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  • 山田玲司のヤングサンデー【第132号】「ありのままの自分」なんてみっともない?

    2017-04-24 07:0011時間前
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    山田玲司のヤングサンデー 第132号 2017/4/24

    「ありのままの自分」なんてみっともない?


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    ミッツ・マングローブさんが昔ラジオで言ってたんですけどね。

    ミッツさんのお母さんは「ありのままの自分なんて冗談じゃないわよ、みっともない」みたいな事を言っていたらしいです。

    僕はこの話が好きで、その理由は、最終的には「私は私」なんだけど、誰かといる時は、その場にふさわしい人になって振る舞わないと「品がない」って事をミッツさんのお母さんは言っているのだと思うからです。

    ~「ありのまま」が許されない国~

    とはいえ、この国の人達の多くは「そういう高貴なステージ」にはいません。

    なぜなら、自分の子供に「自分の理想」を押し付ける親が多いので、「品のある振る舞い」をする以前に「心の問題」が解決していない、という、まあいつものやつですね。

    「本当の自分」なんてものは、大抵は「どうしようもない部分」を含んでいるものです。

    そんな「どうしようもない自分」でも、生きていく価値はあるんだ、なんていう、根本的な「自己肯定感」さえあれば「誰かのための演技」なんてものもできると思うんですが、これが難しい。

    「そんなの自分らしくない!」とか「そんなふうに男に媚びたくない!」みたいな、まあ言ってみれば、「他人に合わせるという心の余裕がない」って事でしょう。

    「100万回生きたネコ」という絵本では、「誰かのための自分」であるネコが、「そんな生き方を何度しても自分は不幸だ」と言っています。

    そんな人たちの気持ちを拾ったのが「アナと雪の女王」の「ありのままで~」だったのでしょう。

    「誰か(親や世間)のために我慢しなさい」と言われて育った人達の「反動」が、「ありのままの自分で生きる!」とか「そんな自分をわかってくれる人じゃなければ無理!」なんていう気分を作っているんだと思います。

    アナ雪は「誰か」のために理不尽な我慢を強いられていた人達の「私はもう誰かのために我慢なんかしない!」という宣言だったわけで、それは支持されるものわかります。

    ところが、この「ありのままの自分でいい」っていう生き方は、こと「恋愛」とは相性が悪いのです。

     
  • 山田玲司のヤングサンデー【第131号】嫉妬の処方箋

    2017-04-17 07:001
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    山田玲司のヤングサンデー 第131号 2017/4/17


    嫉妬の処方箋


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    なんだかんだ言って。
    「嫉妬」ってのはカッコ悪いもんです。

    なのに、どうしても抑えられないのもまた「嫉妬」ってやつで。
    できれば、あらゆる事や人に対して「いいですね、良かったですね」なんて言えれば問題はないんだけど、そうもいかない。

    まあ、どんな人でも、誰かが「自分が欲しかった容姿」を持っていたり、「高い評価」や「素敵な恋人」や「最新のガジェット」やら何やらを持っていたら、気になるのは当然でしょう。

    とはいえ、「羨ましく思える誰か」と、自分を比べても「幸せになれる事」なんか基本的にない。
    そんな事は頭ではわかっていても、人と自分を比べては「嫉妬」してしまう。


    昔どこかで書いたけど、お坊さんが、きつい修行をして「煩悩」を消していくと、最後に残る煩悩は「エロ」でも「食欲」でも「お金」でもなくて、「嫉妬心」だった、なんて話を聞いたことがあります。

    そして僕もまた「自分よりも評価されている作品」に、一々「嫉妬」していた人間でした。

    先週の放送で「この作品を取り上げて欲しいリクエスト」を受けていて、そのあたりのことを色々考えてしまいました。

    僕にも「好きではない作品」は沢山あって、それは主に「自分の作品より底が浅いのに、自分よりも売れているモノ」です。

    もっと正確に言えば、「自分の作品より底の浅い作品」が評価されることに耐えられなかったのです。

    僕の作品の評価基準は「どれだけ深くテーマを掘り下げているか?」であって、ルックや技術や快楽要素(かっこいいとか、かわいい、とか)ではないんです。

    でも世の中は「深さ」だけを基準に評価を決めているわけではないんですよね。


    それがわからなかった時期はもう大変でした。そのピークは大学を出て数年の間で、売れてる漫画家(アニメ作家など)に対する「嫉妬」は、評価してくれない「社会への絶望」に変わり、それこそもう「みんな死んでしまえ」と思いながら生きていました。


    その後も僕の作家人生は「大ヒット」ばかりが続いたわけじゃないので、事あるごとに「これだけ頑張って、素晴らしい漫画を描いているのに、なんであいつらの漫画ばかり認められるんだ」なんて、苦しんでいたわけです。

    そんなこんなで、僕には「大ヒット作なのに観てもいないコンテンツ」が多いんです。
     
  • 山田玲司のヤングサンデー【第130号】「危ないコラム」

    2017-04-10 07:001
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    山田玲司のヤングサンデー 第130号 2017/4/10


    「危ないコラム」


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    まあ僕も人並に色々あったんで。

    何だかんだ色々考えた結果、「誰も傷つけないで生きる」って決めて生きているんですけどね。

    それでも「このやろう、ふざけたこと言いやがって・・」なんて、思うこともまだまだあるわけです。

    その殆どが「構造的問題」が生んだ根の深い話なので、やたらと感情的になるのも不毛だし、怒ってもどうにかなるものではないことばかりです。

    なので、基本的に誰かを批判しないことに決めているんだけど、先週の時事の回で、つい「これはどうかと思う」みたいな事を言ってしまいましたね。

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    〜スカッとすればそれでいいのか?問題〜

    今回僕が批判したのは、どこにでもある「恋愛のハウツー記事」のことでした。

    この記事もまあ「他愛のない話」だし、それで幸せになる人もいるかもしれないし、それを書いたライターの人にも何の恨みもないんですけど、そのライターやその記事の話というより、「そういう系の記事」について腹が立ったんですよね。

    その記事は「結婚相手にふさわしいかどうか、を計るために3つのことをするべき」という記事でした。

    もう時間もないし、少しでも早く結婚相手を見つけたいと思っている人のための記事です。

    そのライターさんは「最初のデートでわざと遅刻して、友人の不倫の話をして、ゲテモノ料理を食べさせに行って、その反応でその男が自分の結婚相手にふさわしいかどうかを判断せよ」と言っていまして。

    単純な話「トラブルを起して相手をテストしよう」ってことなんで、他愛ない事かもしれないけど、問題は「こういう風に他者を自分にとって有益かどうか?」で見ている「生き方」の方だと思うんです。

    「あの人はここがダメ」「この人はこんな事言うからダメ」なんて、人にダメ出しばかりして生きている人が、誰かと協力関係を築くのってのは、そもそも大変な話でしょう。

    例えばこのテストを女の人がされたらどんな気分になるでしょう?
    デートにわざと遅れて、その反応で「その女と付き合うべきか」を判断する男です。
    すべてのテストをクリアしたから君と結婚するよ、なんて事を言う男を「愛する」なんてできませんよね。(よっぽどの人でないと)

    まあ、それはいいとして、問題はそういう「生き方」を勧めている記事の話です。