本日のメルマガは、浅子佳英さん、門脇耕三さん、宇野常寛による好評の鼎談シリーズ「これからのカッコよさの話をしよう」第4弾です。今回のテーマはインテリアデザイナー/批評家である浅子さん企画による「インテリアデザインの現在」。最新のショップデザインひしめく表参道・中目黒を巡り、リノベブーム以降のインテリアデザインを考えます。
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門脇耕三(かどわき・こうぞう)
1977年生。建築学者・明治大学専任講師。専門は建築構法、建築設計、設計方法論。効率的にデザインされた近代都市と近代建築が、人口減少期を迎えて変わりゆく姿を、建築思想の領域から考察。著書に『シェアをデザインする』〔共編著〕(学芸出版社、2013年)ほか。
浅子佳英(あさこ・よしひで)
1972年生。インテリアデザイン、建築設計、ブックデザインを手がける。論文に『コムデギャルソンのインテリアデザイン』など。
◎構成:中野慧
◎撮影:編集部
ある春の晴れた日の午後、浅子佳英さん、門脇耕三さん、宇野常寛の3人はデザインとインテリアのメッカ、表参道に降り立ちました。
▲表参道の交差点。収録当日は天気にも恵まれていました。
浅子さんの案内のもと一行がまず向かったのは、イソップ青山店。
▲イソップ 青山店
〈イソップ〉はオーガニックなスキンケア、ヘアケア、ボディケア製品を販売し世界的に人気を得ているオーストラリア・メルボルン発のブランド。この青山店は日本初のショップで、建築家・長坂常さんのデザインによるもの。元あった内装を引き剥がし、スケルトンにして空間を広く使ういわゆるリノベーションなのですが、壁や天井は塗装すらされておらず、別の場所で解体された住宅の廃材や家具を再利用しているのが特徴です。
そして次に向かったのは、表参道の大通りから少し入った場所にある「イザベル・マラン東京」。
▲表参道にある「イザベル・マラン東京」
〈イザベル・マラン〉は、フランスのファッションブランド。インテリアデザインはフランスの若手建築家集団CIGUË(シグー)によるもので、〈イソップ〉同様、もともとあった建物のリノベーション。ファッションブランドとしては珍しく木造の建物の2階をショップにしていて、やはり元々あった内装はすべて引き剥がし、木の軸組は全て露出しています。そこに異素材として、FRP(繊維強化プラスチック)でできた大きな照明やフィッテイングルームが挿入されています。
そして次に訪れたのは、ハイブランドの旗艦店ひしめく表参道の通りに面した〈セリーヌ〉でした。
▲CELINE(セリーヌ)表参道店
こちらは〈イソップ〉や〈イザベル・マラン〉とは対照的に、床面積も広く2階建てでとても豪華な作りです。〈イザベル・マラン〉と同じくフランスのファッションブランドですが、こちらはどちらかというと昔ながらのハイブランド。〈セリーヌ〉の外観・内装をひとしきり見た後、再び青山方面に向かいました。
▲途中、話題の「ブルーボトルコーヒー」(写真2F)を通り掛かりましたが人が多かったのと、「まあ、ここはええよ、、」(浅子さん)ということで華麗にスルー……。
そして青山の裏通りの細い道を行くと、そこには何やら要塞のような建物が……。
▲〈トム・ブラウン〉旗艦店(南青山)
この〈トム・ブラウン〉は、50〜60年代のアメリカ黄金時代やケネディ大統領のファッションにインスピレーションを受けた服を販売するニューヨーク発のブランド。浅子さんによればこの要塞のような外観は、お店の内部を「黄金時代のアメリカ」として演出するため、外界から完全に切断する役割を果たしているのだそう。
表参道・青山エリアでは最後に浅子さんおすすめのブランド〈リック・オウエンス〉の店舗を見学した後、中目黒に移動し、2000年代以降流行したライフスタイルショップの代表格〈1LDK〉へ。そして浅子さんの自宅兼アトリエにて座談会を収録しました。
▲中目黒にある〈1LDK〉。
■ 9.11/リーマンショック以降のリノベブームと〈中目黒的なもの〉
宇野 今回はインテリアデザイナーを本業とするーー最近は建築家的な仕事、あるいはプロダクトデザイン的な仕事のほうが目立って来ているような気もしますがーー浅子佳英さんプレゼンツによる「東京インテリア巡り」です。まずは企画者の浅子さんから今回の趣旨の説明をお願いします。
浅子 今のインテリアデザインは「リノベーション」が重要なキーワードになっているのですが、まずはそこに行く前にファッションとの関係から語るのが良いと思います。
ファッションの世界では数年前から、「ノームコア」という言葉が話題になっています。ノーマルのハードコアという意味なので、そもそも語義矛盾のような言葉なのですが、いわゆる霜降りのジーンズとか白い靴下とか「ちょっとダサい人たちが着る普通の服をオシャレに見せる」というトレンドが生まれました。言ってしまえば「一般人のコスプレ」ですね。アメリカでまず話題になり、昨年あたりから日本でも言葉自体は定着してきました。ただ、これってもともとは様々なファッションの流行が行き着いた先のちょっとスノッブで嫌らしいものなんだけど、それがコピーのコピーのコピーのようなかたちで日本に入ってきた頃には「シンプルで定番の服を着ている人がオシャレなんだ」というような、逆転したかたちで受容されてしまいました。そこで象徴的なキーワードとして「スローフード」や「中目黒」がアイコンになったというわけです。
今日見たなかでは、最後に行った中目黒の〈1LDK〉がわかりやすい例ですね。ノンウォッシュのジーンズにコットンシャツ、スウェットパンツにNEW BALANCEだったり、黒縁眼鏡にニットキャップなど、形としては普通なんだけど、上質な素材で作られているものだったり、定番品や日常で使えるもの、日々の暮らしで使えるものが逆転して流行のアイテムになっています。いわば「暮らし」がテーマなので食器なども一緒に売っています。
話は変わりますが、90年代後半から2000年代前半にかけて中目黒がエリアとして急に注目されたことで地価が上がり、それまであった面白い店が出て行ってしまい、ダメな店ばかりが増えて行くという現象が起こりました。
門脇 中目黒も、それ以前の原宿や代官山と同じような運命を辿ったわけですよね。ジェントリフィケーションによって地価や家賃が上昇して、実験的なショップを構えることのリスクが相対的に高くなってしまうという。そうなると、「その街のイメージ」を安易にコピーして貼り付けたようなショップが増えていきます。
浅子 まさにそういう話で、〈1LDK〉はそんなふうに中目黒が駄目になったあと、メインの川沿いではなく裏通りに出店し、いわば中目黒が復活するための下支えをしたような店なんですね。そういう経緯もあって、僕は〈1LDK〉自体はとても好きなんですが、最近の中目黒周辺には、そのコピーのコピーのような感じでニット帽と食器を売るライフスタイル系のお店ばかりになっています。また同じ事を繰り返している。
▲〈1LDK〉の内装。シンプルでベーシックなアイテムが並んでいます。
宇野 こんなこというとおしゃれな自意識をもった皆様方に怒られそうだけど、中目黒のああいったお店で売っているようなすごくシンプルな定番アイテムや、ライフスタイル系の食器とかって、無印良品で十分じゃない? って思ってしまうんだけど……。
浅子 (笑)たしかにそのとおりで、ひとつひとつのアイテムを見たら普通のものばかりで、それをちょっとオシャレっぽくレイアウトしているだけに見えますよね。もちろん、それぞれの商品にもその文脈を知っている人には読み取れる違いがきちんとあるのですが、その差異は「サードウェーブ系男子」で話題になったおぐらりゅうじ氏も指摘しているように、NBの生産国の違いなど、外から見ればごく小さなものです。
さらに重要なのは、その定番アイテムを細かく読み解いていくと、ジーンズにしてもニットキャップにしても、スニーカーにしてもすべて元々はアメリカの大量生産品だということです。なので、これらは元を辿ると、9・11やリーマン・ショックでアメリカが自信をなくしていくのと並行して進んだ現象だと思っています。つまり、未来志向でどんどん新しいものを生み出すのではなく、「古き良きアメリカを取り戻したい」という欲望の現れです。その象徴としてひとつ挙げられるのが、表参道で見た〈トム・ブラウン〉のようなブランドではないかな、と。
▲トム・ブラウン青山店の内装。50〜60年代の「古き良きアメリカ」を忠実に再現している。
宇野 なるほど! 2000年代にピクサーがCGアニメーション映画でやっていたような「古き良きアメリカ的男性性の回復」というノスタルジー消費が、ファッションやショップデザインの文脈でも起きていたというわけだよね。
浅子 そうなんですよ! そもそも今のリノベーションブームには、シアトル発でポートランドやニューヨークにも出店して人気となった「エースホテル」が大きな役割を果たしています。それこそ、セコハンで買った大量生産品の古き良きアメリカの家具だったり、あまり作りこんでいないDIY的な内装のホテルで、すごく人気が出たんです。
▲アメリカ西海岸、オレゴン州はポートランドにある「エースホテル」。ちなみにポートランドは、「ブルーボトルコーヒー」を代表格とする「サードウェーブコーヒー」の発祥地でもあります。(この流れについて詳しくは佐久間裕美子さんの著書『ヒップな生活革命』(朝日出版社)をご参照ください)
僕自身は〈トム・ブラウン〉もエースホテルもとても好きなんですが、その劣化コピーの劣化コピーになってくると「古いものをそのまま使うのはいいことなんだ」というようなとてもベタな需要の仕方になってしまう。洋服で言うならノームコアのように「長く使える定番品を着ることが消費社会への抵抗なんだ」というような変な受け取られ方をしてしまう。
でもこのままだと何も新しいものが生み出されません。この流れにどうやって対抗していくか、というのがここ5~6年のデザイン界のテーマだと僕は思っています。そのための対抗策のひとつとして「ラグジュアリーなもの」をどうやって現代的に表現していくか、というのがあるんじゃないか。ひとつは、最初に見た青山の〈イソップ〉を手掛けた長坂常さんのように、元々あった空間や物の意味を転換させるというのがありますね。
▲「イソップ 青山店」の内装
また、その次に見た〈イザベル・マラン〉では、古い建物をそのまま生かしつつも、FRPのようなハイテクな素材を混ぜたりして異種混合戦のような面白い空間をつくろうとしています。
▲「イザベル・マラン東京」の内装。もともとあった建物の骨組みを剥き出しにつつ、ブティック的な清潔感・高級感も同時に演出している。
さらに違う方向性だと、表参道で見た〈セリーヌ〉のように、箱自体はすごくシンプルなのに、ひとつひとつの作りが超絶豪華で見たことのない素材の使い方をするというものもあります。今の時代は、奇抜な形態のものばかりを並べるとウソっぽくなりすぎて醒めてしまう。だから大前提としてシンプルであることは引き受けつつ、そこにどういう介入や新しい提案ができるのかというのが、今の時代のインテリアデザインの課題なんじゃないかと思っています。
▲「セリーヌ表参道店」の内装。OSB(木材をチップ状にして固めた合板)などの安価な素材から大理石まで、さまざまな材料をミックスした什器が使われている。
■ 暫定一位としての〈セリーヌ〉
宇野 今日見たいくつかのお店は、要は20世紀的なものを批評的に表現しているわけですよね。〈イザベル・マラン〉なら、20世紀半ばまでの工業社会がテーマで、そのために当時つくられたもともとの建物に機能として必要とされていた柱や配線をあえて剥き出しにすることで内装にしている。そしてもちろん、それだけだと単なる乱雑なものになってしまうから、配線をきっちりしたり新しい素材を入れ込んだり、色んな介入を行うことによってデザインとして完成している…って理解でいいですか?
浅子 イザベル・マランというブランド自体は、工業社会が前面的なテーマになっている訳ではないと思いますが、インテリアをデザインしているシグーは自分たちで工房を持ち、本国のフランスでは手作業も行なっているので基本的にはその理解でいいと思います。
宇野 一方で〈トム・ブラウン〉は2000年代のピクサーのように、黄金時代アメリカの「古き良き男性性」を現代的な感覚のなかで利用していくというものだろうし、〈セリーヌ〉はバブリーな贅沢さを、今の感覚で見てもダサくならないようにシンプルの中に過剰さを埋め込んでいる。今日見て回って、なんとなくこれくらいのことは想像がついたのだけど、浅子さん自身が今日見たなかで一番評価が高いのはどこなんですか?
浅子 今のところは〈セリーヌ〉ですね。その理由は、現代的な潮流に合わせてリノベーション的な感覚を前面化するだけではなく「ラグジュアリー」について最も真剣に取組んでいるように見えるからです。
また、〈セリーヌ〉にはもう一つ文脈があって、実は現在の〈セリーヌ〉表参道店は、これまでに改装を3回しているんですね。そもそも〈セリーヌ〉は老舗ブランドのひとつなわけですが、欧米の老舗ブランドって1990年頃から、そのままでは生き残れないからと新しいクリエイティブ・ディレクターを登用するようになりました。有名なのは〈シャネル〉のカール・ラガーフェルド、もうやめてしまいましたが、〈ルイ・ヴィトン〉のマーク・ジェイコブスなどです。
そのような流れの中、〈セリーヌ〉も、2008年からフィービー・フィロという女性デザイナーをクリエイティブ・ディレクターに登用し、そのときにパリと東京のショップデザインも変えました。フィービー・フィロはこの時の改装も担当しているんですが、それらは、元あったインテリアをほぼそのまま残し、プラスターボード(石膏を紙で固めた下地材として使われる最も安価な材料)を仕上げとして、しかも嫌味たっぷりに裏返して使っていたのです。要はわざと工事中のような表層にしつつも、中の什器や服は今のように優雅でたっぷりと並べられていた。これってマダムが買うような高級ブランドとしてはありえないことで、もうそれだけで事件だったんですよ。
そして昨年、2014年に今のようなシンプルでありつつラグジュアリーなお店に改装したのですが、お客さんからすると仮設のようなショップのあとにあれを見せられるわけで、驚きもより大きくなる。その2つの物語をつくったから〈セリーヌ〉は面白いと思うんですよね。
門脇 僕も〈セリーヌ〉は素直に良いなと思いました。現代のデザインって虚構だけでは成立しないんですよね。「自分でばしっとキメながら、自分でツッコむ」というようなメタ視点がないと面白くない。〈セリーヌ〉はまさに、ラグジュアリーなものを作っておいて「全部ハリボテですよ」というネタばらしみたいなことをやっている。
今日見たものはショップデザインで、10〜20分ぐらい居る場所だから、その中で長い時間を過ごす建築デザインの分野ではあまり参考になる感じではないんですけど、短時間しかいないとはいえ、キメキメのデザインをして「これかっこいいだろ!」っていうのは今はもう無理なんだなと改めて思いました。そこに酔いきれずに冷めた目をしているもう一人の自分を発見してしまって、居心地の悪い気分になる。
宇野 僕が今回見たなかで一番辛いなと思ったのって〈トム・ブラウン〉なんですよね。あれぐらいテーマパークにしてしまうと、もちろん洗練されているんだけど、観光で鎌倉の大仏を見に行くような感覚でしかアクセスできない。
その点、〈イザベル・マラン〉はシンプルライフ&スローフードの現代的な感覚に寄せるという点ではよくできていると思う。浅子さんも門脇さんも嫌いかもしれないけれど、あれって20世紀半ばまでの工業社会のイメージのパロディであると同時に、インテリアとしては最低限におさめて、つまり柱や配線自体をインテリアにするだけにとどめて、あとはただひたすら棚と台があって、そこにはどんな商品でも並べられるようにしてある。そして半分はその並べた商品のカラーで店の雰囲気が決まるわけだから、これは意外とどんなライフスタイルや文化、具体的には商品も許容できる内装だと思うんです。実際、ああいう内装のヴィレッジ・バンガードもあれば自然食の店もあるわけでしょう?