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記事 8件
  • 芥川賞・直木賞の候補作を無料で試し読み!

    2017-07-10 11:00  
    新進作家の最も優秀な純文学短編作品に贈られる、「芥川龍之介賞」。 そして、最も優秀な大衆文芸作品に贈られる、「直木三十五賞」。日本で最も有名な文学賞である両賞の、
    ニコニコでの発表&受賞者記者会見生放送も14回を数えます。
    なんと今回も、候補作の出版元の協力によって、芥川賞・直木賞候補作品冒頭部分のブロマガでの無料配信が実現しました。(『あとは野となれ大和撫子』 宮内 悠介を除く。)【第157回 芥川賞 候補作】今村夏子『星の子』(小説トリッパー春号)温又柔『真ん中の子どもたち』(すばる四月号)沼田真佑『影裏』(文學界5月号)古川真人『四時過ぎの船』(新潮六月号) 【第157回 直木賞 候補作】 木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(KADOKAWA) 佐藤巖太郎『会津執権の栄誉』(文藝春秋)佐藤正午『月の満ち欠け』(岩波書店)宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』(KADOKAWA)柚木麻子『B

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  • 【第157回 直木賞 候補作】『BUTTER』柚木麻子

    2017-07-10 11:00  
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     生成り色の細長い建売住宅が、なだらかな丘に沿う形でどこまでも連なっている。
     よく整備された町並みはどこに居ても均一な印象しか受けとることが出来ず、里佳はさっきから同じ場所をずっとぐるぐる回っているような気がする。冷え切った右手の指先のささくれが、大きくめくれた。
     初めて降りる田園都市線の駅だ。子育てモデル地区に指定された郊外のこの町は、車を持つファミリー向けに作られているせいか、途方に暮れるほど道幅が広い。夕食の買い出しの主婦が行き来する駅周辺を、町田里佳はスマホに表示された地図を頼りに歩いている。あの伶子がこの町に終の住処を購入したことが、今さらながらしっくりこない。量販店にファミレス、チェーンのレンタルDVDショップ。昔からある書店や個人店の類いが見当たらず、いわば文化や歴史の香りが一切感じられないのだ。
     先週、里佳はある少年事件の被害者の評判を調べるために、九州のさる町に

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  • 【第157回 直木賞 候補作】『あとは野となれ大和撫子』宮内悠介

    2017-07-10 11:00  
    下記より、試し読みをお楽しみください。『あとは野となれ大和撫子』宮内悠介(カドブン) ※7月19日(水)18時~生放送

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  • 【第157回 直木賞 候補作】『月の満ち欠け』佐藤正午

    2017-07-10 11:00  
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      はやぶさを下車した21番線ホームから、新幹線の改札を経て、その先は道案内の表示板に目を配り、キャリーバッグを転がす旅人やビジネススーツの男女や、外国人観光客らにまじってコンコースをめぐり歩いたすえに、およそ半時間がかりで彼は目的の場所にたどり着いた。
      東京ステーションホテル2F。
      改札出口の丸の内南口と中央口を取り違え、いちど駅舎の外まで出て交番で訊ねたあげくのことだった。風呂敷包みを小脇にかかえたおのぼりさんの応対にあたった警官は、そのホテルはほら、そこだよ、と彼の背後を指さしてみせた。
      東京駅に降り立つまで彼が漠然と思い描いていたのは、指定の時刻よりそこに二十分も早く到着し、ぽつねんと、だが平生の脈拍を保ちつつ、待ち合わせのカフェでコーヒーでも飲んでいる自身の姿だった。白髪まじりの男が、会社の創立記念パーティーなど特別な日のための、取っておきの背広を普段着のように着こな

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  • 【第157回 直木賞 候補作】『会津執権の栄誉』佐藤巖太郎

    2017-07-10 11:00  

     猪苗代の湖面には、いつもより穏やかな波が行き来していた。風がなく、陽は暖かい。
     富田将監隆実は、軽く手綱を控えて馬の歩度を常歩へと落とした。隆実の馬が湖岸の砂地で弧を描き始めると、後続の十騎の騎馬集団も集まってきた。
    「ここで一息つく。馬を休ませよ」
     延々と馬に乗っていると、一歩ごとに突き上げてくる反憧のせいで尻と腰に負担がかかる。若い隆実の指示を機に、配下の年長者たちが、それぞれ息抜きのために馬から下りた。
     隆実は、その様子を馬上から眺めていた。
     小休に際して、馬から下りて休むことはない。それが指揮官の心構えだと思っている。会津四郡を治める大名・芦名氏の宿老の家系、富田家の嫡男としての自覚がそうさせる。
     右手綱だけで馬の後足を軸に旋回させながら四方を見渡していると、一騎が近づいて馬首を寄せてきた。
    「左手を使わない手綱さばきには見えないな。兄者、火傷の具合はどうだ」
     弟

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  • 【第157回 芥川賞 候補作】『四時過ぎの船』古川真人

    2017-07-10 11:00  
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     ノートを机の上に見つけた吉川佐恵子は、何もかもを思い出した。
     彼女は、どうしていつもならば電話を置く台の引き出しにしまわれているはずのノートが机にひろげて置かれているのか、自分が、なぜ何度もいまが何時なのか確認するように時計に目をやっていたのか、ということのすべての理由を思い出したのだった。
     七十を過ぎた歳で、島の古い家でひとり暮らしつづけるうちに、彼女は何かと思い出すことが多くなっていた。思い出したことはわずかな時間だけ彼女の頭にとどまり、すぐに消えていく。
    「今日ミノル、四時過ぎの船で着く」
     さらに彼女は、ほかならぬ自分がそう書いたページを見て、孫の稔が、きょうやって来るのだった、それをわたしは、すっかり忘れてしまっていて、あすの昼過ぎにでも、家族全員で来るのだと思いこんでいた、いや、ちがう。たしかに、きょうの朝のうちに美穂から電話がかかってきて、夕方にこちらに着く船に乗っ

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  • 【第157回 芥川賞 候補作】『真ん中の子どもたち』温又柔

    2017-07-10 11:00  
    他者への深い尊敬の念は自尊心から始まる(トリン・T・ミンハ)
     出発前夜
     
     四歳の私は、世界には二つのことばがあると思っていた。ひとつは、おうちの中だけで喋ることば。もうひとつが、おうちの外でも通じることば。ところが、外でつかうほうのことばが、母はあんまりじょうずではない。
     ──だからママが困っていたらきみが助けてあげるんだぞ。
     幼稚園で仲良しだったユウちゃんのお母さんが「琴子ちゃんのお母さんは日本語がじょうずね」と褒めたとき「おばちゃんのほうがずっとじょうずよ」と応えて私は大人たちを可笑しがらせた。「まあ、それはどうもありがとう!」ユウちゃんのお母さんが頭を撫でてくれる。私はユウちゃんのお母さんが日本人だとは思いもしなかった。あの頃の私は、だれにとっても父親は日本人で母親は台湾人なのだと思っていた。両親のどちらかが日本人ではないことのほうが、この国では少々めずらしいのだとは知らな

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  • 【第157回 芥川賞 候補作】『星の子』今村夏子

    2017-07-10 11:00  

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     小さいころ、わたしは体が弱かったそうだ。標準をうんと下回る体重でこの世に生まれ、三カ月近くを保育器のなかで過ごしたそうだ。
     父と母の話によると、退院してからがまた大変だったらしい。母乳は飲まないし、飲んでも吐くし、しょっちゅう熱をだすし、白いうんちをだすし、緑の絵の具のような鼻水をだすしで、両親はわたしを抱いて家と病院のあいだを駆け回る毎日だったという。生後半年目のとき、最初は顔にポツポツとあらわれた湿疹が、わずか一週間で全身に広がっていったそうだ。中耳炎にかかったときの激しい泣き声も、胃腸炎でたてつづけに吐いたときも、身を引き裂かれるほどつらかったけど、湿疹の症状がそばで見ていて一番つらかったわよ、と母がいっていた。専門医にすすめられた薬を塗ってみても、ありとあらゆる民間療法を試してみてもよくならなかった。ミトンをはめられた小さな手がふびんでならなかったよ、と父がいっていた。

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