和術慧舟會HEARTS大沢ケンジ師匠の格闘技談義! 今回はHERO'Sでルールディレクターを務めた礒野元氏をゲストに迎えて、ジャッジ、レフェリング、競技のあり方について18000字でお送りいたします!
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――今回の大沢さんのインタビュー企画には、GCMのMMAイベントやHERO'Sでルールディレクターをされていた礒野さんにゲストとしてお越しいただきました。よろしくお願いします!
――大沢さんに格闘技のお話を聞くと、けっこうな頻度で礒野さんの名前が出てくるんです。いまの日本格闘技界で競技統括やルールの認識に関して礒野さんの右に出る者はいないと言われる“法の番人”というか。
礒野 ボクがルール至上主義なのはルールに頼ったほうが楽であるからなんですけどね。
大沢 でも、なかなか感情を殺してルールに殉じるって難しいですよね。礒野さんが凄いのはどんなときでも冷静なんですよ。磯野さんがGCMのデモリッションやケージフォースのルールディレクターをやってたのは20代の頃ですよね?
礒野 それくらいですね。
大沢 あの時代にあの年齢で競技を取り仕切るって凄いですよ。HERO'Sのときなんか石井館長から判定に抗議されたときありましたよね?
礒野 金泰泳選手と秋山(成勲)さんの試合ね。
――腕十字で秋山選手が勝利するも、金泰泳選手がタップしていないと猛抗議して無効試合になったやつですね。
大沢 試合後の運営本部で石井館長から「金ちゃんはタップしてないぞ!?」と言われても、礒野さんはまったく動じずに「いや、それはこういう理由で……」って淡々と説明してたじゃないですか。あの若さで凄いなって(笑)。
――大抵の人間だと、とりあえず謝っちゃいそうですね(笑)。
礒野 選手がタップしていなくてもレフェリーは試合をストップすることはできるので。そこは相手が誰であれ伝えておかないといけないことだし。
大沢 秋山さんのヌルヌル事件のときも、礒野さんは審判団の代表として記者会見で淡々と解説してましたよね。
礒野 そういったさまざまな経験を経てボクのルール至上主義が形成されてると思うんですよ。ルールはみんなの合意書ですよ。「こうしましょう」という共通認識がルールで、そこから外れないことが大事。でも、世の中はルールだけで動いてるわけじゃなくて、ルールを飛び越えた力というものも存在してて。それはたとえばK - 1 HERO’Sという世界の中では、テレビの要望はそれを飛び越えるときはあったし、その中で自分のやり方を曲げなきゃいけない瞬間もあったんですけどね。
大沢 前から思ってたんですけど、礒野さんと話すと俺はジャッジに向いていない気がするんですよね。ジャッジをやるにしてもやっぱり自分の格闘技観が優先されちゃうというか、今回はこのルールだから「この選手につけました!」ってできない気がするんですよ。
礒野 いや、そこはあくまで「ルール」でしょ。
大沢 それができる人はいいけど。「ルールではBの勝ちだけど、客の大半はAの勝ちだと思ってそう……」とか考えちゃうんですよねぇ。
礒野 ジャッジの数をやってると迷う試合は当然出てくるんだけど、そのときにルールじゃなくてお客さんの反応を気にしちゃうとますます迷うよ。でも、その大会のルールは一定だから。
大沢 ルールはブレないってことですよね。
礒野 だからルールでやったほうが楽。選手から「大沢さんは、なぜこっちにつけたんですか?」って聞かれたときに「いや、お客さんが……」とは言えないでしょう。
大沢 そんなことは言えないですね(笑)。
礒野 たしかにジャッジをやってると自分の格闘技の信念とはズレてくるところはあるけどね。ボク自身はどっちが勝ってるかを判断するのに、ひたすら攻防をメモしてるんですよ、自分なりの略字を作って。マウントポジションだったら「MT」、そこからパウンドを打ったら「MT P」。パウンドの回数によって「MT PPPPPP」とする。
大沢 へえー(笑)。
礒野 パウンドの数は正確な数字である必要がないんですよ。どっちの選手が試合を動かしてるかがわかればいい。やっぱり試合を動かしてる選手のほうが記号は多くなるから。テイクダウンしたら抑えこんでる時間も書くからストップウォッチも自分で用意する。
大沢 そこまでやるんですか。凄いっすね。
礒野 たとえばお互いの選手がテイクダウンを取り合ったとする。パウンドは1発も出ていない。A選手は5分のうち2分間、完全に固めていた。B選手は5分のうちの2分30秒固めていた。残りの30秒はスタンドでとくに攻防がない。そうしたときにどっちが勝ちかといえば、テイクダウンの時間を記録していなかったらジャッジはつけられない、少なくともボクは。
大沢 たしかにねぇ。
礒野 後半テイクダウンしたほうの印象が強くなってしまうかもしれないしね。
大沢 ボクの場合は雑だから(笑)、攻防のポイントだけを大雑把に書いて「いまこうだからこっちが勝ってる」って頭の中で旗を上げ下げする感じですよね。
礒野 ユニファイドの場合は「シーソーのように見ろ」と言われてて、昔はボクもそういう見方をしてたんですけど。いまはひたすらメモを書き込んでますよね。自分の能力だとそうしないとジャッジができないんですよね。
大沢 でも、あらためて礒野さんの話を聞いたら、ジャッジってできないと思った(笑)。
礒野 いや、これはジャッジ・レフェリー業界のいい考えであり悪い考えなのかもしれないけど、だからジャッジって3人いるんですよ。たとえば自分なりの格闘技観というものが確立されていて、たしかにルールはこうかもしれないけど、そのルールを考慮したうえで「それでもこっちの勝ちだ!」と自信を持ってジャッジするのもひとつのやり方。それがよくないやり方ならそのジャッジは淘汰されていくと思うんですね。
大沢 俺の場合は、強く見えるほうにつけちゃうところはありますね。ルール云々は飛びがちというか。ケツのほうに何かやったほうが印象に残りますし。
礒野 それはそれでひとつの価値観だよね。メモをつける理由としては自分の印象との乖離を防ぐこともあるんですけど。
大沢 客観性の材料がメモなんですね。
礒野 そこは自分が誰かのセコンドについたときに活かせるんですよ。「これ、足りないからもっと攻めないとダメだよ」とか。大沢さんのセコンドについたときもあったじゃないですか。
大沢 ありましたよね。ラウンドインターバル中に礒野さんに「足りてないですよ」って言われて「いや、俺のほうが当ててるでしょ?」って(笑)。
礒野 そこは客観的に見られるんですよ。
――時には「足りてない」ことがわかってないセコンドもいるわけですよね。
大沢 それはたくさんいると思いますよ。感情的になっちゃってるセコンドとか。ボクもセコンドを頼まれてついていったときも、メインのセコンドの人が「このままいける、いける!!」って言うんですけど、「これ、判定になったらわかんないよなあ……」って思うときがありますし。
――そこはアドバイスできないんですか?
大沢 そこはメインセコンドの考えを優先しないといけないから。ジャッジやってるときも「このままでいい!」って叫んでるセコンドの声が聞こえるんだけど、心の中で「いやいや、このままだと負けるぞ!」って思うときもあるし(笑)。
礒野 これ、名前は言えないんだけど、◯◯さんのセコンドが凄くうまい。ジャッジに自分の選手が勝ってる理由を教えながらセコンドしてるの(笑)。
大沢 へえー(笑)。
礒野 「コレコレこうでこうだから、ちゃんと取ってるから心配するな!」とかね。あれ、意識的にやってると思いますね。◯◯さんは選手としても長いし、ジャッジも長いことやってるから、ジャッジの心の中に迷いがあることを凄い理解してる。だからジャッジが自分の選手をつけるように誘導してるんだと思います。それに◯◯さんの声を聞くと、対戦相手も絶対にプレッシャーはかかってると思うんですよ。
大沢 「え? これ、取られてるの?」とか。
礒野 たいていのセコンドは「大丈夫だ!」と口にしがちだけど、その理由を言わないんですよ。でも、◯◯さんは必ず理由を足していく。「そこはこうだから大丈夫、心配するな、おまえが取ってるぞ!」って(笑)。
大沢 今度意識して聞いてみよう(笑)。
礒野 ビックリしますよ。だからボクは◯◯さんのセコンドの隣でジャッジをするのが凄く嫌ですもん(笑)。
大沢 引っ張られます?
礒野 そこまではいかないけど……。作戦を立てるときに対戦相手の映像を見るじゃないですか。そのときは音を消して見ますよね。音を消さないと、大したことのないパンチでも歓声で凄く見えちゃったりするから。そういう意味ではジャッジは耳栓をしたほうがいいんだけど。本当に強いパンチかどうかは音の要素も大きいし、お客さんの声援は無視して集中するしかないですよね。
大沢 ボクはそのセコンドの声で選手が安心して攻めなくなるのがイヤなんですよね。だから微妙な内容だったら「取りに行け!」って言います。あと選手に何かを伝えるときは感情的にならずに起きてることだけを伝えようと。
礒野 ボクも選手にできないことを指示して、無駄なエネルギーを使わせるのは嫌なんですよ。どうにもならないことってどうにもならないじゃないですか。そこをグルグルとキャッチボールしても意味がないなって。それにセコンドの指示が選手を勝たせることってあまりないと思ってるから。
大沢 ああ、ボクもそう思ってます。「助ける」くらいはあると思いますけど。よくツイッターで「セコンドの指示のせいで負けた」とか書いてる人がいますけど、それはセコンドの力を過信しすぎだって思いますね。ボクが現役時代、セコンドに何を求めてたかといえば、視野を広げてもらいたいタイプだったんですよ。何かに意識しちゃっててガードが下がってるときに注意してもらうとか
礒野 そうやって交通事故をなくせるとは思うんだよね、セコンドって。
大沢 あとは気持ちの部分を前向きにさせてほしい。結局、勝負を左右するのは試合までの準備段階のほうが大きいから。テレビゲームじゃないんだからセコンドの指示で試合がどうなるわけでもないんですよ。
礒野 梅木(よしのり)さんがとある試合で北岡(悟)さんのセコンドについてるときに出してた指示が精神論ばっかだったんですけど。「ここ頑張るところだぞ!」とか。でも、それで実際に北岡選手が凄く頑張れてるんですよね。
大沢 ボクも精神面の指示が多いですね。技術的なことは言ってもできないことがあるから。逆に「あ、こうやるんだ」って気づくときもあるから一概には言えないですけど。自分が指導している選手ならどれくらいできるか知ってるから、選手によってのアドバイスになっちゃいますけど。
大沢 ああ、ありましたねぇ。
礒野 へえー。でも、やり方としては賢いですよね。リーグなりに提訴しても正直、結果は覆らない可能性が高いから。
大沢 たしかにそうですよね。
――プロ野球でも後日誤審が発覚しても、謝罪はするけど結果はそのままというケースですね。
大沢 金ちゃん(金原正徳)がコミッションに提訴した件(http://mkanehara.blog.jp/archives/52454570.html)、どう思いました? ボクは裁定は覆らないと思ったんですけど
礒野 俺はね、難しいと思った。たしかに足の指が金網に引っかかってるけど、言葉の定義ってそもそも難しい。どこから掴んでるのか、押してるのかという話になるから。
大沢 足の指で掴んでるとは言いにくいってことですよね。手でケージを掴むのとはちょっと違う。
礒野 ただね、決定的なシーンの直前、マクドナルドがケージに足をかけたときにレフェリーが「ダメだよ」という感じの仕草を見せた。それはレフェリーに反則だという認識があったように見えたんです。それもあって金原選手陣営は提訴したんじゃないかって。でも、コミッションとしては結果を覆す前例を作りたくないって考えもあると思う。あの攻防を毎回レフェリーがリアルタイムで判断できるかといえば、絶対に無理だし。ここで前例を作っちゃうと、レフェリーに対する負担が大きすぎて、個人が裁ききれるものではなくなるから。
大沢 たしかに。映像で振り返ってチェックはできるけど、リアルタイムで裁くのは難しいですね。
礒野 基本的にルールの誤認があった場合の裁定の入れ替えは当然だと思うんですよ。これは日本の審判団も同じだと思うんですけど、ルールそのものを正しく解釈していて、そのうえで現場でルールに適合、不適合を判断する。そこで第三者からどう見えようが、レフェリー・ジャッジがその判断を下したら裁定を入れ替えないもんですね。
大沢 その場で下した判断は基本は覆られない、と。
礒野 提訴があること自体は悪いことではないと思うんだけどね。UFCが面白いのは、大きな大会なんかのときに実況席の隣にアスレチックコミッションを管轄する人間が座っていて。おかしな判定やあきらかにレフェリーのミスだなってときにジョー・ローガン(UFC解説者)がすぐにツッコミを入れるんですよ。「これ、おかしいんじゃないの?」って。そうするとコミッションの人間も「うん、おかしいね」って返すんです。
大沢 へえー(笑)。
礒野 それでも大会は普通に進んでいくし、選手も「あとからコミッションの人間もこう言ってる!」とか騒がないんですよ。もしかしたらネットではやりあってるのかもしれないけど、団体側にどうこう言うんじゃなくて、どちらかというとネタとして盛り上げて次のチャンスにつなげていく。立ち回り方がうまいんだよね。
大沢 たしかにそっちのほうが健全ですよね。しかし、こういう話をしてるとますますジャッジがやりたくなくなるなあ(笑)。
礒野 そう?(笑)。
大沢 向いていない(笑)。細かい話になっちゃいますけど、いまの日本だと修斗だけいまだにイーブンがあるじゃないですか。ジャッジをやることになったときポッカリ忘れそうですよね、イーブンをつけていいって。
礒野 テンポイントマストでいえば、べつに修斗以外でもイーブンをつけていいんですよ。
大沢 そうなんですか?
礒野 テンポイントマストってみんな誤解してるけど、必ず10をつけなきゃいけないだけで、「10-10」をつけてもいいいんですよ。
大沢 なるほどなあ。修斗だけ「10-10」がメッチャ多いですよね?
礒野 だから修斗のジャッジはやりやすいんですよね。ドローをつけられるから。
大沢 たしかに楽な感じでジャッジできそうですよ。
礒野 修斗ってルールブックを厳密に読むと、点数差をつけやすいルール。だってわずかな差があったら「10-9」、明確な差があったら「10-8」、KO・TKO寸前まで追い込んだら「10-7」までつけられるのかな。
大沢 「10-7」までつけられると、ジャッジがしやすいですね。
礒野 たとえば大沢さんと俺が試合をして、1ラウンドは俺の「10-9」だとする。
大沢 礒野さんが優勢。
礒野 2ラウンドは大沢さんが優勢なんだけど、同じ「10-9」をつけるには内容が違うときってあるでしょ。
大沢 ああ、ありますね。UFCでも「10-9」の質が違うときってある。「10-8」までの差はないから結局どっちも「10-9」にしちゃうパターン。
礒野 そのとき修斗は「10-8」をつけることができるんだよね。そういう意味で修斗って文章の上では優劣がつけやすいルールだと思いますね。
礒野 いまは楽しい思い出しかないけど、当時は大変でしたよね。そもそもボクが和術慧舟會に入ったのは、『魁!男塾』みたいな理不尽な体育会の世界に憧れたからなんですよ。そういう意味ではひょっとしたら一般社会からすればボクが身を置いていた環境は「え?」と驚かれるものかもしれないですけど。ボク自身は10年後20年後に笑い話になればいいやくらいだったので、精神的肉体的につらさはあったけど、楽しかったですよね。それに久保(豊喜)社長に守ってもらっていたから。感謝しかない。
大沢 守ってくれた?
礒野 大きな組織の中で何かをやるときに他人との折衝とか、お金の心配をしなくちゃいけないとかあるじゃないですか。現実的な問題は久保社長が処理してくれて、ボクがルールのことだけを考えられるような環境を作ってくれた。梯子を外されたことがなかったかといえば、いっぱいありましたよ(笑)。だけど、いま思うとボクのほうがもっと外部のことを考えなきゃいけなかったんだなって。
大沢 K−1絡みだと規模が大きくなりますしね。
礒野 中でもロサンゼルスの『Dynamite!! USA』のときは大変でしたね。凄いプレッシャーでパニック症候群になりましたよ。
大沢 礒野さん、ロサンゼルスにしばらく住んで準備してましたよね?
礒野 あれは大会2、3ヵ月前だったのかなあ。ある日の深夜、谷川(貞治)さんから電話がかかってきて。「明日か明後日くらいからアメリカに行ってくれない? どう?」って。
大沢 突然ですね(笑)。
礒野 なんか面白いことが始まりそうだったから「大丈夫です」って即答して。会場はロサンゼルスのメモリアル・コロシアム、当時のカルフォルニアにはアスレチックコミッションができたばっかで。MMAがようやくできることになった場所で、コミッションから許可が取れる競技環境を作ってほしいと。同じタイミングでアメリカに渡ったFEGの社員2人と大会直前までいろいろと準備をしてたんですけど。
――PRIDEがラスベガス大会をやったときも社員が数ヵ月前から前乗りして動いてたみたいですね。
礒野 ラスベガスはまして大変じゃないですか。あそこはヨソ者が中でビジネスをすることは許されないですから。そういう意味ではロサンゼルスでイベントをやるという着眼点は面白いなって。会場付近の人に「ここで数ヵ月後に10万人集めて格闘技イベントをやるんだよ」って言ったら「絶対に無理」って笑われましたけど(笑)。
大沢 お客さんは入ったんですか?
礒野 いやもう全然(笑)。チラシを撒かなきゃいけないんだけど、闇雲にやっても仕方ないから、リストアップした現地の格闘技ジムを回って。それはボクの仕事でもなんでもないですよ。でも、なんかあのときはもう常に携帯電話が鳴ってる感覚に襲われてて。そんな精神状態だからひとりでも多くお客さんに来てもらいたいじゃないですか(笑)。
大沢 義務感が生まれたんですかね(笑)。
礒野 日本食レストランとかも回って大会ポスターを貼らせてもらって。実際の仕事は、日本からリングを持っていくのは難しいから、現地でリングを作ったりとかね。
大沢 リングをイチから作ったんですか(笑)。
礒野 まず「リングってどうやって作るの?」って話じゃないですか(笑)。
大沢 金網よりは楽じゃないですか?
礒野 いや、金網のほうが簡単だと思う。金網は構成してる素材の種類が少ないから鉄工所だけで済むじゃない。リングはロープやコーナーパットとか鉄工所だけでは無理。リングの図面も引いたんですよ、自分で。
礒野 だからリングも作れるだろうなって。ただし、コミッションには凄く厳密な決まりがあるんですよ。床からリングまでの高さはこうじゃなきゃいけないとか、いろいろと細かいんです。ホント大変でしたね。
――あの大会で桜庭和志vsホイス・グレイシーの再戦が行われましたが、メディカルチェックに桜庭選手が引っかかったので出場が危ぶまれて、代役として急遽田村潔司がアメリカに呼ばれてましたよね? 結局、桜庭選手がそのまま出場しましたけど。
礒野 そこはテーピング絡みの話だと思うんですけど。州によって違うんですけど、向こうはテーピングって巻けないんですよ。だから桜庭選手もヒザのテーピングがNGで出場できないという話になったのかも。ボクはメディカルの書類を完成させるまでが仕事で、あとのことはノータッチなんですが……。
――メインイベントでブロック・レスナーと闘うはずだったチェ・ホンマンもメディカルチェックでアウトになって。
礒野 ホンマン選手のことをMRIに連れて行くのは凄く大変だったんですよ。普通のMRIじゃ撮れないから、あの巨体が入るMRIを探して。移動で使う車が小さくてあの大きな身体を折りたたんで乗ってもらって。
――韓国人柔道家ユン・ドンシクもテーピングが撒けない理由で試合当日に出場キャンセル寸前になったんですよね。
礒野 ユンさんは足の親指がゆるくて普段はテーピングを巻いて試合をしてるんだけど、コミッションから「テーピングはダメだ」って言われて。そうしたらユンさんが「だったら試合に出ません」と。
大沢 試合当日に?(笑)。
礒野 そう(笑)。当日のボクはもう仕事がなかったので、インカムをつけて全体の流れを聞いてるだけだったんですけど。そろそろユンさんの試合の出番なのに「ユン選手、見かけませんでしたか?」と慌てて聞いてくるスタッフがいて。そうしたら誰かが「駐車場で見ましたよ」って。
大沢 帰ろうとしてる(笑)。
礒野 「車に乗ろうとしてますけど」「いますぐ止めてください!」というやり取りがあって。谷川さんはテレビの解説中だったんだけど「この試合が終わったら休憩になので、それまでユンさんが帰らないように止めてくださ〜い」と。で、谷川さん、ユンさんの説得に行かれて、なんとか試合に出てもらって、ユンさんはメルヴィン・マヌーフに一本勝ちしたんですけど。
大沢 谷川さんが凄いなあ(笑)。
礒野 谷川さんは凄い人ですよね(笑)。人に何かを訴えかける力がある。うまいなあと思ったのは
所(英男)選手とホイス選手が試合をしたときなんですけど。試合ミーティングが終わったとき、まだ所選手陣営が部屋に残ってるのにホイス側に「体格差があるからさ、そのへんはうまくさ〜」なんて話
をしてるんですよ。
大沢 えええええ?(笑)。
礒野 あれ、わざと所選手たちに聞こえるように言ってるんですよ。所選手陣営の顔はみるみるうちに険しくなって。それでホイスは体格差があるからナメたムードで試合に臨んだところに所選手が突っかけていったからスイングしちゃって。
大沢 そこは谷川さんがうまく誘導したんですかね。
礒野 結果的にね。谷川さんは日本のお客さんが何を見たいか、テレビ局が何を見せたいのかを明確にわかっててやってるんだなって。そこはボクが考えるスポーツとは違うんだけど(笑)。
◯「桜庭和志vs秋山成勲、グローブは甘い匂いではなく――」
礒野 あの試合は、記者会見で審判団として説明した以上のものはないんだけど。この事件に関わった人たちがいろいろと証言してますけど、当事者のひとりとして思うのは、私の立場から見たり聞いたりしたものとは違う話になってることもあるなということなんですね。そもそもの発端は、大会が終わった翌日、東京に帰ろうとして新大阪駅で新幹線に乗ろうとしたときに谷川さんから電話があって。「礒野さん、いまどこですか?」「いまから新幹線に乗るところです」「そうですか。どこでもいいので、スポーツ新聞を買ってください」と。それでスポーツ新聞を買って谷川さんに電話したら「秋山くんのグローブにロゴがないですよね?」と。
――大会スポンサーだったエドウィンのロゴが秋山選手のグローブになかった。
礒野 これは審判団の見落としなんですが、谷川さんに指摘されるまでロゴの件は気が付かなかった。スポンサー筋から「なんでロゴが入ってないんですか?」という問い合わせがあったのかもしれませんけど。谷川さんから「この件をすぐに調べてみてください」と言われて。ローション塗布の発覚はそこから始まったんですよね。
――桜庭さんは試合中や試合直後に「滑る!」とアピールしてましたよね?
礒野 はい。現場で桜庭さんから「滑る!」と指摘があったので、秋山さんがリングを降りてきたときに「相手側からクレームが入ってるので身体を調べさせてください」とそのまま控室に戻ることを止めたんです。桜庭さんのセコンドにも確認してもらうために「ここでお待ちください」とバックステージで待機してもらって。
――バックステージで確認したんですね。
この記事の続きと、中村祥之、中井りん、光GENJI山本淳一、北岡悟、追悼ケビン・ランデルマン、大沢ケンジ×礒野元などが読めるお得な詰め合わせセットはコチラ