先日

 あなたの創造性を阻害するもっとも大きな壁とは  

と記事を書くときに、紹介したいと言っていた話です。

 先日日本人はクリエイティブという記事を見て、そうそうその通りなんだよと力説したくなりました。


 アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、日本の5カ国の調査で、日本はアメリカを10%も引き離して「最もクリエイティブな国」と思われているそうです。一方で自分をクリエイティブと表す人は19%で最下位。日本は謙遜があるのかもしれないけどもっと自信を持つべきではという意見が書かれていました。

 でも、日本人が自分をクリエイティブと考えない理由は、謙遜でも自信がないわけでもありません。自分たちのやっていることが創造的だと思っていないからです。そうではなくある種の「道」と捉えているのです。

 日本人は、「道」をとても重視します。柔道、弓道、さらには茶道と「道」が付く分野はたくさんありますし、その言葉が付いていなくても、日本人であれば自分の道を究めている人を尊敬するし、また自分自身もそうありたいと願うことは多いでしょう。

 そして、守破離という言葉があるように道を究める過程では様々な創造的成果が生まれ、欧米人から見ればそれは極めてクリエイティブに見えるけれど、本人はそう考えていないということなのです。

 私がアメリカのベンチャーにいたとき、会議ではほとんど発言しませんでした。いつも激しい議論が交わされていて、とても叶わないのです。でもたとえば開発中のデバイスの性質について議論になったとき、彼らは言葉で議論する一方で、私は、後で手元で実験をしました。
 もちろん彼らも実験はしたいのですが、その実験にはお金や時間がかかると思い、ではその実験をするべきか、それは見合わないとかさらに議論が巻き起こりました。
 でも、私はとりあえずできそうな実験を見つけだし片手間にやってデータを出したのです。
 こうやって手は動かしていたので発言が少なくても特に無能と思われることはなく、むしろ「クリエイティブだ」と思われていました。私にしてみれば、当たり前のことをしていただけなのですが、外国人(その場では私が外国人ですが)からそう思われ、そうなのかーと認識したのです。

 もしこれが日本の中だとすると、そういう道ではもっとすごい人がいっぱいいて、でも、クリエイティブと表現するとは限りません。このデバイスのことを知り抜いているのはあの人だよね、あの人究めてるよねみたいな尊敬は容易に生まれますが、それをもって創造力高いよねという言い方はあんまりしません。いわゆる職人気質なわけです。

 ですから、日本人が自分たちをあまりクリエイティブと考えていないことは、そんなに気にしなくていいと思っています。単にアプローチの方法が違うのです。日本人が、道を究めたいと切磋琢磨していれば、外国人から見ればクリエイティブなのです。

 このことで、私は二つの重要な特質が生まれていると思います。