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ロンドンの日本人たち――「世界」に手が届く場所で(橘宏樹『現役官僚の滞英日記』第4回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.236 ☆
今日の「ほぼ惑」は、橘宏樹による連載「現役官僚の滞英日記」の第4回目です。今回は「ロンドンに在住する日本人は、どのような活動をしているのか?」がテーマ。アジア圏と英語圏の知的交流の架け橋をつくる活動に従事する「不良官僚」、在野で「デザインドリブン」のものづくりを目指すアーティストという、2人の人物に焦点を当てて解説します。
橘宏樹による『現役官僚の滞英日記』前回までの連載はこちらから。
こんにちは。イギリスの橘です。
日本のみなさまは年末年始いかがお過ごしでしょうか。こちらは冷え込みがだいぶ厳しくなり、僕はもうインナータイツを履いています。朝は8時くらいからようやく明るくなり、夕方4時くらいにはほぼ真っ暗になるなど、日照時間は驚くほど短く、晴天も少ないです。イギリス人が夏の間、あんなに陽射しを浴びたがるわけがわかってきました。
こちらは12月15日の週から約1ヶ月間の冬休みに入りました。クラスメイトたちは、実家に戻ったり旅行に出かけたりと、どんどん旅立って、寮にいる人も少なくなってきました。ちなみに、我々官庁派遣の人間は、二親等以内に冠婚葬祭があるなど、よほどの場合でないと派遣期間中は日本には帰れない決まりになっています。
▲古い倉庫の壁にもクリスマスのイルミネーション。
▲クリスマスマーケットの様子。
連載の第1回で、英国とは何なのか、肌で感じる機会を自ら手繰り寄せていかなくてはならない、と書きましたが、僕は、この約4ヶ月の間、勉強の合間を縫って、いろいろな集まりに顔を出すようにしてきました。そうして、ロンドンを中心とした在英日本人のネットワークやコミュニティに接し、いくつかの非常に重要な出会いをしました。今回は、2人の日本人と彼らの活動についてご紹介したいと思います。
友人に紹介された方の誘いで、日系企業の在英駐在員や各国企業に勤める日本人の方々が集まる定期勉強会に出席するようになりました。毎回会員から自分の専門分野についてプレゼンテーションがあり、それについてみんなで議論した後は懇親会というオーソドックスなスタイルです。
紹介制のクローズドな会なので、率直な意見交換が行われますから、大変、刺激的です。なんとなく、ここは日本ではないというある種の解放感も闊達な議論の雰囲気を支えているようにも思えます。現時点で会員数は100名程度なのですが、既に、イギリスを離れたOBOGも含めるとネットワークとしてはかなりの規模になるのではないでしょうか。
その勉強会で、僕は、チャタムハウス(王立国際問題研究所)に客員研究員として派遣されている御友重希(みともしげき)氏と知り合いました。
▲チャタムハウス正面。建物はいたって小規模。
このチャタムハウスというシンクタンクは、米国ペンシルベニア大学の世界シンクタンク調査『The Global ‘Go-To Think Tanks’』( James G. McGann, University of Pennsylvania, January 2014)によれば、シンクタンク世界ランキング第2位に位置づけられる、独立系研究機関です。
王立とあるようにトップ(パトロン)は女王で、名誉会長は首相経験者という極めて格式の高い組織です。当然、どの政党や団体の影響下にもありません。しかし、他の一流シンクタンクのように豊富な資金で大勢の研究員や世界中に支部を抱えているわけではありません。
かわりに、もっぱら権威や歴史的な人脈を活用しながら、少ない資金で外交・安保から地域研究、国際法、資源エネルギー・金融・経済まで、国際問題全般に成果を上げています。
彼らはロンドンの中心地にあるウィリアム・ピット(大ピット、初代チャタム伯爵)の旧邸宅でセミナーやシンポジウムを開催しています。
▲チャタムハウス内でのシンポジウム。日本人も登壇中。撮影可能な回は稀少。
そこでは、「会議の全体またはその一部がチャタムハウス・ルールで行われる場合、参加者はそこで得た情報を自由に使用することができるが、会議での発言者およびそれ以外の参加者の身元や所属団体は一切明かしてはならない」という通称「チャタムハウス・ルール」と呼ばれる独特の慣習が確立しています。
これは、いわゆるオフレコの起源とされていて、もともと、第一次大戦後、誰が発言したか分かると暗殺される危険の下、自由な議論を守るための取り決めだったそうです。匿名性と透明性のバランスをとりながら、自由闊達で直裁的な意見交換を保護し促進するための苦心が生んだ名案と言えるでしょう。
このような、現実を直視した科学的な立論や立場を超えた自由な意見交換の重要性に対する共通理解、対話が行える場を命懸けで守ろうとする努力、そしてそうした場を王立の名前で確保する点は、日本も見習うべきだと思います。
それにしても、僕がいつも驚くのは、イギリスではこれらの業績が、必ずしも誰か個人の功績として語られていないということです。きっとリーダーはいたのでしょうが、コミュニティやネットワーク全体の意思として集団的に成し遂げられた側面が強いからではないか、というのが僕の仮説です。
持ち前の権威と歴史のレバレッジ(テコ)を最大限に効かせて、なるべく自分の力(お金)を使わないで情報を集め、付加価値をつけて発信するというあたりは、英国的戦略の真骨頂として、まさに僕が感じているところです。世界最強を誇る現在のイギリスの金融業も、まさに情報戦とレバレッジの世界ですよね。
このチャタムハウスに、日本国財務省は2年任期で客員研究員のポストに職員を派遣しています。御友さんで11代目になります。日本ではあまり報道されなかったのかもしれませんが、2013年6月にチャタムハウス関連イベントで安倍首相が講演しました。これは日本の首相としては鈴木善幸氏以来30年ぶりです。そんなに間が開いていること自体が、日本が海外発信をしていないことの現れですが、御友さんはその講演を好機として、2014年の1~5月にチャタムハウスで、アベノミクスに関する5回連続の研究討論会を企画しました。
▲御友重希氏。
さらに、チャタムハウス主催のシンポジウム(麻生財務大臣、内山田トヨタ自動車会長が基調講演)を名古屋大学に招致するなど、日本を代表する産官学のリーダーに世界に直接発信する企画を実現されました。その成果は『日本復活を本物に ――チャタムハウスから世界へ』(2014年、きんざい)にまとめられています。
こうした成功は、戦略がすぐれていただけでなく、「私は『不良官僚』ですから」と笑う御友さんの温厚で陽気な人柄や、「ロンドンに来ましたらですね、やっぱりいろんなことができますでしょう。そうしたら、やってみたくなりましてですね」と仰るとおり、チャレンジを続けてこられた底なしの行動力と、ひたむきさの賜物だと思います。
御友さんは、こうした経験から、アジア圏と英語圏の間の知的交流の架け橋を担う活動を始めました。2014年6月には、氏を中心に「アジア版チャタムハウスをつくろう」と、日本の発信力強化や日英の一層の知的交流を願う英国内で活躍する日本人、元外相、東大教授等の有識者が集まり、一般財団法人CIIE-asia(Anglo-Japanese Centre for International Intellectual Exchange Asia-Pacific)が設立されました。評議員には日本人で史上初イギリスの長者番付に入った有名ヘッジファンド創業者も入っています。
今後はネットワーク型シンクタンクとして、アジア圏とアングロサクソン圏の知的交流を促進していく予定です。例えば、2015年3月15日には国連防災会議と関連した東北大での国際シンポジウムの主催、7月下旬には薩摩藩から19名の留学生が渡英してから150周年を記念する事業を、ガンジーや夏目漱石が留学したことでも知られるUCL(University College London)と共催で行います。そのほか日本国内でも、阪大、名古屋大等と国際的な学術交流を企画しています。
また、日本語を含む地域言語で生産され、英語圏に発信されないまま消費されている、アジア圏の優良な言論を英訳し、CIIE-asia関係者がこれまでイギリスで培ってきたシンクタンク研究員、大学教授、企業人、金融機関、官僚、政治家等の、政財官学界にまたがる英国人有識者数千人に対して直接メールマガジンを配信するメディア事業も展開していく予定です。
日本はじめアジア各国では、大手新聞も英語版WEBサイトを持っていますし、学者も一定数の英語論文を発表してもいます。しかし、少なくとも日本に関しては、それらの発信内容が国内の言論空間をどの程度代表していると言えるか、はなはだ疑問です。では、お隣の中国はどうかといえば、残念ながら未だに言論・学問の自由が制限されています。そういうわけで、東アジアの政治経済社会情勢をめぐる、より冷静で公平な俯瞰的視座に富む高水準のジャーナルに対する需要は、イギリスでは非常に高いのです。
僕が御友さんのことを書くのは、別に身内贔屓をしたいからではありません。マスコミに報道されないところで、官僚が具体的にどういうことをしているかを知ってもらいたいからです。特に、御友さんの場合は、リスクもコストも個人で引き受け、自分から動いたわけです。官僚もこうした形で公益、国益に貢献していることは広く理解されていいと思います。
さらに、こうした動き方をする官僚を国民が支持してくださると良いなと願います。公務員というと「命じられたまま職務を淡々とこなす」と思われがちですが、報酬を受け取らず、政治的に中立な活動であれば、公益活動に携わっても良いと規定されています。実際、NPO活動に関わる公務員の数は確実に増えています。
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