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na85さん のコメント

 いよいよ寒気が到来し始めましたが、皆様お変わりありませんか?よしりん師範、木蘭師範、時浦師範代、みなぼん編集長、スタッフの皆様、今週も執筆・編集・配信ありがとうございます。

 日本人がお客様のおもてなしに臨む場合お辞儀という挨拶から始まると思います。では日本人が合掌を伴ったお辞儀をどういう時にするかと言えば仏教寺院に参拝するときぐらいしか思いつきません。一方で欧米人が思う日本イメージのかなり上位に観光地としての神社仏閣があると思われます。つまりあの滝川クリステルのomotenashiパフォーマンスは、日本的なモノを何でもブチ込んでおけば欧米人に受けるだろうという安易な発想で、深い考えもなく歓迎の挨拶と参拝しぐさを混同させたのだと思われます。また同時に参拝つながりで神仏にお願いするような心持でIOC委員の皆様に東京への投票をお願いするという意味も含んでいたのかもしれません。しかし最早それは誠意あるオモテナシの象徴ではなく単に卑屈なオネガイの態度としか思えません。そもそも神仏への参拝はお願いではなく誓いを立てるのが正しいわけですから二重三重に誤解されそうです。IOC総会の最終プレゼンのときには「私たちは自国文化を少々投げ売ってでも目先の利益が欲しいです。だから東京に1票ください」という空気が日本中を覆っていたように感じました。カネのために文化破壊を受け入れ、結局カネも得られないどころか大きく失うという結末は、五輪開催もTPP参加も同じでしょう。
 私は三波春夫の「お客様は神様です」には良いイメージをもっていませんでしたが、今回その意味を正しく知ることができました。カミ様の前で心を清明正直にし、カミ様に芸を奉納するような態度で臨む、これは神職が祭祀に臨むときの行き方です。そのような心境でお客様をカミ様と思うのであればとても納得がいきますし、また一流芸能人はこうでなければ良い芸はできないと思います。芸能人に限らずどんな仕事においても、日本人の仕事に対する真剣さや集中力はカミ様への奉仕・奉納だとされ、チームで良い結果を出す場合も同じカミ様を斎祀る共同体の機能が発揮された場合だと考えられます。最近まで生きていた日本人同士の互いの職業の尊重と職能への尊敬や信頼は、近代以前に育まれた宗教感覚や文化に由来する無意識の共通了解があってのことだと思われます。この相手の職業への尊敬があれば不当なクレーマー行為はできないはずであり、またそのような行為をする人は共同体社会から締め出されたはずです。
 さて、江戸期の子供たちは江戸しぐさ・繁盛しぐさの一環として寺子屋で「会う人みな仏様と思え」と教えられたそうです。人口が密集していた江戸の町人居住区域で皆が気持ちよく暮らしていけるようにできた所作が江戸しぐさですが、相手に不快な思いをさせない態度を身に着けることで、商売で身を立てやすいように子供の頃から寺子屋で仕込まれたわけです。お互いが相手を神仏だと思って接すれば大した争いも起こらず気持ちよく暮らせる社会だったはずです。この伝でいくと「お客様は神様」の淵源は江戸文化にあるのかもしれません。江戸は農村から溢れた民が流入して大きくなった都市ですが決して砂粒の個人ではなく、長屋は一つの共同体であったし、職場や職能団体も共同体なら寺子屋や江戸講も共同体として機能する重層的な共同体社会だったと言えます。ちなみに参勤交代行列などで農工商の武士に対する土下座はあまり厳格ではなく、むしろ家格によって厳しく差別されていた武士同士のほうが顔を合わす機会が多いため土下座の機会も多かったかもしれません。
 現代日本は地域社会や職場、家族からも孤立したネトウヨチックでクレーマー体質な人が溢れています。こういう砂粒の個人はネット世界の住人であることが多く、暇があるためSNSで動員がかかればデモにも簡単に出ていけます。デモや訴訟は企業イメージを損ない株価にも影響するため、ネガキャンやデモをされると面倒だと考える大企業が増え、電凸クレーマーの難癖にも簡単に屈して謝罪するようになります。悪名高いフジテレビ反韓流デモはスポンサー企業へのデモが最も効いたそうです。企業への就職を諦めてしまった人々が大企業に反抗する機会を与えられて快感を得ているわけです。曲解された「お客様は神様です」という言葉だけが独り歩きし、少子化でモノやサービスが売れない買い手市場では企業は消費してくれるだけで有難いため「消費者の皆様は神様です」というへりくだり意識が定着してしまいました。こうした土壌の上に来たのが土下座ブームです。身分が上の人に対する挨拶だった土下座に謝罪の意味が付加され、買い手市場では生産者・提供者より消費者が目上として振る舞うようになり、また不満を募らせた個人は何でも叩いて謝罪させたいという気分が蔓延した結果のブームでしょう。
 しかしブームよりはるかに先行していたのが政治です。近隣諸国への判りやすい土下座外交が70年代から起こりましたが、これより先行して構造改革という判り難い宗主国へのへりくだりと土下座が続いていました。これは左右に関わらず戦後与党の党是となっています。長い歴史の中で出来上がった共通了解を持つ日本人同士ではオモテナシであっても、外国人に対しては単なるヘリクダリ・土下座になってしまうわけです。今後TPPで日本市場に乱入する外国企業や外国人には共通了解などないため絶対に謝らないでしょう。また逆にTPPで貧困層が拡大すれば消費者としての地位も当然弱くなり、外国企業の提供する安くて悪いモノやサービスを否応なく買わされるだけです。ネトウヨ的クレーマーが企業とマスコミを委縮させつつ安倍政権を支持した結果、庶民増税・(外資を含む)企業減税・社会保障カット・TPP参加の貧困化4点セットによる超格差社会を招くに至りました。
 来訪神を待ち焦がれる島国根性の日本人はペリー来航以来の異国人の暴虐をカミの祟りと捉える節がありますが、原爆や都市空襲などはカミの怒りによる災害ではなく、年次改革要望書やTPPなどの文化放擲・構造壊滅要求もカミのお告げではありません。神仏を拝むように米国を拝むことは早々に止めないと取り殺されます。

 木蘭師範の「ザ・神様」は神話のカミが日本人のプロトタイプだと分からせてくれます。それも旧き良きタイプの日本人です。葦原中国の女性神たちはとくに魅力に溢れています。大規模な国譲りのぶらかし交渉から男女の瑞々しいじらし交渉まで物凄く高等な駆け引きができたカミガミ(古代日本人)が、何でも謝罪を要求してとりあえず自分のアドバンテージを上げたい人や強い者にはとりあえず謝ってしまいたい人が多くなった現代日本人を見てどう思っていることでしょう。

 おもてなし接待は国内の神様だけを対象にやるべきでしょう na85
No.72
135ヶ月前
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第58号 2013.10.15発行 「小林よしのりライジング」 『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。 毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、よしりんの心を揺さぶった“娯楽の数々”を紹介する「カルチャークラブ」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」、珍妙な商品が盛り沢山(!?)の『おぼっちゃまくん』キャラクターグッズを紹介する「茶魔ちゃま秘宝館」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが無限に想像をふくらませ、とことん自由に笑える「日本神話」の世界を語る「もくれんの『ザ・神様!』、秘書によるよしりん観察記「今週のよしりん」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行) 【今週のお知らせ】 ※“おもてなし”から“土下座ブーム”そして“謝罪外交”…今週の「ゴーマニズム宣言」は日本人の精神の危うさを直視する!「お客様は神様です」が、ついには「消費者は権力者」という感覚にまで行き着いてしまった日本の消費社会。 クレーマー容認、サービス業は奴隷…日本が誇る「おもてなし」の精神とは一体何なのか? ※「ザ・神様!」打って変わって、肉食系モテ男に生まれ変わったオオクニヌシ。ただいま狙っているのは、越の国のヌナカワヒメ。夜中に突然部屋の外に立ち、中へ入れろと戸を叩き、挙げ句の果てには恐ろしい和歌を詠む!相当にキテる危ない男の夜這いに、どうなるヌナカワヒメ!? ※大人気「Q&Aコーナー」!女性の下着「見せパン」はガン見しても良いの?AKB48大島優子との恋愛を妄想した?消費税増税にはなぜデモが起きない?関西ローカル番組『たかじん…』には出ないの?宮藤官九郎・脚本のドラマに描かれるような共同体は、やっぱり絵空事なのか?好きで楽しみにしている漫画雑誌等はある?Amazonのヘイトレビューはどう考えるべき?NMB48の城恵理子復帰についてどう思う?…等々、読者からの質問によしりんが直接回答!! 【今週の目次】 1. ゴーマニズム宣言・第60回「土下座、おもてなし、へりくだりを考えよう」 2. しゃべらせてクリ!・第19回「止まらない食欲の秋ぶぁ~い!の巻〈後編〉」 3. もくれんの「ザ・神様!」・第19回「オンナを安売りするなかれ――才女・ヌナカワヒメの恋文に学ぶ」 4. よしりん漫画宝庫・第53回「『しんすけ』ツッコミ不在の毒っ気パロディ!」 5. Q&Aコーナー 6. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど) 7. 読者から寄せられた感想・ご要望など 8. 編集後記 第60回「土下座、おもてなし、へりくだりを考えよう」  「土下座ブーム」だそうだ。  ドラマ『半沢直樹』の最終回のクライマックス、「100倍返し」達成の土下座シーンは香川照之の演技過剰がほとんどギャグの域に達していたが、46.2%という驚異的な視聴率を記録したという。  もともと土下座は身分の高い人に対する儀礼であり、謝罪という意味合いはなかったらしい。 古くは『魏志倭人伝』にまでさかのぼり、「 あるいは蹲(うずくま)り,あるいは跪(ひざまず)き,両手地により恭敬をなす 」と記されているんだそうだ。  江戸時代の大名行列で平民が土下座していたのも、同じ意味である。もっとも実際には時代劇のように道端に人々が深々と土下座しているということはなく、しゃがむ程度だったらしいが。  土下座に「謝罪」という意味合いが強くなったのは戦後のことで、NHK『クローズアップ現代』(10月8日)の調べでは、辞書の「土下座」の項に「謝罪」の意味が記されたのは、確認できた限りでは昭和49年(1974)が最初であり、NHKのカメラが土下座による謝罪を写したのは平成8年(1996)、薬害エイズ事件で製薬会社「ミドリ十字」の幹部が被害原告団に対して行なったものが最初だったという。  奇妙な因縁である。当時わしは「薬害エイズ訴訟を支える会」の代表をやっていて、この時は訴訟の和解を成立させるために製薬会社に「加害責任」を認めさせるべく、大阪のミドリ十字本社前まで行っている。  ただし人集めに利用されただけで本社の中にも入れなかったので、土下座までさせたというのは後で知り、何とも後味の悪い思いをしたものだ。  製薬会社にしてみれば、加害責任を認めたという時点で完全に罪を認めたに等しく、その責任は和解条件の中で果たさなければならず、それだけでも十分重いのに、さらにそのうえ土下座を強要され、 その無様な姿を日本中にさらし、家族や社員にも目撃され、ほとんど人間としての尊厳を踏みにじられ、それでも許してもらえずに、その後歴代社長3人が逮捕され、刑事責任を追及されたのである。  わしはこのことを踏まえて『ゴー宣』で「 心からの謝罪など無意味! 」と描いたこともある。  ところが21世紀に入ると、何か不祥事があると土下座というシーンを頻繁に見るようになり、「土下座」の価値はどんどん安くなっていった。  そして今や「 土下座のデフレ・スパイラル 」とでもいうような有様で、必要がなくても客に要求されれば土下座するという事態まで起きている。   先日は、店員の土下座写真をツイッターに投稿した43歳の女が、強要容疑で逮捕されたという事件があった。   女は衣料品店で購入した980円のタオルケットに穴が開いていたと抗議に訪れ、返金を求めて受け取った。さらに交通費を要求して拒否され、激怒して店員に土下座を強要したようだ。  女は勝利宣言のつもりなのか、その写真をわざわざ自分でツイッターに上げ、店員の容姿や名前まで書いたらしい。さらに店員を自宅に呼びつけて、謝罪の念書も書かせている。  しかしこのツイッターが「炎上」し、この女の氏名や年齢、住所、職業、家族構成、顔写真等々、あらゆる個人情報が調べ上げられてネットにさらされ、ついに逮捕に至ったというわけだ。  なお「強要罪」とは、相手を脅して義務のないことを無理やりやらせることで、3年以下の懲役になるという。  この事件がきっかけで、現在の日本社会では「土下座」が日常化しているという実態が各メディアで報じられた。  テレビの街頭インタビューでは、「土下座を強要された」という体験談が意外なほど多く出てくる。  「 領収書の宛名の書く位置を間違えたら、お金を投げつけられ『土下座しろ』といわれた 」  「 職場の管理者をやっていますが、部下の言葉遣いが悪かったということで、客から土下座を強いられた 」  「 デパートへ勤めていたことがあるので、土下座したことはよくあります。取りあえず謝ろうと 」   デパートに勤めていれば、土下座はよくあるというのが普通の感覚になっているのが驚きだが、店の側も、謝るのがサービスの一つという風潮があるらしく、これにつけ込んで、クレーマーみたいな人がどんどん増えているようだ。   客という立場を利用して居丈高に無理な要求を押し付け、断られたら罵詈雑言を吐いてもいいというような状況がいま、作られつつある。  中には土下座を強要された屈辱に耐えきれずに仕事を辞める者や、精神に傷を負う人も出てきている。「人間としての尊厳のある仕事がしたい」という悲痛な声もある。それでもサービス業では「お客様は神様」だと耐え忍んでいるケースが多いようだ。  「 お客さまは神様です 」  …というのは歌手の三波春夫が流行らせたフレーズだが、本人がこのフレーズに込めた真意は「 自分は神前で祈るときのように雑念を払って、心をまっさらにしなければ完璧な芸が見せられないから、お客様を神様とみて、歌を唄う 」というものだったそうで、三波春夫といえどもマナーの悪い客まで認めていたわけではない。  それが「クレーマー容認」の言葉のようになっているのは不本意だということで、三波春夫オフィシャルサイトでは本来の意味を説明している。   http://www.minamiharuo.jp/profile/index2.html   しかし実際のところ、「お客様の意向は絶対であり、店の側は客の言うなりにならなければならない」という意味での「お客様は神様」の感覚が日本に蔓延してしまっているのは事実である。   『AKB48論』 の第7章に 「 消費者は権力者ではない 」 という話を描いている。あれはAKB48の握手会に特有の問題ではなく、この消費社会そのものの問題点だ。  「 モンスター・ペアレント 」という言葉も流行ったが、 この消費社会そのものが、消費するだけで個人の人格が完成していると思い込む馬鹿を育ててしまった。  
小林よしのりライジング
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!