マル激!メールマガジン 2025年1月8日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1239回)
日本人の行動を支配する「空気」の正体とそれに抗うための方策
ゲスト:宮本匠氏(大阪大学大学院人間科学研究科准教授)
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 2025年最初のマル激は、とかく日本人が流されがちだと言われる「空気」の正体とそれに抗う方法を考えてみた。「空気」こそが、日本がいつまで経っても「失われた30年」から脱することができないでいる大きな要因になっている可能性があるからだ。
 日本列島は昨年も多くの災害に見舞われた。学生時代から災害ボランティアに従事し、その後、研究者としても中山間地域の被災地の復興過程に関わってきた大阪大学准教授の宮本匠氏はその過程で、被災地の復興には「空気」が決定的に重要な意味を持つことに気づいたという。
 2004年に発生した新潟県中越地震の際、大学生だった宮本氏は、復興ボランティアとして新潟県を訪れて以来、20年近くにわたり中越地域に関わってきた。長岡市の木沢集落で出会った住民たちにまた会いたいと思い、年の半分以上を木沢で過ごすようになったという。
 親しくなった木沢集落の人々は、山や畑では誇らしげに自分たちの村の話をしてくれるのに、復興について話し合う会合になると途端に「水がない」、「子どもがいない」と、将来に対する諦めや足りない物を求める発言が相次いだという。しかし、宮本氏が住民たちの話をひたすら聞くことに徹するようにすると、住民たちの語りは次第に「ここにはサワガニがいる」、「ウラシマソウがある」といった前向きなものに変わっていったという。
 山本七平の論を俟つまでもなく、「空気」の支配が強いと言われる日本では、特に災害時には空気の支配によって「〇〇がない」といったマイナス思考が連鎖しやすい。それが被災者の「諦め感」、「無力感」、「依存心」を引き出し、むしろ真の復興の妨げになっていることに宮本氏は気づいたという。
 心理学者のクルト・レヴィンが始めたグループ・ダイナミクスという学問がある。第二次世界大戦中の食料不足に対応するためレヴィンは政府からどうすればホルモン(動物の内臓)を食べる習慣のないアメリカ人にホルモンを食べてもらえるかの相談を受けた。レヴィンはホルモンの調理法を考えるイベントに集まった人を2つのグループに分け、1つのグループにはホルモンについての講義のみを行い、もう1つのグループには講義の後に話し合いの場を設けた。
すると講義後に、講義だけを受けたグループでは3%の人しかホルモンを実際には食べなかったが、話し合いをしたグループでは32%の人が食べたと回答したという。この結果をもってレヴィンは、自分の意思を表明する機会があると、その後の実際の行動にもつながりやすくなることを示していると結論付けた。
 話し合いの場が設けられ、一人ひとりが自分の意見を表明する機会を与えられることによって、客観的な根拠を積み上げながら良い選択肢を探ることが可能になる。しかし、その機会がないと、特に日本の場合、実体のない「空気」が一人ひとりの意思決定を容易に左右してしまう傾向が強い。
 それは今の日本全般にも当てはまる。1995年以降、いわゆる「失われた30年」の中で、日本は生産年齢人口も賃金もGDPも右肩下がりを続けてきた。将来に対する悲観論が日本全体を覆っている。その「空気」を入れ替えるためには、まずは身近な地域の「空気」を入れ替えることが必要だ。それも、ただそう思っているだけではダメで、それを「みんな」の前で言語化することによって初めて行動変容が起きると、宮本氏は自らの経験と研究を元に指摘する。
 日本を支配している「空気」とはどのようなものか、どうすれば後ろ向きな「空気」を打破することができるのか、いかにして「ないものねだり」を「あるもの探し」へと転換できるのかなどについて、大阪大学大学院人間科学研究科准教授の宮本匠氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・誰もが気付いていても指摘できない日本の「空気」
・自分たちがすでに持っているものに気づく難しさ
・「空気」を入れ替えるためには
・被災して何もかも失ってもなお存在するものは何か
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■ 誰もが気付いていても指摘できない日本の「空気」
神保: 今回は2025年最初のマル激となりますが、収録は2024年末に行っています。年始のマル激はいつも旧年に録っていて、そこでは個別のテーマというより1年を展望するような大きな話をすることにしています。今回も特別な企画をお送りできればと思いますが、宮台さん、2025年冒頭ということで何かありますか。

宮台: 年末のマル激ではアメリカ論、公開収録では日本論を扱いました。去年は元々あった問題が全て露呈していくということがあったので、その意味で単に1年ということではなく、日本の過去数十年とアメリカの過去数百年を総括するという話をしました。それを受けてわれわれはどういう心づもりや免疫化をしなければならないのかということが大事です。

神保: 「過ごし方」ですよね。これから来るものは幸か不幸か避けられず、なるべくそういうふうに考えたくないという人もいるでしょうが何が起こるのかはある程度分かっています。今までのマインドセットで見ると酷いことになりかねないと思えるのですが、もしかしたらそのマインドセット自体を変えなければならないかもしれません。

宮台: 社会がだめになると人が輝くという小室直樹先生の名言があります。