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【特別寄稿】松永伸司 本質論としてのゲーム・スタディーズ(前編)
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【特別寄稿】松永伸司 本質論としてのゲーム・スタディーズ(前編)

2019-12-11 07:00
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    今朝のメルマガは、12/19放送の「ゲーム・オブ・ザ・ラウンド」登場予定の美学・ゲーム研究者の松永伸司さんによる論考をお届けします。近年、急速な発展を遂げているゲーム研究の最もコアな領域「ゲーム・スタディーズ」は、どのような背景から成立してきたのか。その意義と最前線への道筋を、アナログ−デジタルを通じたゲーム史の展開を踏まえながら、鮮やかに浮き彫りにしていきます。
    ※本記事は、中沢新一・中川大地編『ゲーム学の新時代』(NTT出版)所収の同名論考を採録したものです。

    1 ゲーム・スタディーズ元年

     二〇〇一年に、エスペン・オーセットは、自身が編集主幹を務めるオンライン学術誌『ゲーム・スタディーズ』の発刊にあたって、次のように述べている。

    二〇〇一年は、今後の発展を見込める新興の国際的な学問分野としてのコンピュータゲーム研究の元年だと言える。今年は、三月にコンピュータゲームについての最初のアカデミックな国際会議がコペンハーゲンで開催された。その他のカンファレンスもいくつか開催される予定である。また二〇〇一年から二〇〇二年にかけては、コンピュータゲーム研究の大学院正規課程が複数の大学で提供される初めての学期になるだろう。そして今年は、学問の世界がコンピュータゲームをきわめて高い価値を持つ一個の文化領域としてまじめに取り上げる最初の年になるかもしれない。(Aarseth2001)

     事実、二〇〇二年にはフィンランドのタンペレで「コンピュータゲームとデジタル文化」カンファレンスが開かれ、その流れで二〇〇三年に国際学会組織であるデジタルゲーム学会(DiGRA)が設立された。コペンハーゲンIT大学をはじめとした研究機関でビデオゲーム(1)関連のコースができ始めるのもこの時期である。そのようにして、二〇〇〇年代前半に、ゲームとビデオゲームを専門に研究する分野としてのゲーム・スタディーズは、ヨーロッパ、とりわけ北欧諸国の研究者と大学を中心にしたかたちで制度的に成立した。二〇〇一年が「ゲーム・スタディーズ元年」になるというオーセットの予想は、まったく的確だったわけである。
     とはいえ、実のところ、ビデオゲームについての研究自体は、二〇〇一年以前から少なからずあった。そうした研究がすでにあるにもかかわらず、なぜゲーム研究者たちは新しい分野の設立を求め、それを宣言しなければならなかったのか。本稿の前半では、ゲーム一般の研究の歴史とビデオゲーム研究の歴史を概観したうえで、ゲーム・スタディーズという独立した分野が要請されたわけを明らかにしたい。一言でいえば、それはビデオゲームをゲームとして研究する分野が必要とされたからである。そしてそれゆえ、ゲーム・スタディーズは、「ゲームとは何か」という哲学的な問題にまず取り組むことになった。本稿の後半では、そうしたゲームの本質論がゲーム・スタディーズのなかでどのように論じられてきたか、またこれからどのように論じられる可能性があるかについて、大まかな見通しを示したい。

    2 ゲームの研究の歴史

     最初期のゲーム研究として有名なのは、スチュアート・キューリンによる一連の民族誌的研究である。一九世紀末から二〇世紀の初頭にかけて、キューリンは世界各地(東アジア、アフリカ、北米など)の伝統的なゲーム・遊びを調査・記述した。キューリンは、たんに個々のゲームのルールと遊び方を事典的に記述するだけでなく、一定の理論的な観点からそれらを分類したり、それらの歴史的な起源を考察したりしている。たとえば『北米インディアンのゲーム』(Culin1907)では、「運のゲーム」や「器用さのゲーム」といったカテゴリー分けが提示されている。同じ時期には、最初期の本格的なゲーム史研究であるハロルド・マレーの『チェスの歴史』(Murray1913)も出版されている。
     名称に「ゲーム」が含まれる研究分野としておそらくもっともよく知られているのは、数理経済学としてのゲーム理論だろう。ゲーム理論は、ジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンの『ゲームの理論と経済行動』(vonNeumannandMorgenstern1944)とともに生まれ、一九五〇年代のジョン・ナッシュの一連の研究によってその基礎が確立された。ゲーム理論は、ゲームのプレイヤーを完全に合理的な意思決定主体として考え、そのように理想化されたプレイヤーたちが特定の状況とルールのもとで行うであろう対立や協力のあり方を数学的にモデル化するものである。それは、実際のプレイヤーについての研究ではないし、たいていは実際に存在するゲームについての研究でもない。その意味でゲーム理論は、ゲームについての研究というよりは、ゲームという観点からゲームでないものを扱う研究である。
     ゲーム理論は、理想化された主体による合理的な意思決定を問題にするものだが、実際の人間が特定の状況下でいかに意思決定するかを、ゲームを使って実験する──シミュレートする──分野も古くからある。この領域は「ゲーミング・シミュレーション」や「シミュレーション&ゲーミング」と呼ばれる。もともと一九五〇年代に北米で設立されたウォーゲームを研究する組織が、教育者を巻き込むかたちで六〇・七〇年代を通じて拡大・国際化し、国際シミュレーション&ゲーミング学会(ISAGA)の設立にいたって、一個の分野として明確に確立した(Mäyrä2008,7)。ゲーミング・シミュレーションの方法には教育効果も期待できることから、この分野は実践的な教育学との結びつきも強い。


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