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マル激!メールマガジン 2026年5月20日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1310回)
50年かけて、結局日本人は休み上手になったのか
ゲスト:サンドラ・ヘフェリン氏(コラムニスト)
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日本にとっての長年の課題だった日本人の休暇問題。実は50年以上前から日本政府は日本人の休暇問題に取り組んできた。
 そこでゴールデンウィークが明けた今、日本人は本当に上手に休めるようになったのかなどを、『ドイツ人の戦略的休み方』の著者でドイツ育ちのコラムニスト、サンドラ・ヘフェリン氏と考えた。
 まずドイツと比較する上での大前提として次のことを念頭に置く必要がある。日本は2023年、ドイツに名目GDPを抜かれた。人口が日本の約3分の2しかなく、しかも日本人より遥かに労働時間が短いドイツに、GDPという経済の「規模」でも抜かれたことの意味は大きい。要するに日本の方が遥かに生産性が低く、効率が悪い仕事のしかたをしているということになる。その背景の1つに、もしかすると「休み方」の違いがあるかもしれない、というのが今回の議論の重要な論点となる。
 日本社会では長らく、休まず働くことが美徳とされてきた。調べてみると、江戸時代の日本人はかなり暢気でいわゆる勤勉タイプではなかったことが、その後、明治初期に来日した外国人の手記などで明らかになっているが、明治以降、日本は富国強兵政策の下、意図的に日本人を勤勉な民族に改造する政策を推進した。薪を背負いながら読書する二宮尊徳像を全国の小学校に建てたのもその一環だった。こうした政府による刷り込みが功を奏し、いつのまにか「日本人は伝統的に勤勉な民族」という考え方が海外のみならず日本人の間でも既成事実となっていった。
 戦後復興から高度経済成長期を経てバブル期に至るまでの期間は、会社への献身や滅私奉公が理想のサラリーマン像として語られ、休むことに後ろめたさを感じる空気が社会全体で共有された。「24時間働けますか」のCMのキャッチコピーを覚えておられる方も多いことだろう。また、高度成長期の日本は世界から「エコノミック・アニマル」という半分嘲笑を込めた、しかしもう半分は畏怖の念を持って見られていたことも歴史的な事実だっだ。明治政府で始まった日本人勤勉化政策は見事な成果をあげていた。
 しかしその後、日本政府は長年、日本人を休ませようと努力を続けてきた。1972年には通産省と経済企画庁に「余暇開発室」が設置され、その外郭に余暇開発センターなる団体まで設立している。これは万博を機に日本人ももっと余暇を楽しまなければならないという風潮が広がったことを受けたものだったという見方が一般的のようだが、とりあえずそういう問題意識をもって取り組みは始まったものの、バブル期まではさしたる実効性をあげられずにいた。まだまだ時代は24時間働けますかの時代だった。
 政府が本気で労働時間の短縮に取り組まなければならなくなった直接の原因は、他でもない外圧だった。
 日米の貿易不均衡が両国間で大きな外交問題に発展するようになると、日本はアメリカを宥めるために、日本人の労働時間を減らす圧力に晒された。日本人の長時間労働が安く良質な製品の製造を可能にしていて、それがアメリカ市場を席巻しているというのがアメリカ側の見方だった。1986年と1987年、中曽根政権の下で2つの「前川リポート」が作成され、当時2100時間を超えていた年間労働時間を1800時間まで減らす目標を掲げた。週の法定労働時間は48時間から40時間へ短縮され、祝日も増やした。
 それ以来日本政府は一貫して明治政府が撒いた「日本人勤勉化政策」を巻き返すための政策を進めてきた。近年では働き方改革関連法によって残業時間に上限が設けられ、有給休暇の取得も企業に義務付けられるようになった。祝日の数も世界最多レベルの年間16日まで増やした。その結果、統計上は年間労働時間も着実に減少し、まだまだドイツやフランスには追いつかないが、今や日本人の労働時間は最初に日本人の働き過ぎを問題視したアメリカを下回るまでになっている。
 確かに量的には休みは増えた。しかし、それでもなお、「うまく休めていない」と感じる日本人が多いようだ。実際、日本の有給休暇取得率は6割程度にとどまり、9割を超えるヨーロッパ諸国と比べると低い。かつては上司や同僚の目を気にして休めないと考える人が多かったようだが、最近では休んでもすることがないことを理由に挙げる人が増えているという。
 日本人とドイツ人の文化比較を長年行ってきたヘフェリン氏は、日本では単に労働時間が長いだけでなく、休むことそのものへの価値観がドイツとは根本的に異なると指摘する。ドイツでは休暇は当然の権利であり、休むときは仕事から完全に離れるのが基本だ。一方、日本では休暇中も周囲に迷惑をかけているという感覚を抱きやすく、休暇中も職場とのつながりを断ち切れない人が多い。日本では職場などで自分が「休まない自慢」をする人は多いが、休みがどれだけ楽しかったかやどれだけ充実していたかを自慢する人はほとんどいないのではないか。
 また日本では、忙しいことが美徳とされてきた歴史もある。「働かざる者食うべからず」は元は聖書やレーニンが語源のようだが、日本では今もそれが諺のように扱われている。睡眠時間を削って働くことや、多忙であることを誇らしく語る文化は、以前ほどではなくても今も残っている。これが明治政府の撒いた種が原因だとすれば、その政策を推進した山県有朋、恐るべしである。
 ドイツを含むヨーロッパでは、法定の年次休暇の日数は日本と大差なくなってきているが、取り方に大きな違いがある。長期休暇を取り、家族や友人と旅行したり自然の中で過ごしたりするバカンス文化が根付いている。しかし日本では、長期休暇そのものが取りづらい上、休みがあっても何をしていいかわからないと感じる人も少なくない。半世紀以上前に設立された余暇開発センターは何をやってきたのだろう。
 内閣府の2025年8月の調査では、「自由時間に何をするか」という問いに対し、「睡眠・休養」が53.7%でもっとも多かった。一方で、「旅行」は19.7%、「友人や恋人との交際」は18.3%、「習い事」は12.0%、「ボランティア活動」は5.8%にとどまった。日本人の平均睡眠時間はOECD30カ国中でもっとも短い7時間42分で、平均の8時間27分を大きく下回っている。普段十分に寝ていないからこの時とばかりに休みの日に「寝だめ」をしようと考える人が多いのかもしれない。
 ヘフェリン氏は、「週末に疲れて寝ているだけでは残念だ。本来は、休日を充実して過ごせるような働き方であるべきだ」と指摘する。ドイツ人は年初にその年の休暇の計画を決め、それを前提に仕事のスケジュールを調整するのが当たり前なのだと言う。
 休むことをどう捉えるかは、働くことや人生をどう考えるかに直結している。日本人の休み方にはどのような特徴があるのか、ドイツ人の休み方から何が学べるかなどについて、ヘフェリン氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・「よく休む」ドイツがなぜ日本のGDPを抜いたのか
・ドイツで増えている「週休3日」という働き方
・「長く働くこと」=「勤勉」ではない
・上手に休むには「練習」が必要
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■ 「よく休む」ドイツがなぜ日本のGDPを抜いたのか
神保: 日本ではゴールデンウィークといえば中央高速や東名高速などの渋滞のメッカが有名です。今回はドイツを例に、「日本人は休み上手になったのか」をテーマに取り上げたいと思います。
最近のニュースですが、日本のGDPがドイツに抜かれました。ドイツの人口は8,300万人しかないので、日本の4分の3くらいですが、それにもかかわらずGDPで抜かれたということは、日本の1人当たりの生産性がドイツの3分の2くらいしかないということになります。
しかも、ドイツの労働時間は日本よりもずっと少ない。もしかすると、生産性が上がらない問題は「休み方」と関係があるのではないか。そんなことを今日のゲストの方の本をきっかけに思いました。

宮台: 大学生の時に家庭教師として時給6,500円を取っていました。成果が高いからです。僕の家庭教師としての授業は7割が雑談でしたが、結局がやる気がないから成績が上がらないんです。例えば公立校ではクラスで一番だった人が、進学校に入ったらビリから数えた方が早いということになれば尊厳や自己肯定感も下がります。僕は幸い色々と変なことをやっている人なので、世の中は面白いという話をしていると、相手は何かでフックアップされます。そこでやる気が出てきたら、やり方だけ教えるんです。

意味のない受験勉強の長さを、「それが受験勉強だ」と思ってやっているのはただの「やってる感」です。その仕事は本当にその手順で、そのやり方で、その時間をかけて良いのか。そういう問題がたくさんあると思いますね。

神保: 本日のゲストはコラムニストのサンドラ・ヘフェリンさんです。サンドラさんは最近『ドイツ人の戦略的休み方』という本を書かれ、私自身も今さらのように目から鱗のところがありました。休みについて書こうと思ったのは何か理由があるんですか?

ヘフェリン: 2023年にドイツのGDPが日本を追い抜いたことには驚きました。ドイツ人は昔も今も休むのが大好きな人たちで、普通のドイツ人の感覚としては、早く家に帰りたいから効率よく働く、週末を楽しみに月曜日から金曜日まで働くという感じです。多くの企業が30日間の有給を与えているのですが、皆休みを計画するのが大好きで、そのために働いているような人たちが日本を追い抜いたというのは衝撃的でした。それで、休み方にもフィーチャーしながら働き方に触れようと思ったことが発端です。 
マル激!メールマガジン 2026年5月13日号
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1309回)
国民医療費抑制の議論に欠けている「患者」という視点
ゲスト:勝村久司氏(「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人)
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 医療費の増大をどう抑えるのか。いま日本の医療政策は、その一点に強く引き寄せられている。
 健康保険法等改正案が4月28日に衆議院を通過し、現在、参議院で審議が続いている。改正案には、市販薬としても流通している処方薬について患者に追加負担を求める制度や、後期高齢者医療制度における保険料や窓口負担に金融資産を反映させる仕組みなどが盛り込まれた。さらに、いったん凍結された高額療養費制度の自己負担上限額引き上げも、一部の低所得者などを除いて今年8月から実施される方向が固まっている。
 背景にあるのは、膨張を続ける国民医療費だ。高齢化と医療技術の高度化を背景に、2023年度の国民医療費は48兆円を超えた。財政の持続可能性を考えれば、負担能力に応じた負担増や世代間の公平化が必要だという議論には一定の合理性がある。しかし、その議論のプロセスにおいて、実際に病を抱え、日々治療を受けている患者たちの声は、どこまで反映されているのだろうか。
 その問題が一気に表面化したのが、高額療養費制度の見直しをめぐる議論だった。
 現行制度では、患者が1カ月に支払う医療費には年収に応じた上限が設けられており、それを超えた分は公的医療保険が負担する。重い病気や長期治療を必要とする患者にとって、この制度は文字通り命綱ともいえる制度だ。しかし、政府は一昨年末、この上限額を大幅に引き上げる方針を事実上の既定路線として予算案に盛り込もうとした。
 これに強く反発したのが患者団体だった。短期間のうちに当事者の声が集まり、「これ以上負担が増えれば治療を断念せざるを得ない」「生活そのものが立ち行かなくなる」という切実な訴えが社会に広がった。その結果、政府は昨年3月、いったん引き上げを見送る判断を余儀なくされた。
 この問題は、単なる財源論ではない。誰のための医療制度なのかという、制度設計そのものの問題を浮き彫りにした出来事だった。
 今回のゲスト、勝村久司氏は、中央社会保険医療協議会、いわゆる「中医協」で初めて患者代表委員を務めた人物だ。医療事故の被害当事者でもある勝村氏は、長年、医療制度改革の議論に患者の視点を持ち込む活動を続けてきた。
 勝村氏によれば、日本の医療費議論は、往々にして医療業界団体同士の利害調整に終始しがちだという。診療報酬や薬価の決定過程では、医師会、病院団体、製薬業界などの意見は強く反映される一方で、患者の声は制度的にきわめて弱い立場に置かれてきた。
 しかも、議論は「医療費総額をどう抑えるか」という抽象論に偏りがちで、「どの医療に、なぜ、その価格がついているのか」という中身の議論がほとんど行われていないと勝村氏は指摘する。
 なぜ、その薬に高い薬価がつくのか。なぜ、その加算が必要なのか。逆に、本当に必要な医療行為の評価が不当に低く抑えられてはいないか。
 そうした議論抜きに、単に総額抑制だけを進めれば、最終的にしわ寄せを受けるのは患者だ。
 勝村氏が中医協委員時代に力を入れたのが、診療明細書の無料発行の義務化だった。現在では、医療機関で必ず患者に渡される診療明細書には、検査や処置、薬剤名、そしてそれぞれに対応する診療報酬点数が記載されている。しかし、この制度が実現する以前、患者は自分がどのような医療を受け、その医療にどれだけの公的費用が使われているのかを知る手段すら乏しかった。
 勝村氏は、患者が医療の内容とコストを知ることではじめて、医療制度の議論に主体的に参加できるようになると主張する。
 医療制度改革は、単なる財政論なのか。それとも、社会が「命」とどう向き合うかという価値判断の問題なのか。患者負担増が次々と議論される中、医療制度の意思決定に患者の声をどう反映させるべきなのかについて、勝村久司氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。

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今週の論点
・患者団体の取り組みで大幅な上限引き上げが見送られた「高額療養費制度」
・中医協で初の「患者代表」をつとめた勝村氏の思い
・病院の赤字問題は中身の議論が重要だ
・医療改革に「患者」の視点を
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■ 患者団体の取り組みで大幅な上限引き上げが見送られた「高額療養費制度」
迫田: 今日は医療のお金の話をしようと思います。例えば高額療養費制度というものがあり、払う金額には上限が設けられ、それ以上は払わないで済むという制度ですが、多くの人は8月から負担が少し上がります。また薬についても議論中です。病院で出てくる薬と同じものを薬局で売っていた場合、病院でもらう薬の値段が25%上乗せされるようになります。
医療のお金の話は難しいので、いつの間に上がっているということが起きます。本当に受け身だけで良いのか、今日は議論していきたいと思います。

宮台: 医療費抑制は、予算の規模が全体として限られている以上、優先順位の問題もあり、ある程度は仕方がない面があります。しかし仕方がないからといっても、実際に現場の患者さんたちにとってどういう不利益な変更になるのかということを、僕たちは詳細に知る必要がありますね。

迫田: 気づいたときには遅いということにならないために、何が必要なのかということも考えていきたいと思います。本日のゲストは「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人の勝村久司さんです。勝村さんは診療報酬を議論する中央社会保険医療協議会(中医協)に、患者委員として初めて入られた方です。市民の立場から医療の問題について色々な発言をされていますが、もともと医療に詳しかったわけではないんですよね。

勝村: 全く普通の高校教員だったのですが、1人目の子どもを医療事故で亡くしたことがきっかけで医療問題に関わるようになりました。

迫田: 医療情報を患者、あるいは市民の側にという思いで活動されてきました。少しは良くなってきていますよね。

勝村: そうですね。昔は患者が自分の受けた医療の情報を知りたいと思っても知ることができませんでしたが、今はそれができるようになっています。しかし患者が医療に関わっていくという意味では、まだこれからだと思っています。

迫田: 制度が難しすぎてなかなか理解が追いつかないところがありますよね。

勝村: はい。これからは、患者の関わり方によっては医療の中身を自分たちの価値観に合わせて見ていける時代になりつつあるので、今が大事な時だと思います。

迫田: 実は今、国会で健康保険法等の改正案が議論されています。4月28日に衆議院本会議で可決され、今は参議院で審議中です。 
マル激!メールマガジン 2026年5月6日号
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1308回)
武器輸出の全面解禁で日本は何を得て何を失うのか
ゲスト:青井未帆氏(学習院大学法科大学院教授)
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 日本は武器で稼がなければならないほど落ちぶれた国になるのか。
 高市政権は4月21日、武器輸出に関する歯止め規定を撤廃した。「防衛装備移転三原則」とその運用指針を改定し、これまで認めてこなかった殺傷能力のある武器の輸出を可能にしたのだ。
 政府は「防衛装備移転三原則」を閣議決定で、その運用指針を国家安全保障会議(NSC)で改定した。「防衛装備移転三原則」は、2014年に安倍政権が策定したものだ。安倍政権は1976年の三木内閣以来日本が堅持してきた武器輸出の全面禁止の方針を転換し、一定の条件のもとで輸出を認める枠組みを導入したが、ただ一点、殺傷能力のある兵器の輸出だけは禁止の対象であり続けた。
今回高市政権はその最後の条件をも解除した。長らく武器の輸出を禁止してきた日本にとっては、平和国家を象徴する看板ともいうべきその大方針が、いま大きく転換されたことになる。
 日本の武器輸出禁止の歴史は古い。1967年、佐藤栄作首相が「武器輸出三原則」を打ち出し、共産圏や紛争当事国への武器輸出を禁じた。さらに1976年、三木武夫首相が「西側諸国への武器輸出も慎む」方針を示したことで、事実上の全面禁輸体制が確立した。
 もっとも、その後は例外が積み重ねられ、徐々に緩和が進んできたのも事実だ。中曽根政権下ではアメリカへの輸出については例外とする方針が設けられたほか、民主党の野田政権では、国際共同開発や平和貢献を目的とする場合の輸出を認める基準が新たに設けられた。
 そのような例外が設けられながらも、安倍政権までは「日本は武器を輸出しない国」という平和国家としての看板は掲げ続けてきた。2014年、安倍政権は「武器輸出三原則」に代わり新たに「防衛装備移転三原則」を定め、兵器の中でも「救難・輸送・警戒・監視・掃海」の5類型に該当するものに限って例外的に輸出を認める仕組みが設けられた。しかし、戦闘機やミサイル、軍艦など殺傷能力を持つ兵器の輸出だけは禁止が維持されたが、今回高市政権はその5類型の枠そのものを撤廃し、殺傷兵器の輸出を全面的に解禁した形だ。
 もっとも殺傷兵器を除いた兵器の輸出が可能になった2014年以降の10年余、実際に日本が完成した装備品を輸出できたのは、2020年に三菱電機がフィリピンに輸出した警戒管制レーダーの1件だけだった。
 今回の殺傷兵器の輸出解禁にあたり高市政権は、防衛産業の成長を大きな目標に掲げている。しかし、防衛ジャーナリストの半田滋氏は、武器輸出が大きな成長戦略になる可能性は低いとの見方を示す。その理由として半田氏は、日本製の兵器は市場価格よりも値段が高い傾向があり、また自衛隊という独自の運用思想に合わせて設計されているため、汎用性に乏しいことを理由に挙げる。結局、自衛隊の中古品を主に発展途上国に買ってもらう程度にとどまるのではないかというのが、半田氏の見立てだ。
 1976年、三木政権の宮澤喜一外相は国会で「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」と答弁したが、今年3月17日の参院予算委員会でこの宮澤発言への感想を求められた高市首相は、「時代が変わった」、武器を輸出することが「落ちぶれたことだとは思わない」と答弁している。
 学習院大学の青井未帆教授は、十分な根拠や説明が示されないまま、「時代が変わった」というだけでこれほど大きな方針転換が行われたことは「驚愕だ」と批判する。さらに青井氏は、今回の制度変更では武器の輸出先が日本と協定を結んだ国に限定されている点にも注意が必要だと語る。中国やイスラエルなどを対象外とすることで、日本の対外関係を敵味方に明確に色分けしてしまうことにつながるからだ。
 今回の政策方針はその決定プロセスにも問題が多い。青井氏は、もともと武器輸出規制の議論は国会での議論を通じて形成されてきたものなのに、国会での十分な審議もなく、閣議決定や国家安全保障会議(NSC)のみであっさり方針転換が行われたことを問題視する。
 問われているのは、日本がどのような平和国家像を掲げるのかだ。日本が作った武器によって人が殺されていいのかという直球の議論が必要だと青井氏は語る。
 武器輸出の解禁は本当に日本の防衛産業の成長につながるのか。武器を輸出しない平和国家の看板を下ろしてまで、今ここで武器輸出を始めるメリットがあるのか。武器輸出三原則をなし崩し的に放棄してしまった日本を、次は何が待っているのか。学習院大学法科大学院教授の青井未帆氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・なぜいま武器輸出解禁なのか
・平和国家の看板を下ろすわりに得られる経済的メリットは小さい
・国民的議論なく閣議決定だけで決めたことの問題点
・切り崩されてきた9条の理念
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■ なぜいま武器輸出解禁なのか
神保: 日本はこれから武器を輸出し、武器輸出大国を目指すということになっているようです。それによっていったい何が起きるのか。日本の対外イメージがどう傷つくのか、今となっては唯一と言ってもいいようなアセットを喪失するかもしれないということを、日本人はよく分かっていないのかもしれません。それが分からないと、経済が活性化するなら良いんじゃない?という話が平気で出てくることになります。
そもそも経済が本当に活性化するのかという問題もありますが、必ず出てくるのは「対外環境や安全保障環境が非常に厳しく、武器輸出三原則をやっていた時代とは全然違う」という話です。

 今回もう1つ大事だと思うのは、武器輸出解禁についてあまり報道がないことです。国会での議論もしていないので、スーッと通り過ぎてしまう感じですね。それを含めて、一旦ここで立ち止まって考えたいと思います。

宮台: 歴史的文脈と同時代的な文脈の両方を考えたいですね。

神保: ということで今回は、「武器輸出の解禁は日本の形をどう変えるのか」をテーマに選びました。ゲストは学習院大学法科大学院教授の青井未帆さんです。青井さんには安保法制を扱った回などに出ていただきました。今回は殺傷能力のあるものも含めて、武器の輸出を全面解禁するということです。

青井: 以前番組に伺ったのは2014年と2015年でしたが、私の認識ではそこから今まではひとつながりです。2014年に道理を壊して無理を通したことの帰結を見ていると。そこから「安全保障」という言葉が広がり、経済も含めて全てが「安全保障」になってしまいました。AIや情報もそうですし、学術会議問題も軍事研究の問題でした。いま起こっていることは2014年の帰結だと思います。

 考えてみると、2014年の閣議決定でも「切れ目のない安全保障」ということを言っていました。ただ当時、「切れ目がない」とは具体的にどういうことなのかは示されていませんでした。こういうことなのかということを今、あらためて見ているということです。

神保: 2014年、武器輸出三原則が崩れて殺傷能力のある兵器以外のものの輸出が認められました。さらに今年、殺傷能力のあるものも含めて何でもありになった。ホップステップジャンプのような感じです。これで済むのか、あるいはもう一段進むのでしょうか。その先に見えるものはやはり、自民党が党是として掲げている憲法改正だと見ていますか?

青井: そうだと思います。今はなし崩し的に変えていますが、最後の最後に残しているのが憲法9条です。これは規範として意外としぶとく強いということが分かってきているわけですが、9条改正が最終的な大きな区切りだろうと思います。 
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著者イメージ

神保哲生/宮台真司

神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。

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