久瀬くんが母親を亡くしている、というのは、聞いたことがあった。
でも彼自身はなにも語らなかったし、私はその詳しい時期も知らなかった。
――このころだったのか。
それは、私がポケットの中のキーホルダーを受け取ったのと、同じ年のことだ。やっぱり久瀬くんはすごいな、と思う。母親をなくした小学生が、それでもほかの人を慰めるなんて。ただピアノの発表会に怯えていた私とは大違いだ。
「思い出したんだな?」
とニールが言う。
私はなかなか喋りだせなかった。胸がいっぱいで、うまく頭が回らなかった。
時間をかけて、ゆっくりと、私は嘘をつく。
「嘘をつきすぎて、オオカミ少年みたいに周りから相手にされなくなった転校生がいて――」
嘘のエピソードを伝えるのは、聖夜協会員で誘拐犯のこのふたりを警戒したからだけど、でも。
今はもっと感情的に、真実を伝えたくはなかった。彼の過去を、勝手に話してしまうことに抵抗があった。
こうやって、私が覗きみるのも、間違っているような気がした。
※
私がオオカミ少年という言葉を使ったからだろうか、店を出たところで、ニールは店の看板を指さして言った。
「オオカミと言えば、インディアンはこいつを信仰しているらしいぜ」
ノイマンが小さな声で、「信仰?」と尋ね返す。
「タバコも太陽も雷も、それどころか死ぬことだってこいつがもたらしたんだってよ」
不思議な話だ。
どうしてオオカミに似た小型の動物に、そんなことができると思ったのだろう? でもオオカミも、語源ば「大神」だと聞いたことがある。日本人もオオカミを信仰していたはずで、やっぱり、あの凛とした表情をみると神秘を感じるのだろうか。
そう考えると、オオカミ少年という表現を嘘つきの代名詞として使ったのは、なんだか罰当たりだったかな、という気がした。
後ろではニールとノイマンが、なにか言い争いをしている。
「おい、どういうことだ? パスワードかかってるぞ?」
「毎回、貴方につまらない書き込みをさせるわけにはいかないわよ」
この旅行は、今のところ平穏だ。
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