• このエントリーをはてなブックマークに追加

Ruiki Kiraさん のコメント

『自分を正しく知ることで
 無理をする必要もなくなり
 本当の自分と外面のギャップもなくなり、常に純粋、素直な状態でいられるようになります。』←この部分、すっごく同意します。

10代の頃は、なかなか自分の弱さを見ても、受け入れられず、向き合う事もできなくて、強く見せようと色んな鎧を身につけました。
弱さを隠すために。

見栄、強がり、自分をよく見せるための嘘、傷つけた相手を従わせるための巧みな言葉。
ホントに嫌な奴でした。
でも、どれほど身につけ鎧でガチガチに塗り固めても、弱い自分を救う事も、守ることも、周りに理解してもらうこともできませんでした。
虚しく、寂しく、傷を深めるだけでした。
そんな自分が嫌な奴にしか思えず、自分を嫌いになっていきました。
当たり前ですよね。
そんな鎧でガチガチに固めた人を、周りも自分も好きになれるわけがない。理解できるわけがない。

ある時、そんな醜い部分を持った自分を受け入れる事もできず、さらに塗り固めようとする自分を、もう一人の自分が客観的にみていて、
「お前にゃうんざりだ。何がホントの気持ちなのかわかんない。」と言い出したんです。
それからは、自己否定の日々でした。
でも、それは気づき始めた第一歩でした。
醜い感情だらけの自分、鎧だらけの自分と向き合い、ひとつひとつ鎧を脱いでいきました。
すごく怖かったけど、脱いで行ったら、徐々に周りからも理解され始めたんです。
同時に、自分自身でも気付き始めました。
何に傷付いたのか、何を伝えたかったのかを。

そうか!
鎧を脱いで、弱さも悲しみも、素直に見せて、ありのままの自分で向き合えばいいんだ。
もちろん、ありのままを晒す事によって、色んな傷を負うこともありました。
離れていく人もいました。
でも、もう鎧だらけで、もがいていた頃の自分には戻りたくなかった。
だから、ひとつひとつ鎧を脱いで行ったんです。
ふと気付くと、私の周りには、弱い私も、傷つきやすい私も、全て受け止め、そばにいてくれるホントの仲間がいました。

ああ、何かにならなくていいんだ。
見栄なんて張らなくても、強がらなくても、ありのままの自分でいいんだ。
そう気付いたら心が軽くなり、より自分らしくいられるようになりました。
弱さと向き合い、ホントの自分と出会い、ありのままでいる事の大切さと強さを知りました。

それからというもの、私はどんな人と向き合う時も、無理をする事なく、見栄を張ることもなく、ありのままの自分で接するようになりました。
自分の心と向き合う時もありのままの自分を見つめ、受け入れられるようになりました。
自分の事が少し好きになれました。

心に嘘偽りなく、ありのままの自分で居続けたら、表面だけの付き合いを好む人は離れていき、
似たような魂を持った人が自分の周りに自然と集まって来るようになりました。

自分らしくいれる仲間と過ごす時間はとても濃厚であり、心地よいです。

私の中にいる『強い子』は、もしかしたら、このありのままでいる自分なのかもしれません。
私の中の『弱い子』は、
①すぐ泣きます。人の悲しみや痛みに敏感で、それを知ると、自分がその悲しみの中にいるかのようにワンワン泣きます。
そして、人の喜ぶ姿を見るのが大好きでしょうがない子です。
②すぐ自信をなくして自分を責めもす。
③自信が無いため、人からの評価を気にして、イイコで居ようとします。
そして、すぐ、私は必要とされてる存在?と問いかけます。

そんな弱い子を認め、励まし、時には叱り、時には大丈夫だ!貴方は貴方のままでいいじゃないか!
と言って、支えているのは、『強い子』なのかもしれません。

ただ、たまに『強い子』が『弱い子』の負のパワーに負けてしまう事もあり、
そう考えると『強い子』が、まだ成長している途中なのかもしれませんね。

まだまだ、これからも色んな事が起こるでしょうし、そのたびに学ぶ事ばかりだと思いますが、自分の弱さがくれた宝物を大切にして歩いていきます!

『自分を正しく知ることで
 無理をする必要もなくなり
 本当の自分と外面のギャップもなくなり、常に純粋、素直な状態でいられるようになります。』
この言葉を、もう一度胸に刻みます。

津田さん、素晴らしいブロマガをありがとうございます!
とても勇気付けられました。
No.4
134ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 さて、今回から新しい連載になります。  題して 「人生のあれこれ」  人生の秘訣を扱うのは以前と共通していますが、サムネイルでお分かりのように、 以前の「主人公という生き方」よりも読みやすく、より自由な内容になっています。    実際は前回からフェイドインしていますので、テーマは前回からそのまま続いて   「弱さは人生の宝物」 です。  今回は、僕の実体験を題材にして綴ってみます。 ************************************* **********  思春期を迎えた頃ですから、たしか13才。僕はとてつもなく不安になりました。   不安は、これからの人生についてでした。  おそらくそれは当時、この先、人 生というのは自分で創らなければならないのだ、 と気づいたから だと思います。  まず、普通の中学生なら当たり前のことなのですが、自分が特別な能力を持って いない、という現実が、不安の大きな原因の一つでした。  そしてそのために未来、つまり先が見えない、ということがもう一つの不安の原因 でした。  この二つは、逆の見方をすれば、自分が何か特別な人生を歩むのだ、という意識を 僕が持っていたことを表しています。  けれども、その根拠は、きっと自分自身から生まれたわけではなく、何か周りの 情報から(自分もそうなれたらいいな)と思う、その程度のことだったと思います。  つまり僕は、 大した根拠もなく、自分は何か特別な人生を送るのだ、と決めていた のです。 (今で言えば厨二病ですね)  そしてその根拠がないために、不安になっていたのです。  問題はそれだけではありませんでした。   親や友達との関係、成績や毎日の課題、自意識や異性に関わることなど、悩んだり 思うように行かない事が沢山あって、そのどれかがうまくいっても、一方で必ず何か が問題となっていたりしていて、心が傷ついたり苦しくなったり行き場がなくなった り、とにかく複雑な毎日でした。  おそらく こういったことは、 思春期に、ほとんどの人が経験することではない かと 思います。  そんな毎日の上で、さらに人生の問題ですから、まあ、大変だったわけです。  さらに、ひょっとすると自分は、 人と比べて取りわけ弱い人間なのでは 、と心配す るよう になっていきました。   心に嵐が起きるたびに、深く気持ちや自信が揺れ動いて、何かに守ってもらわない と生きて行けないような複雑な気持ちで、いっぱいになってしまうからです。  そうしているうちに、ある時発見したのが、 以前から好きだった音楽が、そんな風 に傷ついた心を救ってくれる、特別な力を持っている 、という事実でした。  
音楽プロデューサー 津田直士の 「人生は映画 主人公はあなた」
音楽プロデューサー/作曲家の 津田直士が、その経験から得た、「主人公という生きかた」をもとに、① 人生の悩みや迷いへの答えを分りやすく答える『その答えは』 ② 世間の話題や素晴らしい作品、アーティストプロデュースや音楽制作などあらゆるテーマで自由に綴る『本能が吠えるまま』 ③ 伝説のバンド X JAPANと共に過ごした記憶が瑞々しくリアルに綴られた著書「すべての始まり」に記されなかった舞台裏とプロデュースの原点を新たな視点で描く『夢と夕陽』 ④ 自分らしい人生を積極的に生きている人にインタビューをして、生きかたのヒントを見つける『ある人生 』といったブログを定期的に展開します。