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芥川賞・直木賞の候補作を無料で試し読み!
2018-07-11 13:00新進作家の最も優秀な純文学短編作品に贈られる、「芥川龍之介賞」。 そして、最も優秀な大衆文芸作品に贈られる、「直木三十五賞」。日本で最も有名な文学賞である両賞の、
ニコニコでの発表&受賞者記者会見生放送も16回を数えます。
なんと今回も、候補作の出版元の協力によって、芥川賞・直木賞候補作品試し読み部分のブロマガでの無料配信が実現しました。【第159回 芥川賞 候補作】古谷田奈月『風下の朱』(早稲田文学初夏号)高橋弘希『送り火』(文學界五月号)北条裕子『美しい顔』(群像六月号)町屋良平『しき』(文藝夏号)松尾スズキ『もう「はい」としか言えない』(文學界三月号) 【第159回 直木賞 候補作】 上田早夕里『破滅の王』(双葉社) 木下昌輝『宇喜多の楽土』(文藝春秋)窪美澄『じっと手を見る』(幻冬舎)島本理生『ファーストラヴ』(文藝春秋)本城雅人『傍流の記者』(新潮社)湊かなえ『未来』(双葉社) -
【第159回 芥川賞 候補作】『もう「はい」としか言えない』松尾スズキ
2018-07-11 13:00
2年間浮気していた。それがキレイにばれた。なぜばれたのかはそれから半年が過ぎてもわからない。ある朝気がつくと、引っ越して来たばかりのリビングのテーブルの上に2枚の紙が置かれていた。映画雑誌に載っていた浮気相手のプロフィール写真の切り抜きと、彼女の名前と所属事務所と自宅の住所まで書かれたメモだった。始めは、わりと静謐なたたずまいでもって、それらはそこにあった。縦書きで書かれた女の自宅の住所にいたっては、メモに使われたコピー用紙のその部分から柔らかい光が天井に向かって垂直に放たれているかのような、神秘的とすらいえる濃厚な存在感を醸している。そういうふうに見えた。丁寧な字だった。ここまで丁寧な妻の字を見たのは、結婚して7年になるが初めてだった。その時間のかけ方が、じわじわとことの不穏さと、もう引き返すことのできない現実の無情を訴え始めるのだった。
「なにをどこまで、いつから、知っている?」
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【第159回 芥川賞 候補作】『しき』町屋良平
2018-07-11 13:00
春のにおい。
春の夜のにおい。
春の夜の公園のにおい。
かれがすーっと鼻をふくらませて空気を吸い込むと、かれ自身認識していないほどのわずかさで、気分が昂揚しはじめた。ふだんよりふかい空気がからだじゅうをめぐり、血が、筋肉が、情緒が、あたたかにわきたちはじめたからだ。
かれは家からもってきたおおきめのタブレットを操作し、あらかじめダウンロードしておいた動画をながした。
画面では男の二人組が踊っている。なめらかで、躍動感があって、ウットリするような動き。しかしかれはもうかれらの動きをみても、ことさらフレッシュさをかんじるわけではなかった。
自分のものにしたいとおもった。
この画面にうつっている動画の、粒子よりこまかく、すべらかな動きを、ものにしたいとおもった。そのためにもっともっと、つよくつよく練習しなきゃいけない。
ポップミュージックにからだをあわせて、かれは力づよく踊っ -
【第159回 芥川賞 候補作】『美しい顔』北条裕子
2018-07-11 13:00
青年はジーンズをはいていた。青みの強いジーンズだった。ジーンズはそろーりそろりと動き、止まる。そしてシャッター音。また、そろーりそろり、止まってシャッター音。青年の動きが社交ダンスをしているように見えた。ダンボールでつくった私たちの家の通路をゆっくりと練るように歩いている。優雅なダンスだ。ジーンズはけっして音を立てない。ひざをわずかに曲げ、そろーりそろり、ステップ、ターン。また、そろーりそろり、ステップ、ターン。私は青年を見ていた。青年は漆黒の巨大なカメラを顔に貼りつけて踊る。私はその動きを永遠に見ていられると思った。
私はてるてる坊主のように首から下をすっぽりと毛布で覆ってステージにもたれかかった。辺りを見るとまわりの若い人たちはほとんど出払っているようだった。どこかで炊き出しがあるのかもしれない。残っているのはお年寄りばかりだった。
ようやく青年は黒い仮面を顔から剝がして、今度 -
【第159回 芥川賞 候補作】『送り火』高橋弘希
2018-07-11 13:00
欄干の向こうに、川沿いの電柱から電柱へと吊された提灯が見え、晃が語っていた習わしを思い出し、足を止めた。河へ火を流すというのは、例えば灯籠流しのようなものだろうか――、過去に別の土地で、それを見たことがある。六角柱の灯籠の乗る小舟が、漂うように河を流れた。灯籠は百前後だったが、灯火は水面にも映るので、夜闇には実数以上の光があった。水面の灯籠のほうが、現実の灯火より鮮やかに見えることさえあった。この欄干の向こうの河を、日没後に沢山の灯籠が流れていく――、やがては灯籠が明け方の海へと辿り着く、その光景を思い描き、じりじりと頭を灼く陽光が和らぐ気がした。
「おら、島流し、なにぼうっとしてら。」
作業着の男に急かされ、歩は橋架を渡った。作業着の男を先頭に、三人の学友が続き、歩は最後尾を歩いた。左手には山裾の森が続き、右手には乾いた畑が広がる。畑の畝には、掘り上げた馬鈴薯が一列に並んで野晒し -
【第159回 芥川賞 候補作】『風下の朱』古谷田奈月
2018-07-11 13:00
我が明水(めいすい)大学野球部の、私はその年唯一の新入部員だった。新入生獲得のためにサークル棟からわっと飛び出してきた上級生たちが、まるで四月の熱気そのもののように構内に渦巻いていた頃、やはり同じ目的で構内をうろついていた侑希美(ゆきみ)さんに誘われたのだ。
でも彼女の現れ方は、渦巻く熱気というより逃げ水だった。さらりと、気付いたらそこにいた。
「あなたって健康そう」目が合うとそう言って、侑希美さんはあどけない笑みを浮かべた。
足を止め、私は軽く周囲を見回した。昼時ということもあり、大学生協の前は学生たちの往来で賑わっていたが、健康そう、と彼女が評した人物は確かに私のようだった。正直なところ、なぜこの時点でそう思われたのかよくわからない。私の健康さは、たぶん、入部してから培われていったものだった。
しかし侑希美さんは眼力に自信を持っている様子で、「ね、新入生だよね」と言葉を継ぎな
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