「僕がピアノを好きな理由」


 僕はピアノを習ったことがありませんでした。

 姉がピアノを習っていたので家にはピアノがありましたが、何度親に勧められても、小さな頃の僕は「習いたくない」とこたえていました。 

 姉の受けているレッスンも、その演奏も、まったく魅力がなかったからです。

 音楽の成績も決して良い方ではありませんでした。

 カスタネット、トライアングル、大太鼓、リコーダー・・・。 小学生の僕は、楽器が嫌いでした。

 自分が出す音も、他の生徒が出す音も、美しいと思えないからでした。

 でも、美しい音楽を聴くのは大好きでした。

 バッハ、ベートーベン、チャイコフスキー・・・ バラが咲いた、キングコング、黒ネコのタンゴ、白いブランコ・・・
 
 記憶が芽生えた頃から、 美しい音楽に心惹かれる感覚はいつも、そしてはっきりと、すぐそばにあった気がします。

 周りが同じ「音楽」と表現しても、僕の中で「美しいもの」と「そうではないもの」は、全く別のものでした。

 やがて小学4年生の時『美しい音楽は、心と体すら支配する』ということを知った僕は、心を響かせ、動かし、揺さぶり続ける、強い魅力を持った音楽にさらに傾倒していき、気がついたときには音楽が僕の人生の真ん中にありました。



 中学2年の時でした。 大好きなアーティストの音楽を毎日浴びるように聴いていた僕は、 突然あることを思いつき、あれほど嫌いだった家のピアノを、黙って見つめていました。