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マル激!メールマガジン 2026年8月5日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1321回)
5金スペシャル映画特集
世界が完全に壊れた時、人は何を頼りに生きるのか
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 ロシアが隣国に軍事介入したかと思えば、アメリカはよくわからない理屈でイラン攻撃を続ける、そうかと思えば、他国の国家元首をいきなり拉致したり暗殺までするようになっている。
 どうやら世界は本当に壊れ始めているのかもしれない。もしそうだとすれば、私たちはこれから何を頼りに生きればいいのだろうか。
 月の5回目の金曜日に特別番組を無料でお送りする5金スペシャル。今回は「壊れた世界でどう生きるか」をテーマに映画特集をお送りする。
 今回取り上げたのは現在劇場公開中の3作品。いずれも、因果応報や予定調和といった私たちが無意識に信じている前提がまったく働かず、不条理や理不尽がまかり通り、世界が終わりに向かう予感の中で、人はどう生きるかを問う秀作だ。
・『シラート』(2026)オリベル・ラシェ監督
・『デッドマンズ・ワイヤー』(2026)ガス・ヴァン・サント監督
・『大統領のケーキ』(2026)ハサン・ハーディ監督
 『シラート』は、砂漠のレイブパーティに参加したまま失踪した娘を捜す父ルイスと息子エステバンが、モロッコの砂漠の奥地へと分け入っていく物語だ。タイトルの「シラート」はアラビア語で、天国と地獄の間に架かる針のように細い橋を意味する。しかし、その意味が回収されるのは終盤になってからで、観客は最初から「自分は何を見せられているのか分からない」という不思議な体験の中に投げ込まれる。
カンヌ国際映画祭でサウンドトラック賞など4つの賞を受賞した本作の白眉は、重低音を軸にした特異なサウンドデザインだ。音響が観客の精神状態そのものを作り変えていく。
この作品で死は、善悪や行いの報いとしてではなく、誰に訪れるかも分からない偶然として描かれる。因果応報と予定調和に溢れた物語に慣れ親しんだ日本人には消化しにくい映画だが、まさにその消化しにくさこそが、この作品の仕掛けなのだ。分かりやすい救いは提示されない。しかし終盤、登場人物たちが同じ世界の同じ流れに乗るように踊る姿には、チクセントミハイのいうフローに通じる、救いとは別の形の感受性が確かに映っている。
 『デッドマンズ・ワイヤー』は、1977年にインディアナポリスで実際に起きた人質立てこもり事件を題材にしたガス・ヴァン・サント監督の最新作だ。不動産ローン会社に全財産を騙し取られたと訴えるトニー・キリシス(ビル・スカルスガルド)は、同社に押し入り役員を人質に取る。自分の首と人質の首をショットガンとワイヤーで固定し、自分と人質が引き離されれば自動発砲される「デッドマンズ・ワイヤー」という装置を自ら考案し、警察すら手を出せない状況を作り上げた。
トニーはラジオやテレビの生中継に次々と登場し、事件は劇場型の様相を呈していく。メディアが犯人に同情的な文脈を作り、視聴者が犯人側に傾いていく構図は、半世紀前の話とは思えないほど今日的だ。働いて得るのではなく投資と金融操作で利益が生まれる金融資本主義の歪みが、追い詰められた個人を暴発させる。この社会の立て付けは50年前から大きくは変わっていない。事件の結末でトニーが心神喪失により無罪となる展開は、英語圏の「not guilty」と日本語の「無罪」の語感の違いも含め、罪と責任をめぐる論点を私たちに突きつける。
 『大統領のケーキ』の舞台は、1990年代、経済制裁下のイラクだ。独裁者のフセイン大統領は自身の誕生日を祝うケーキを作るよう国内の各学校に命じており、9歳の少女ラミアはくじ引きでその係に選ばれてしまう。用意できなければ重い罰が待っている。日々の食材すら手に入らない極端な物資不足の中、ラミアはクラスメイトのサイードとともにケーキの材料を求めて町を駆け巡る。イラク出身のハサン・ハーディ監督が自らの体験をもとに描いた本作は、カンヌ国際映画祭で監督週間観客賞とカメラドールの2冠に輝いた。
西側諸国による経済制裁の実害は独裁者本人にはほとんど及ばず、最も弱い立場の貧困層を苦しめる。しかも制裁が奪うのは物資だけではない。生き延びるために人が人を騙し、子どもまでもがその不条理に巻き込まれていく。制裁は人々の倫理を奪うのだ。爆撃下の逃避行が悲劇へと傾く終盤に、分かりやすい救いはない。それでもカテゴリーを超えて結ばれていく関係の中に、かすかな光が宿る。
 3作品に共通するのは、世界がすでに終わりに向かっている、これまでわれわれが当たり前と考えてきた想定がとうに崩れているという前提だ。戦争、国家、金融、官僚制といった巨大な力の前で、個人は交換可能な部品のように扱われ、ほとんど無力だ。しかし3作品はいずれも、その無力さの中でなお、倫理や人間関係や身体の感覚を通じて生き方が変わり得ることを描いている。
誰もが入れ替え可能な「当たり前」を回すだけの自明性の檻に安住し、平和ボケしたままでいる私たちにとって、これらの作品は檻の外の世界を垣間見せてくれる。大量動員型ではないこうした作品が今も映画館で観られること自体が貴重であり、ぜひ劇場に足を運んでほしい。
 3つの作品を題材に、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・『シラート』が問う、終わりが近づく世界でわれわれはどう生きるのか
・『デッドマンズ・ワイヤー』――半世紀前に予見されていた社会システムの歪み
・『大統領のケーキ』が描くイラク独裁政権下の不条理
・平和ボケにならないために必要な、あらゆる文芸体験
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■ 『シラート』が問う、終わりが近づく世界でわれわれはどう生きるのか
神保: 今日は5金の無料放送で、映画特集をお送りします。今回取り上げる映画は『シラート』『デッドマンズ・ワイヤー』『大統領のケーキ』の3作品。どれもネタバレありでやりますが、ネタバレをしなければまともな議論はできません。

宮台: 傑作といえるような作品は、ネタバレによって価値が下がることは全くないんです。

神保: どうしてもネタバレが嫌だという方は、先に映画を観てから番組を見た方が良いかもしれません。

宮台: 『シラート』が面白いのは、僕よりも先に観た人に話の内容を聞くと、みんな口を濁すんです。物語を話してもほとんど伝わらないと思いますし、重要なことは物語ではなく神話的な構造なので、全くネタバレに問題はない作品です。

神保: 「シラート」とはアラビア語で天国と地獄の間を通る細い橋という意味です。作中では細い橋や細い道なども出てくるので、それがシラートなのかと思ったら、また違う天国と地獄の橋が出てくるんですね。 
マル激!メールマガジン 2026年7月29日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1320回)
津久井やまゆり園事件の検証は不十分だ
ゲスト:藤井克徳氏(日本障害者協議会代表)
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 2016年7月26日未明、相模原市の県立障害者支援施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害され、入所者と職員あわせて26人が重軽傷を負った。戦後日本最悪級の大量殺人事件であり、犯人は施設の元職員だった。「障害者は不幸しか生まない」と語ったその考えは社会に大きな衝撃を与えた。事件から10年、私たちは何を検証してきたのか。
 裁判を傍聴し、拘置所で犯人と面会し、手紙のやり取りも重ねてきた日本障害者協議会代表の藤井克徳氏は、事件の真相究明はいまだ不十分で、本格的な検証は行われていないと指摘する。
 今年7月の国会で高市首相は、事件後の検討チームで事実関係や再発防止策を議論したと答弁した。しかし2016年の厚労省報告書は、措置入院後の支援や施設の防犯体制に焦点を当てる一方、事件の背景や社会に根付く差別意識には踏み込まなかった。国連障害者権利委員会も2022年、日本政府に優生思想と非障害者優先主義の観点から事件を見直すよう勧告しているが、実現していない。
 裁判では責任能力が主な争点となり、犯行の背景は十分に解明されなかった。被害者は「甲Aさん」など匿名で扱われ、19人がどのような人生を送り、なぜ標的となったのかも十分には語られなかった。「事件は封印されてしまった」と藤井氏は語る。
 犯人の障害者観がどのように形成されたのかを知るため本人と対話を重ねてきた藤井氏は、家庭環境や職歴、社会的背景、精神的要因など複数の要素が重なり合っていたのではないかという。だからこそ、社会全体で事件を検証する必要があると藤井氏は訴える。
 今回の事件の背景には、日本社会に根強く残る優生思想がある。優生保護法は1996年まで「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」と定め、およそ2万5,000人に強制不妊手術を行った。優生思想は個人の偏見ではなく、国家政策として制度化されていたのである。
 旧優生保護法違憲訴訟では最高裁が国の責任を認め、補償法も成立した。しかし施行から1年半が過ぎても補償認定は対象者のほんの数%にとどまり、被害の掘り起こしは進んでいない。精神医療における強制入院や身体拘束の問題、政府から独立した国内人権機関の未整備なども含め、日本の人権意識は依然として大きな課題を抱えている。
 事件を特異な犯人だけの問題として終わらせれば、社会の責任は見えなくなる。生産性や自己責任が重視される現代社会の中で、「内なる優生思想」は誰の中にも潜んでいるのではないか。事件から10年を迎えた今、なぜ十分な検証が行われなかったのか、私たちは何を学ぶべきなのかについて、「人権は与えられるものではなく獲得するもの」と語る藤井克徳氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。

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今週の論点
・事件から10年経っても十分な検証はされていない
・私たちの社会は優生思想を乗り越えることができたのか
・政策が変われば人々の意識もついてくる
・なぜ国内人権機関の設立が必要なのか
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■ 事件から10年経っても十分な検証はされていない
迫田: 障害者施設の入所者19人が殺害された「津久井やまゆり園事件」から10年が経ちます。衝撃的な事件でしたが、われわれの社会は事件をきちんと受け止めて検証し、教訓を学ぶことができているのか、考えたいと思います。10年ということもあり、少しは新聞報道などもありますね。

宮台: 新聞を見てもほとんど意味がない感じがします。殺人をした植松という男は、もともと比較的リベラルな人間だったとされています。そうでなければ職員になろうとは思わない。彼の内面で何が起こったのか、それが彼の生まれ育ちとどういう関係があるのか、彼がもともとリベラルだったとしても、持っていた世界観がどう影響していたのかという問題を知りなければなりません。そうしなければ植松固有の問題なのか、たまたま植松が引き金を引いてしまったけれど多くの人たちに同じような土壌があるということなのか、分かりません。

迫田: さて、本日のゲストは日本障害者協議会代表の藤井克徳さんです。ビデオニュースでは10年前、事件が起きた翌日に藤井さんにインタビューをさせていただきました。その後、裁判の判決が出る直前に問題点などを語っていただきました。植松に面会もしていて、手紙のやり取りもあったということで、人物像についてもある程度お考えがあると思います。10年という長さの中で社会がどう反応してきたのか、検証はどうだったのかなど、振り返るとどのように感じますか。

藤井: この10年はコロナもあり少し変則的な社会でした。しかしその一方でトランプの2期目が始まり、競争原理や市場原理が一層強まっています。そういう流れの中で植松の問題は単に時間が過ぎたということではありません。むしろ「小さな植松」と言っても良いような、彼の行動や言動を賛美するような声も含めて事態はあまり好転していない。障害分野からは悪化しているように見えます。

迫田: ちゃんとした検証もされていないということですか。

藤井: 検証と名がつく公的な文書は2つ出ています。1つは厚労省が検証したという文書で、もう1つは神奈川県のものです。厚労省の文書は検証とはほど遠い内容です。例えば共生社会をどう作るか、退院した後の生活の場がどうか、措置入院制度に問題があったなどです。

迫田: 植松は措置入院の後に事件を起こしたからということですね。

藤井: はい。措置入院制度に問題があったから精神保健福祉法を改正すれば良いということになっている。また警察官同士の連携が悪かったとか、社会福祉施設の防犯対策が弱かったということしか言っていません。彼の人間像や本当の意味での状態像がどうだったのかについては全く迫られていない印象です。

 神奈川県の検証は、事実関係については克明に書いてあります。しかしそれは「検証のための準備」であり、「検証」には手がつけられていません。はっきりしているものは裁判の判決だけだと思います。

迫田: 藤井さんは裁判の終了によって事件は「封印された」という表現をされていましたが、それはどういうことでしょうか。

藤井: 2020年3月16日に横浜地裁の判決が出ました。その後、弁護団は控訴した方が良いと言ったのにもかかわらず、彼はそれを振り切って控訴せず、3月31日午前0時に死刑が確定しました。裁判以外で彼の意見を聞く場はないので、深い闇の方に向かっていってしまったという印象を持っています。 
マル激!メールマガジン 2026年7月22日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1319回)
なぜ「万世一系・男系男子」でなくてはならないのか
ゲスト:仁藤敦史氏(国立歴史民俗博物館名誉教授)
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 7月17日、国会で皇室典範改正法が成立した。皇室典範の本則が本格的に改正されるのは、戦後初めてのことだ。
 今回の改正は、皇族数の減少への対応として議論されてきた。皇族の数が減ったために、皇族一人ひとりの公務負担が重すぎるというのが、その理由だった。そのため、皇族の数を増やすために、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持できるようにすることと、戦後に皇籍を離脱した旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎えることを可能にすることが、その柱となっていた。元々はそういう話のはずだった。
 ところが、いざ法案が国会で審議される段階になって、政府から国会に上程された改正法には、養子となった旧宮家の男子に生まれた男系男子に将来の皇位継承資格を認める仕組みが盛り込まれていた。そのため、今回の改正は、皇族数の確保という実務的な課題への対応にとどまらず、皇位継承制度そのもののあり方に関わるものとなった。
 改正案のその部分をめぐり、国会では「男系男子による皇位継承が一貫した日本の伝統だった」という考え方が、主に保守系の議員らによって声高に主張され、最終的に法案にもその考え方が採用された。その背景には、「皇統は神武天皇以来2600年、例外なく男系で受け継がれてきた」という特定の歴史認識があるようだ。
 しかし、現在、皇族の中には未婚の女性が愛子内親王、佳子内親王を始め5人いる一方で、男性は悠仁親王1人しかいない。皇位の継承を男系男子にしか認めないということになると、現在は次世代の皇位継承者が1人しかいない状態で、皇統の継続性という意味では非常に不安定な状態になる。そこで、旧宮家から天皇の血を引く男系男子を養子に取ることを可能にするという、かなりアクロバティックな案が今回の法改正に盛り込まれた。
 しかし、この「男系男子は2600年間日本が守り続けていた伝統」という前提は、歴史学的にはどこまで実証されているのだろうか。
 日本古代史を専門とする国立歴史民俗博物館名誉教授の仁藤敦史氏は、「神武天皇以来2600年」という年代観そのものが、7世紀から8世紀にかけて『日本書紀』が編纂される過程で盛り込まれたものであり、歴史学が実証できる天皇の系譜は、それよりかなり後の時代からだと指摘する。また、日本の歴史には8人10代の女性天皇が存在しており、「男系男子」が皇位継承の唯一の原則として制度化されたのは、実は明治期の皇室典範制定以降のことだという。
 もちろん、男系継承を重視する立場にも理由がある。保守派は、男系男子による継承こそが皇統の連続性を担保し、それこそが日本の皇室の独自性を支えてきたと主張する。そのため、仮に女性天皇は容認したとしても、女系天皇だけは認められないとの立場を取る人が一定数いることも事実だ。
 しかし、そもそも、「万世一系」「男系男子」という考え方は、本当に日本の長い歴史を通じて変わることなく受け継がれてきたものなのか。
 皇室典範によって現在の皇室制度の骨格が作られたのは明治期に入ってからだが、実は明治政府が皇室制度を整備する過程で、当時、内閣総理大臣と宮内大臣を兼ねていた伊藤博文の下では、男系が途絶えた場合に女性天皇や女系継承を認める案が検討されていたことが歴史的にも実証されている。しかし、それに対して伊藤の下で法制度の整備を進めていた参事院議官の井上毅らの強い提言を受けて、最終的に「男系男子」が皇室典範に明文化されることになったのだという。
 では、井上はなぜそこまで男系男子にこだわったのか。その背景には、当時の明治政府を取り巻く状況が色濃く反映されていたと考えられている。
 260年続いた徳川の治世が終わり、薩長を中心に形成された明治政府は、政府の正統性を高めるために天皇の権威を最大限に利用した。そうした中で後に内閣法制局長官の座に就く井上は1886年に伊藤に提出した「謹具意見」の中で、国家の最高権威である天皇だけは政治から切り離された絶対的な存在にすべきだと説き、皇統に疑義が生じないことや王朝交代の可能性を完全に排除するためには、男系男子を制度化することが必要だと進言した。
つまり、「男系男子」は明治政府にとって、自らの正統性を高めるための手段として提案され、そして採用されたものだったと考えられているのだ。
 今回の改正では、1947年に皇籍を離脱した旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎えることで皇族の数を増やすと同時に、皇位継承者の数を増やすことが想定されている。しかし、旧宮家の源流は室町時代に成立した伏見宮家にまで遡るもので、数百年前まで遡らなければ現在の皇室との共通祖先にたどり着かない。早い話が遠い遠い親戚でしかない。あえてそうした人々を皇族に迎え、その子孫に将来の皇位継承資格を認める一方で、現在の女性皇族の子どもには継承資格を認めないという制度設計に、今の日本でどれほどの正当性があるのだろうか。
 皇室は日本国憲法の下では「国民の総意に基づく」象徴だとされている。その皇位継承制度を考えるとき、私たちは歴史的事実をどのように理解し、何を「伝統」と呼ぶべきなのか。皇室典範改正をめぐる議論を振り返りながら、「万世一系」「男系男子」という考え方はいつ、どのように形成され、どのような形で今日まで受け継がれてきたのか。21世紀に生きるわれわれはその歴史的経緯をどのように受け止め、どう制度に組み入れていくべきなのかなどについて、仁藤氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・なぜいま皇室典範改正なのか
・明治の皇室典範に「男系男子」が書き込まれた経緯とは
・万世一系の物語は歴史学的にどこまで実証されているのか
・天皇の政治利用をめぐる問題を考える
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■ なぜいま皇室典範改正なのか
神保: 今日7月17日は国会も大詰めということで、色々な法案が通りました。今日取り上げる「皇室典範」改正の他にも、法制審議会が上げてきたバージョンの「再審法」や、「国旗損壊罪」法など、立て続けに法律が通っています。
どの法律も問題は多いのですが、皇室典範の改正案については特にちゃんと議論した方が良いのではないかと。本当に話さなければいけないことを話さずに別の話をして、本当に話さなければいけないことを下から入れてくるような状況です。その結果、本音なのか建前なのかがが分からないような法案が通ってしまいました。

宮台: 最初からこれは天皇制を無力化するための策動だと考えられます。上野千鶴子さんは、これは天皇の制度的な延命を図るものだとおっしゃっていましたが、それは全くの間違いです。憲法意思、あるいは立憲意思とは、もしファウンディング・ファーザーズがいま生きていたら何を言うのかということです。もしいま生きていたらということを考え、自分たちを想像的に抑制する機能が立憲意思です。

 日本は幕府以降、天皇が何を考えられているのかということが、粗雑な武士たちの幕藩体制を何とか正当化していたということもあります。安倍氏や高市氏は非常に不敬な存在で、とにかく天皇を無力化したくてしょうがないんです。

神保: 皆さんには今日の議論を聞いていただく中で判断していただきたいのですが、今回の皇室典範改正の議論を見ていると、日本の悪いところが出たと思います。意見は世代ではっきり分かれます。若い人たちからすれば「大人は何をやっているの」という感じで、建前ではなく本音を言えば良いのにと思っています。しかし世代や社会の中でどこに所属しているかによって「言わないことになっている」という考えになんです。それがぐちゃぐちゃになった結果、意味不明の法律が通ってしまいました。

 きちんと中身や歴史を検証しながら見ていくことが重要だと思いますが、皇室の歴史を聞くにはこの方ほど最適な方はいないと思います。今日のゲストは国立歴史民俗博物館名誉教授で、日本古代史がご専門の仁藤敦史さんです。今日たまたま法案が通り、一連の議論はご覧になったと思いますが、この法案や法案をめぐる騒動をどのように見ていますか?

仁藤: やはり無理がたたっている感じがします。戦後に側室、宮家、女帝がだめだということになり、三方塞がりになりました。そこで何とか続けるために出てきた措置だと思います。

神保: 先生に来ていただいた以上、どうしても伺いたいことがあります。自民党の政調会長が、2600年の歴史、万世一系、男系のみで来たということを国会の場で言っているような状況なのですが、その歴史的な実証性についてきちんと伺いたいと思います。一体いつからそんな話になったのか、どういう目的でそうなったのかということも検証したいと思います。

 まずは今日成立した改正皇室典範の中身を見ていきます。上皇が生前退位する際に皇室典範の附則に書き込んだことはあるのですが、本則の改正は戦後初めてのことです。皇室典範はただの法律なので、国会の多数によってもちろん改正もできます。
今回の皇室典範の改正の内容は、大きく分けて2つです。 
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ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、毎週の主要なニュースの論点を渦中のゲストや専門家らと共に、徹底的に掘り下げるインターネットニュースの決定版『マル激トーク・オン・ディマンド』。番組開始から10年を迎えるマル激が、メールマガジンでもお楽しみいただけるようになりました。

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神保哲生/宮台真司

神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。

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