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手条萌『脱・女子力幻想 ― 社会の敵は男、女の敵は女』 / 第1回 「女子力」という幻想
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手条萌『脱・女子力幻想 ― 社会の敵は男、女の敵は女』 / 第1回 「女子力」という幻想

2016-08-02 12:58


    みなさんこんにちは。手条萌と申します。

    先日、「48ジャーナル・NEX」さんの放送に出演させていただきました。ご覧いただいたみなさん、ありかとうございました。このたび、大変ありがたいことにメルマガのほうで連載をさせていただくことになりました!

    連載テーマは「女子力」です! なんとアイドルチャンネルにて「女子力」について論じるという、とてもスリリングな試みです(笑)

    この連載では、誰もがうすうす感じているであろう、なのになぜかツッコめない「女子力」というものの胡散臭さについて、具体例を挙げながら考えていきます。

    今回お届けする記事では『「女子力」という幻想』と題し、連載に入る前に、一体「女子力」とはなんぞや!? というそもそもの定義や、現在の「女子力」と女子を取り巻く状況を整理してみたいと思います。



    手条萌『脱・女子力幻想 ― 社会の敵は男、女の敵は女』
    第1回 「女子力」という幻想

    2016.10.3

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    ▼プロフィール
    手条萌(てじょう・もえ)
    カレー評論家と名乗りたい20代キモヲタ社会人。新刊『カレーの愛し方、殺し方』(彩流社)発売中!!


    女子に向かって「女子力が高い」と言うのは褒め言葉だと思っている人が多いと思う。「女子力が高い」という表現を使って「女の子らしさ」という観点から相手を褒めることで、「君ってかわいいよね」ということを、そして「僕は君に好意があります!」ということを丁寧に説明しているつもりなのだろう。これは日常生活において、職場において、恋愛において、そしてアイドルの接触現場において、いかにもよくありそうな光景である。「女子力高いよね」と褒める男性、「ありがとうございます!」と言って笑顔で応える女性・・・・・・。その一連の流れについて、自分のコミュニケーション能力に満足している男性の多いこと多いこと。でも、ちょっと待って欲しい。実は「女子力が高い」と言われた女性は、その笑顔の裏で心中かなりイライラしていることが少なからずある。「女子力」が高いということは、いまや女性にとって純粋な褒め言葉ではなくて、disやレッテルの類として受け取られることさえあるからだ。

    なぜこのようなすれちがいが起きてしまうのだろうか。このことについて考えるためには、「女子力」とはそもそも何なのかについて説明する必要がある。

    これほど使う人、そして状況や媒体によって意味が異なる言葉も珍しいだろう。もともと「女子力」という言葉は、漫画家の安野モヨコの著書『美人画報ハイパー』が初出で、2009年には流行語大賞トップテンにノミネートされた比較的新しい言葉である。そして、その意味は「きれいになりたいと願い、行動する力」のことであった。これは今改めて聞くと、想像以上のシンプルな定義に驚く人も多いのではないだろうか。



    ■4つの「女子力」
    ところが「女子力」という言葉は、多くの人に使われる過程でその意味が拡張されていった。現状では、どのような状態のことを「女子力」が高いと呼ぶのだろうか。私は以下の4つに分類する。

    1:内面指向・家事スキル系
    2:内面指向・意識高い系
    3:外見指向・美意識高い系
    4:外見指向・愛され系(a:清楚風 b:グラビア風c:キャリア風)

    なぜこのように「女子力」というものの意味が、本来の意味から拡張されてしまったかというと、「きれいになりたいと願うこと」というのがどういうことか、さらにいうと、「きれい」というのがどういった状態のことを指すのかは、受け取り手や状況によってさまざまであり、曖昧なものであるためだ。特に「きれい」というのが外見の美しさだけでなく、内面が魅力的な状態や知識があることを指す場合は顕著である。

    まずは、内面指向についてみていこう。

    1:内面指向・家事スキル系
    内面を磨くタイプの「女子力」には、大きく分けて1:「家事スキル系」と2:「意識高い系」の2パターンある。

    1:「家事スキル系」の「女子力」とは、美しさを、炊事・洗濯・掃除などの、いわゆる従来の花嫁修業で求められるような、家を守る女性としてのスキルが高いことと定義した場合である。あれだけ戦後、それなりの長い時間をかけて、男女の雇用機会を均等にしたり、「専業主夫」について論じたり、育児休暇制度の必要性を強調したりしていたはずなのに、「女子力」の名の下に再び近代化以降の女性の役割に引き戻されている。

    これは内面の美しさというものが外見のそれとは異なり、一目見ただけでは判断が難しく客観性を欠きやすいため、「女子力」の向上という名目で、一部の男性、あるいは社会にとって都合の良い解釈をされているからである。

    世間的に「女子力が高い」と表現される場合、この家事スキルを指すことが多い。

    2:内面指向・意識高い系
    そうかと思えば、なぜかアロマテラピー検定を受検したりマンション購入術セミナーを受講するといったようなことも「女子力」の高い行為とされることもある。これが内面を磨くタイプの「女子力」の中でも「意識高い系」とされるものだ。「自分磨き」という名目で勉強をしているポーズをとる。カルチャースクールに通ったり、習い事をしたり勉強をすることで、外見の美しさとはまた別の自己像を求め、自分探しをする。

    一歩間違えると「こじらせ女子」になりかねないのだが、そこはちょうどいい塩梅で、割と社会的、男性的なスキルや知識を身につけようと努力している。

    3:外見指向・美意識高い系
    単純に美意識を高く持っている、言葉通り「きれいになる」ために奔走している人たちのことである。彼女らは、お金と時間を惜しまずにエステや美容院に通ったり、痩せるための努力をする。最もプリミティブな「女子力」(「きれいになりたいと願い、行動する力」)を身につけようとしている存在である。

    4:外見指向・愛され系(a:清楚風 b:グラビア風c:キャリア風)
    この「愛され系」の外見というのは、美しいというのとはまた別のベクトルの「女子力」の高い外見である。そしてさらに細かく、「清楚風」「グラビア風」「キャリア風」に分類できる。

    たとえば本読者が拘泥していそうな「黒髪」は「清楚風」に相当するし、「良い赤ちゃんを産みそうな体形」は「グラビア風」、あるいは、上司ウケを目的としたきちんと系は「キャリア風」といえるだろう。

    「清楚風」は黒髪やある種の男慣れしていなさそうな純粋さ、ある場面では幼さを強調し、「グラビア風」は男性への性的魅力をアピールする。「キャリア風」は、女性誌でよくありそうな表現をすると「彼親」や上司に愛される雰囲気である。



    ■なぜ「女子力」を向上させなければならないのか?
    これらのどれに該当するにせよ、そもそもなぜ「女子力」を向上させなければならないのか。「女子力」について掘り下げていくと、必ず「まなざし」という存在がある。

    ・〈男性/社会から女性へ〉のまなざし
    ひとつには、男性から女性へのまなざしというものがある。これは最も想像しやすいであろう。女性は男性のまなざしを意識して、「女子力」を高くもつ、ということである。「1:内面指向・家事スキル系」「4:外見指向・愛され系」はこの、男性からのまなざし、さらにいうと社会からのまなざしありきの存在である。これらのまなざしを意識する女性たちは、愛されるためには美しさのみならず、ある程度のまじめさや古典的な雰囲気も演出したいと考える。

    ・〈女性から女性へ〉のまなざし/〈自分から自分へ〉のまなざし
    また、女性から女性へのまなざしというものもある。「女子力」を身に着けたいという想いは、意外なことに男性からのまなざしよりも、女性からのまなざしによる場合も多い。そしてこれは、自分から自分へのまなざしとも換言できる。

    つまりは「もっときれいになる」のは、自身が納得するためでもあるし、あるいは女子同士のコミュニティの形成や、「女子同士承認しあいたい」「女子同士でコミュニケーションをしたい」という欲求によるものである。

    これは、たとえば歌やダンスなどのおよそ家事スキルとはあまり関係のないカルチャースクールを受講している層のほとんどが女性であり、彼女らはそこでコミュニティを形成していることからも想像しやすいだろう。また、外見の美しさを重視する場合、「こうすると痩せるよ」だとか「あれは流行っているよね」というような、単純な情報交換が最も重要となる。そういった情報に敏感であろうとすると、おのずとコミュニティの形成は不可欠となり、その中でお互いの健闘をたたえあうこととなる。「女子力」を向上させる目的として、同性からの承認というのは、実は男性の想像以上に大きい。

    「2:内面指向・意識高い系」「3:外見指向・美意識高い系」などは、この女性から女性/自分から自分のまなざしによって突き動かされている。



    ■男性の「女子力」への幻想を逆手にとる女たち(コワい!)
    このように4つのタイプの「女子力」と、それを身につける理由としてのまなざしについて述べた。
    一度整理しよう。

    【女子力・まなざしの種類】
    1:内面指向・家事スキル系(男性/社会→女性)
    2:内面指向・意識高い系(女性→女性/自分→自分)
    3:外見指向・美意識高い系(女性→女性/自分→自分)
    4:外見指向・愛され系(男性/社会→女性)

    ここまでのことを頭に入れたあとだと、「非常に打算的な考えのもと女子は動いているんだなあ~」とお思いだと思うが、実は現状はさらに深刻なものとなっている。

    「1:内面指向・家事スキル系」の「女子力」だとか、「4:外見指向・愛され系」のようなものは、さすがにもう男尊女卑すぎるという感じで散々議論されていたはずなのに、それがなぜか「女子力」という言葉が広まっていった過程で再び求められるようになってしまった。男性に「女子力」の存在を気付かれた時点で、男性からのまなざしが加わることにより、「女子力」の意味は元の古い意味へと戻されてしまった。

    男性が家事スキルの高さ求めてくる件について、女性たちは抗議するどころか、むしろ逆で、そのまま放置することで、より都合よく男性を使っているのだ。この分かりやすい例が女性の専業主婦願望である。2012年の博報堂生活総合研究所の調査によると、いまや20代女性の3人に1人が専業主婦になりたいと回答しているそうだ。つまり「経済力のある男性に選ばれてはやく会社を辞めてラクになりたい」と考える女子は少なくないということなのだが、この専業主婦願望を叶えるためには、男性の思う「家事スキルとしての女子力」を向上することが欠かせない。内心、そんなものは馬鹿馬鹿しいとか古臭いとか思いながらも、男性のその勘違いに気付かないふりをして、付き合ってあげることで、自分に惹かれさせるという世にも恐ろしい手がある。

    あるいは専業主婦願望がない場合は、「男なんていなくても生きていけますよ」ということを、女性同士の承認を見せ付けることで、男性にわざわざ分からせている。「女子力を向上させたい目的はあくまでも自己実現や、先述のような女性同士の結託のためであり、決して男性の目など意識してないし、勘違いしてほしくない」いうように振舞うことで、男性のまなざしが排除された空間においても「女子力」というのは十分有効であるということを体現している。

    そしてこれを逆手に取ったのが、グループアイドルのメンバー内のやりとりや、日常系アニメである。女子同士の会話やコミュニケーション、そして結託や承認を、外部から覗き見することがドルヲタ・アニオタ活動の醍醐味だろう。(だからアイドルは恋愛禁止(≒専業主婦願望を持たない)でなければ辻褄が合わないと、個人的には思っている)。これを男性に見せ付けることを、一つのコンテンツとしている。



    ■男性からのまなざしを逆手に取るリスク
    とはいえ、男性からのまなざしを逆手に取って専業主婦願望に居直るというのは非常に危険である。男性のまなざしを利用しようとする女性側の考えは非常に共犯的であり、結果として専業主婦になってしまったら、いよいよ「家事スキル的女子力」からは逃げられなくなってしまうからだ。専業主婦願望は「家事スキル的女子力」を助長もさせている。

    反対に、女子同士のコミュニケーションを見せ付け、男性の不必要性を見せ付けるのもリスクが大きい。なぜなら男性のまなざしを意図的に排除していることに納得のいかないユーザーが出てきてしまった場合、その聖域を力づくで破ろうとすることもありうるからだ。外部にいることを楽しめない場合は、ガチ恋や厄介、ストーカーといった問題に繋がりかねない。



    ■「こじらせ女子」は希望か?
    それでは一体、どうすればいいのだろうか。こじれればいいというのか。

    たとえば「女子力」が高いと言われて素直に「ありがとうございます」と言えないような女性は、「こじらせ女子」と表現して、相当イタい存在とされた。「女子力」という言葉の持つ胡散臭さについて何か言おうものなら、「こじらせ女子」とラベリングされてきた。そういった駆け引きややりとりの不毛さに面倒くさくなった女子は、笑顔で「ありがとうございます」と言うことしかできない。あなたが推しているアイドルも、「女子力」の胡散臭さにツッコミたくても、こじらせ女子などと言われるのが面倒なので笑っているだけかもしれない。

    一度「こじらせ女子」とみなされてしまったら、そのあとは厄介である。男性は彼女らをイタいものとして観察対象とし、また、こじらせて「いない」ほうの女子は彼女らのことを、キラキラしている自分たちとは何層も下のカーストにいる存在と判別して、交わりあおうともしない。男性からのイタいまなざしや、同じようなキラキラ女子からの軽蔑を怖れるからである。そして当の「こじらせ女子」本人達はというと、ただただ「こじらせ女子」という名称が与えられたことに安心して、自意識に開き直って、そのコミュニティの中で戯れるだけしか手がなくなった。インドに行くだとか、ブログでマンガを展開するだとか、その程度の「ちょっと変わったこと」とされていることをして満足をし、その中で馴れ合う。たしかにそれは楽だろうが、希望ではない。「こじらせ女子」は「女子力」からログアウトしている存在であるためどこにも分類されないけれども、まなざしに晒されている以上、そして自意識が強く作用している以上、それで救われることもない。

    このような現状のため「こじらせ女子」以外は「女子力」のもつ胡散臭さについてツッコめない。これははっきり言って、「こじらせ女子」を中心とした先行世代の怠慢である。

    しかし、「こじらせ女子」と呼ばれることに泣き寝入りし、自虐という自己愛に開き直って、なにもかも諦めたまま生きていくというのは、非常に生き辛い。

    この「女子力」をめぐる「生き辛さ」こそが、本連載を通して大きなテーマとなる。ここでいう「生き辛さ」とは、男性から見ると、それがどんな種類のものだとしても「女は怖い」くらいでしか表現できないであろう「女子力」というものが、実は女子たちに息苦しさを与えて、逃げ場をなくしてしまっている状況のことである。

    この状況の巻き返しを何も提案できないのでは、またも「こじらせ女子」的な傷のなめあいしかできない怠慢を繰り返してしまうこととなるだろう。この連載は、専業主婦的スキルを「女子力」として再評価することや「女子力についてツッコめない状況」を一度見直して、副次的に生まれた「こじらせ女子」的な馴れ合いに別れを告げる新しい方法を考え、なんとか生き辛さを克服しようという試みである。

    具体的には、1回ごとに1つのコンテンツをピックアップし、それを取り巻く環境や現象、「女子力」との関係性について考えていく。その「女子力」の幻想からどう脱却するか、そしてどう生き辛さを克服するかを提案していければと思う。



    【第2回予告】明日、10月4日配信予定
    次回、第1回目のテーマは「カープ女子」! 今年、25年ぶりの優勝が決定した広島東洋カープのファンの女性の呼称である「カープ女子」とは、「女性が野球を応援する」という一見華やかで新しい文化のように思えるが、そう単純な話ではない。ファンコミュニティを形成する「性別」に焦点が当てられること、そしてその裏に潜む意図や、それによって引き起こされる事象について触れていく。


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    握手会レポート・手条萌さん新連載・9月月次報告/モウリスの雑談室なのだ・ニコ生版

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    最終更新日:2021-03-06 13:49
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