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批評家の濱野智史さんによる連載「リハビリテーション・ジャーナル」です。指定難病「特発性大腿骨頭壊死症」にかかり、人工股関節を入れる手術を受けるため、約1ヶ月間の入院生活を送ることとなった濱野さん。人生初の経験となる長期にわたる入院生活、そしてその後のリハビリ生活の中で見えてきたノウハウやメソッドを紹介しながら、「健康」と「身体」を見つめ直していきます。第5回は番外編として、濱野さんがリハビリ生活で虜になった真夏の屋外プールの魅力を語ります。

リハビリテーション・ジャーナル──リハビリ編 補論:真夏の屋外プールの魅力|濱野智史

 

真夏の”屋外”プールの魅力について

 さてここでは番外編として、かなり私的な内容には寄ってしまうのだが、屋外プールの魅力についてもどうしても書いておきたい。私自身が、このリハビリ生活のなかで実は一番魅せられたもの、それが真夏の屋外プールでの日々だったからだ。

 とはいえ本稿では、主に「公営の屋内温水プール」をその想定として書いていたし、公営の屋外プールは減少の一途を辿っているというデータも紹介した。しかし真夏の屋外プールには、屋内プールでは得られない得も言われぬ蠱惑的側面がある。それこそ本稿では幾度となくサウナとの比較を出しているが、実はサウナと最もいい勝負をしていると思われるのがこの「真夏の屋外プール」なのである(私の場合、江東区に「越中島プール」という屋外プールがあり、昨年の7月から8月末までの約2ヶ月弱、毎日のようにその魅力にやられて通い詰めていた)。

 ちなみに越中島プールは、都心にきわめて近い場所にありながら(越中島駅は東京駅から京葉線でわずか2駅で4分という好アクセス)、ほとんどその存在を知られていないのか、非常に空いている。私の考えでは、ここはまさに「穴場」である。土日はさすがに家族連れで賑わうが、平日はほぼガラガラで、50mプールでの歩行や水泳を満喫できる。江東区のプール定期券があれば、夏季はこの越中島プールも利用可能であり、私からすると通わない理由がなかった。

 以下では、私がこの屋外プールにとりつかれた魅力をいくつか挙げておきたい。

 
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現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。

今回は本連載のテーマに掲げたニューヨークの「力強さ」について、これまでの連載を振り返りながらまとめます。

橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記
第17回 ニューヨークとは何か-街を動かす3つのプリンシプル-|橘宏樹

 こんにちは。橘宏樹です。連載もどうにかこうにか最終章にたどり着きました。滞英日記同様、時事的な報告にとどまらず、NYの「強さ」の本質を多角的に考察してきた本連載ですが、これまでの連載をじっくりと振り返りながら、今号と次号で締めくくっていきたいと思います。

 NYに赴任したのは2020年末。思い返せば、コロナ禍のまっただ中。タイムズスクエアで燦々と照り輝く巨大広告たちを見上げるのは、文字通り、僕だけ。ワクチンはまだ影も形もなく、セントラルパークに敷き詰められる犠牲者の遺体…NYは未曾有の危機に瀕していました。しかし、ほどなく、NYの経済社会は「反転攻勢」に転じ、みるみる復活していきました。僕がそこで目の当たりにしたのは、「経済を守ることが命を守る」というリアリズムでした。公衆衛生至上主義に偏らず、生活の糧も同時に獲りにいく意思決定。仕事を失えば家賃も医療も連鎖的に失う貧しい人が大勢住む街だからこそ、感染者が多少出ようとも経済活動を再起動する判断が支持される。怯えたり萎縮したりしない。切り替えの速さと割り切り。――なんとも「力強い」。それが僕の見たNYの第一印象でした。

そこから、僕の連載のテーマは、「NYの力強さの秘密を解き明かしたい」と決まりました。パンデミックであそこまで消沈していたにもかかわらず、なぜ怯えを敢然と振り切れるのか。そして、なぜこんなに速く日常を取り戻せたのか。NYという街の根底にある「気質」や「作法」に理由があるならば、それを僕なりに見定めたい。そして、NYから日本が学べること、日本とNYが共栄するための方法を持ち帰りたい、と考えました。

今回は、前段の、NYをNYたらしめている本質について洞察の成果を、連載を振り返りながらまとめたいと思います。次回最終回では、後段の日本がNYから学べること、日本とNYの共栄方法について述べることとします。

 

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デザイナー/ライター/小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』今回は、スマートフォンとSNSが引き起こす問題を「20世紀的な成熟」への欲望として読み解きながら、ダイアクロンというおもちゃに刻まれた美学を検討します。
 

池田明季哉 “kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝 “kakkoii”の誕生(中編)

■21世紀におけるテクノロジーと成熟のダークサイド

 前回、ミクロマン=ジミニー・クリケット=情報技術=スマートフォン(LLM)を並べて考えることで、完全な主体が「乗り物」に「乗る」ことで社会に接続されていく20世紀的な美学に対して、不完全な主体が「魂を持った乗り物」の介入を受けむしろ「乗られる」ことを21世紀的な男性性の新しい美学として立ち上げたいという提案をした。

 しかし、自動車に象徴される20世紀的な男性性には、たとえばトレジャー・ワルザックに象徴されるダークサイドが存在していた。当然、スマートフォンに象徴される21世紀的な男性性にもダークサイドは存在する。それはたとえばSNS(と、その運用)に象徴されるだろう。

 SNS――ソーシャル・ネットワーキング・サービスという言葉そのものは広い定義とそれなりに長い歴史を持つ。その全体像について論じることは本連載の主旨ではないため、執筆時点の状況に的を絞って記述したい。SNSについてはさまざまなサービスが存在しているが、2025年時点ではX、Facebook、LINE、YouTube、Instagramあたりが代表的なものといえるだろう。我々はおおむねスマートフォンを通じて、これらのSNSの一部あるいは全部に日常的にアクセスしながら生活している。

 もちろん我々がそれを使用しているのは、生活において有用であるからだ。Xで匿名ゆえの大量の生の情報を得て、Facebookを通じて同窓生や仕事相手などとの弱く広い繋がりを保ち、LINEによって家族や友人など近しいコミュニティメンバーとの絆を維持し、YouTubeはもはやテレビを代替して多様な番組を擁しており、Instagramでフォトジェニックに彩られた生活を相互に共有している。そしてそれらは基本的にスマートフォンという一種のウェアラブルデバイスを通じて、人間とほとんどダイレクトに接続されている。

 しかし20世紀において人間が自動車に接続されることによってさまざまな恩恵と問題を同時に引き起こしたように、スマートフォンを通じてSNSに接続された人類もまた、これらの恩恵と同じウェイトの問題を生成している。あえて露悪的な表現をするなら、Xは偏った正義感による炎上を繰り返し、Facebookではマウントと居酒屋的愚痴に満ち、LINEはその閉鎖性からいじめの温床になり、YouTubeはアテンションを得るための陰謀論拡散とキャバクラ的集金装置となり、Instagramは実生活と乖離した画像データによって等身大のセルフイメージを破壊している。これらはそれぞれ大きな社会問題になっており、SNSを通じた人間の過剰な接続と結託は、さまざまなかたちで死者を出してさえいる(大規模な中傷を受けての自死など)。

 
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