6月7日 臨時取締役会まで後1日。大磯の海岸は初夏を迎えて早くも人でにぎわっている。今年は梅雨がないのでもう夏がきたと言ってもいい。自衛隊の横須賀駐屯地、在日米軍キャンプ、横須賀までkm山手の方からは飛行機が飛び立つのが見える。ときおり巡洋艦が演習のため太平洋へ乗り出すこともある。南雲新三郎の別荘は山手の高台近くにある。自宅は目黒にあるが、別荘はここ大磯にある。別荘ブームで大磯が有名になったのは、いつごろだったろうか。故吉田茂首相が高知の海を懐かしみ余生を過した大磯に、南雲が別荘をもったのは別の理由からだ。吉田茂が同郷の先輩であることは事実だし、海への生理的な親近感があるのも事実。何千kmも離れた太平洋諸島と横須賀を睥睨できるからだ。今は平和な太平洋に向かっていった多くの戦友への慰霊である。そして横須賀の米軍基地を自戒の念をこめて見続けるためだ。戦後高度成長を経て、大正電力を日本有数のトップ企業に育てた南雲に、政界から、もしくは思想団体からの誘いがあった。戦争の生き残りとして、政界もしくは官界で活躍した同期がたくさんいる。敗戦の汚名返上といきまくもの、日本人の精神のよりどころを思想にもとめてひた走るもの。南雲はそれを全てドライに断った。日米の経済戦争や国内の政治戦争とは距離を置くためだ。距離を置かねばならない。戦争体験のある人間が政治や国家レベルの戦いの御旗になったり、リードをとればまた、同じ事を繰り返すような気がする。自分はただ日本の人々のためにインフラ事業に注力し、戦友の慰霊を重ねる。ただあの経験を忘れはしない。むしろ横須賀を冷徹に監視しながら、自分の心に残る武士道をとどめおくために。大磯海岸の水平線を見ながら、南雲は栗林と
歩いていた。もう数時間も椅子で会話していた。歩いて脳を刺激しつつ、なかなかできない決断をしようと考えていた。
「くどくど、いうがね新三郎。明智君の言うとおり、敵の目的はただ一つ、お前さんの排斥だ。第一手は臨時取締役会での社長解任決議」
「ボードメンバーの2/3は握られているよ。」
「解任されていいというのか。それともその後、策でもあるのか。」
「ない。」
「王手じゃないか。」
「そうでもない。」
「何度も聞くが、その根拠は」
「分からない」
「解任されても5%の大株主として残ることはできる。そこできゃつらは蛭田のところへ行って、25%超の大正電力株買占めに走る。」
「1億株、時価総額300兆の1/4を買える企業があるかい。」
「ないな。大正は、我が東京興行銀行と時価総額で変らない。銀行が全部たばになればimpossibleではないが、meritよりriskが大きいからどこもやらんだろう。」
「そこで敵は、明智君が書いている第三手に出てくるわけか。」
「沼田の背後にいる東都銀行の蛭田がエコプロジェクト賛同企業から資金をかきあつめるというやつだ。通常の経営判断なら、賛同企業が金を出すとは思えないがね。」
「大和自動車や、西芝の経営陣はもう俺の知らない世代になったよ。日本を代表する企業がこぞって“中国経産省”参りとは呆れるね。」
「相変わらずwit sharpなジョークを言うが。これがご時世ってもんだよ、general南雲。それはそうと、東都の蛭田という男は曲者だぞ。狡猾で、手段を選ばない。そしてまだ若い。」
「若いといっても60前だろう。」
「俺が言いたいのは、俺たちより長く生きるぶん有利ということだ。」
「蛭田氏は富士、一銀、もみじの合併をさせた男だろう。」
「ああ、それも外資から資金を誘導してな。裏では3つの銀行株を売り浴びせて時価総額を下げて、バブル時代の債権を買い叩いて合併を優位にすすめたらしい。」
「外資?それはどこだ」
「CITYSだよ。一度日本上陸に失敗したペルリ頭取が、ここぞとばかりにくいこんできた。」
「CITYSといえば、今相当苦しい。例の詐欺紛いの不動産証券商品で。」
「サブプライムで1兆ドルの赤字を出したが、黒人大統領が100兆ばらまいたからな。巻き返しもありえる。」
「懲りんやつらだな。Wall streetの連中は。一体FRBでどれだけ無価値のドル札を刷るつもりなんだ。」
「イギリスのブラウント首相も、トリフEU総裁も実際には数百兆ユーロをパラシュートでまいたからな。経済指標と帳尻を合わせられなくても、増やせるマネーは増やし続けるだろうよ。」
「素人意見だが、インフレになったりせんのか、イタリアのように。まさかアルゼンチンのようにデフォルトするでは」
「借金踏み倒しか?last optionだろう。」
「じゃあどうなる増え続けた紙幣は価値が下がるぞ」
「燃やして減らすんじゃないか。(笑)といってもアメリカさんは世界一位なんだよ。」
「税金や国債言うに及ばず、中国に負けじと軍事力を増強するさ。」
「大陸は大陸どうし戦ってほしいものだね。金はだしてやるから。(笑)我が日本は武器をもたない“衛星中立国”だからとね」
「大丈夫さ。お前のところがいくつか持ってるから」
「皮肉にならないがな。原発があるといえば、bombくらい作れる。やましいところがあるアメリカは、そう勘違いするかもしれん。」
「抑止力。金も武器も出したら終い。どこの国も抑止されたらそれでいい。・・・仮にだ。いや、いずれ誰かに大正電力を任せたら、高速炉はどうする?」
「沼田は減らすことはできんだろう。建前上、原子力は増やさないとしても、実質のエネルギー供給量は原子力なしでは賄えん。電気代値上げで儲けても相殺される。」
「相変わらず原子力アレルギーはあるだろうな。」
「アレルギーはある。ただもともとこいつは、アメリカが植えつけたもんだ。」
「・・・・・。アメリカが植えつけた“外来種”はわしらが生きとるうちに消しておきたいものだ。話は戻るが、CITYSやエコプロジェクト賛同企業が全てが大正株の買占めに協力するとは思えんが、万が一もある。長い時間をかけて買い占めることはあるぞ・・・。」
「俺の排斥、もしくは自らの引退を促すことが目的ではないのか。」
「そうだが、大正を企業ごと丸呑みできるなら、それにこしたことはない。」
「時間勝負か・・・」
「泥仕合になる。お前の最期の戦いがな・・・。しかも時間では敵が有利。明智君が書いているとおり。解任決議、株主奪取、エコプロジェクトへの大々的参加PR」
「つまり俺の排斥とTOB、その上でインフラ生産者から消費者搾取にきりかえるということか。関東、東北、北陸、東日本の個人世帯は言うに及ばず、企業や街の電気までが2倍に跳ね上がる。日本のインフラの大きな旗振り役として、エコプロジェクトなる欺瞞に広告宣伝費をつぎこみ、原子力への設備投資を増やさず、利益を積み上げるつもりだろう。」
「調査によれば自動車、電化製品、ガス、水道などの大企業群は政治主導でプロジェクトに賛同しているという。確かにTVをつければエコ商品があふれている。大正電力がプロジェクトに反対している意義は大きい。逆を言えば、大正が“おちれば” プロジェクト側の完勝だ。建前的に原子力をNOといいながら、実質原子力は稼動しながら増設せず、エコの名前のもとで“節電”を促して供給量を抑える。利ざやをとるわけか。せこいのう」
「大正電力がプロジェクトに屈する。すなわち政治主導をゆるし、欧米型の株価を目的とした利益主義がまかりとおれば、日本企業経営の“良心”が死ぬことを意味する。」
「明智氏が言う、“昭和の良心”南雲新三郎という最期の良心がな。」
「最期の良心は二人だけか。道弘・・・・。」
「そうだ。それも最終ラインは7日後だ。ただ短期戦略ではいかんと思う。」
「そのとおりだ。わしらはもう長くはない。短期的に反対陣営をはっても、意味がない。当然これだけ政治主導のエコキャンペーンが企業総出で行われると、エコが当然。スタンダードになりつつあるところに、ネガティブキャンペーンでも展開すれば、大正電力が悪者にされてしまう。」
「30年~50年スパンで考えれば、このエコプロジェクトなる“法案”は天下の悪法となるだろう。だが新三郎の言うとおり、面と向かってのネガはできない。敵はファイナンスと広告でせめてくる。」
「わしが30%いや、短期的には20%でもいい。大正電力株をもてればなんとかなるが・・」
「光星君は」
「その名で呼ぶな。」
「光俊君とは和解していないのか。」
「和解もなにも、あのとき以来20年口も利いていない。」
「自由党の政調会長として、君譲りの保守派としてがんばっとるがな。」
「話だけは、ニュースで知っておるさ。だがわしの死後、大正電力をひっぱり、エコプロジェクトを廃案にもちこむ後継人は光俊ではないだろう。政治家に経営は無理だ。わしの保有株を持たせることはできても。」
「後継者は決めているのか。」
「ああ、わしが経営権を維持できることが条件じゃが。」
「答えたくなければそれでええが。後継者は僕が想定している君のお気に入りかね。」
「・・・・・。」
「まあいい。まず大正電力の経営権の維持だ。」
「MBOはどうだろうか。」
「経営陣の多数を握られている以上無理だろうな。それに金額がでかすぎる時価総額300の20%はとれないだろう。僕のところで出せて600億。その他銀行から集めても、1,2兆だろうな。第三者割り当て増資はやらんだろう?」
「やらん。株価を薄めるだけだ。債権やCP発行でも足らんか。」
「足らん。ただ一つだけ可能性がある手段がある。」
「中東やチャイナ、wall streetはごめんだぞ。」
「ああ、敵と同じ作戦はとらんよ。外資マネーに振り回されるような負の遺産は残さない。」
「ではどんな手がある」
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