希蝶さん のコメント
このコメントは以下の記事についています
第443号 2022.8.2発行 「小林よしのりライジング」
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。
毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、著名なる言論人の方々が出版なさった、きちんとした書籍を読みましょう!「御意見拝聴・よいしょでいこう!」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが現代社会を鋭く分析「トンデモ見聞録」や小説「わたくしのひとたち」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行)
【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…統一協会の話題を、テレビも週刊誌もどんどん扱っている。一方、「安倍マンセー派」にとっては、安倍晋三があんなに無惨に殺され、しかもそのことによって安倍と反日・反社会カルトである統一協会の癒着関係が明るみに出されてしまうという事態は、とても耐えがたいことだろう。自称保守系の雑誌「月刊WiLL」「月刊Hanada」「月刊正論」は安倍追悼の大特集号を組んでいるが、その内容は安倍への賛美の嵐で、安倍と統一協会の関わりなど一切触れず、そればかりか、銃撃は「アベガー」(サヨク)のせいだとする記事まで載っている始末。現実に対して徹底して目を塞いでいるその様子は、それこそが「信仰」であり「カルト宗教」である!!
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…日テレ系列の報道番組が「末期ガンの83歳男性が、コロナ感染半日後に救急搬送叶わず自宅で死亡」という密着映像を大々的に報道している。テレビ的には「子どもか若者の死者が欲しい」というのが本音なんだろうと思うが、「救急搬送できなかった」「自宅で死んだ」「感染半日で死んだ」ということならば、83歳だろうと、末期ガンだろうと関係ないのだ。この報道、現実と、テレビ局の「推したいこと」がズレまくっていて違和感ありありだ。実態とかけ離れた“在宅コロナ死”報道、“医療逼迫”報道に騙されるな!
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」…「安倍元首相の国葬にプーチン大統領も呼んでウクライナとの仲裁を」という主張をどう思う?男尊女卑の化石人間どもを相手にするのは時間の無駄では?よしりんは人を見る目がなさすぎるのでは?ホリエモンのワクチン信仰をどう思う?一番好きな吉田拓郎氏の曲は何?ポジショントークに陥らないようにするためには何を心掛けるべき?…等々、よしりんの回答や如何に!?
【今週の目次】
1. ゴーマニズム宣言・第472回「安倍マンセーの方々へ」
2. しゃべらせてクリ!・第399回「思い出のひとコマ!ノーマスク夏祭りぶぁい!の巻【後編】」
3. 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第266回「終末期老人の“自宅コロナ死”報道は、死者の冒涜」
4. Q&Aコーナー
5. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど)
6. 編集後記
第472回「安倍マンセーの方々へ」 統一協会の話題を、テレビも週刊誌もどんどん扱っている。
先週の時点では、権力に忖度して沈静化していくのではないかと危惧していたが、統一協会を扱えば視聴率が上がる、部数が伸びるという現象に、もう各局・各誌とも抗えない状態になっているようだ。
安倍晋三があんなに無惨に殺され、しかもそのことによって安倍と反日・反社会カルトである統一協会の癒着関係が明るみに出されてしまうという事態は、 「安倍マンセー派」 にはとても耐えがたいことだろう。 「私の心の中の美しい安倍晋三を汚さないで!」 みたいな心の叫びが聞こえるようだ。
そんな、何が何でも安倍のことは美化しておきたい「安倍マンセー派」のために、「月刊WiLL」も「月刊Hanada」も「月刊正論」も、安倍追悼の大特集号を組んでいる。
そこでの安倍は 「不屈の政治家」 であり、 「稀代のリーダー」 であり 「自由の守護神 」 であり 「日本の宝」 であり…と、賛美、賛美、賛美の嵐である。
まるで、文鮮明を「メシア」と賛美するかのように。
もちろん3誌とも安倍と統一協会の関わりなど一切触れず、そればかりか、 銃撃の原因となったのは悪意ある安倍批判を繰り返した「アベガー」(サヨク)のせいだとする記事まで載っている。 「愛する安倍さんの裏にそんな闇があったなんて、そんなこと見たくなーいっ!」 といった状態である。
メディアでは連日、統一協会と安倍晋三・自民党の癒着関係が報じられているのに、ここは全くの異世界である。現実に対して徹底して目を塞いでいるその様子は、それこそが「信仰」であり「カルト宗教」であるとしか言いようがない。
そしてこれは信仰であるがゆえに、議論が一切通用しない。
首相時代の安倍があんなことをした、こんなことをしたといくら具体的に挙げても、「『アベガー』だ!」と言って、一切聞こうともしないのだ。
統一協会の信者が、 「サタンの言葉だ!」 と言って都合の悪い声に耳を塞ぐのと同じである。
だが、そんな安倍マンセー教信者にも、決して「『アベガー』だ!」では否定のできないことがある。
それは、 安倍晋三が 「戦後レジームからの脱却」 を掲げながら、それを全てベタ降りしたことである。
安倍は第一次政権発足時に 「村山談話」(侵略史観)を踏襲する と言い、 「河野談話」(慰安婦強制連行)を踏襲する と言い、 「東京裁判」に異議を唱える立場にない と言い、ついにこれを撤回することはなかった。
そして 集団的自衛権の行使容認については、まずアメリカ議会で約束して、それから日本の議会での議論を開始した。
戦後レジームの根幹は、アジア侵略史観(自虐史観)とアメリカ追従である。 安倍はこれから脱却すると言っておいて、より強化してしまったのだ。
これは決して否定のできない事実としてあるのだから、絶対に反論のしようがないことである。
しかもこの上に、統一協会の問題が加わるのだ。
ジャーナリスト・鈴木エイト氏が公表したリストによれば、統一協会と関係のある国会議員は112人で、うち98人が自民党議員、中でも安倍派が35人に上る。しかも、まだ公になっていない議員は他にもいると考えられるという。
明らかになっているだけで、自民党の国会議員の4分の1以上が関わっているというのだから、びっくり仰天である。
しかも、警察組織を管理する立場にある 国家公安委員長までも、統一協会の関連団体が主催するイベントの「京都府実行委員会委員長」を務めていた ことを認めている。全く狂気の沙汰であり、そして それは全て第二次安倍政権発足以降に顕著になったことなのである。
中でもわしが特に重視しているのは、2013年の参院比例で初当選した元産経新聞記者・ 北村経夫 への選挙協力の件だ。
統一協会の内部文書には、 安倍から直々に北村を後援してほしいとの依頼があったと記され 、さらに「まだCランクで当選には遠い状況」だった北村を当選させることが「組織の『死活問題』です」と書かれていたという。
その結果、北村は当選。二期目を目指した2019年の選挙でも、初当選時と同様に盤石な地盤を築けていなかったにもかかわらず、 安倍が選挙直前に慌てて統一協会に支援を依頼し、再選されたといわれている。
広告塔として利用されていたという程度なら「知らないうちに悪用されていた」なんて言い訳もできなくはないが、 安倍が自ら直々に統一協会(カルト団体)に後援を要請し、票の差配をして当選したとなれば、致命傷ではないか?
公明党・創価学会に協力してもらうのが当たり前になって、完全に感覚がマヒしていたのかもしれないが。
いずれにしても、安倍晋三と統一協会の間には「ズブズブ」程度の言葉では言い表せないくらいの関係性があったのは間違いないし、このままいけばこれからも事実がどんどん明るみに出されるだろう。何しろ30年分の事実が眠っているのだから。
だが、否定しきれないほどの事実が出てきた時に、自民党・ネトウヨ・安倍マンセー派たちがどうするかは目に見えている。
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!
ロシアとフィンランド(スオミ)の国境地帯に、「カレリア」と呼ばれる地帯があります。実はこの地はアジア系であるフィンランド人の聖地であり、元々の居住地でした。「カレワラ」というフィンランドの民俗歌謡はここに由来しています。
実は「フィンランド」という国は20世紀になるまで存在しておらず、スウェーデンの一部でした。このコロナ騒動で、反マスクの国として一躍クローズアップされたスウェーデンですが、実は北欧のみならず、ドイツ国内にも封土を有するヨーロッパ隨一の強国で、ロシアとも覇権を争ってたびたび戦争をしていました。世界史の教科書で、「三十年戦争」のところで登場する「グスタフ・アドルフ」さんはその代表的な王であり、その女クリスティアーナも名君だったそうで(途中で王位をいとこに譲り、ローマカトリックの修道女になりました)、さらにその後をついだカール16世は戦争の名人だったそうです。カレリア地方も、ロシア・スウェーデン両国の係争地となり、結果、ピョートル大帝のロシアが勝利し、占領地に「サンクトペテルブルク」を建設しています。
フィンランドから脱線してきましたが、以上のような経緯があって、カレリアも含むフィンランドすべてがスウェーデンからロシアのものとなってゆくのですが、第一次世界大戦終結後、晴れてフィンランドという国家が(カレリア地域の大部分も含めて)成立しました。しかし、サンクトペテルブルクにあまりに近いという理由で(先述したように、それは当然なのですが)、ロシア帝国を継承したソ連はほかのカレリア地域もよこしてくれと、第二次世界大戦初期に「冬戦争」という戦役を起こしました。これは苦戦状態になり、グレンコさんが解説したように、モスクワ条約でカレリアの要塞部を渡してくれで和平になりましたが、その後、継続戦争という戦役をふたたびソ連が起こし、こちらはナチスドイツの侵攻で自然におさまった、といった感じです。以後、カレリアの大部分は「カレリア共和国」というソ連、のちのロシア内の国家となり、現在にいたっているわけです。
これだけでは不親切なので、今は販売されていない某百科事典の「カレリヤ」項目などをつけます。おそらく著作権侵害にはならないでしょう。
カレリヤ
│I│プロローグ│
カレリヤ Kareliya ロシア連邦内の共和国。ヨーロッパロシア北西端にあり、西はフィンランドと国境を接し、東は白海、南側はラドガ、オネガの両湖に面する。カレリヤはロシア連邦21共和国のひとつである。共和国は、連邦の地方自治体の中で最大の自治権をもつ、特定の民族を基盤とする行政単位である。面積は17万2400km²。人口は78万人(1997年推計)。主都はペトロザボーツク。
共和国域内は全般に起伏のある平原で、西部には山地もあり標高は最高578m。白海や湖の沿岸部がもっとも低い。冬は長いが、ロシアの他地域にくらべれば穏やかである。夏はすずしく、比較的湿度が高くなる。年降水量は南西部で600mm、北部では400~500mmほど。代表的河川としては、ケミ川、ブイグ川、ケレチ川が白海にそそぎ、ボドラ川、アンドマ川などがオネガ湖にそそぐ。全土のおよそ半分が森林におおわれる。ラドガ、オネガ、ブイゴゼロ、トポゼロ、セゴゼロなどの湖があり、その面積をあわせると総面積
の20%近くに達する。
│II│住民│
行政の中心地ペトロザボーツクの人口は28万2000人(1997年推計)。住民の74%が都市部にすんでいる。ペトロザボーツクには1940年創立のペトロザボーツク国立大学、ロシア科学アカデミーの支部などがある。主要都市は、ベロモルスク、ケミ、コンドポガ、メドベジエゴルスク、ソルタバラなど。全住民の75%をロシア人が占め、10%を基幹民族であるカレリヤ人、残りはその他の民族である。カレリヤ人はフィンランドのフィン人と同系。言語はフィン・ウゴル語派の2つの言語、カレリヤ語とウゴル語が使用され、とくにカレリヤ語はフィンランド語に近い。カレリヤ語による最古の記録は13世紀のものである。1835年にはフィンランドとカレリヤにつたわる叙事詩「カレワラ」の一部が、はじめてフィンランド語で出版された。カレリヤ人の
大部分は、中世に東方正教会に改宗している。
│III│経済、政治 │
代表的産業は、製材、木工、地下資源採掘、機械製作、金属加工、建築資材製造など。農業では酪農、養鶏、毛皮用動物の飼育、ジャガイモや野菜類の栽培が盛ん。漁業も活発である。電力はおもに、水力発電によってまかなわれている。鉄道、道路、空路によって共和国外の諸都市とむすばれ、またラドガ、オネガ両湖の水運や、白海・バルト海運河も利用されている。
政治は選挙によってえらばれる行政府の長と立法府が担当する。ロシア連邦議会には、連邦会議(上院)に2議席、国家会議(下院)に1議席の計3議席をもつ。連邦会議の2議席は行政府の長と立法議会の長が
兼任する。国家会議の1議席は、共和国を範囲とする選挙区からえらばれる。
│IV│歴史│
現在のカレリヤにあたる地域では、中世初期に、スラブ民族が南部や白海沿岸にすみはじめた。9世紀以降、カレリヤはロシア人初の本格的国家であったキエフ・ロシア(キエフ・ルーシ)に支配され、12世紀にはノブゴロドを本拠とする国に占領された。13世紀にはスウェーデンがカレリヤの一部を侵食し、北部進出をねらうロシア人と衝突した。1617年ロシアはスウェーデンによるカレリヤ領有をゆるしたが、北方戦争(→ スウェーデンの「北方戦争」)でスウェーデンをやぶり、1721年のニスタット条約(ニュースタード条約)によってとりもどした。
ロシア革命(1917)とその後につづいたロシア内戦(1918~20)の際には、フィンランドとロシアがカレリヤをめぐってたたかい、1920年、この地方でのロシアの覇権が確立した。同年6月、行政機構としてカレリヤ労働コミューンがもうけられ、3年後、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の中で、自治共和国となった。39~40年のソ・フィン戦争で獲得した領土が編入され、カレリヤの範囲は拡大、カレロ・フィン・ソビエト社会主義共和国として、ソビエト連邦に直接加盟した。しかし、域内でのロシア人が増加してカレリヤ人やフィン人をうわまわるようになったため、56年、ロシア共和国内の自治共和国に格下げされ、カレリヤ自治ソビエト社会主義共和国となった。カレリヤ人はロシア人との同化がすすみ、89年の調査では、都市部にすむカレリヤ人の56%、農村部のカレリヤ人の35%がロシア語を母語と認識していることがわかった。ソ連時代末期、カレリヤの言語や文化の復興をめざす運動がおこり、91年のソ連の崩壊により、カレリヤは独立国家ロシア連邦の中のカレリヤ共和国となった。
Microsoft(R) Encarta(R) Reference Library 2003. (C) 1993-2002 Microsoft Corporation. All rights reserved.
ソ・フィン戦争
│I│プロローグ│
ソ・フィン戦争 ソフィンせんそう Russo-Finnish War 第2次世界大戦初期の1939~40年、および後期の41~44年にフィンランドとソビエト連邦の間で2回にわたっておきた戦争。ソ連は、ドイツ軍がフィンランド領を通過して攻撃してくることをおそれ、レニングラード(現、サンクトペテルブルク)に近いフィンランドの領土を他の地域と交換して割譲するよう要求したが、フィンランドが拒否したため、戦いがはじまった。
│II│第1次ソ・フィン戦争 │
1939年11月30日、外交交渉が決裂し、ソ連は宣戦布告なしにフィンランド攻撃を開始した。空軍がヘルシンキなどの諸都市を爆撃し、海軍がフィンランドの港湾を砲撃、陸軍部隊が国境をこえた。ソ連側は全長1500kmにおよぶ両国国境線の要所要所に、およそ20個師団の兵力を配置したが、フィンランド軍は、開戦時には歩兵3個師団、騎兵1個旅団、戦車1個中隊しかもたず、多くはあまり訓練をうけていない予備兵にたよっていた。フィンランドの将軍マンネルヘイム男爵は、わずかこれだけの兵力でソ連軍と会戦した。
ソ連軍の最初の攻撃は、幅113kmのカレリヤ地峡の首にあるマンネルヘイム線とよばれる要塞(ようさい)とコンクリート製トーチカの列にむけられた。12月初旬にソ連軍の4つの部隊がマンネルヘイム線の北方を突破したが、きびしい寒さ、森におおわれた地形、スキー部隊の機動力などによって、フィンランド軍は翌年1月までにソ連軍の補給線と通信線を切断し、先遣部隊を退却させた。
フィンランド軍の善戦は1月いっぱいつづき、中部・北部に侵入したソ連軍の師団、戦車旅団を殲滅(せんめつ)した。当初はレニングラード軍管区の部隊だけでまにあうとみくびっていたソ連軍指導部は、あいつぐ敗北に組織の立て直しをせまられ、チモシェンコ元帥が指揮をとることになった。チモシェンコは約30万の兵力をマンネルヘイム線に集中させ、大砲と空軍が攻撃軍を支援した。
1940年2月1日~10日にかけて、うちつづく消耗戦でソ連軍は多大な犠牲をはらわされたが、フィンランド軍の抵抗をうちくだいた。ソ連軍は2月14日にスンマに大攻勢をかけ、16日に同市を占領、3月11日にソ連軍先遣隊がマンネルヘイム線西側の要衝ブイボルグ(フィンランド名、ビープリ)にはいると、フィンランドはついに和平を要求、イギリス、フランスの参戦の動きを知ったソ連もそれに応じ、翌日に講和条約がむすばれ、両国は停戦した。
過酷な講和条件によって、フィンランドはカレリヤ地峡など4万1888km²の領土を割譲させられた。さらに、ハンゲ半島と隣接する島々をソ連の軍事基地として30年間にわたって貸与する、ソ連の市民と貨物がペッツァモ地方(現、ペチェンガ)を通過する権利をみとめる、などの譲歩を強いられた。
│III│第2次ソ・フィン戦争 │
│ │ │
1941年6月、フィンランドは前回うしなった領土を回復しようとして、ドイツと手をむすんでソ連を攻撃した。しかし、44年には戦況がドイツに不利になり、フィンランドはソ連に講和をもうしいれた。ソ連が提案したきびしい講和条件には、3億ドル近い賠償金要求もふくまれていた。
Microsoft(R) Encarta(R) Reference Library 2003. (C) 1993-2002 Microsoft Corporation. All rights reserved.
Post