沼田マスPR
相変わらず沼田がtvでエコプロジェクトに賛同の声を上げている。環境問題委員会に出席し、プロジェクトに積極的姿勢を見せ、メディア露出のピッチを上げてきている。
エコビジネス批評家と討論する番組にも出ている。“エコ”にネガティブな
葛城次郎東都大学教授「地球に優しいというメッセージ性の裏で、したたかにビジネスをすすめておられる。御社はインフラ費用である将来電気代の値上げも検討されているとか」
「我々は外郭団体ではなく、東証一部で60年以上お世話になっているインフラ企業です。できる限りの低コストを維持してまいりたいと思っています。そのため、太陽光発電をSHEEP様と共同でご家庭にお勧めしています。これからは家庭が電気を作り、販売もできる。消費者の皆様は生産者になっていただく時代です。わが社が電気代を買いとらせていただくのはそのお手伝いです。買取価格を2倍にさせていただきます。」
「太陽光発電を購入できる家庭は限られています。一戸建ちでなければ、使用分のエネルギー量を生産できないのでは?」
「既に政府の援助を得て、公団様など都営住宅には太陽光を導入開始しております。戸建ちでないご家庭にも太陽光発電をお届けできます。」
「話を根本にもどします。エコプロジェクトに、大正電力さまが賛同されていないのは何故ですか。南雲社長がエコの問題性に気づかれているからでは?」
「南雲と私の見解の相違はございます。ですが国を挙げてのプロジェクトに、経団連の責任ある企業が賛同しないことがおかしい。」
「政府が御社ほどの日本の基幹産業の支持をえていないのは、何故でしょう?」
「当社でも政府プロジェクトに賛成のものが多数おります。」
「沼田さん、あなたがその多数派で支持を得ていると?」
「1,2週間でそれがわかるでしょう。」
Tvだけではない。新聞や雑誌のインタビューに登場し、温暖化肯定を展開する学者や専門家とのやり取りを見せている。あくまでも賛成者とではなく、“反対者”との“対峙”を演出する。良く有るパターンは企業とメディア、もしくはこういった討論では反対者にみせかけた賛成者、完全な肯定派がおもねることがあるが、それはtvの歴史のなかで既に古びつつある手法で、今や視聴者=消費者を納得させることができない。“完全な”反対者と討論する方がより現実性を感じ、討論者(この場合大正電力の沼田)を引き立てることになる。これが榎田の考えだった。その上でtvでの編集、紙面での校正の段階で“フィルタリング”をかける権利をスポンサーとして持ちながら、沼田=大正電力=新主導者というイメージを作る。落としどころありきの討論ではなく、徹底的な反対者と討論することで、真実味をもたせ編集でスポンサーに有利なカッティングを行う。アメリカの政治、経済番組などはこの“正、反、合”の手法で世論を形成していく。
例えば大統領選挙でヒラリーとオバマが民主党内で競争する。他に3,4人の候補がいるがサクラか当て馬もしくは、将来を希望される若手がデビュー戦である。この時点で“女性初”か“黒人初”かでめぼしいのは2人(正)だと決まる。今回の大統領選挙は8年2期続いた共和党、ブッシュへの不支持が前提であるから、共和党から戦争英雄である老議員マケイン候補(反)を当てる、人気はオバマが圧倒的だ。ネガティブキャンペーンをはることなく、黒人初、yes we can、change 3ワード(広告理論でもマス=大多数が覚えられる単語はどんなに良いコピーライティングでも3つ)で世論は(どんなショーよりも)盛り上がり、予定調和される(合)。そうして対外的にも平衡感覚を保てるオバマという黒人大統領が誕生し、ヒラリーが女性初は果たせないが閣僚入りする。国内的には中国、そしてヒスパニックの移民が増える最大の移民国家アメリカで様々な人種が納得できそうで、対外的にもあらゆる国が“対等に見える”知的かつ、バランス感覚のよい黒人を顔にもってくることで一応アメリカをまとめたのだ。
マスコミ産業、いわゆるメディアは基本的には広告主=スポンサーの資金が主な収入源である。リーマンショック以降、企業は真っ先に広告宣伝費を削る。企業規模が大きいほど、その割合や規模が大きい。現在tvcmにゲームやパチンコ企業が多いのは、自動車、家電、食品などこれまでの大スポンサー(年間広告費100億以上)が出稿をしないためだ。ただエコプロジェクト関連は政府及び外郭団体などを通じで、“補助金”がでて商品も売れるため、電波を通じての“露出”が自然と多くなる。今まで大正電力は南雲社長の方針で“エコ”を銘打ったPRは行わず、「広告出稿費をおさえ、市民や株主、日本の全てのみなさま
に無駄な費用を出していないこと」を伝えてきた。不景気で世帯収入が増えない中、広告露出による不必要な世間の批判を浴びないためでもある。
遅れたことも一切とがめず、むしろ仲間を見る目穏やかなムードで、小林は迎えられた。
簡素ではあるが、渋い部屋は経営企画室のトップではない北条静香が一人で使っている。
以前会ったときから女性として魅力を感じていた。小林が尊敬するジャーナリストである櫻田頼子と同じ凛とした雰囲気だ。自分のように情熱とパワーだけでなく、それらを内に秘めながらバランス感覚に優れ自然と人を動いてくれる柔和さがある。
グレーのスーツと同じくらい髪の色はロマンスグレーに近い。着物がさぞかし似合うであろう。これが大和撫子という感じである。
「ようこそ、小林さん。」
「お待たせしてすいません。」
「待つ?いいえ。他の仕事を片付けていたところ、ちょうどいいタイミングいらしたわ。お疲れでしょう。コーヒー・・・ではなく紅茶でよろしい?」
「はい。ありがとうございます。」
「良く分かったとお思いでしょう。経営企画室は秘書とは違いますけど、秘書と同様の能力が必要なんですよ。」
「何でしょう。」
「相手が次に何をしたいか、経営者が何を考えているか。先回りしちゃう能力。」
「なるほど。私とは大違い。」
「気を使うことが一番苦手」
「そうです。」
「いいのよ。あなたはそれで。私も紅茶党なんですよ。アールグレイ、@@@ ロンドン大学でMBAを専攻。私もロンドンですのよ。」
「え、ということは先輩にあたるんですか。」
「ええ、あの頃は日本人女性は少なかった。社長が海軍出身でロンドンに行けといわれたときも、驚きはしなかった。西の果ての島国海軍大国のイギリスに自然と足が向きました。」
社交界での経験もあり、国際マナーを自然と覚えているのだ。その上でこの日本女性の鑑のような立ち振る舞い。明智が弟子にしてもらうべきだ、と言っていたことを思い出した。
「おそらく、私が最後の面談者になるのでしょう。何でも聞いてください。」
「あ、はい。今御社は南雲社長と沼田専務との間で意見が大きく分かれています。沼田さんが経営陣の過半数いえ、2/3を味方につけていることは聞き込みで確認されました。経営企画室も沼田さんに賛成ですか。」
「私に経営会議に出る権利はありません。室長が執行役員として沼田専務を支持しています。ですができるなら南雲社長を応援したいと思っています。それができないのは、エコプロジェクトの政官財の強い圧力があるからです。正直奇麗事だけで結局はビジネスのことしかない。私だけでなく社内にも密かに南雲社長に支持してプロジェクトに不参加できたらと思います。現実的な課題と対策を考えています。想定されるのは明日の臨時取締役会で、南雲は解任決議をつきつけられ、可決されるでしょう。でもこれは第一ラウンドに過ぎない。以降は株主総会まで、ファイナンスに戦いの舞台は移される。南雲は5%の大株主でもあり、東京興業とも太いパイプもあります。経営権を巡って大きな混乱があるでしょう。その混乱を少しでも抑えるように南雲の指示を密かに各部署に伝えています。もちろん、営業部など沼田陣営にはもらさずに。何らかのカードが切られるでしょう。そのカードを一枚でも多くもちたい。おそらく、それが今あなたがお持ちになっている箱の中にあると思います。」
小林はすっかり箱のことを忘れていた。杉並が「大正のすべてが入っている」と言った箱を小林はまだ開けていない。
「これは、杉並さんから預かりました。明智に渡そうと思っています。ただその前に」
「私に見せろと」
「はい。」
「拝見します。」
小林は真鍮の箱を北条に渡した。中にはいくつか書類が入っている。手紙や手形のようなもの、写真が見えた。小林には書類を見て意味が分かるはずもなかった。
「これは・・・」
北条静香の目が少し潤んだかに見えた。しかしすぐ表情を元に戻していった。古め買いしい手形を持って。
「南雲は・・・これらを私、いえ大正電力に残して・・・。この手形は最終カードになりそうです。そしてこの遺言状も。」