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  • 渡辺靖氏:なぜハチャメチャな破壊者でしかないトランプに民主主義の救世主となることが期待されるのか

    2025-07-09 20:0022時間前会員無料
    マル激!メールマガジン 2025年7月9日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1265回)
    なぜハチャメチャな破壊者でしかないトランプに民主主義の救世主となることが期待されるのか
    ゲスト:渡辺靖氏(慶応義塾大学SFC教授)
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     今年1月に第2次トランプ政権が発足して以来、僅か5カ月の間にトランプは、世界が第2次世界大戦後80年あまりかけて築いてきた世界の秩序をことごとく破壊してきた。いや、世界の秩序だけではない。アメリカ国内でもトランプは既存の秩序や仕組みを日々壊し続けている。
     トランプ政権の行動を理解するためには、政権の2つの支持基盤を知る必要がある。1つはトランプ自身が提唱するMAGA(Make America Great Again)運動の信奉者たち、そしてもう1つが、キリスト教福音派と呼ばれる人々だ。トランプ政権の行動はすべて、この2つの支持基盤との約束に応えた結果と言っても過言ではない。
     しかし、そうした中、トランプ政権は6月21日、突如としてイランを空爆した。これがトランプの支持基盤の間で不協和音を起こしているという。
     トランプ政権の政策の多くはMAGA運動の考え方に沿っている。第1次トランプ政権発足の立役者でもあり、MAGA運動の理念的支柱でもあるスティーブン・バノンは、MAGAの3つの柱は、(1)移民反対、(2)自由貿易反対、(3)戦争反対で、彼らはトランプがその守護者に適任だと判断したからこそトランプを支持し、トランプ政権の実現に力を貸したと、最近のニューヨーク・タイムズのインタビューで答えている。
     MAGAの3本柱のうち(1)については、戦後のアメリカが多くの移民、とりわけ欧州以外の地域から非白人の移民を受け入れたことで、アメリカの労働者の雇用が奪われた上に、非白人、非キリスト教圏からの移民が大量に流入したことで、「古き良きアメリカ」や「大草原の小さな家」に見られるようなアメリカの伝統的価値観が上書きされているとの危機感を抱いている人たちが相当数いる。結果としてトランプは政権発足直後から、移民に対する厳しい規制と、不法移民の容赦無き国外追放を繰り返している。
    そこまでやる必要があるのだろうかと疑問に感じる向きもあろうが、MAGA支持者たちは移民排斥を心底歓迎していることは言うまでもない。
     (2)は自由貿易によって企業経営者たちは裕福になったかもしれないが、工場労働者などアメリカの労働者階級が次々と職を追われ、生活が立ちゆかなくなったという考え方に基づく。この問題意識を政策にしたものが、例のトランプ関税だ。実際はブレトンウッズ体制と呼ばれる戦後の自由貿易体制はアメリカが主導して作ったもので、アメリカも全体としては恩恵を十分に受けているが、アメリカの労働者たちがそのあおりを受けたことは確かだ。
     そして(3)は、アメリカの外交政策が、かつてアイゼンハワー大統領が退任演説の中で警鐘を鳴らした軍産複合体や介入主義者たちに乗っ取られた結果、アメリカが本来関与すべきではないFOREVER WAR(終わりなき戦争)に巻き込まれ、それがアメリカの国力をことごとく奪ったばかりでなく、アメリカの労働者階級の子ども達を戦場に駆り出す結果となったという考え方に基づく。
    基本的にアメリカは対外戦争に関わるべきではないとの考えをトランプは繰り返し示しているほか、ウクライナ軍事支援の停止やNATOや日本などの同盟国に対する軍事費負担増の主張なども、その延長線上にある。
     このように、トランプの傍目にはハチャメチャにも見える諸政策は、ことごとくMAGA運動の3つの柱に沿った、ある意味で至極合理的なものとなっている。
     しかし、トランプが大統領選挙に勝ち権力を掌握するためには、もう1つの支持基盤である福音派も必要だった。MAGAと福音派は多くの部分で政策や理念がオーバーラップし共闘が可能だが、決定的に相反したのがイラン攻撃だった。
     聖書の言葉を文字通り信じる福音派は、聖書の教えに沿って、全面的にイスラエルを支持している。だからイスラエルの脅威となっているイランを叩くことには大賛成だ。しかし、MAGAはアメリカが戦争に巻き込まれることを極端に嫌う。トランプのイラン攻撃に対しては、MAGAの開祖バノンはもとより、J・D・バンス副大統領を含むMAGA運動の主要なメンバーたちは軒並み強く反対した。しかし、トランプはイラン攻撃を断行した。
     バノンはトランプが軍産複合体やネオコンに騙されたり取り込まれたりしたのではないかと懸念したという。今のところイラン攻撃によってアメリカが「フォーエバーウォー」に巻き込まれるような事態には発展していないので、MAGAの支持者たちも大人しくしているようだが、今後イラン情勢がきな臭くなってきた場合、トランプ政権の支持基盤に重大な亀裂が入る可能性がある。
     慶応義塾大学SFC教授でアメリカ政治に詳しい渡辺靖氏によれば、イラン攻撃はトランプの支持層であるMAGAと福音派の両方を納得させるためのぎりぎりの判断だったという。イランの核関連施設を限定的に攻撃することで、福音派の期待に応えつつ、それ以上のエスカレーションを避けることで、MAGAの離反も何とか避けようとしたのだと渡辺氏は言う。
     トランプの権力基盤がMAGA思想の上に立脚したものであることは間違いない。しかし、問題は、MAGA政策を進めた先にアメリカが「再び偉大になる」保証がないことだ。例えばアメリカの製造業を復活するというが、まさにロボット化やAI化が猛スピードで進む中、他国に関税をかけたくらいで、本当にアメリカの製造業が復活することなど有り得るのか。しかも、関税の引き上げは実質的にアメリカ国民への増税となり、その悪影響を最も強く受けるのはトランプを支持する労働者階級だということも忘れてはならない。
     渡辺氏は結局のところトランプが民主主義の「破壊者」なのか、それとも「救世主」なのかが問われることになると言う。破壊者であることは誰の目にも明らかだが、トランプこそが「ドレイン・ザ・スワンプ(沼の水を抜く)」の言葉通り、利権の沼地と化したワシントンでアメリカの労働者階級を顧みない政治を行ってきたエリートを駆逐し、真の民主主義を実現してくれるかもしれないという期待感があることも紛れもない事実だ。
     しかし、壊すだけ壊した後にどのような世界が現れるかは、誰にも予想がつかない。その意味でも、やはりアメリカという国は人類史における壮大な「実験国家」を地で行っているともいえる。トランプ政権による実験国家アメリカの混乱は、民主主義と資本主義は両立するのかという根本的な問いをも世界中に突きつけていると渡辺氏は言う。
     アメリカに今起きていることは何を意味しているのか。トランプ政権を支えているMAGAと福音派とは何か。トランプが破壊するだけ破壊した後、世界には何が残るのかなどについて、慶応義塾大学SFC教授の渡辺靖氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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    今週の論点
    ・格差拡大と財政悪化が懸念されるトランプ政権の予算案
    ・トランプ政権を支える福音派とMAGA派
    ・トランプは民主主義の破壊者か救世主か
    ・MAGAは本当にアメリカを「再び偉大に」するのか
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    ■ 格差拡大と財政悪化が懸念されるトランプ政権の予算案
    神保: 今日は慶応義塾大学SFC教授の渡辺靖さんをお招きし、アメリカでいま起きていることについて補助線をいただきたいと思っています。

     最新の話としては、アメリカで大型減税・歳出法案が成立しました。アメリカではOne Big Beautiful Bill、略して OBBB と呼ばれており、これはトランプ政権が誕生してから初めての予算案です。今までは予算措置を伴わない大統領令を連発し、それだけでも世界がひっくり返りましたが、今回は初めて予算措置を伴うものを出しました。
    7月1日に賛成51―反対50、つまり最後の一票をバンス副大統領が投じて上院を通過しましたが、共和党から3人の造反がありました。7月3日には下院を通過しましたが、こちらでも造反が出ていました。まずはこれらの評価について伺いたいと思います。

    渡辺: 上院には100人の議員がいて、通常、可決するには60票が必要です。

    神保: フィリバスターを防ぐためですね。 
  • 毛受敏浩氏:「ステルス移民政策」のままでは増え続ける外国人労働者に対応できない

    2025-07-02 20:00会員無料
    マル激!メールマガジン 2025年7月2日号
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1264回)
    「ステルス移民政策」のままでは増え続ける外国人労働者に対応できない
    ゲスト:毛受敏浩氏(関西国際大学客員教授)
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     日本は移民は受け入れていないことになっている。しかし、実態はそれとは大きくかけ離れている。
     今月発表された2024年に国内で生まれた日本人の子どもの数は初めて70万人を割り込み、合計特殊出生率は過去最低の1.15となった。この先、長期にわたって人手不足が続くのは確実だ。その一方で、昨年末の在留外国人数は377万人と過去最高を更新、1年で36万人増えた。まさに日本人の人口減を外国人が補っている状況だ。
     それは働く現場を見れば明らかだ。人手不足が深刻化する中で製造業や建設業、農林水産業などは、今や外国人労働者なしでは回らなくなっている。医療・福祉の分野での外国人依存度はこの10年で7倍になったというデータもある。団塊の世代が75歳を超えて後期高齢者となり、今後さらに介護人材が不足することが予想される中、日本は外国人材に頼るほかなくなっている。特に人口減少がより顕著な地方では、外国人労働者の「争奪戦」になっているとさえいわれる。
     一民間人として国際交流の現場で活動してきた毛受敏浩氏は、「ステルス移民政策」という言葉を使う。実際には多くの移民を受け入れているのに、政府が公式には移民ではないという立場を取り続けているからだ。実際、政府は2018年の骨太の方針で「新たな外国人の受入れ」を示し、それに合わせて入管法を改正、将来の定住を想定した「特定技能」という在留資格の創設や出入国在留管理庁の創設、総合的対応策の策定など、次々と外国人の受け入れ政策を進めてきている。
     しかし、日本政府は、去年の国会で当時の岸田首相が「政府としてはいわゆる移民政策をとる考えはありません」と答弁したように、あくまで移民政策は採用しないとの立場を変えていない。まるで移民という言葉がタブーになっているかのようだ。その結果、外国人が定住するためのオリエンテーションや日本語教育などの支援策の多くは民間任せとなっており、政府が予算をつけて取り組む形にはなっていない。実際は数百万人単位の外国人が日本で働き生活しているのに、その社会的な立場も脆弱なものとならざるをえない。
     毛受氏は、現在のペースで定住外国人が増え続ければ、20年後にはその数は1,000万人の規模になる中、このまま中途半端な形で外国人労働者の数が増加する状況を危惧する。とくに、政府の姿勢があいまいなために日本人の意識が変わらないまま、外国人を雇用の調整弁としてしかとらえない産業界や、ともに暮らす生活者として受け入れる姿勢がない地域社会では、外国人人口が増えるにつれて、今後さまざまなトラブルが起こることも予想される。
     かつては移民政策の是非について活発な議論が交わされていた時代もあったのに、いつから、そしてなぜ、日本では移民という言葉がタブーになってしまったのか。移民問題が欧米で起きているような社会の分断を引き起こすことなく、日本が必要としている外国人の人材を受け入れるためには、日本は何をしなければならないのか。「ステルス移民政策」から脱却して、定住外国人のために「基本法」を制定する必要があると主張する毛受敏浩氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。

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    今週の論点
    ・実質的な移民政策はもう始まっている
    ・なぜ日本では「移民」がタブーになったのか
    ・ステルス移民政策の問題点
    ・定住外国人に関する基本法を作るべき理由
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    ■ 実質的な移民政策はもう始まっている
    迫田: 今日のテーマは外国人材の受け入れです。移民という言葉を使ってもいいかもしれませんが、日本で働いている外国人が大勢いるので、そのことをちゃんと考えたい。人口減で人手不足という状態が20年近く続いています。

    宮台: 技能実習生問題は何回か取り上げましたが、労働基準法に守られない状態で外国人を雇用し、それなくしては農家も回らないといった構造的な問題になっていました。それが今どういう状態なのか、今後どうなるのかということはどうしても知りたいですね。

    迫田: 今月発表された出生率ですが、2024年に国内で生まれた子どもの数は70万人を切りました。2024年の合計特殊出生率は1.15。1.57ショックと言われたのは35年前のことでした。少子化対策は完全に失敗ですよね。 
  • 安藤光義氏:備蓄米が安く放出されても「コメ問題」が解決したわけではない

    2025-06-25 20:00
    550pt
    マル激!メールマガジン 2025年6月25日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1263回)
    備蓄米が安く放出されても「コメ問題」が解決したわけではない
    ゲスト:安藤光義氏(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)
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     小泉進次郎農相が随意契約による安価な備蓄米の放出を一気に進めたことで、「令和のコメ騒動」とまでいわれた一連のコメ問題は、とりあえず一息つける状態になったかに見える。
     「令和のコメ騒動」では、コメの値段が1年前の倍以上の金額に高騰し、一部の地域ではコメが手に入りにくくなるなどの問題が起きた。これはコメの需給バランスが崩れたことから起きた問題だった。コメの需要に対して供給が不足したのでおのずと値段が上がり、「騒動」にまで発展したのだった。
     しかし、問題はなぜコメ不足が起きたのかということだ。単に冷害や台風などで取れ高が減ったのであれば、一時的に備蓄米を放出して供給を増やせば問題は解決する。とはいえ、そもそもコメの生産が需要を下回った最大の原因が、政府による生産調整、つまり減反にあったとすれば、一連のコメ不足が実は人災だったということになる。
     今回コメ不足が起きた背景には、日本のコメ政策、ひいては日本の農業政策の根本的な失敗があった。今回のコメ騒動を奇貨として、日本の農政の失敗を検証し、問題点を改めなければ、ちょっとした気象条件や国際環境の変化によって、再びコメ不足に陥る可能性は十分にある。
     日本のコメをめぐる問題は大きく2つある。1つは実質的にコメの生産調整が今も続いていること。減反である。そして、もう1つは小規模な兼業農家が数の上では圧倒的多数を占める、非効率的な農業構造が温存されていることだ。これらが日本の農業の競争力を奪い、結果的に食料安全保障を脆弱なものにしている。その、いわば本質的な問題が、コメ不足という現象によって明らかになった。
     安倍政権下の2013年、政府は5年後の「減反廃止」を宣言したが、それは名ばかりのもので、2018年以降も実質的な減反は続いてきた。人為的に生産を抑えることで、コメの価格を維持することが、減反の第一義的な目的だった。もともと減反によって生産が抑えられているところに、猛暑による2023年産米の品質の低下やコロナ後のインバウンド需要の回復など複数の要因が重なった上に、南海トラフ地震への注意を呼びかける臨時情報によって一部の消費者がコメの買いだめに走ったために、コメの需給バランスが大きく崩れた。
     しかし、そもそもコメの値段が下がらないようにするために、コメが不足もしないし過剰にもならないギリギリの状態を維持しようとすれば、わずかな外的要因の変化によってたちまちコメの供給不足が起きることは避けられない。減反を続けている限り、いつまた価格高騰やコメ不足が起きてもおかしくないのが日本の農業の実情なのだ。
     さらに、日本のコメ農業は収益性の低い小規模な農家が圧倒的に多い。小さな田んぼが散らばっていれば大型機械の導入などが難しく、効率が悪くなる。そのため減反によって価格維持を図っていても、赤字経営に陥っている小規模農家は多い。
     隣接する田んぼを集約し大規模化を進めれば生産コストを下げることができる。農水省も食料安全保障の観点から農業の大規模化を進めているが、実際にそれを実現するためには構成員の多くを小規模農家が占める農協(JA)や自民党の票田など、いわゆるコメ利権に切り込むことになるため、少なくとも従来の自民党政権ではこれを変えることは難しかった。
     しかし、そもそも日本の農業が置かれている状況は、そんなことを言っていられるほど安泰ではない。日本の食料自給率はカロリーベースで38%と、先進国としては最低水準にある。コメ離れなどと言われて久しいが、その一方で、需要が増え続けている小麦の自給率は15%にとどまる。世界の穀倉地帯と呼ばれるウクライナで戦争が起きた途端に、日本中でパンやパスタが一斉に値上げされたことは記憶に新しいはずだ。その上、コメの自給までが困難になれば、日本の食料安全保障は決定的に脆弱なものとなる。
     減反をやめればコメの値段が下がり、少なくとも一時的にはコメ余りが起きるかもしれない。そうなると輸出に活路を見出すしかない。政府は今年4月、コメの輸出量を2030年までに約8倍に拡大する目標を打ち出しているが、効率の悪い小規模農家が多く残る現在の日本のコメの生産コストは、アメリカや中国、タイなどの他のコメ生産国と比べてもかなり高く、アメリカの4倍以上だ。日本は輸入米に1キロあたり341円の関税をかけているが、関税分を上乗せしてもアメリカ産のコメの方が安い値段で消費者に届く。
    農業政策が専門の安藤光義・東京大学大学院農学生命科学研究科教授は、現在の価格競争力ではコメの輸出は難しいだろうと語る。
     今後、高齢の小規模農家の離農はますます進むと見られる。その結果、長期的には国内でコメの需要を賄えなくなる恐れもある。コメの自給を維持するためには、特に小規模なコメ農家が多い東北地方で小規模農家が離農した後の田んぼを大規模農家に集約できるかどうかがカギになると、安藤氏は語る。
     コメ価格の高騰はなぜ起きたのか。コメ騒動の背景にある日本の農業の構造問題とは何か。コメ騒動を奇貨としてその構造問題に切り込めなければ、日本の食料安全保障が危ういのはなぜか、などについて、東京大学大学院農学生命科学研究科教授の安藤光義氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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    今週の論点
    ・コメの生産調整は事実上いまも続いている
    ・随意契約による備蓄米放出の是非
    ・コメ農家の減少と食料安全保障
    ・持続的な農業のための構造改革の必要性
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    ■ コメの生産調整は事実上いまも続いている
    神保: 今日は6月18日の水曜日、コメの問題をもう一度取り上げたいと思います。前回コメ問題について話してから、小泉農相が登場し、随意契約による備蓄米の放出がありました。本来であればコメ行政を見据えて必要な改革を行うチャンスなのですが、日本ではそれを奇貨とできず、問題がすり替えられてしまいます。令和のコメ騒動とまで言われているのに、単に備蓄米が放出されてコメが安く買えて良かったというだけで終わってしまうわけにはいきません。

    宮台: 現象に一喜一憂するのではなく、構造的な問題を憂慮しなければなりません。

    神保: 結局は構造的な問題が原因なのに、それが複雑でかつ利害関係が巣食っているので、手をつけようとすると政治的にもメディア的にも色々と痛手を負います。それを避けるために現象に逃げているという動機もあると思います。それならばコメ問題をしつこくやっていきたいと思い、今回あらためて農政の専門家に来ていただき、何をどうしなければならないのかを伺いたいと思います。

    宮台: 生態学的思考が大事です。確かに原因や結果が見えていたとしても、因果関係自体がある前提の上に成り立っているということがあるので、その前提が本当に成り立っているのかということを絶えず検証しなければなりませんし、さらにその前提で良いのかどうか検証しなければなりません。

    神保: こうすればもっと安くなるという市場原理はありますが、食の問題は最後には安全保障に関わります。コメ以外の穀物の輸入依存度が高い中で、コメは自給できています。単純に市場原理に従って輸入などをしてしまえば安くはなるのかもしれませんが、それで良いのかどうかという問題もあり、その一方、今度はそれを理由にして意味不明な保護が何重にも出てくることで必要以上に価格が上がってしまうということもあります。

    宮台: 全ての保護は利権の保護です。しかし、どの利権を保護することでどの利益が奪われるのかという計算が難しいですよね。

    神保: 利権の中にもいわば消費者にとって意味のある利権と意味のない利権があるので、そういうことも含めて問題の本質に近づいていきたいと思います。ゲストは東京大学大学院農学生命科学研究科教授の安藤光義さんです。安藤さんには2013年の安倍政権の時にも出演していただき、その時の番組タイトルは「『減反廃止』で日本の農業は生き残れるか」というものでした。実際には廃止になっていないのですが、形式上は廃止すると言っていたのでそういう番組を作りました。結局、12年経っても減反をどうするのかという問題は残っているのでしょうか。

    安藤: はい。米価を維持するために減反が続いています。

    神保: もともと食管法は安いお米をきちんと提供するために政府が買い上げ、それを配給のように市場に流すというようなもので、戦争中にできた制度でした。しかし、コメの自給ができるようになりコメが余り始めると、政府の買い上げでは財政的な負担が増してしまうので、生産調整を行ったという理解をしていました。
    しかし、今は減反の目的は価格維持だと当たり前のように言われています。減反の目的はどこからコメの値段が下がらないようにすることになったのでしょうか。