• このエントリーをはてなブックマークに追加

今なら、継続入会で月額会員費が1ヶ月分無料!

  • 山田玲司のヤングサンデー【第123号】「面白いやつ」の正体とは?

    2017-02-20 07:00
    216pt

    電子書籍の機能を使用するには、記事を購入してください

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    山田玲司のヤングサンデー 第123号 2017/2/20

    「面白いやつ」の正体とは?

    ───────────────────────────────────


    「盛り上がる話」ってのがある。

    飲み会でもお茶会でも、打ち合わせの合間の雑談でも、そういう「盛り上がる話」があると、そこにいた人はみんな何となく「今日は楽しかった」という気分になる。そういう話。

    でも、みんながみんな「話のプロ」なわけじゃないから、いつでも誰でもそんな「面白い話」ができるとは限らない。

    人数だけは集まっているのに、何となく普通に芸能人の話で終わったり、その場で1番パワーのある人が話す、買い物がどうとか、上司がムカつくとか、イケメン見た、みたいな話に付き合わされて、みんな内心「うんざり」してたりね。

    僕はそんな、なんとなく盛り上がらない場が昔から耐えられない人間でした。
    せっかく集まったんだから、みんなが楽しい気分になれる話題で盛り上がりたいわけです。

    今でこそ僕の周りには「面白い人」で溢れているので、自分が頑張らなくてもいいんだけど、学生の頃はとにかく「面倒な自意識」を抱えた「漫画とアニメのオタク達」が中心の漫研なんかにいたので、何かと「イライラ」しておりました。

    そうです。先輩も含めて、とにかく雰囲気が暗いし、みんなが自分の殻に閉じているんです。
    おまけに、せっかく盛り上がりそうになってる話題を「それ知ってる」みたいなつまんない突っ込みで消火したりするヤツもいたりしてね。

    そこで(18歳の)僕は何とかその場を盛り上げようと、自分の失敗話で盛り上げていくことにしました。
    その時、特に盛り上がったのが、自分の「恋愛話」でした。

    彼女がいたら「良い事ばかり」とは限りません。恋愛という「ギリギリの駆け引き」なんかをしていると、本当に多くの「かっこ悪い出来事」が起こるわけです。
    そんな恋愛の時に体験した「自分のかっこ悪い体験談」ほど、みんなにバカみたいに受けるのです。

    そんなこんなで、必死に恋愛自爆話を漫研でしていたら、その中にいた漫画家の先輩に「山田は恋愛話が面白いからそういうの描いたほうがいいよ」と言ってもらって、恋愛バカ話から始まる「Bバージン」を描くことになったわけです。


    5e64645184a8beff8a6153ac6404b2dfddbcda74


    〜人の不幸は蜜の味理論〜

    今思うと、僕の恋愛話が盛り上がったのには理由があって、その話が「自慢」ではなく基本的に「自爆」だったからだと思うのです。

     
  • 山田玲司のヤングサンデー【第122号】「オヤ」の取り扱い方

    2017-02-13 07:00
    216pt

    電子書籍の機能を使用するには、記事を購入してください

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    山田玲司のヤングサンデー 第122号 2017/2/13

    「オヤ」の取り扱い方

    ───────────────────────────────────

    もーね。
    正直な話、久しぶりに物凄く緊張しました。

    頑張ってふざけていましたけど、何しろ今回のゲストは手塚るみ子さんです。
    るみ子さんは優しくて面白い人だとは聞いてはいたんですが、何しろ僕の人生を決定づけた、漫画の神様のお嬢様です。

    何度も言っていますけど、僕が漫画家になったのは、手塚治虫先生の「マンガの描き方」という本に出会ったからです。戦争時代に自由を奪われ、好きなことをやらせて貰えなかった手塚先生は、子供や読者に「自由」を与えてくれた人でもあります。
    僕の人生がこんなに面白くて充実したものになったのは、手塚先生がこの本で「漫画はデタラメでいいんだ!」みたいなロックなメッセージを書いてくれたからなのです。


    なので、僕もるみ子さんも戦後の平和な時代に手塚治虫という人がくれた「自由」をもらって生きてきた姉弟みたいなものなのです。

    なんかもう「会った事のない(魂レベルの)姉弟」の対面だったのです。
    そりゃあ緊張もしますよね。


    e9f562ae8881353f0edc9d5a07ed4ed95853d544

    〜ゲンドウと治虫〜

    放送中に改めて「すごいなあ」と思っていたのは、るみ子さんが自分の「生まれ」を受け入れて、その過酷な使命を「明るく」引き受けていることでした。どんな人でも「自分には自分の人生がある」とか「自分と親は別のもの」と思ったりするものです。ましてや国民的な漫画の神様を父に持ってしまうと、もう「親のこと」抜きでは生きさせてはくれないのでしょう。若い時期に何度も親に反抗したというのも頷けます。

    そして普通の番組ではまずありえない事ですが、るみ子さんがほとんど知らない「エヴァンゲリオン」の解説コーナーにまで参加してもらったわけです。


    ああ、なんということを・・・


    エヴァはご存知の通り「父親と息子の葛藤(愛憎)」を描いたアニメです。
    頑固で融通のきかないゲンドウという父親に認められたい息子(シンジ)の物語です。
    そしてこの構造はかつての日本家庭での定番で、手塚治虫も同様に「頑固な父親に認められたい」と思って戦ってきた人でもあるのです。


    そんな「圧倒的な存在」としての親は少なくなったとは言え、まだまだ「親の問題」で苦しんでいる人は多くて、自分もそうだ、と思う人もこれを読んでいる人の中にはいるでしょう。


    優秀で社会的に成功した親を持つと「仕事のチャンス」や経済的な部分での恩恵はあるけれど、できる親と比較されるので精神的なプレッシャーがきつくて苦しみます。逆に出来の悪い親を持つと、プレッシャーがなく「あんな親だから」みたいな言い訳はできるものの、コネなど期待できないし、経済的にも大変だったりします。


    もう1つ「ハンパな親」というのを持った場合も複雑です。

     
  • 山田玲司のヤングサンデー【第121号】パンチラという踏み絵

    2017-02-06 07:001
    216pt

    電子書籍の機能を使用するには、記事を購入してください

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    山田玲司のヤングサンデー 第121号 2017/2/6

    パンチラという踏み絵
    ───────────────────────────────────


    いやー。

    嫌な事を思い出してしまいましたね。
    前回放送で言っていた「パンチラ」の話です。

    僕がデビューしたのは青年誌の「コミックモーニング」でした。
    なぜ少年誌ではなくて青年誌を選んだのかと言えば、80年代当時の青年誌は物凄く活気があって「新しい何か」が生まれる雰囲気があったからです。

    大友克洋先生の「アキラ」も、高橋留美子先生の「めぞん一刻」も、江川達也先生の「BE FREE」も青年誌に連載されていました。

    大人にも通用する深さや斬新な表現が許される雰囲気が当時の青年誌にはあったのです。
    実際僕がデビューした時期のモーニングでは、ショートコミックを30作以上も載せた増刊や、オールカラーの増刊なども出していて、その中からは芸術性の高い作品も多く生まれていたのです。
    (写真のカラー原稿はその時のものです)


    c90126e16f5e8fda8cca75e01481ca110cd0fedb


    「よーし、ここで俺も革新的な漫画を描くぜ」なんて意気込んでデビュー(たまごとこんにゃくの恋愛の漫画)したものの、どうにも人気にはつながらない。
    人気がないと連載は無くなり、漫画の仕事ができません。

    どうしたら漫画の人気を上げられるのか?なんて悩みに悩んでいたのが20代前半の毎日でした。

    師匠の江川先生は「俺の分析では、青年誌で人気を取るために必要なのは”スケベ”アクション”人情話”だよ」なんて言っていました。


    〜この俺様がパンチラなどを描くのか?の苦悩〜

    問題はそこでした。
    アクションやら人情話を描くのはできても、僕はどうしても「スケベ(エロ)」を漫画に描くのに抵抗があったのです。
    そんな人間なら初めから少年誌に描けばいいって話なんだけど、当時の少年漫画のノリは嫌いだったし、大人に通用する漫画を描きたかったのだからどうしようもない。

    おまけに江川師匠の漫画は「これでもか」のばかりにエロが連発して出てきます。
    そしてそれが爆発的に売れているのだから、更に逃げ場がない。

    「パンチラくらい描けばいいのに」という声が周囲から聞こえてきます。
    なのに僕はひたすら「そんなものを描くために俺は漫画家になったわけじゃないんだ」なんて言っていました。
    なんて自意識過剰で生意気な若造でしょう。

    おまけにこの若造ときたら、デビューの時に「デビューのためなら仕方ねえ」と、しっかり「下着姿の女が海辺にいるシーン」なるものを描いてる前科者なのです。

    しかも堂々とヌードを描くのではなく「下着」という腰の引けたチキン野郎状態です。
    何度思い出しても恥ずかしい「オレサマ病」の時代です。

    (写真の漫画がそのデビュー作です)