使館のウェイボーが「マリモ」や「鶴岡八幡宮」を紹介しているなんてちょっとおかしすぎるでしょ。

津田:仮に反日デモの原因がふるまいさんの読みどおりだったとしたら、日本の外交ベタは洒落にならないですよね。

ふるまい:中国と付き合うに先立ち、彼らにとってメンツがどれだけ大事かを、誰も野田さんにご注進していなかったのは、すごく痛いことだなと思います。

そうした情報が外務省に集まっていないし、対中外交のうえで力を発揮していない。現駐中国大使も大使館の中で、外務官僚とうまくいっていないようだと漏れ聞いています。

そんなディスコミュニケーションの中で、外交政策の組み立てなんてできません。今回の問題には、日本国内の混乱が出ていると思います。

これについて何か言うとしたら、「で、日本は何がしたいの?」――その一言に尽きますね。

津田:政治家に対するレクチャーが今、足りていない。民間のほうが中国に関する知恵を圧倒的に持っているのかもしれません。

ふるまい:そうですね。中国の存在感が日本でも大きくなっているのは間違いありません。ここ10年は中国に来る日本人の数も、ものすごく増えています。

出張者をはじめ、いろいろな方が中国に来て、民間目線で中国人と付き合っている。中国人にも、外国人と対等に話せる人が増えました。

そうして日本人にとって中国人が身近になってきているぶんだけ、今回の反日デモをめぐっても、怒りではなく、「どうしてなの?」と理解したい気持ちが先に立つ。そういう日本人がすごく増えてきたことには、手応えに似たものを感じていますけどね。

津田:この9月29日、日中は国交正常化から40年目を迎えました。[*29] この反日デモを機会に、日中関係のあり方を民間レベルでも見直していきたいですよね。今日は長時間お付き合いくださり、本当にありがとうございました。

《この記事は「津田大介の『メディアの現場』」からの抜粋です。ご興味を持たれた方は、ぜひご購読をお願いします。》

▼ふるまいよしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。現代中国社会の理解に役立つメルマガ「§中国万華鏡§之ぶんぶくちゃいな」を月2回配信中。

個人サイト:http://wanzee.seesaa.net

メルマガ:http://www.mag2.com/m/0001314434.html

ツイッター:@furumai_yoshiko


[*1] 在中国日本国大使館は9月11日の段階で、反日デモに注意するよう、在留邦人に呼びかける文書を発表している。だが、この文書は在留邦人のうち日ごろから大使館メルマガを購読している人だけに配信された。

[*2] http://www.sanspo.com/geino/news/20120919/sot12091905050002-n1.html

[*3] http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00231683.html

[*4] ふるまい氏によると、20世紀末に独立採算制をとるようになったことがきっかけで、中国でも「市場型メディア」が生まれてきているという。

http://www.newsweekjapan.jp/column/furumai/2012/07/vs----.php

[*5] http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/324586

[*6] http://www.asahi.com/politics/update/0918/TKY201209180624.html

[*7] http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/gaisho/g_1009.html#6-D

[*8] http://www.asahi.com/special/senkaku/TKY201010250475.html

[*9] http://sankei.jp.msn.com/world/news/120402/chn12040208080000-n1.htm

[*10] http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2808F_Y2A920C1MM8000/

[*11] http://weibo.com/

[*12] http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2010/11/post-1767.php

[*13] https://twitter.com/ui_nyan/status/248138081360830464

[*14] http://sankei.jp.msn.com/world/news/120928/chn12092800270001-n1.htm

[*15] http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1902R_Z10C12A9MM0000/

[*16] http://www.infzm.com/

[*17] http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120918-00000014-rcdc-cn

[*18] http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00231738.html

[*19] http://diamond.jp/articles/-/24887

[*20] http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120417/plc12041704580005-n1.htm

[*21] http://j.people.com.cn/home.html

[*22] その後、中国英字紙のチャイナ・デイリーは9月28日付の米紙ワシントン・ポストとニューヨーク・タイムズに、「釣魚島は中国領だ」とする意見広告を掲載している。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2902E_Z20C12A9NNE000/

[*23] http://mainichi.jp/select/news/20120909k0000e010127000c.html

[*24] http://www.j-cast.com/2012/09/11145954.html

[*25] 胡錦濤本人ではないが、中日友好協会会長の唐家●(=王へんに旋)元国務委員が本件によって「中国国民はメンツを潰されたと感じた」と述べている。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120928/chn12092801060002-n1.htm

[*26] http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MAMI3E6S972K01.html

[*27] http://www.maya-fwe.com/4/000233_J.html

[*28] http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2012091202000097.html

[*29] http://mainichi.jp/select/news/20120930k0000m030038000c.html