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芥川賞・直木賞の候補作を無料で試し読み!
2018-07-11 13:00新進作家の最も優秀な純文学短編作品に贈られる、「芥川龍之介賞」。 そして、最も優秀な大衆文芸作品に贈られる、「直木三十五賞」。日本で最も有名な文学賞である両賞の、
ニコニコでの発表&受賞者記者会見生放送も16回を数えます。
なんと今回も、候補作の出版元の協力によって、芥川賞・直木賞候補作品試し読み部分のブロマガでの無料配信が実現しました。【第159回 芥川賞 候補作】古谷田奈月『風下の朱』(早稲田文学初夏号)高橋弘希『送り火』(文學界五月号)北条裕子『美しい顔』(群像六月号)町屋良平『しき』(文藝夏号)松尾スズキ『もう「はい」としか言えない』(文學界三月号) 【第159回 直木賞 候補作】 上田早夕里『破滅の王』(双葉社) 木下昌輝『宇喜多の楽土』(文藝春秋)窪美澄『じっと手を見る』(幻冬舎)島本理生『ファーストラヴ』(文藝春秋)本城雅人『傍流の記者』(新潮社)湊かなえ『未来』(双葉社) -
【第159回 直木賞 候補作】『未来』湊かなえ
2018-07-11 13:00
序章
カラカラの喉をさらに乾燥させるかのように、開いたままの口に大量の空気を送り込みながら、全力で走る、走る、走る……。
駅が見えてきた。高速バス乗り場には、大型バスが一台停まっている。すでに、改札が始まっているようだ。バスの乗車口前には、長い列ができている。
夏休み中とはいえ、平日だからか、家族連れよりも、高校生や大学生っぽいグループの方が多い。八割方女子だ。これから約八時間、深夜のバス旅が始まるというのに、ほとんどの人たちがヘアスタイルもメイクもバッチリ決めていて、すでに、クマの耳が付いたカチューシャを着けている人さえいる。皆、笑顔だ。おしゃべりの声も止まらない。
午後一一時前とは思えない、昼間のファストフード店並みの賑やかさだ。
だから、かえって目立って見えた。待合室の一番奥のベンチに背中を丸めて座り、キャップを深くかぶっていても暗い顔をしていることがわかる、彼 -
【第159回 直木賞 候補作】『傍流の記者』本城雅人
2018-07-11 13:00
プロローグ
二〇二一年某日 東都新聞総務局。
「これが昨夜、うちの記者が財団の理事長にぶつけたメモだ」
同期の運動部長が、A4にプリントアウトした取材メモを見せてきた。
「あっちの部屋に行こう」
なにかあったら応接室まで連絡してくれと部下の総務部員に伝え、局長席を立つ。
使っていない応接室の灯りを点け、メモを読む。
そこには二年前に設立された公益財団法人からの不正な資金流出について、東都新聞の記者と財団の理事長とのやりとりが仔細に書かれていた。
「この件、他に裏取りは?」
最後まで目を通してから言った。
「社会部の島有子が特捜検事に当てた。最初は苦い顔をしていたそうだが、しつこく食い下がったら『邪魔しなければいい』だったと」
「ということはすでに着手してるということか」
「ああ、書いたところで捜査は止まらない」運動部長が答える。
「それなら行くしかないんじゃないか」
運動 -
【第159回 直木賞 候補作】『ファーストラヴ』島本理生
2018-07-11 13:00
スタジオまでの廊下は長くて白すぎる。
踵を鳴らしているうちに、日常が床に塵のように振り落とされて、作られた顔になっていく。
Cスタジオに入り、渡されたマイクをジャケットの下から通した。本番五分前なのにスタッフたちがのんびりしていることが番組の低予算と低視聴率を物語っている。もっともタレントでもない身としては、これくらいのほうが気楽だ。
司会の森屋敷さんが口を開こうとしたとき、白髪交じりの前髪が一本だけ垂れた。
櫛を手にしたヘアメイクの子が素早く近付いてきて、撫でつける、というよりは押し付けると、森屋敷さんは紳士的な笑みを浮かべて、どうもありがとね、と片手をあげた。ヘアメイクの子は会釈して引っ込んだ。
「本番一分前でーす」
という呼びかけに、私はプラスチックの眼鏡を押し上げて姿勢を正した。
正面のカメラを見つめて息を吸い、森屋敷さんに合わせて、にっこり微笑む。
「こんばんは -
【第159回 直木賞 候補作】『じっと手を見る』窪美澄
2018-07-11 13:00
(※本作の試し読み箇所は作品冒頭ではありません。)「かわいく撮れてるぞー、日奈」と言いながら、校長先生が手招きをして机の上にある紙を見せてくれた。にやけた顔で写っている自分の顔が目に入った。
「あ、もうこれで、これで十分です」と、返事をすると、
「もっとよく見なさい。ほらほら。おまえも海斗もタレントさんみたいだろ。お見合い写真にこれ使え、な」と私の顔の前に校長先生が紙をつき出した。
そんなやりとりを、宮澤さんはにこにこしながら見ていた。そばに立つと、ずいぶんと背が高いんだな、と思った。
校長先生から電話があったのは、取材と撮影のあったあの日から、二カ月がたった頃だった。宮澤さんが、原稿と写真の最終チェックで来ているので、もし都合がつくのなら学校に来てほしい、海斗は夜勤で来られないみたいだから、おまえだけでも見て確認してほしい、と電話で呼び出されたのだった。
仕事を終えて、そのまま車で東京 -
【第159回 直木賞 候補作】『宇喜多の楽土』木下昌輝
2018-07-11 13:00
一
――武も運も 命もはてし 石山の……
そこまで口ずさんで、宇喜多八郎は首をひねった。
なにかが、ちがう。しっくりこない。
風のない一日で、鳥たちも季節を忘れたかのように声を殺していた。
目を閉じて耳をすます。
〝命もはてし〟では、流れが悪い。
国もはてし……、いやちがう。山河もはてし……、でもない。
横には、旭川がたゆたっていた。流れは湖面のようにゆったりとしていて、岸辺にある石山城(後の岡山城)を鏡のように映す。宇喜多直家がこの地に居をかまえ、山陽道をつけかえるなどして、石山城下を巨大な商都に変えたのは八年前だ。まだ、八郎が二歳のころである。
後ろをむくと、宇喜多家の家臣たちがいた。激化する毛利家との合戦話にもちきりで、八郎が離れていることに気づかない。
童ながらも、八郎は武家の礼服である直垂に身をつつんでいた。胸には〝兒〟の字の紋が白く染めぬかれている。手には、
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