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山田玲司のヤングサンデー【第76号】漫画に絵の上手さは必要か?
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山田玲司のヤングサンデー【第76号】漫画に絵の上手さは必要か?

2016-03-21 07:00
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    山田玲司のヤングサンデー 第76号 2016/3/21

    漫画に絵の上手さは必要か?

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    「誉められた体験にすがって生きる」の法則

    今回の放送で言っていましたけど、人が「私は〇〇になりたい」と思う瞬間は、だいたい似たようなものです。

    漫画家が「自分は漫画家になろう」と決意する瞬間は、ほとんどが学校の教室で漫画やアニメのキャラクターを描いていて、それを見たクラスメイトに「お前すごいじゃん」なんて言われた時でしょう。

    同様に学校のサッカー大会でシュートを決めた経験とか、可愛いね、と言われていた女の子がミスコンで優勝したり、科学コンクールで研究発表して入賞した経験とか「みんなに讃えられた経験」がその人の成功体験の「最初の刷り込み」になるわけです。

    実は僕もそうでした。

    今となると信じられない話ですけど、僕もまた「こんなに絵の上手い子はいない」なんて言われて育った子供で、その「絵の上手さ」を根拠に「僕も漫画家になる」なんて言い出した人間だったんです。

    なので「絵の上手さこそが漫画家には重要だ」と言っている人の気持ちはわかるのです。

    人は「自分にはこれがある」と思ったら、それにすがって生きてしまう生き物です。
    自分は勉強ができると思ったら、学歴で勝負したくなるし、学歴で人を見る。(その逆もある)
    自分は見た目が綺麗だと思ったら、見た目で勝負したくなるでしょう。

    ところが世の中の「物差し」は1つではなく、勉強ができてもバカな人はいるし、いくら美人でも不幸な人はたくさんいるってことに気がつくものです。


    そして漫画もまた「評価の物差し」は1つではないわけです。

    いくら絵が上手くても「この漫画を買って読みたい」と思う理由は「絵」だけではないし、ストーリーやキャラの魅力、セリフや構成など色々で、漫画の魅力は総合的なものです。

    そもそも「ドラえもん」だの「ガラスの仮面」だのの、古典的な大ヒット作をみんなが買ったのは、何もその「絵」が超絶的に上手かったからではないのです。

    そんな事はみんなわかっていますけどね。

    でも「自分は絵が上手いから漫画家になれる」と思って生きてきた人は、そういう現実を見るのに抵抗があるわけです。


    同じ様に「見た目が良ければ人生に勝てる」と思って自分の外面磨きをしてきた女の人は、見た目がそれほどではないのに幸せそうにしている女が許せないし、勉強さえできれば人生に勝利すると信じていた人は偏差値の低い人間が社会的に成功するのは受け入れ難い。

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    本当に受け入れ難いのは何か?

    そもそも、みんなが信じている「これさえできればもう大丈夫」という考えって何なのだろう?
    「女は綺麗なら大丈夫」
    「東大を出たら大丈夫」
    「イケメンなら大丈夫」
    なんてのは、下手をすると「確かになんか大丈夫な気がする」と思ってしまうかもしれないけど、綺麗な女や東大卒や超絶イケメンが最低な人生を送っているなんて話は当たり前にあります。

    むしろ見た目や学歴がいいと、ハードルは上がるし、嫉妬も買うので、敵が多くて大変になるものです。
    イケメンは「自分がイケメンでないせいで苦労している」と思っている全ての男達から嫉妬され、「お前なんて不幸になればいい」と思われる生まれです。

    それのどこが「大丈夫」なのだろう?
    そういう単純な「これだけで大丈夫主義」はある種の「思考停止」でしょう。

    子供の頃に「自分は誰で、どこから来たんだろう?」なんて考えていると、母親だの先生だのに「今はそんな事は考えないで、勉強のことだけを考えなさい」なんて言われる事がある。

    そんな時にまんまと「わかった、勉強さえできればいいんだ」なんて、考えることを止めると陥るヤバいヤツです。


    これのやっかいな所は、そう考えてると「楽だ」ということです。

    実のところ「絵が上手ければそれで大丈夫」なんて単純な考えをするプロの漫画家は、めったにいません。

    そんなステージ(考え)にいたらプロになんかなれないからです。

    そして本当に受け入れ難いのは「〇〇さえできれば大丈夫」主義の〇〇は、1つの武器に過ぎず、時代とともに価値を失うこともあれば、まったく通用しない場合もあるということでしょう。

    つまり最大の敵は「諸行無常」みんな変わってしまう、という事なんですよね。

    絵の上手さにしても、その時代にもてはやされる「上手さ」というのがあって、それがその時代にウケればウケるほど、数年後には「あの頃の絵」とされ、古く感じられてしまう事もあるのです。

    さて、それではそんな「〇〇さえできれば大丈夫主義」の人の人生が立ちゆかなくなったらどうすればいいのでしょうか?

    この国には望んでないのに「今は勉強だけ」「女は見た目だけ」と刷り込まれて育ってしまった人がほとんどなのです。

    でも大丈夫。人生は想像以上に長く、変化の機会も何度もあって、まだまだ可能性は残されています。


    番組では、漫画を描くためにために必要なのは、インプットとアウトプットだと言っていましたけど、
    このインプットとは「何か心がドキドキするような体験」のことです。

    古今東西、世界中のコンテンツを探り自分の知らないドキドキを探し、旅も恋も挑戦もしながら、日々の暮らしを見つめていくと、多くの「ドキドキ」を発見できます。

    そして、そんなドキドキを何らかのコンテンツにしてアウトプットする過程でも、何かまた新しい自分を発見していくのです。


    そこでまた新たな「武器」が見つかるのが人生です。


    僕の場合は「自分は絵が上手いから大丈夫」と、甘い考えで美大受験を試みて、自分なんかより絵の上手い人がこの世界には溢れていることに気が付きました。
    なので、それなら、と「奇抜なアイデア」や「自分の体験」や「見せ方」でも勝負しようと思ったわけです。
    それでも、通用しなくなったので、今度はインタビューに挑戦したり文章に挑戦したりしてきて、当初の「絵という武器」がなくても「大丈夫」な状態になっていったわけです。

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