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ほぼ週刊若者論テキストマイニング 第4回:イケダハヤト『年収150万円で僕らは自由に生きていく』ほか3冊
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ほぼ週刊若者論テキストマイニング 第4回:イケダハヤト『年収150万円で僕らは自由に生きていく』ほか3冊

2014-10-08 00:20
    【当初の予定より変更してお送りします】

    私がテキストマイニング企画を始めたきっかけですが、『「ヤンキー」論の奇妙な位相――平成日本若者論史9』(仙台コミケ216)でテキストマイニングソフト「KH Coder」に触れてテキストマイニング沼にはまってしまったことが最大の理由です(笑)。ただ、『「若者の右傾化」論を総括する――平成日本若者論史11』(仙台コミケ217/コミックマーケット86)などで香山リカの著書十数冊を分析したことで、次のことに関心を持つようになりました。

    第一に、言説空間の可視化です。南後由和が指摘するように(南後由和[2010])(ついでに南後の議論を紹介した紅楼夢新刊『天狗組のメディアの世界を覗く旅』でも述べたとおり――ステマ乙)、現代の「文化人」という存在は、それまでの教養主義的なイメージと、現在のメディア環境に適応した大衆主義的なイメージを併存させつつ、出版、テレビ、インターネット、さらには講演会や政治活動といった複数のメディアの間で消費される「間メディア的」な存在となっています。それ故、特に様々なメディアにおいて活躍している「文化人」ほど、その一定の像を結ぶのは(少なくとも質的には)難しくなっており、批判が困難になっています。テキストマイニングによる言説空間の可視化は、そのような論者に対して的確な批判を行うためには欠かせないものだと思います。

    第二に、「若者」や「劣化」、あるいは「彼ら」などと言った、複数の論者の中で概念が曖昧であるような議論に対して一定の方向性を決めることです。これらの概念は一人の論者の中ですら一定の方向性を持っていないこともあります。また複数の論者の議論を共時的に分析したり、あるいは単一の論者に対して通時的に分析を行うことにより、それらの議論の現時点における位相や歴史的な立ち位置を検討することにも役立ちます。

    このような2つの観念に基づき、今私は、現状2つのプロジェクトを進めております。第一に「若手」論客、あるいは若い世代から支持を得ているとされている自己啓発作家、評論家の社会認識。第二に、「バカ」などといった言葉で特定の社会集団や文化圏を貶める言説の分析です。社会学においても、大衆的な議論については、理論・計量の双方で分析が不足しているように思えます(さらに言うと、一部の社会学者は、主に若者論によって大衆的な議論にコミットすらしている)。そのような大衆的議論の検証のためには、テキストマイニングによる構造の解明が必要となると私は考えております。

    さて本稿では、前段で示したプロジェクトの一つである、「若手」論客、ないし若い世代向けの自己啓発作家、評論家の言説を検討する試みの一つとして、1986年生まれ(私より2歳若く、弟と同い年です…)のブロガーであるイケダハヤトの著書3冊を検討してみたいと思います。イケダは「プロブロガー」として、「炎上」覚悟で若い世代の「意見」を述べることで人気を集めている論客です。

    ただこのたびイケダの著書3冊を読んだ感想を述べると、少なくともイケダには若い世代の「代弁」などして欲しくない(まあ誰にも若い世代を「代弁」してほしくないんですけど…)というのが正直なところです。そもそもイケダの著書には(分析でも述べますが)自己表現に関することばかりが書かれていて、社会との関わりや社会を改善する施策などについて書かれていないと強く感じました。イケダの言説は、その多くが若い世代と上の世代の価値観の違いに関すること、そして若い世代の価値観を正当化するもので、自己啓発文化、セラピー文化の影響を強く受けたものになっています(自己啓発文化の特徴及び危うさについては、牧野智和[2012]に詳しい)。イケダの著書にたびたび出てくるNPOへの支援が社会への関与だ、と言われるかもしれませんが、それでも多くの人がイケダのように、「炎上」を逆に利用したりするようなコミュニケーション能力を発揮することは難しいと思います。

    またイケダの受容のされ方にも私は危機感を持っています。イケダの提示する「新しい価値観」とは、若い世代に対して社会的な抑圧などを「受け流す」ような態度やコミュニケーション能力を強く必要とするものに他なりません。それが若い世代のナラティブとして受け入れられることは、2000年代終わり頃から2010年代初頭にかけての、本田由紀の言うところの「ポスト近代型能力」礼讃(本田由紀[2005])と軌を一にしているものに他ならないからです。

    さて質的な感想はここで終わりにして、早速分析結果に入っていきましょう。分析には例によってフリーソフト「KH Coder」と「R」、形態素解析エンジンは下記のファイルでカスタマイズした「MeCab」を使いました。
    使用した辞書:辞書ファイル(ver1.3)

    著作のテキストファイル化は、分析対象書籍を自分で購入してスキャンし、OCRソフト(「読取革命 ver15」パナソニック/パナソニックソリューションテクノロジー)を使って読み込んだものを使用しております(読み取り間違いは極力修正)。分析した書籍は『年収150万円で僕らは自由に生きていく』(星海社新書、2012年)、『なぜ僕は「炎上」を恐れないのか』(光文社新書、2014年)、『新世代努力論』(朝日新聞出版、2014年)の3冊です。

    表1/図1
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    表2(単語一覧)
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    まず、多次元尺度法を用いて、単語(名詞)を2次元上に配置してみた結果が図2となります(出現数37以上、小見出しで集計して算出したJaccard係数、名詞のみ)。横軸は、左のほうには「年収」などの経済に関するワード、右側には人間関係や価値観に関する単語が並んでいることから、「自己/社会」の軸と考えることができます。また縦軸は、上のほうには「批判」や「自由」などの自分と社会の関わりに関する言葉、下のほうには「インターネット」や「運営」などのイケダの仕事や家族関係に関する言葉が多く見られることから、「外向/内向」という軸として考えることが可能です。右上のほう(自己-外向)には「炎上」「意見」「考え方」といった、イケダが価値観を表明する際の主要なワードが並んでいます。また「NPO」や「ボランティア」は左下のほう(社会-内向)に配置されており、これらへの関わりは、むしろ自分と社会の関わりを認識するためのものとして捉えられていると考えるのがよさそうです。

    図2
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    続いて対応分析に入ります(出現数37以上)。今回は、対応分析は章ごと、書籍ごとの双方に対して行いました。結果を表3,4、図3に示します。図3は第1,2主成分をプロットしたものです。書籍別で見ると、『年収150万円で~』が左下、『なぜ僕は~』が右下、そして『新世代~』が上に配置されています。大まかに評価すると、第1主成分(横軸)は、正方向(右側)がイケダの「考え方」「生き方」、負方向(左側)が「働き方」について述べられた箇所だと考えることができます。これについて、私は少し前にツイッターでこのように述べました。

    イケダハヤトのテキストマイニングとサンクリ(?)合わせの新刊の調整のために動いていて気付いたのだけど、今の自己啓発系の「若手」論客って、「3冊目」出せるのか少し心配になった。これらの論客が売り物にしているのが「生き方」と「働き方」だから、それを取るとあと何が残るのか。

    ― 後藤和智@紅楼夢E27b/サンクリ当選 (@kazugoto) 2014, 10月 2


    (承前)ちきりんとか伊藤春香(はあちゅう)みたいに旅行ネタとか、あるいは過去の議論の再生産とか、あるいは古市憲寿みたいに時評集だったり歴史ネタになるのか、様々だとは思うけど、ここから何らかのブレイクスルーが生まれることは正直厳しいかなぁ…。

    ― 後藤和智@紅楼夢E27b/サンクリ当選 (@kazugoto) 2014, 10月 2


    少なくともイケダに関して言えば、『年収150万円で~』は自分(の世代)の「生き方」、『なぜ僕は~』で「働き方」を論じたため、第1主成分の観点から見ると、『新世代~』はこの2つの議論の再生産でしかないということになります。それでは『新世代~』による新たな基軸は何になるかというと、第2主成分で示されたものになると思います。第2主成分の正方向には、「報う」「努力」「没頭」「経済」などの単語が並んでいることから、第2主成分は「世代論への親和性」を示す軸ということになります。実際に読んでみても、イケダの4冊目の著書にあたる『新世代~』は、(私が読んでいない『武器としての書く技術』(中経出版、2013年)は除いて)分析対象の他の2冊に比べて、世代論としての色彩が非常に強くなっています。これは、少なくとも『「あいつらは自分たちとは違う」という病』(日本図書センター、2013年)で世代論全般を批判した私としては、非常によくない傾向だと考えます。私が見る限りでは、イケダが『新世代~』で表明した世代認識は、(他の若い世代自身による若者論と同様に)上の世代の述べる(あるいは押しつける)世代論を「宿命」と捉えて再生産するものであり、不毛な世代論を産み出すものにしかなり得ないからです。

    他の主要な主成分を見てみると、第3主成分は「仕事術/インターネット」とすることができます。『なぜ僕は~』のなかではこの2つに関する方向性を持った議論が見られ、同書の第3,4,5章及びあとがきは「仕事術」、まえがき及び1,2,3,6,7,8章は「インターネット(に対する態度)」について述べられていると見ることができます。第4主成分は「若い世代の社会参加/仕事に対する意識」軸として捉えられるでしょう。前者については『年収~』の第2,6章、『なぜ僕は~』の第4章、後者については『年収~』の3,4章が強い傾向を持っており、『年収~』がイケダ自身の若い世代に関する考え方を述べていると言うことができそうです。

    表3
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    表4
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    図3
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    最後に、コーディングの集計結果に入ります。コーディングルールは次の通りです(「基本」はシリーズ共通、「書籍オリジナル」はこの分析のためだけに用いるコーディング)。集計結果は表5に示します。

    #基本

    *若者
    若者 | 若い+人 | 若い+世代

    *学生
    学生 | 生徒

    *子供
    子供 | 子ども

    *彼ら
    '彼ら' | 'かれら'

    *今
    今 | いま | 現代 | 昨今

    *かつて
    昔 | むかし | かつて

    *今の若者
    <*今> & <*若者>

    *かつての若者
    <*かつて> & <*若者>

    #基本/推測に基づく断定/文末表現

    *かもしれない
    'かもしれない。' | 'かもしれません。'

    *~と言える。
    'いえる。' | '言える。' | 'いえます。' | '言えます。'

    *~だろう。
    'だろう。' | 'でしょう。'

    *確かだ。
    '確かだ。' | '確かです。'

    *思われる。
    '思われる。' | '思われます。'

    #基本/推測に基づく断定/中間

    *(し)つつある
    'つつある'

    *おそらく
    おそらく | 恐らく

    *最早~ない
    seq(もはや-ない) | seq(最早-ない) | seq(もはや-ます-ん) | seq(最早-ます-ん)

    #書籍オリジナル

    *僕
    僕 | 僕ら | 'ぼくら'

    *インターネット
    ネット | インターネット

    *炎上
    炎上

    *社会人
    社会+人

    *価値観
    価値+観

    *可能性
    可能+性

    *経済成長
    経済+成長

    表5
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    集計結果を見てみると、一人称が非常に多く使われていることがわかります。一人称を示すコーディング「僕」は、文ベースで見ても20%弱、段落ベースなら30%強で観測されました。「若者」への言及はおよそ段落ベースで4%程度と少ないため、イケダの言説は「自分たち若者」という意識はあまり強くなく、「自分」ないし「自分たち」としての意識が強いものと考えることができます。またコーディング「可能性」の観測数は『新世代~』で飛び抜けて高くなっており、これも同書の世代論(自分の世代の価値観を規定し、それを正当化するもの)としての性格を強めていると言うことができます。

    図4に、文ベースで20以上観測されたコーディングを用いた、章ごとの集計結果をによるヒートマップを掲載します(集計は段落単位)。コーディングごとのクラスター分析では、「今」と「若者」のクラスターの近くに「価値観」「可能性」「経済成長」のクラスターがあり、この2つの単語群の関連性の強さを窺わせるものとなっています。

    図4
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    イケダをはじめとして、「若手論客」ないし若い世代向けの自己啓発作家などの言説は、世代論や上の世代の言説をどのように消化しているか、という試みについては、『「新しい生き方」は誰のため?――平成日本若者論史12』という同人誌で検討してみたいと思います。イケダのほか、ちきりん、「メイロマ」こと谷本真由美、古市憲寿、瀧本哲史などといった論客がいかに社会を捉え、そして自己啓発言説や「新しい価値観」言説を産み出しているか、ということについて考えていきたいと思います。早ければ「サンシャインクリエイション65」(10月26日、サンシャインシティ)、遅くても「コミティア110」(11月23日、東京ビッグサイト)までには一定の方向性を示してみたいと思います。

    参考文献
    樋口耕一『社会調査のための計量テキスト分析――内容分析の継承と発展をめざして』ナカニシヤ出版、2014年
    本田由紀『多元化する「能力」と日本社会――ハイパー・メリトクラシー化のなかで』NTT出版、2005年
    是永論ほか『日本社会「劣化」の言説分析――言説の布置、展開およびその特徴と背景に関する研究』READ研究会、2011年
    南後由和「〈文化人〉の系譜――界とマスメディアの交わり」、南後由和、加島卓『文化人とは何か?』東京書籍、pp.16-59、2010年
    本稿の分析はフリーソフト「KH Coder」とフリーソフト「R」を使用しています。

    第5回:中川淳一郎『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書、2009年)、『ウェブを炎上させるイタい人たち』(宝島社新書、2010年)、『ウェブで儲ける人と損する人の法則』(ベスト新書、2010年)、『ネットのバカ』(新潮新書、2013年)/「第10回東方紅楼夢」のサークルペーパーとして配信予定
    第6回:古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』『僕たちの前途』(共に講談社、2011年/2012年)、『だから日本はズレている』(新潮新書、2014年)
    第7回:「サンシャインクリエイション65」新刊『「新しい生き方」は誰のため?――平成日本若者論史12』として刊行します。間に合わなかった場合はちきりんか谷本真由美の著書から3冊程度。

    【その他告知】
    ・「コミックマーケット86」新刊『R Maniax Advance――フリーの統計ソフト「R」をさらに使いこなす本』がCOMIC ZIN、とらのあなで委託中です。また、電子版の配信も開始しました。
    詳細:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11893629865.html
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    とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/23/61/040030236180.html
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    サンプル(pixiv):http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=44689358

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    サンプル(pixiv):http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=46125258
    通販(メロンブックス):https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=71678
    電子版(メロンブックスDL):http://www.melonbooks.com/index.php?main_page=product_info&products_id=IT0000175160

    ・「コミックマーケット86」で完全版とした「仙台コミケ217」新刊『「若者の右傾化」論を総括する――平成日本若者論史11』がKindleにて配信中です。
    http://www.amazon.co.jp/dp/B00NMO2A0E/

    ・「第10回東方紅楼夢」にサークル参加予定です。
    日時:2014年10月12日(日)
    場所:インテックス大阪(大阪市営南港ポートタウン線「中ふ頭」駅より徒歩2分程度、大阪市営中央線「コスモスクエア」駅より徒歩15分程度)
    スペース:6号館「E」ブロック27b

    ・「サンシャインクリエイション65」にサークル参加予定です。
    日時:2014年10月26日(日)
    場所:サンシャインシティ(各線「池袋」駅から徒歩10分程度、東京メトロ有楽町線「東池袋」駅直結)
    スペース:Bホール「ケ」ブロック02a

    ・「第百二十九季 文々。新聞友の会」にサークル参加予定です。
    日時:2014年11月2日(日)
    場所:京都市勧業館みやこめっせ(京都市営東西線「東山」駅より徒歩8分程度、京阪本線・鴨東線「三条」駅より徒歩15分程度)
    スペース:「花」ブロック58

    ・「杜の奇跡23」にサークル参加予定です。
    日時:2014年11月9日(日)
    場所:仙台市情報・産業プラザ(JR各線「仙台」駅北口直結、仙台市地下鉄「仙台」駅より徒歩5分程度)
    スペース:未定

    ・「コミティア110」にサークル参加予定です。
    日時:2014年11月23日(日・祝)
    場所:東京ビッグサイト(ゆりかもめ「国際展示場正門」駅直結、東京臨海高速鉄道りんかい線「国際展示場」駅より徒歩3分程度)
    スペース:未定

    奥付
    後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ
    ほぼ週刊若者論テキストマイニング 第4回
    著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
    発行者:後藤和智事務所OffLine
    発行日:2014(平成26)年10月7日
    連絡先:kgoto1984@nifty.com
    チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
    著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/

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