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八千代は赤い、高級そうな国産車に乗っていた。よくわからない仕事をしているくせに、それなりに稼ぎはあるようだ。エアコンの効きも良くて快適だが、オレは宮野さんの車の方が好きだった。
移動しながらオレは、聖夜協会について、大まかな説明を受けた。
「聖夜協会は元々、ジョーククラブとして誕生した。もっともらしい題目を掲げて、真面目ぶった、でもよく聞くと馬鹿馬鹿しい議論をしながら酒を飲むための会だ。年末に集まることが多かったから、ただそれだけの理由でクリスマスが槍玉に挙げられた。最近のクリスマスは間違っている、正しいクリスマスとは――なんてことを話しながらさんざんワインを飲むわけだ」
オレは頷く。
「でも、今は違う」
「そう。聖夜協会はまったく性質の違う組織になった。そもそも聖夜協会を作ったのは、『センセイ』と呼ばれる人物だ」
「センセイ」
きいたことがある。
たしか、最初の誘拐犯が信仰していた人物だ。
八千代は続けた。
「でも彼は10年以上も前に姿を消している。同じ時期に、古株の聖夜協会員たちが数人、失踪している」
そういえば、みさきの祖父も失踪したと聞いた。
「なにがあったんだ?」
「それはわからない。ともかく聖夜協会はセンセイを失った。ところでここから、話は唐突にファンタジーになる」
「ああ。最近、ファンタジーにはずいぶん慣れたよ」
「そりゃよかった。センセイは、特別な力を持っていたんだ」
「瞬間移動でもするのか?」
「違う。そんな程度じゃない」
八千代はどこか自嘲気味に、口元だけで笑う。
「センセイは他人にプレゼントを与える。ニールのあの力も、センセイから貰ったものだ」
信じられないことだった。
オレは実際に、ニールの瞬間移動をこの目でみている。それでもわけがわからない。
――あんなもん、ぽんと人にあげるってのは、どんな原理なんだ?
まともに考えてわかることでもない。
オレは肩をすくめてみせた。
「あんた、プレゼントを手に入れる方法はまだわからないって言ってなかったか?」
「わからないさ。肝心のセンセイが姿を消しちゃったんだからね。だから今の聖夜協会員たちはセンセイを捜しているんだよ。理由は人それぞれだろうけれど、わかりやすくまとめてしまえば、みんなプレゼントが欲しいんだ」
なるほど。
わけがわからないことだらけだが、ようやくひとつだけ腑に落ちた。「聖夜協会」はプレゼントを求めている人々の集団だ。そうまとめてしまえば、理解しやすい。感情で納得はできないけれど、あれほど狂信的になるのも理解できないことではない。
スイマたちは、サンタクロースのプレゼントが欲しくて眠るのだ。
オレは尋ねる。
「じゃあ、ヨフカシは?」
「ヨフカシ?」
「いるんだろ。そんな名前の奴が」
低い声で、八千代は笑った。
「君の情報は不思議だな。どうしてセンセイを知らなくて、ヨフカシを知っているんだ」
「いろいろあるんだよ。ヨフカシってのは、なんだ?」
「ヨフカシはスイマに紛れ込んだ裏切り者だよ。まだ根も葉もない噂の域だ。実在するのかもわからない」
「裏切りってのは?」
「ん?」
「一体、なにをどう裏切るんだ?」
「ヨフカシはセンセイの居場所を知っていると言われている。知っていて、秘密にしている。たぶんプレゼントを独り占めするために。ひとりだけサンタクロースの正体を知った、『悪い子』がヨフカシだ」
なるほど。おおよそ、聖夜協会の構造はわかった。
常識で考えれば納得できないことだが、とりあえず受け入れるしかない。かつていた、『センセイ』という特別な力の持ち主を、今もまだ追い求めている集団。少しずつ狂っていった集団。
問題は、その狂い方だ。
「それで、どうしてみさきが悪魔と呼ばれて、誘拐されないといけないんだ?」
「オレもよくは知らない。でも、悪魔がセンセイを奪った、とスイマたちは言っている」
「奪った?」
「悪魔のせいでセンセイが消えた。その辺りのことは、君の方が詳しいはずなんだけどね」
「オレ? どうして?」
「悪魔はセンセイを奪い、英雄をたぶらかして血を流させた。その英雄っていうのが、君だ」
オレはため息をつく。
「どうしてそこで、オレが出てくるんだ」
「知らないよ。でも君のエピソードがまとめられ、今の聖夜協会じゃ教典になっている」
「わけがわからない」
「まったくだ。英雄に関しては、その名前も明らかになっていない。君はほとんど、伝承上の人物だ」
やめてくれ、と言いたかった。
奇妙なカルト集団の英雄に祭り上げるなんて笑えない。それで大笑いするのはきっと宮野さんくらいのものだ。オレはベートーヴェンの表紙を飾るようなことにはなりたくなかった。
でも一方で、別の可能性にも思い当る。
「なら、オレが名乗り出ればみんな上手くいくんじゃないか?」
みさきの誘拐なんて馬鹿なことをやめろ、と英雄が言えば、すべて解決するように思った。英雄なんて呼ばれるのは大抵の悪口よりも苦痛だが、この際、仕方がない。
でも八千代は首を振る。
「協会内に伝わる話じゃ、英雄は悪魔の呪いにかかったことになっている。君が悪魔の肩を持っても、その裏付けだとしか思われないだろうね。一層、悪魔への憎悪を増すことになりかねない」
オレはため息をつく。
「理解できない話だ」
「もちろん。真顔で悪魔がどうこうと言う集団にはかからわない方がいい。とはいえセンセイのプレゼントには、それだけの説得力があるんだよ。神も悪魔も信じさせるほどの、わかりやすく目にみえる奇跡だからね」
そういうものだろうか。よくわらない。オレはニールの瞬間移動をみても、あの未来がみえるバスに乗っても、神も悪魔も信じる気にはなれなかった。
「スイマは簡単に分類すれば、ふたつの派閥にわかれる。ひたすら教義と教典に忠実な穏健派と、教義を拡大解釈して現状を変えようとする強硬派だ。ふたつの派閥はもちろん対立している。でもどちらの派閥であれ、メリーには逆らわない。すべてをどうにかしたければ、メリーに接触するしかない」
メリー。何度か聞いた名前だ。
「たしか、そいつが聖夜協会の最高権力者なんだよな?」
「ああ。もちろん、センセイがいない今は、ってことだけどね」
「どうして?」
「そこが、オレもまだよくわからない。奴らは新人には、メリーのことは特に話したがらないみたいだ」
納得できないまま、オレは頷く。
「わかった。じゃあ、みさきを連れ去っていたスイマってのは?」
車がウィンカーを出し、今度は有料の駐車場に入った。
「これから行くのは、ノイマンと呼ばれる穏健派のマンションだよ」
ノイマン。ジョン・フォン・ノイマンだろうか。
それはソルたちから聞いた情報と一致している。みさきはノイマンと名乗る女性と共にいる、と訊いていた。
――少なくとも八千代の話は、オレの知識と矛盾しない。
嘘はついていない、と判断してよいように思う。
八千代がエンジンを止める。
オレはドアを開けながら言った。
「どいつもこいつも、名前が大げさだな」
八千代も車を降りて、肩をすくめた。
「よくは知らない。センセイはクイズと偉人の話が好きだったって聞いているけどね」
趣味としては悪くない。偉人の話はオレも好きだ。
でも、そのセンセイって奴に、自分で作った集団の面倒くらいみろよと言ってやりたかった。
みことP/横浜【公開用】 @mikoto_imas_opn 2014-08-03 16:34:40
30分の更新は、センセイとみさき祖父が別人ってことなのかなあ。それとも、ミスリーディングなのか。
あみー @ryosangata_aisu 2014-08-03 16:57:18
制作者がプレゼントメーカーなので、センセイで祖父で悪魔を助けたいんかなぁと
みどばち @midobachi3 2014-08-03 16:47:56
八千代雄吾は赤色が好きってことはわかった
みや@さとみちゃん愛 @staknnds 2014-08-03 16:46:59
とりあえず宮野さんの車の方が好きというのににやっとした。
桃燈 @telnarn 2014-08-03 16:35:31
しかし、メリー様が美少女で、ニールはメリー様を信奉しているように見えるって、要するにニールは変態紳士と言うことでFA?ただのヤバイおっさんだな。
やんわり@「奇卓部」1日目東コ45b @yanwalee 2014-08-03 16:40:02
電話のベルと、発明したベルと、ジングルベルと、少年ベルと……bellってタイトルだけでどんだけ意味あんだよ……って思って、あれ、ん?
イノサンス・エヴェイユ【純潔の覚醒】 @A_hazuki 2014-08-03 16:43:53
そういえばベルの話で思い出したけどゲーム内でも「特別な石」って説明でベル出てきたよな。
セトミ@レンブラント派 @setomi_tb 2014-08-03 16:40:10
情報の裏付けがどんどんされていきますね
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